コラム:イノベーション創発への挑戦

ITにデザイン思考を

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「これから情報通信技術(ICT)分野で大事なのはデザインだよ」との言葉を聴いたのは、森川博之東京大学教授からだった。もう数年も前になる。「ICTはデザインだ」と私自身思うし、周囲でも同じ意見を持つ大学や企業の友人が増えてきた。

ここで言うデザインとは、より広く「設計」や「計画」という意味を持ち、ICT分野ではサービスをよりよい形で提供するためのシステム設計を意味する。所定の目的に対して多くの観点から評価が必要で、必ずしも答えはひとつではないシステムを、種々の経験・技術を駆使して具現化する作業に相当する。

ここで見習うべきは建築学だろう。建築学で言う「建築デザイン」に対して「システムデザイン」という言葉が対比できる。

建築を学ぶ学生は、早い段階から図面、模型を用いて建築作品をプロトタイピングし、それを教授に厳しく評価されるという教育を受ける。「その建築作品が利用者にもたらす価値はなんなのか?」と自問しながら、建築デザインの授業で学生は目的を達成するために環境、経済、人間工学など総合的な能力が必要なことを学ぶ。感動を与えるためにはデザインが重要と知る。これをデザイン思考と呼ぶことにする。

この言葉、分野は異なるがシリコンバレーのデザインコンサルティング会社IDEOが提唱した概念として知られている。それは人間中心の設計を工業製品からビジネスにまで展開しようというものである。

翻ってICT分野の大学教育はどうだろう。建築学では作品で評価される成果が、電気電子工学、計算機科学ではインパクトの大きな論文数で評価される。論文のためには、科学技術優位の思考が不可欠。建築の学生が刷り込まれるマインドセットを持つ学生は少ないだろう。

科学技術思考の学生は、伝統的なICT企業の研究開発部門(R&D)に配属されることが多い。そこでは、経営陣もR&D自身も純粋な技術開発を期待している。

これは成熟した技術からなるICT分野では危うい。傾向としてR&Dの役割が「事業部門のリソース」に矮小(わいしょう)化される。そうすると、お客様に感動を与えるのが目的ではなく、とにかく生み出した技術が事業部門に引き取られることが目的になってしまう。

  • 感動を与えるためのデザイン思考とは?・・・

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    シリコンバレーで最近人気の新興サービス・製品を見てみよう。携帯電話でクレジットカードの個人支払いを受け取れるスクウェア、使いやすいオンラインストレージを提供するドロップボックス、電気自動車メーカーテスラ・モーターズ。そこにあるのは科学技術思考ではなく、検証された技術の組み合わせによるシステムデザインだ。

    このようにデザイン思考の技術者とデザイナーからなる集団がイノベーションを起こす。シリコンバレーでは、起業家や投資家の多くが理科系出身者。技術が分かる人間が、デザイン思考でビジネスを組み立てる。

    例えば米グーグルの投資会社であるグーグル・ベンチャーズでは、投資を判断する幹部(パートナー)のほとんどは理科系で科学技術の背景を持っている。さらには投資対象企業が人間中心のサービスを提供できるよう支援するデザイナー集団がいる。

    デザイン思考の目的は顧客に感動を与えること。建築家が顧客と対話して設計図を描くように、ICT技術者自らが農業、医療、運輸、不動産など様々な産業と向き合ってサービス全体を俯瞰(ふかん)して設計する、デザイン思考への転換が重要だ。イノベーションの機会はそこにある。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2014年1月24日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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