コラム:イノベーション創発への挑戦

「知能養老産業」への期待

「知能養老産業」への期待

中国の広東省深圳で中国科学技術協会と日本科学技術振興機構が共催するICT高齢化対応日中フォーラムに参加した。日中の識者が高齢化を深刻な国家課題と捉え、それを克服する情報通信技術を議論した。

2040年に日本の65歳以上の高齢化率は35%を超え、認知症の患者は1000万人に達する。移動手段を持たない高齢の「買い物難民」も増えていく。

日本経済研究センターの予測では移動手段が共有化されることで、乗用車の国内販売台数は2050年には今の2割、鉄鋼生産は4割になる。私の発表は「全産業は平均して今より30%の効率化が求められる。介護職員が1人当たり30人の高齢者を介護し、年率17%で離職している状況はありえない。自動運転技術はMaaSと呼ばれる公共交通機関と統合された新公共交通システムとして整備させたい」というものだった。

中国は高齢化社会に入り、2024年末には60歳以上の高齢者人口が総人口の20.3%を占めるとされる。2050年には36.5%、つまり5億人に達するとの予測がある。高齢化が進む中国では「知能養老産業」という言葉がある。それは人工知能(AI)を含むICTを用いたデジタル変革で高度に効率化、統合化された医療・福祉産業を意味する。

ある投資調査会社の報告では2018年の日本でのスタートアップ投資は3880億円だった。スタートアップの存在意義は新規事業への挑戦と開発スピードだ。デジタル変革では最良技術を選ぶ研究やクラウドによる実装と運用、データ整備と管理が必須となるが、多くの大企業の対応は遅い。

3880億円のうち717億円が金融関連技術に投資されているが、注目すべき点は529億円がヘルスケア、377億円がAIに投じられていることだ。スタートアップへの投資領域は5年後に有望な新規事業を示す。ヘルスケアとAIへの投資はまさに「知能養老産業」のイノベーションへの期待を表している。

中国からは「日本は1970年代から高齢化社会に対応し、比較的豊富な社会管理の経験、相応の産業基盤と関連技術を持っている」とみなされている。しかし、これからのICT利用のシナリオはこうだ。

イノベーションで大事なのは実装だ。その力とスピードで中国が日本を上回っている。おそらく中国が介護、医療、交通のデジタル変革で先行する。具体的には遠隔医療と在宅医療の効率化や病院横断の医療データの利活用、自動診断の普及などが進む。医療従事者の最適配置や見守りシステムの汎用化、地方政府での新交通システムの導入も進行していく。

この領域で国家間の勝ち負けは論外としたい。双方で最良の実装を参照すれば良い。そこに、効率化だけを目的にしない楽しい健康長寿を実現する知能養老産業が見えてくるはずだ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2019年11月22日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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