コラム:イノベーション創発への挑戦

クラウド発 AI民主化

クラウド発 AI民主化

「人工知能(AI)の民主化」という、ここ2年ほどで出現した言葉がある。AIが専門の研究者の手を離れ、現場の技術者や市井の事業者も自由に利用できるようになることを意味している。

情報処理学会学会誌2017年11月号の巻頭コラムに、静岡県で農業を営む小池誠さんがキュウリを画像認識で自動選果するシステムを自作するに至った経緯を紹介している。大きさや形状を自動認識する試作3号機が完成。もはや試作ではなく実用に使っていると聞く。従来なら選別機メーカーの力を借りて、二桁以上違った開発費を要したはずのシステムだ。

福岡県でクリーニング店を経営する田原大輔さんは衣類をワイシャツ、ズボン、スーツ、コート等に自動分類するシステム開発を自作している。田原さん自身にIT(情報技術)に関する経歴はなく、独学でAIを学び、店舗の無人化を目指している。

小池さんと田原さんに共通していることは、クラウドの利用だ。米国のソフトウエア開発者で著名な投資家でもあるマーク・アンドリーセン氏は2011年に「ソフトが世界をはんでいる」と述べた。ソフトを制するものが世界を制する状況を的確に表現した言葉だ。今はこう言える。「クラウドが世界をはんでいる」。

クラウドが推し進めているのは、ITによる業務の効率化、ビジネスモデルの転換というデジタル変革だけではない。あらゆる利用者へのAIの技術解放を実現しようとしている。

一方で、AI技術の開発者側はどうだろう。ここ数年、論文が学術出版社を経由せずインターネットを介して研究者同士が直接やりとりする仕組みが広まっている。アーカイブ(arXiv)と呼ぶコーネル大学図書館が運営しているサイトが著名だ。

新しい知識が即座に世界に伝わる。その知識に基づいて、誰かがオープンソースソフトウェア(OSS)と呼ぶプログラムを公開する。そのOSSはギットハブ(GitHub)と呼ぶソフトウエア開発プラットホームで世界中の技術者の間で瞬時に共有され、改良され進化していく。似たスタイルは昔からあったが、今はスケールと速度がまるで違う。AI技術のコモディティー化(一般化)の速度は破壊的だ。

世界同時開発の大きな渦が回っている。渦に背を向けて独自の研究をする孤高の天才を応援する一方で、企業の技術経営はAIに関しては社内に閉じた体制では立ちいかないことを悟り、「渦の中で大事なのは技術進化に追従するスピードだ」ということを理解しなければならない。

非IT企業の経営者には、投資余力がなくてもAIの実用化に取り組むことが可能になったことに気づいて欲しい。AIを利用してどうビジネスを変えていくかは、その気付き次第だ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2018年8月3日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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