コラム:イノベーション創発への挑戦

デジタルコンテンツの罠

デジタルコンテンツの罠

インターネット上のストリーミングサービスによって提供される楽曲、映像コンテンツが大きく変容しようとしている。

これまでの楽曲は3分30秒が普通だった。古いレコードの最大記録時間が4分だったことによる。 今、売れている米国歌謡曲の演奏時間は2分になろうとしている。楽曲が3分半だった頃は、イントロの後に落ち着いた曲調のしんみりとした歌詞が続き、サビ(コーラス)の部分を迎えるのが一般的だった。ところが、最近の曲はこの構成を取らない。いきなりサビの部分から始まる。「視聴者の継続意欲を刺激する引っ掛け」の意味で、フック呼ばれる印象的なメロディとフレーズが出だしから繰り返し演奏される。フックは視聴者を引きつけ、繰り返し聴かせるためにデザインされるデジタルコンテンツ作成の定番となっている。

YouTubeは今、世界中で25億人が毎月利用する映像・楽曲のストリーミングサービスとなった。米国では成人の8割が利用しており、2021年の再生回数は9160億回で世界1位、日本は韓国、スペインに次いで1590億回の世界9位である。他国もすごいが日本人一人当たり年間1200回ほど試聴していることになる。

YouTubeの動画コンテンツの長さは平均12分ほどで、視聴者1日の平均試聴時間は19分と短い。20%の視聴者は最初の10秒間でその動画の視聴をやめる。つまり、興味あるなしを即座に判断し次のコンテンツを選択する。 したがって 投稿者の話し方は早口になることが多い。投稿者への指南書には「動画は5分以内に、最初の10秒間のフック(印象的な場面、言動)で注目を集める。」と書いてある。

視聴者側は再生速度を1.5倍や2倍にする倍速視聴機能を利用することができる。なんと視聴者の3割以上が倍速視聴の経験があり、若者にいたっては過半数が倍速視聴するとのことだ。 さらに、最近は 切り抜き動画が人気だ。第三者が有名な投稿者の動画の見どころを抜き出してつなぎ合わせた動画コンテンツをつくり再投稿する。元投稿者との利益配分や彼らの暗黙の了解の下で要約コンテンツの二次利用が急速に進んでいる。

サービス提供者が視聴者の時間を奪い合う結果、デジタルコンテンツの質が変容してしまった。そして、我々視聴者はせっかちになってしまった。有限な時間をいかに有効に使うか コスパではなくタイパ(タイムパーフォーマンス)を最大化することが目的になってしまっている。それを支えている技術がパーソナライズ化だ。ストリーミングサービスを実行するコンピュータ全てが、コンテンツの人気と利用者の視聴履歴を解析して、各視聴者が満足するように、好みのコンテンツを推薦する。タイパの最適化をやっている。結果として、我々は、面白いフックで始まり、心地よいフックが続き、印象の良いフックで〆るコンテンツのみ視聴する生活を送ることになる。食生活で言うとスナック菓子と清涼飲料水だけを食んでいる生活だ。それで良いのか。 既存のマスメディアを含め、公共性を意識した多様性のあるバランスの取れたコンテンツを用意する仕組みが重要だ。退屈な映画を観たい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2022年11月21日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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