コラム:イノベーション創発への挑戦

新技術には新企業文化を

新技術には新企業文化を イメージ

「中途半端な技術者ほど保守的になる」との言葉が耳から離れない。

それは1985年4月、松下電器産業(現パナソニック)の新入社員に対する経営企画室長講話の一節だった。

「一流の技術者は、今の技術分野の仕事を完遂させたら次の分野の開拓に取りかかる。中途半端に一流の技術者は、今の技術分野の成果に満足して、そこに留まり動かない。自身の専門技術を否定できず、今の成果を信じているからだ」という趣旨だった。

2013年11月13日、ラスベガスにてアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の年次イベント「re:Invent」の一つのセッションで講演する機会を得た。クラウドの開発者や技術者が集まるAWS最大イベントであり、毎年多くのクラウド新技術・IT(情報技術)サービス、利用例が発表される。

今年は昨年の5,000人を上回る9,000人が参加した。この分野が進化の途上にあり、その進化を取り込もうとする参加者の熱気を肌で感じた。

クラウドを利用する最大の利点は何か?「提供できるIT基盤の拡張性、柔軟性そしてコスト削減である」と答えるのが模範解答であろう。だが、私の発表の主眼は「この新しくかつ進化しているIT基盤を使う利点は、我々の開発スタイルを変革できたことだ。逆に開発スタイル、それを支える企業文化そのものを変えないと、クラウドという新しいIT基盤を真に使いこなすことはできない」というところにあった。

文明開化のおり、東京—横浜間に元祖IT革命である電信線が架設された際「電報が届くなら手紙も届くだろう」と電信線に手紙をつるす人がいたとの伝説がある。電信(=クラウド)の利便性を曲解して従来の手紙(=従来のサーバー)の使い方をしても無意味だ。

  • クラウドに適した流儀とは?・・・

    開く

    「リーンスタートアップ」と言われるクラウド由来の新しい流儀を示そう。

    まずITサービスのβ版を出す。そのβ版を毎日手直ししながらお客様の反応を計測する。そしてサービスを継続しながら機能を追加する。クラウド基盤技術を自ら理解して、そのサービスの開発と運用を数人のチームでまわす。パートナー企業とは対等であり、チームの一部とする。時間のかかる発注はしない。チームで仕様を決めて自ら設計・実装・運用保守をする。設計は小さく作って大きく伸ばすことを意識する。さらにバグがあることを前提に設計する。そして何かあったらチーム全員で共同責任をとる。

    「クラウド」という言葉の流行の裏で、以上の開発スタイルを実践できる道具と、その使い方を共有する開発コミュニティーができてしまった。

    この開発スタイルは、数あるITサービス開発の流儀の一つにすぎない。文明開化のIT革命後も丁寧に書いた手紙には情緒があり、依然として通信手段として重要である。しかし「電信は電信の使い方をするのが一番」の話を続けたい。

    多くの企業で難しいのは、ここで紹介した開発スタイルの実践だ。開発チームのリーダーにはサービス実現に執着する情熱が必須だ。経営幹部はそのリーダーの提案・実行力に「賭ける」というこれまで経験したことがないリスクをとらなければならない。

    パートナー企業をメンバーとして迎えるという発想の転換も重要。メンバーは共同責任を負って自らサービス開発・運用するように意識を変えなければならない。突き詰めると社員の暗黙の行動規範、すなわち企業文化そのものが変わらなければならない。

    新しい技術を使いこなすには新しい文化が必要だ。ここで冒頭の一節を振り返ろう。技術者は保守的になりやすい。誰だってこれまでの自分の専門技術と働き方を維持したい。しかし、一流になりたいなら使う技術を変え、自身の働き方を変革しなければならない。あなたは電線に手紙をつるすような中途半端な技術者になっていないだろうか?

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2013年11月29日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

他のコラムを読む

このページのトップへ