コラム:イノベーション創発への挑戦

存在価値 社是で語れ

存在価値 社是で語れ

「産業人たるの本分に徹し社会生活の改善と向上を図り世界文化の進展に寄与せんことを期す」。今でもそらんじることができるパナソニック社の綱領だ。私は新人の頃、社是・社訓の重要性を分かっていなかった。前近代的な精神論ではなく、生きる術である最新技術を語る同僚と上司を尊敬していた。しかし、経験を積み企業を経営する立場になると、創業者の想いを言葉にした社是の重要さを感じるようになった。

会社を興し発展させようとするとき、「ナゼこの会社が存在するのか」が規定されていなければならない。それが社員にとって「ナゼここで自分が働いているのか」を覚悟することの基盤となる。ナゼが腹落ちして理解できれば、仕事を自分のこととして捉える「自分ごと化」ができる。

社是・社訓には社業によって実現したい世界(ビジョン)と社員がとるべき行動規範が書かれる。ただ、それらが「環境にやさしい持続的発展が可能な社会を目指す」や「世界を平和に、日本を豊かに」など、当たり前の曖昧な表現で共感を得られるだろうか。

横河電機マーケティング本部の伊原木正裕氏の意見を紹介したい。「(ビジョンに必要なのは)企業が特定の目的に向かう必然性と、アプローチの納得度だろう。これらがそろうと(ビジョンを)『物語』にして、パッションとロジックの両方を語れるようになる。聞いた人の眼前には、それが実現された時の景色が広がって見える。それを想像してワクワクするのだ」。

経営者や幹部がビジョンとそれへの行程を情熱と論理で語る。社員は、そこから見える景色に感動し共感する。これが理想だ。

先日、大阪大学元総長の鷲田清一氏と社是の話をする機会があった。いわく「経営理念に多様性が必要だ」とのこと。「京都の堀場製作所の社是は『おもしろおかしく』だ。京都のお香のお店、松栄堂では『細く長く曲がることなく』。それぞれの企業がそれぞれの価値観を持って動いていくから、世の中が回る。大学もそれぞれに建学の精神があって、異なる世界観で学生を育てようとしていたはずだ。就職率などで評価すべきではない」

組織を画一化した指標で評価するために、大学なら学術論文数、引用数、就職率、企業なら総資産利益率(ROA)やフリーキャッシュフローを用いるのは仕方ない。ただ、指標だけを追うと「ナゼこの組織は存在するのか」という自問がなくなる。そして、どうやって指標の設定値を達成するかの「ハウ」だけを追求する文化に染まっていく。目標を自己定義できない組織のなんと悲しいことか。

経営者が描くビジョンが物語として説明される時、社員にそれが具体的な景色として見える時、共感をエネルギーとする頑健な組織ができる。社是・社訓を日常で感じたい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2018年6月22日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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