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ブロードバンド無線アクセスにおけるMIMO多重法を用いた5Gbit/s超高速パケット信号伝送屋外実験〜1.まえがき

IMT−Advancedと呼ばれる第4世代移動通信方式の伝送速度として、広カバレッジエリアの高速移動環境において100Mbit/s以上、屋内・ホットスポットエリアといった低速移動環境において最大1Gbit/s以上という目標値が示されている[1]。著者らはこれまで、周波数帯域幅が100MHzで可変拡散率(VSF:Variable Spreading Factor)注意1を適用したSpread OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)注意2実験装置を用いた屋外実験により、基地局から最大300m程度離れた主に見通し外の近距離において、送受信アンテナ数がそれぞれ4のマルチアンテナ信号伝送であるMIMO(Multiple−Input Multiple−Output)多重法を用いることにより、スループット注意3 1Gbit/s(周波数利用効率注意4 10bit/s/Hz) 以上の超高速パケット信号伝送を実証してきた[2]。また、欧州での次世代移動通信の無線伝送技術に関する研究フォーラムであるWINNER(Wireless world INitiative NEw Radio)注意5において、次世代移動通信方式のシステム要求条件である孤立セル環境における最大周波数利用効率の目標値として、25bit/s/Hzが示されており[3]、著者らはこれまで、送受信アンテナ数がそれぞれ6、64値直交振幅変調(64QAM:64QuadratureAmplitude Modulation)注意6、チャネル符号化率注意7がR=8/9のターボ符号化注意8を用いることにより、移動速度が時速5〜20kmの屋外実伝搬環境において、2.5Gbit/s(周波数利用効率25bit/s/Hz)の超高速パケット信号伝送を実証してきた[4]。

一般的にパケット信号伝送では、最大伝送速度はセル当りのピークスループットに相当する。したがって、1ユーザ接続時における最大伝送速度を高めることは、高速伝送時における収容可能なユーザ数の増加につながるため、実現可能な最大伝送速度の検討を行うことは非常に重要である。周辺セルからの干渉が全く存在しない完全な孤立セル環境においては、送受信アンテナ数および送信信号電力を増やすことにより、実現可能な最大伝送速度は際限なく高めることができる。一方、マルチセル環境では、送受信アンテナ数および送信電力を増加させると、周辺セルからの干渉量も増加するため、周辺セル干渉を考慮した受信信号電力対干渉および雑音電力比である受信SINR(Signal−to−Interference plus Noise power Ratio)注意9により、実現可能な最大伝送速度が決定される。基地局送信電力が20W、基地局間距離が500mの19マルチセル環境(1セル当り3セクタ構成)において、周辺セルのトラフィック量(チャネル負荷)をパラメータにしたときの、受信SINR の累積分布のシミュレーション結果を図1に示す。

図1 4G 導入シナリオ

図より、チャネル負荷が小さくなるに従い、受信SINRの分布範囲が高い値へ拡大している。ただし、チャネル負荷が小さい場合においても、セル内のほぼすべての場所での受信SINRは約30dB以下であることが分かる。したがって、低チャネル負荷を考慮した場合の、セルラ環境における最大の受信SINRはおよそ30dBであると考えられる。受信SINRが30dBという条件下で計算機シミュレーションを行った結果、実現可能な周波数利用効率は約50bit/s/Hzであることが分かった。

本稿では、100MHzの周波数帯域幅を用いたときに、周辺セル干渉を考慮したときのほぼ究極の伝送速度と考えられる約5Gbit/s(周波数利用効率50bit/s/Hz)を実現するVSF−SpreadOFDM注意10無線アクセスを用いる超高速パケット信号伝送実験の技術概要、装置構成および屋外実験結果について解説する。

  • 注意1 可変拡散率 : W−CDMA 方式およびSpreadOFDM(注意2参照)方式などデータの拡散を用いる無線伝送方式において、拡散率およびチャネル符号化のチャネル符号化率を適応的に変えること。これにより、さまざまな無線環境を柔軟にサポートする。
  • 注意2 Spread OFDM : OFDMは直交周波数分割多重の略。デジタル変調方式の1つであり、マルチパス干渉への耐性を高めるため、高速な伝送速度の信号を多数の低速な狭帯域信号に変換し、周波数軸上で並列に伝送する方式。高い周波数利用効率での伝送が可能である。Spread OFDM は、熱雑音および周辺セル干渉の抑圧のため、同一の信号を複数のサブキャリア・時間シンボルを用いて送信することで受信SINR(9参照)を増大できる無線伝送方式。
  • 注意3 スループット : 単位時間当りに、誤りなく伝送される実効的なデータ転送速度。本稿では、スループット=(送信側のデータ伝送速度)×(単位時間当りに誤りなく受信されるパケット数)/(単位時間当りに送信されるパケット数)により定義される。
  • 注意4 周波数利用効率 : 単位時間、単位周波数帯域当りに送ることのできる情報ビット数。
  • 注意5 WINNER : 欧州での次世代移動通信の無線伝送技術に関する研究フォーラム。2004年に設立。
  • 注意6 64値直交振幅変調 : 無線などで用いられるデジタル変調方式の1つ。位相と振幅の異なる64種類の状態を用いて、データ伝送に用いる。QPSKや16QAM変調方式に比べて1回の送信当りのデータ量が6bitと多い。
  • 注意7 チャネル符号化率 : 情報ビット数に対する誤り訂正符号化後のビット数の比(符号化率8/9では、8bitの情報ビットに対して、誤り訂正符号化処理を行い、9bitにする)。
  • 注意8 ターボ符号化 : 誤り訂正符号化技術の1つ。復号結果の信頼度情報を用いて、繰返し復号することにより、強力な誤り訂正能力が得られる。
  • 注意9 受信SINR : 受信信号のうち、所望信号の電力と所望信号以外(他セル/他セクタからの干渉波および熱雑音)の電力の比を表す。
  • 注意10 VSF−Spread OFDM : ドコモが提案したSpread OFDM においてVSFを適用した無線伝送方式。次世代の移動通信方式における、下りリンクのセルラ環境およびホットスポットエリア・屋内オフィス環境におけるシステム容量を増大できる候補の1つである。

本記事は、テクニカル・ジャーナルVol.15 No2に、掲載されています。