コラム:イノベーション創発への挑戦

加速する中国の5G普及

加速する中国の5G普及

科学技術振興機構(JST)の報告書「中国における5Gの現状と動向(2021年)」を査読する機会を得た。この報告書を踏まえ、5Gのサービス状況が中国ではどう普及しているかを説明したい。 一言でまとめれば、「政府主導で5Gが急速に普及している。」ということだ。 5Gとは第5世代移動通信システムのことで、中国では2019年11月、日本では2020年3月から商用サービスが開始されている。 2021年7月で中国の5G利用者数は1億6000万人を超え、全世界の5G利用者数の9割を占めている。これほどまで5Gが中国で普及する理由はどこにあるか。中国全土にインターネット接続を普及させるための手段として、5Gを政府が強力に推進している。狙いはゲーム、ビデオ視聴、通販などデジタル消費に対する民衆の新たな需要発掘と、遠隔勤務・教育・医療、自動車間通信、スマート都市等のデジタルによる新産業の育成だ。中国には「4G改変生活 5G改変社会」というスローガンがある。4G は人々の生活を、5G は社会を変革する。

社会変革のための政府の打ち手はなにか。国営通信会社大手が4社ある。これまでシェア上位から、中国移動通信、中国電信、中国聯通だったが、これに中国広電が加わった。3+1という状況は日本に似ているが違うのはここからだ。 新たな通信インフラを普及させるために、通信会社が個々に競うのではなく、通信設備の共有化を政府主導で行っている。中国では「共建共享」と表現する。よくある話で、業界1位に勝つために、業界2〜3位が連合する。中国電信と中国聯通が5Gのための電波共同利用を進めている。アンテナ鉄塔を備えた無線装置を基地局という。その建設分担を都市単位で決めて、両社が分担建設、共同利用する。1位の中国移動通信は単独で市場を制覇したいだろう、ここに政府が関与して4位の中国広電と組むことになった。1位と4位による優劣補完により、中国移動通信は中国広電がもつ700Mhz帯の周波数を共同利用する。代わりに中国広電は中国移動通信の設備が利用できる。無線通信において極超短波の700Mhz帯は山を迂回し建物を透過しやすいので、少ない基地局で農村部に広くサービス提供が可能になる。

通信会社の他に注目すべき国営会社に中国鉄塔がある。通信会社の基地局建設業務をこの一社に集中させ、その建設場所は全国に197万箇所となっている。さらに千万ほどの建設場所(ビル、電力鉄塔)を用意し、拡大中である。

一般的に通信サービスの提供は設備・運営費用に見合う事業収益の観点で、個々の通信会社経営の判断であるべきだ。したがって、5Gを農村部に普及させる一方で、僻地の鉱業や港湾事業に提供するには、経済合理性が必要だ。それを政府が、設備共有・共同運営を通して、通信会社の運営コストを限界までに低減させ、僻地への設備投資を強く指導するという状況は、日本には真似できるモノではない。国が企業の経営自主権を制限する統治形式は、中国全土への通信インフラ普及の全体最適化が行えるが、一方で、各企業の経営と革新のインセンティブも妨げる結果も危惧される。中国の5G普及に対して、市場経済を信じる我々は、どこを競争領域として残し、どこを協調領域とするのかのインフラ戦略を再考する必要があるだろう。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2021年11月5日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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