コラム:イノベーション創発への挑戦

情報セキュリティとは制約のバランスだ

情報セキュリティとは制約のバランスだ

先日、近未来の人工知能(AI)時代に情報セキュリティはどうあるべきか議論する会議に参加した。情報セキュリティとは何か。思い出すのは辻井重男・元情報セキュリティ大学院大学学長の定義だ。辻井氏は情報通信社会において矛盾・対立する価値として利用の自由、公共の安全プライバシー保護に着目し、情報セキュリティを次のように概念規定した。

AI時代の言葉に言い換えるとこうだ。AI利用の自由の拡大のみを享受しようとすれば公共の安全性は低下し、プライバシー侵害を増大する。安全性向上のみを図れば自由は妨げられ、監視強化などによりプライバシー侵害が増える。

プライバシー保護のみに気を配ればAIの自由な利用は阻害され、匿名のもとでの悪事も増えて安全性が低下する。多くの場面で自由の拡大、安全性の向上、プライバシーの保護は互いに矛盾する。このような価値対立のもとで、できる限り高いレベルへ止揚して高度均衡を目指すのが情報セキュリティの役割だ。

話を簡単にしよう。北京市の大学が密集する海淀区(かいでんく)にAIによる横断歩道監視カメラがある。赤信号で横断歩道を渡る違反者がいると自動的に検出され、その人の姿が大きな電光掲示板にさらされる。個人の違反行為を見せしめにすることで、横断歩道はより安全になる。

近くには海淀公園というAI未来公園があり、歩道にはカメラが多数設置されている。自分の顔を登録しておけばジョギングの速度や距離を自動的にシステムが計測してくれる。プライバシーさえ心配しなければ、なんと便利なことか。

米国にジョージ・ホッツ氏という若い起業家がいる。スマートフォンやゲーム機の特権利用を非正規な手段で実現するハッカーとして有名だ。彼は2016年に自動運転車の開発会社、コンマ・ドット・エーアイを創業した。この会社、やっていることがすごい。

乗用車のハンドル、アクセル、ブレーキの信号を勝手に解読してスマホから制御する。スマホはドライブレコーダーのようにルームミラーの裏に置く。他に電子部品が必要だがスマホカメラの画像認識を使い、10万円以下で自分の車が自動運転車になる。スマホのカメラだけでは危険予知ができない死角があるだろうが、高速道路での手放し運転は楽だ。公共の安全性を気にしなければ、そこにはAI利用の自由がある。

AI利用の自由、公共の安全、プライバシー保護は同時に成立しない。企業経営者や為政者はその三点の価値対立を知った上で、何が最良かを決める作法を知らなければならない。プライバシー保護が完璧で公共の安全性が保たれ、AIの自由な拡大による利便性を謳歌するユートピアなどない。セキュリティとは制約を高度にバランスさせることだと気づくことだ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2019年10月11日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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