コラム:イノベーション創発への挑戦

5G敗戦の日本 新陳代謝促す「触媒的政府」が必要

5G敗戦の日本 新陳代謝促す「触媒的政府」が必要

「通信後進国ニッポン『5G敗戦』から再起せよ」という日経ビジネスの記事が2023年4月下旬にでた。2000年初頭には世界の先頭を走っていた移動通信の品質とサービスが今では、アジア新興国に劣後し、新たな技術やサービスが育たず、これからの通信インフラを構築するに必要な基幹部品の多くを輸入に頼るという内容だ。値下げから通信産業が負のスパイラルに陥ってしまった。

この業界にいた肌感覚として、相当にヤバい。この状況で思い出したのは「触媒的政府」という言葉だ。

米国月刊誌ワイアードが2023年に予想される最重要パラダイムチェンジを特集した「THE WORLD IN 2023」の記事の中にアジーム・アズハル氏が「触媒主義」と名付けられた新たな政府の役割を提案している。原題は”Catalytic Government”だ。ギリシャ語の「katalysis」(解放、解除)に由来するCatalyticは、反応の進行を促すためにエネルギー障壁を下げる触媒を意味する。彼の記事では政府が触媒の役割を果たし、経済成長やイノベーションを促進するために、積極的に環境保護や先進技術分野を支援することが重要であるとしている。

政府の市場関与は、歴史的に大きな政府と小さな政府の間で、振り子のように揺れてきた。

大きな政府を目指した1960年代のジョンソン米国大統領のグレート・ソサエティ(大いなる社会)以降、経済はインフレや失業、エネルギー危機などの課題に直面した。

1981年に就任したロナルド・レーガン大統領は小さな政府、規制緩和などに焦点を当てた。この政策は、新自由主義として知られ、サッチャー英首相によっても支持された。政府が市場から離れ、起業家が消費者のニーズに応える自由を持つことが、最も効果的で効率的な経済成長をもたらすというものだった。

結果として1980年代から1990年代にかけて多くの西側諸国の経済成長を達成した。一方で、貧富の拡大、経済の不安定化をもたらした。

この反省から「触媒的政府」の概念は政府が単に市場から手を引くのではなく、適切な支援や政策を通じて、イノベーションや持続可能な成長を促進する役割を果たすことを言っている。あえて言うと、伝統的市場介入政府と触媒的政府の違いを意識すべきだ。

米英では環境保護や消費者保護の権限を手に入れた大きな政府がビジネスを阻害した。日本では既存の特定産業セクターを保護して失われた10年を経験した。

ワイズスペンディング(賢い支出)という言葉がある。デジタルによる情報収集と市場との対話を通じて、将来の利益産業セクターに戦略的に投資していくべきだ。

通信後進国日本の5G敗戦に話を戻そう。高速化・複雑化する通信インフラに対応するサービス・装置の製品化を目指す起業家は日本には皆無だ。5G関連の民間投資事業もない。ここで、プレーヤーの新陳代謝を促す触媒が必要だろう。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2023年5月17日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

他のコラムを読む

このページのトップへ