コラム:イノベーション創発への挑戦
「自ら食べる」改良に生かす
身につけて使う「ウエアラブル端末」を使っている友人に「何しているの?」と尋ねたら「ドッグフーディングしてまーす」と返ってきた。「へぇ、どうよ? イケテル?」。このやりとりで会話の内容がわかったら、あなたはIT(情報技術)業界通だ。
IT業界の製品開発の現場には「Eat your own dog food」という言葉がある。直訳すると「自分の犬の餌を食べてみろ」になる。また短く「dogfooding(ドッグフーディング)」とも言われる。1980年代後半に米マイクロソフトから広まった言葉だ。
「ドッグフードの宣伝に必要なことは、まず自身でその売り物を使うことだ」という逸話から「ソフトウェアの開発をしている会社では、まず社員が試用する」という意味で使われるようになった。その後一般化し「製品・サービスを売る際には、事前に社員が使って品質と有用性を確かめる」という、いい意味のスラングとなっている。
マイクロソフトでは、新しいソフトウェアを市場に出す前に、社員有志を社内横断的に組織し、そのソフトウェアを試用しながら不具合を修正するという。開発担当ではない社員が試験することにより、一般的かつ網羅的な試験が安価にでき、社員が自社製品を早く理解できる利点がある。
ドッグフーディングの意義は拡大され、ソフトウェアだけでなく、新製品の利便性・有用性を評価する活動に展開されている。冒頭のウエアラブル端末のドッグフーディングは典型例だ。社員が自社製品の「イケテル度」を評価し、改善点を担当部署に報告することで素早く改良できる。
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効果的なドッグフーディングのためには
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このような活動はグーグル、アップル、アマゾン・ドット・コムを含む多くのIT企業が実践している。ここで重要なのは、次の3つの共通点だ。ドッグフーディングが企業文化に根付いていること、組織的であること、製品開発が内製であることだ。社員が積極的に自社製品を試し、その使い勝手を自由に議論し、時にはダメ出しで他部署の製品開発を止めることをいとわない文化がないと意味がない。その上で、組織的に社内の意見を吸い上げる仕組み、その意見を即座に製品改良に直結させるための内製化が重要となる。
担当者以外を巻き込んで、社員有志が自社製品を磨きこんで改良する姿勢は見習いたい。とかく開発担当者は、その製品にほれ込んでいるから、時に市場とのミスマッチに甘くなる。経理、営業、総務など他部署の協力で、より顧客に近い環境で製品改良の機会をつくるのがドッグフーディングのよいところだ。
個人所有の空いた部屋や家屋を旅行者に貸す、という新サービスを提供している米エアBnBは、社員に年間2000ドルの旅行費補助をすることで知られている。当然、エアBnBのサービスを利用してドッグフーディングすることを期待してのことだろう。社員全員が自社サービスの調査員になる。税制度に対する考えを整理する必要があるが、社員の福利厚生とビジネスをうまくバランスさせた試みだ。
社員が自社製品を愛する。より良い製品をお客様に提供したい。それらは最良のものであるという自信を具現化する手段として「人様に出すものは、まず自ら食べよう」という話をした。ただ「自社製品を社内で使う・使わせる」という精神論だけでは、ドッグフーディングにはならない。必要なのは、それを支える企業文化と、個々の思いを吸い上げ、製品やサービスの改良に結びつける仕組みだ。
犬の餌を食べ続ければ、それに何を足せばおいしくなるかも見えてくる。それが企業としての組織的なイノベーションのひとつだと思う。
ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2014年12月18日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。