コラム:イノベーション創発への挑戦

ウェルビーイングな地域のあり方

ウェルビーイングな地域のあり方

事業創生を主題とした会議に出ることが多い。よく出てくる言葉に「日本再生」と「地方創生」がある。日本は労働生産性が上がらず、デジタルによる社会と産業構造の改革が進まず、労働人口は減少している。その中で、「国内総生産(GDP)が中国に抜かれたが、我々はまだ世界第3位の経済大国だ、日本を再興しよう」という大国意識も残っている。社会学者ヴォーゲルの著書 ジャパン・アズ・ナンバーワン(1979)が述べた日本経済の黄金期は幻想に過ぎなかった。我々の今持つ国力を超えた幻想を見たが故に製造業モデルからの転換、世界で生きていくという行動規範の醸成が遅れた。そのような状況で、米国・中国の巨大IT(情報技術)プラットフォーマーとどう向き合えば良いですか? という国力を超えた議論には個人的に参加できていない。

先月、理事を務める社会システムデザインセンターで "日本美"指向による社会システムデザインというパネル討議をイタリア、スェーデンからのパネリストも得て行った。主旨はGDPでもなく労働生産性でもなく、ウェルビーイング(善いあり方、誰かにとって本質的に価値のある状態)に関するものであった。

パネリストの一人である、公立はこだて未来大学、田柳恵美子教授は以下を述べた。

経済のグローバル化に伴い、世界的な産業の特化が広く深く進んだ結果、世界経済の富はロンドン、ニューヨーク、東京などの限られた一部の先進地域と北西ヨーロッパに集中している。しかし一方で、この20年の間に、都市、地域、コミュニティの階層は大きく変化した。グローバルな競争と地域間の協力という選択肢が、それぞれの生き残りをかけて生み出されている。以下の実例が挙げられた。

「MIYABI」という包丁はご存知だろうか。世界のプロの料理人向けの高級品として知られている。ドイツの刃物製造の90%は1990年代には関や燕三条などの日本の刃物産地に移転された。その上でゾーリンゲンのトップ企業が、日本の伝統的和包丁の技術を学ぶために、地元の関市の職人と新しい会社を立ち上げ,研究開発に取り組んだ結果だ。

もう一つの例は、北海道函館とフランスのブルゴーニュ地方とのワイナリー産業のコラボだ。フランスの職人たちは、函館に定住して自社のブドウ畑を耕し、2020年からすでに北海道産のブドウだけを使ったヴィンテージを発表している。函館ではここ数年、自然派志向のワイナリーの参入を契機に新規参入者が急増しており、全国から畑の収穫を手伝いにワインマニアも集うと聞く。ほんの10年ほど前までは、函館ではそんなことが起こるとは誰も思っていなかったそうだ。

グローバルなコラボ以外では、小さな地域の再生が進む気配がみえる。代表的な例は徳島県神山村で、人口は4700人だが、ITベンチャーのサテライトオフィスを開設するなどして人口が増加している。2023年には独自の高専を新設する予定だ。

今後、地域産業の経営人材不足が待ったなしの事業承継問題として顕在化する。

我々は既存の社会構造の外側にあるものにもっと目を向ける必要がある。地域で高級刃物を作る、ワインを作る、学校を作る。地域でもグローバルに商売相手と人材を探すことはできる。それには首長と地域産業のリーダーシップが重要だ。応援したい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2021年12月8日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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