コラム:イノベーション創発への挑戦

「仕事中断中毒」からの解放

「仕事中断中毒」からの解放

新型コロナウイルス禍の恩恵で在宅勤務・テレワークが一般化した。情報産業界隈では連絡を電子メールのみでしている人は少数だろう。スラック(Slack)に代表されるコミュニケーションツールで瞬時に業務連絡できる。遠隔会議の設定、スケジュール・資料の共有、会話の開始も一瞬だ。これは素晴らしいことだが、この2年で私個人、「待てよ。このままでは危ない」という危機に直面している。私も含め、多くの企業では、超絶多忙な弁護士のように複数の案件を管理し、多くの顧客と会い、30分刻みで文書を仕上げていくことが、コロナ禍を境に可能になっている。この視点では素晴らしい効率化である。

自宅あるいはオフィスで、早朝から会議は25分刻み、長い会議でも50分刻みの遠隔通信でできるようになった。コロナ禍以前では1日で6回ほどの会議が限界だったが10回も超える会議が可能になった。

ところがここにきて一点集中の仕事時間をどう確保するかが課題になっている。

私の経験では記事やコンピュータープログラム、論文、新規事業の企画書の創作には半日から2日の連続した集中時間が必要だった。誰にも邪魔されない環境で、その作成に没頭して集中して我を忘れる「フロー状態」が必要だ。

このフロー状態が最近、取れなくなった。重なる連続会議、顧客からの問い合わせ、同僚からの相談、上司からの指示、絶対に断れない営業案件が入ってくる。今のビジネスの世界はデジタルで効率化された「中断」で溢れている。フロー状態にならないとできない仕事の時間が消し飛んでしまった。複数の仕事をどう進めるかに関して、マルチタスキングとシングルタスキングという2つの様式(モード)がある。

元来はコンピュータ用語で、マルチタスキングは同時に複数の仕事(タスク)をこなすことを言っているが、正確には、短時間で次から次へ仕事を切り替えていくことをいう。シングルタスキングは一つの作業に集中して応分の時間をかけてその仕事を終わらせることをいう。

この2つのモード双方に貢献できる様々なツールをデジタルは提供している。しかし、実際は多くの企業が限られた時間の中で生産性をあげるために、複数の仕事を同時にこなすことを奨励する。オープンなオフィス環境を作りカジュアルな対話を促し、同時に異なる仕事をこなすマルチタスキングに貢献するデジタルを利用してきた。

マルチタスキングでテキパキと進められる報告資料の確認・作成や顧客との打ち合わせ、経営会議への参加をさっそうとこなす管理職は素晴らしい。だから、企業の管理職の業務は「中断」にあふれている。デジタルが生んでいるのは仕事中断中毒だ。

一方で、新規事業の草案はマルチタスキングでできるとは思えない。新しいアイデアをまとめるのはシングルタスキングだ。一点集中の時間がないと達成できない仕事はある。

そのために必要なフロー状態をどうやって提供するのか。マルチタスキングとシングルタスキングのベストミックスを作る重要性に経営は気づくべきだ。シングルタスキングができる環境をどう整備するかの決め手は本人の意志と周囲の理解である。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2022年10月14日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

他のコラムを読む

このページのトップへ