コラム:イノベーション創発への挑戦

取るべきリスクを取ろう

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新製品や新サービスを企画し、若き技術者と向き合う今になって「エンド・エンドで考えろ」との、松下電器産業(現パナソニック)専務であった三木弼一氏の言葉を思い出す。

これは、部品や研究成果の調達という「端(エンド)」から技術開発、顧客開拓、流通等を経て販売という最後の「端」に至るまでを完結したシナリオとして捉え、その枠組みで技術開発を考えるというものだ。

このエンド・エンド思考は簡単なようで難しい。私を含む技術者は「どうすればどういう機能がどれだけのコストで作れるか」という製品に対する仮説を検証することに執着しやすい。大事なのは「誰が製品を買うのか、いくらでどうやればどれだけ売れるのか」という顧客に対する仮説を立てて検証することだ。

この製品仮説と顧客仮説が両立して初めて必要条件が揃い「売れるかもしれない新製品」が企画される。

シリコンバレーでバイブルのように読まれたスティーブン・ブランクの「アントレプレナーの教科書」では、顧客仮説に焦点を当てて製品仮説との整合性をチェックし「計画どおりに進まないこと」を前提に市場開拓と顧客発見の作業を試行錯誤的に繰り返すことの重要性を述べている。

顧客起点で新製品を開発することの重要性は彼の著作に譲り、完結したシナリオをリスク込みで描くという視点で話を続けたい。「仮説」という言葉を用いたが、それは言い換えると「企画した製品ができないかもしれない」「想定した顧客も市場の成長性もないかもしれない」というリスクを意味している。

ホームランを狙うから三振するように、新製品開発は必ずリスクを伴う。そこでは、リスクを減らすための周到な計画よりも、リスクがどこに存在するかを明確に意識し、必然であるリスクと排除できるリスクを切り分けるセンスが重要だ。

  • 排除できるリスクを見極める

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    腕時計型音楽プレーヤーという架空の新製品を考えてみよう。顧客仮説検証の結果、この製品は腕時計の基本機能に加え、音楽再生機能(A)、音声認識で操作する機能(B)、超小型の携帯電話機能(C)がそろえば売れるとする。機能AとBの実現性は検証済みだが機能Cだけが検証できていなかったとする。

    Cは新商品のキモだが、所望の大きさとコストでは実現できないかもしれない。これが、この新製品開発におけるリスクだ。だが他社に先駆けて自社だけが実現できるのであれば、そのリスクの向こうに商機がある。このリスクは必然だ。

    さらに機能C実現のメドがつきかけた頃、技術幹部から「新製品は既存技術A、B、Cの組み合わせだけじゃないか。何が新しいんだ」との批判が出た。そこで技術部門から未検証の独自新技術「心拍を測定してその日の体調に合わせて音楽を推奨するという機能D」を入れたいとの提案があり、開発責任者が採用してしまった。

    ここでリスクは「機能C×機能D」の実現リスクのために大幅に増大したことがお分かりだろう。スジのよいリスク一つを見極めてそれを検証していく感覚が重要だ。

    富士ゼロックスには竹中語録とよばれる故竹中治夫専務の箴言(しんげん)集がある。1980年代前半に語られた言葉を紹介したい。

    「開発とはビルディングであり、確認済みの要素の組み立てであり、研究の混入は不可」「意思決定のための諸活動を研究といい、決定された意志の展開を開発という」

    30年たった今でも切れ味が鋭い。技術は全体の部分にすぎない。完結したシナリオを描くこと、その成立に欠けている部分は何かを意識し挑戦すること。それらが勘所だ。あなたが取るべきリスクはなんだろうか。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2014年9月18日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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