コラム:イノベーション創発への挑戦

組織文化にじむ座席配置

組織文化にじむ座席配置 イメージ

IT(情報技術)分野で新規事業を夢見て起業し、数年で社員数十人程度に成長したスタートアップの経営者に会う機会が増えた。彼らと接していると、多くが職場の活性化のために座席配置に気を配っていることに気づく。

先月、あるスタートアップの虎ノ門ヒルズにある新オフィスを拝見する機会を得た。ニューヨークにあるエースホテル風の内装はクールだった。それよりも注目すべきは、経営幹部の席だ。広い開けた空間の、やや隅の4席が彼らの居場所だった。社長いわく「常に移動するから席の豪華さは気にしない。幹部4人がその平場の席に座ることで必然とコミュニケーションが密接になる」とのこと。

シリコンバレーや東京に限らず、スタートアップではお互いの顔が見える開放的な「オープン・プラン・オフィス(開放型オフィス)」を採用している企業が多い。彼らは起業時に広いオフィスを借りられず、高価な家具類も買えないからだ。ただ、会社が大きくなっても経営幹部が一般社員と同じ開けた空間に座るスタイルを継続する企業は多い。例えば世界最大の交流サイト(SNS)を運営する米フェイスブックは、そのスタイルを変えていない。その理由は「創造性ある組織を維持するために、あえてオープンな座席配置を取り続ける」からだ。

私が2002年にシリコンバレーに赴任した際は、キュービクル型と言われる、個人の席を高い壁で区切ったスタイルがまだ流行していた。そして、その頃の同僚たちの夢は、個室のオフィスを持つことだった。プライバシーが守られた自分だけの空間に写真や小物を飾り、仕事をすることがステータスだった。自分自身が研究者で、創造性は個人のアイデアからくるものと信じていた自分にはそれが快適だった。

  • 個人による創造性から組織による創造性へ

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    それが、2005年ごろから潮目が変わったように思う。対向式や背面式、クラスター型など形式は様々だが、開放型オフィスがIT系スタートアップを中心に流行するようになった。そして会議室はガラス張りだ。技術が成熟したIT分野では、イノベーションを個人の創造性に頼るだけでなく、多様な個人の意見を尊重し、それを集約する組織文化に依存するようになってきたからだ。

    開放型ゆえの欠点もある。当然、「雑音が多く集中できない。プライバシーがない」との批判は多い。シリコンバレーの起業家である知人いわく「ヘッドホンは常識だよ」とのこと。別途、集中作業用の小部屋を用意している会社もある。

    開放型オフィスには、1980年代まで日本でよく見かけた、4席あるいは6席を対向式で机を並べる島型配置の影響があったと言われている。ただし、日米で決定的に違う点がある。日本の島型配置には管理職の席が直角に配置される。米国の対向式配置にはそれがない。

    この違いを前述の知人に話すと、理由は明確だった。「座席配置に権力が見えちゃ駄目なんだよ。誰がそのメッセージを発したのかが大事じゃない。メッセージそのものが大事なんだ。それがシリコンバレーの文化だ」

    座席配置は、命令遂行が重要な組織と、個人の独創性を追求する組織とでは異なるべきだろう。日本の島型配置にはそうする理由があり、それを揶揄(やゆ)する意図は毛頭ない。

    組織の創造性を最大化するために、意識すべきことは何か。「職位に関係なく平場で皆がアイデアを出し合い、それが大きな化学反応を興してイノベーションにつながることをしたい」。なら、どうすればよいか。そのためにスタートアップ経営者が腐心していることのひとつに、座席の配置がある。たかが座席配置。されどそれは組織文化を表している。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2014年10月30日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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