コラム:イノベーション創発への挑戦

社員全員がIT使う意味

社員全員がIT使う意味

「IT(情報技術)そのものには興味がない。技術提案は一切聞かない。ITの開発よりもITを使う方がボトルネックだ。使い方を鍛えなければならない」。ワークマンの土屋哲雄専務は、こう切り出した。

作業服小売りの最大手で知られるワークマンをアウトドア・スポーツウエア市場へと進出させ、新たな客層を開拓した同氏を取材できた。情報通信産業で大規模データを分析していた「元技術屋」の視点から感じたことを伝えたい。

同社のデータ経営の基本は、どのような製品を開発し、どれだけ調達して店舗に配置し、どのように販売するかというサプライチェーン・マネジメント(SCM)の全社員による最適化だ。それをマイクロソフトの表計算ソフト「エクセル」で実施している。社員280人のほぼ全員がエクセルを使うという。社長、総務部長、人事部長、スーパーバイズ部長も例外なく使う。ワークマンはフランチャイズチェーン方式をとり、各店舗は加盟店の店長が運営している。

スーパバイザーはフランチャイズ本部と加盟店をつなぐ役割を担い、平均10店舗の運営を支援する。本社のデータにアクセスして、受け持ち店舗の売り上げが最大化するようにエクセルで商品の発注数や陳列数、在庫数、配置の最適解を計算して店長に提案する。店長は提案を受け入れるだけで良くなり、発注の業務から解放される。本社他部門も商品の企画や計画、仕入れ、販売計画、店舗の立地分析、配送最適化などにエクセルを使っている。

「データ分析屋」から見れば、エクセルは家計簿や町内会の出納管理に使うレベルのものだ。会社経営には、それなりのITツールが使われていると想像していた。土屋専務によれば「簡単なツールを全員が使いこなしてデータ経営ができることが重要。社員全員がやらないと意味がない。高度なツールも使ったが、エクセルで十分だということがわかった」という。

個別マーケティングなどエクセルに不可能なことを列挙することはできる。ことの本質は「エクセルか高度なツールを選択するかではなく、誰もができることを全員でやり、業績を向上させる」ということだ。

データ分析のカギはツールの導入よりもデータの収集と整備にある。徹底して標準化された店舗展開と商品展開で、それが実現できていた。そのうえで全員がツールを使っている。

多くの会社ではデータで業務を効率化し、新しい事業形態を生み出すという「デジタル変革」の本質が理解されていない。幹部はデータを見ないし、社員は本社のIT部門がデータ分析をすると思っている。データ経営の先進企業とは、データ分析能力の「平均点」が高い会社だといえる。デジタル変革を成功させる決め手は全員がITを使うことだと気づいてほしい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2019年8月30日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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