コラム:イノベーション創発への挑戦

「カニバリ」恐怖症の弊害

「カニバリ」恐怖症の弊害

「カニバリ」というビジネス用語をご存じだろうか。もともとは共食いを意味する英語でカニバリゼーションから来た言葉だ。複数の異なる自社製品が同じ顧客を奪い合う。もうかるところに似た製品を出す、既存製品を新技術で置き換える製品を同じ市場に出す、といった事例は多い。

ここで架空の会社、レモン精密工業を例にカニバリ恐怖症の弊害を示したい。同社は工作機械を複数の事業部で企画・製造している。販売は本社の営業部門が一手に引き受けている。

本社部門には「重複プロジェクト禁止」という方針がある。製造原価が高いため、重複は会社資産の無駄遣いだとの見立てだ。

最近になり、似たような組み立てロボットを事業部Aと事業部Bが販売するとの事業計画が上がってきた。本社は製品の重複を嫌って半年以上も会議を続け、結局、事業部Bには「狙う市場規模が小さい」として計画を中止させた。

この判断の可否は難しい。ロボットによる工作機械市場は上り調子。事業部Bにも発売させて、市場の判断に任せてもよかった。

ここで別の事業部Cが組み立てロボットを最新の遠隔保守技術により時間貸しするサービスを提案してきた。顧客側にとっては初期投資を抑え、かつ遠隔保守することによりロボットの稼働率を上げることができる。しかし、営業部門が反対した。売れるロボットの数は確実に減るからだ。結局、ロボットリース事業は市場にでていない。

リクルートホールディングスの例を紹介したい。転職あっせん事業で実績のあるリクルートエージェントは、キャリアアドバイザーを中心とした転職支援のエキスパートにより業務を推進している。一方で、リクルートは米インディードを2012年に買収した。同社は求人検索サイトで人工知能(AI)によるマッチングで転職支援を手がけており、現在利用者数は60カ国以上で利用者数は毎月2億人に上るそうだ。

リクルートエージェントとインディードの事業はカニバリの関係にある。普通なら買収には二の足を踏むが、リクルートは電子メディアによる既存書籍の置き換えをはじめとして、事業の新陳代謝を推進しつづけてきた。そこには自社事業の相克を認めて行く企業文化がある。

確かに装置産業のカニバリは無駄だ。社内の調整を重視せざるを得ない。一方で、製品・サービスの開発運用コストを極限まで落としたネット企業は、重複したサービスをあえて出して市場で成否を問う。情報通信技術と製造技術の進歩により重複を維持することの費用対効果のバランスが崩れつつある。アイデアを淘汰するのは市場であって本社部門ではない。本社部門がすべきことは全部門を市場と一緒に呼吸させることだ。カニバリへの恐れはイノベーションの敵である。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2018年10月15日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

他のコラムを読む

このページのトップへ