コラム:イノベーション創発への挑戦
仕事は「自分ごと化」が必須
スタートアップにも種類があり、情報通信技術を背景に起業された会社が技術系スタートアップだ。この種の会社に対して、多くの伝統的な既存産業に勤める中高年層は、どのような印象をお持ちだろうか。
ジーンズをはき、会社のロゴをプリントしたTシャツを着た、ちょっと軽薄な若者か、若者気取りの中年が、展示イベントでデモをしている。ビジネスモデルの設計は後回しで夢を語り、イベントの打ち上げでは味の薄いビールを片手に「イノベーション」という言葉を連発しはしゃいでいる――。
こんな印象を持つ方もいるかもしれないが、実態は違う。スタートアップは、航海に例えると新天地を求めて荒れた海にこぎ出した小船だ。乗組員に向く人と向かない人を見分ける方法を、同僚が教えてくれた。以下の状況に対して、肯定的なのか、否定的なのかを聞いてみるとよいと。
- 営業がとってくる顧客の要求はいつも急で、逐次検討する必要はない。
- 営業と技術とマーケティング、それぞれ役割を決め、うまく回すべきだ。
- 上司の命令が理不尽なときは、適当にやる。
- 開発技術者が顧客サポートをしているような会社は成長しない。
- 会社は目先の数字を追うだけでなく、将来への投資を考えるべきだ。
あなたは、いくつ肯定できただろうか。私は一つだった。同僚に言わせれば、二つ以上肯定する人は技術系スタートアップには向かず、大会社に向いていると言う。技術系スタートアップでは、なぜこれらに否定的でなければならないのか。理由は以下の通りだ。
- 商機は突然やってくる。要求を二週間前から予告する優しい客などいない。要求は大事なマーケティング情報だ。
- 誰のせいにもできない世界にいるという覚悟を持て。自分で全部やれ。
- 経営幹部がいちいち説明している時間がない時がある。まず動け。
- 顧客と会え。地べたをはって顧客の面倒を見るのは当然だ。
- 今日がなければ明日はない。将来への投資機会は自分で考えろ。
まとめると、地べたをはう仕事を自分の問題として一人称で主体的に捉える人、「自分ごと化」できる人とでも言おうか、そういう気質が身についていないと、スタートアップには向かないということになる。
もちろん、自分ごと化は大会社でも必要だが、要求される範囲の大きさに違いがある。大企業では「どういう行動が是なのか、否なのか」という行動規範が時間をかけて社員で広く共有されている。一方、スタートアップは歴史が短く、会社を回す仕組みもない。
ひとりひとりが、あらゆる仕事を自分ごと化する。これこそが、荒波の小船の乗組員にとっての必須の行動規範なのだ。
ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2018年5月4日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。