コラム:イノベーション創発への挑戦

「PoC止まりの壁」を考える

「PoC止まりの壁」を考える

「PoC止まりの壁」という言葉がIT業界では知られている。PoCはProof of Conceptの略で概念実証、つまり新たな製品(サービス)を開発するにあたり、それが技術的に実現可能か、それに顧客がいて事業化可能かを確かめる検証作業をいう。壁という表現は、その作業が失敗する新製品プロジェクトがあまりに多いという状況をさしている。

架空の新製品プロジェクトを想定してみる。その名もソムリエロボット「アリス」。カウンター越しに客と対話して、好みのワインを推奨し、ワインをグラスに注ぐソムリエの仕事をロボット「アリス」がする。コロナ禍で人の接触を減らし、人件費を抑制できる。ロボットのワインの知識は豊富だから、客の好みに適切な推薦ができる。

このアリスを商品化するにあたって、二つの仮説が必要だ。アリスを低いコストで作ることができるとする。その仕様の技術が実現できる仮定を製品仮説という。次に、利用する顧客がいて店が繁盛するとする。この事業性に関する仮定を顧客仮説という。この2つの仮説を検証するのがPoCとなる。多くのPoCがなぜ失敗するのかをアリスを例に説明する。

私はこのアリスと類似した開発を手掛けている。その開発に関して、セコム顧問の小松崎常夫氏のアドバイスを得る機会を得た。

製品仮説に関して「目標とする性能と価格指標、成功・不成功の判断基準が明確なのか」ということだ。技術者は最新の音声認識技術を入れ、世界中のソムリエの会話事例を集めて最高の接客会話をするようにしたいと空想する。「アリスが提供するサービスが必要なワケは何か」と突き詰めたうえで、アリスの製品仮説を決めなければならない。私を含め多くのプロジェクトではこれが曖昧だ。

次は、顧客仮説にして「我々は顧客の本当に正直な意見を知っているのか」ということだ。アリスを知り合いのワインバーの店主や常連客に聞いてみる。「ロボットがワインを注いでくれるんですか。わぁー、面白い」という反応が返ってくる。そこでアリスを試作してみた。

ワインの抜栓が今のロボット制御技術ではできないので、抜栓してある20種類のボトルのみを扱うソムリエとした。試作品の会話はその20種類のワイン推薦に限定している。これが曖昧な製品仮説の結果だ。

ワインバーの店主に頼み込んでアリスを設置し、実験のためにアルバイト学生を集めた。「満足ですか」と尋ねると、彼らは答える。「ロボットのソムリエは楽しいです」。もうお分かりと思うが、お金を払っている本当の顧客の本音はどこにもない。

PoC止まりの壁を回避する方法は多く提案されている。基本は「誰がなぜこの商品を必要とするのかを突き詰めること」だと思う。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2021年6月2日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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