3GPP Release 19におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術
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松村 祐輝(まつむら ゆうき)
奥村 守(おくむら まもる)
大塚 鉄兵(おおつか てっぺい)
鈴木 康介(すずき こうすけ)
6Gテック部
山下 航輝(やました こうき)
中村 零(なかむら みお)
大川 立樹(おおかわ りき)
大島 廉生(おおしま れん)
RAN技術推進室
亀井 拓人(かめい たくと)
プロダクト技術部
あらまし
2020年3月にドコモは3GPP Rel-15仕様を用いた5G通信サービスを開始,今後のサービス普及拡大により,無線通信ネットワークはさらなる高速・大容量化が求められている.これを踏まえ,3GPPにおいて,Rel-15~18仕様を機能拡張・高性能化したRel-19仕様が2025年に策定された.これにより,ユーザに対してより高品質な通信サービスが提供されるとともに,事業者にとってはネットワーク運用効率の向上や多様なサービス展開が可能となることが期待される.本稿では,Rel-19 NR仕様の無線アクセスを解説する.
01. まえがき
2020年3月,ドコモは3GPP(3rd Generation Partnership Project)*1 Release 15(以下,Rel-15)[1]で策定されたNR(New Radio)*2を用いた第5世代移動通信システム(5G)通信サービスを開始した.Rel-15は,高速・大容量,高信頼・低遅延,多数UE(User Equipment)*3同時接続という特長をもち,これにより自動運転やスマート工場といったさまざまな5G通信サービスが可能となった.また,Rel-16~18[2]~[4]では,これらのユースケースの実用化および適用領域拡大に向けた機能追加や性能向上が進められ,5Gの高度化と成熟が図られてきた.一方で,今後のサービス普及拡大や新たなユースケースの登場に伴い,さらなる無線通信ネットワークの拡張・高機能化が求められている.これを踏まえ,これまでの延長としての性能向上に加え,新たな利用形態への対応やネットワーク高度化を目的として,Rel-15~18の機能を発展的に拡張・高性能化したRel-19が2025年12月に策定された.
本稿では3GPP Rel-19のうち,モバイルブロードバンドの高度化(eMBB:enhanced Mobile BroadBand)*4に向けた品質・性能向上を図る機能について述べる.具体的には,ユーザスループット向上を目的としたMIMO(Multiple Input Multiple Output)*5高度化技術,ハンドオーバ*6遅延の低減と柔軟性の向上を目的としたハンドオーバ高度化技術,上りリンク*7通信の改善による高速・大容量化と高信頼・低遅延化を目的とした複信方式*8の高度化技術,XR(Extended Reality)*9シナリオにおける低遅延・大容量化を目的としたXR拡張技術,ユーザスループット向上とカバレッジ*10改善を目的としたFR1(Frequency Range 1)*11およびFR2*12の周波数におけるUE RF(Radio Frequency)*13機能拡張技術を解説する.
- 3GPP:各国の標準化機関により設立された移動通信の仕様を検討,策定するプロジェクト.
- NR:5G向けに策定された無線方式規格.4Gと比較して高い周波数帯(例えば,3.7GHz帯や4.5GHz帯,28GHz帯)などを活用した通信の高速・大容量化や,高度化されたIoTの実現などを目的とした低遅延・高信頼な通信を可能にする.
- UE:3GPPに準拠した機能をもつ移動機.
- モバイルブロードバンドの高度化(eMBB):高速・大容量を必要とする移動体通信の総称.
- MIMO:同一時間,同一周波数において,複数の送受信アンテナを用いて信号の伝送を行い,通信品質および周波数利用効率(*66参照)の向上を実現する信号伝送技術.
- ハンドオーバ:UEが接続先のサービングセルを切り替えること.
- 上りリンク:UEから基地局方向への情報の流れ.
- 複信方式:相対する方向で送信が同時に行われる通信方式をいう.一般に,FDD(*101参照),TDD(*58参照)がある.
- XR:ウェアラブルUEなどを用いて,現実と仮想の環境が融合する体験を提供する技術の総称.
- カバレッジ:基地局当りのUEとの通信を行うことができるエリア(セル半径).カバレッジが大きいほど設置する基地局数を低減できる.
- FR1:周波数レンジの1つ.410~7,125MHzを指す.
- FR2:24.25~71.0GHzの周波数帯域.Rel-15において24.25~52.6GHzの周波数帯域をFR2として定義したが,Rel-17において上限を52.6GHzから71.0GHzまで拡張した.従来のFR2帯域(24.25~52.6GHz)はFR2-1,拡張されたFR2帯域(52.6~71.0GHz)はFR2-2と定義されている.
- RF:無線アナログ回路部.
02. MIMO高度化によるユーザスループットの改善
2.1 イベント契機のビーム報告
従来のビーム報告は基地局が指示したタイミングで実施され,この方式では,基地局が指定した報告周期の途中で,UE周辺環境の変化などによりビーム品質が劣化した場合,ビーム報告が間に合わず,ビーム障害が発生してしまう課題があった.基地局が高頻度のビーム報告を指示すれば上記の課題は解決できるが,上りリンクオーバヘッド*14を必要以上に増加させてしまうので,現実的な解決策ではない.
そこで,Rel-19では,MIMOビーム管理のさらなる高度化を目的として,UEが自律的にビーム品質の変化を検知し,必要なタイミングでビーム報告を送信するイベント契機のビーム報告が導入された.
Rel-19のイベント契機のビーム報告では,UE自身がL1(Layer 1)*15測定結果に基づき,図1に示すように,周辺環境が変化して事前に設定されたイベント条件を満たした場合にのみビーム品質の測定結果を送信する.これにより,UEは低い上りリンクオーバヘッドにおいて,必要なタイミングでのビーム報告が可能になる.
またイベント条件として,以下のいずれかのイベントがRRC(Radio Resource Control)*16メッセージで設定される.
・イベント1:現在使用中のビーム品質がしきい値を下回った場合
用途:ビーム障害が発生することを防ぐため
・イベント2:新しいビーム品質が現在のビームより十分に良好になった場合
用途:最適なビーム選択を実現するため
・イベント7:アクティブなビームリストのうち,所定の順位のビーム品質より良好なビームが検出された場合
用途:最適なビームをアクティブにし,高速なビーム切替えを実現するため
イベント条件を満たすと,UEは基地局にビーム報告をする条件を満たしたことを通知するために,上りリンク制御チャネル(PUCCH:Physical Uplink Control CHannel)*17を送信し,その後イベントベースのビーム報告を上りリンクデータ共有チャネル(PUSCH:Physical Uplink Shared CHannel)*18で送信する.
PUSCHの割当て方法はモードAとモードBの2種類が規定されている.
・モードAにおいて,UEはイベント契機のビーム報告を送信するためのPUSCHのリソースを要求するためにPUCCHを送信した後,基地局から下りリンク制御情報(DCI:Downlink Control Information)*19によりリソースを割り当てられる.必要なときにのみPUSCHのリソースを割り当てるので,効率的なリソースの活用が可能である.
・モードBでは事前に設定されたPUSCHリソースが利用される.このリソースは複数の目的で利用される可能性があるため,UEはPUCCHを事前に送ることで,基地局にイベント契機のビーム報告で利用することを通知する.常にリソースが占有されるため,オーバヘッドが大きくなる一方で,より迅速なビーム報告が実現できる.
イベント契機のビーム報告には,複数ビームのRS(Reference Signal)識別子*20とL1ビーム品質測定結果が含まれ,基地局はこれを用いて迅速なビーム切替えを行うことができる.この仕組みにより,UEの高速移動時などビーム品質の変動が激しい環境においても効率的なビーム管理が可能となる.
2.2 下りチャネル情報フィードバック方式の拡張
sub-6GHz*21帯域においては,アンテナ技術の高度化や小型化から,超多素子アンテナを備えた基地局の実装が進んでいる.従来UEが測定やフィードバックできるCSI-RS(Channel State Information Reference Signal)*22ポート数は,最大32までしか仕様化されていなかった.そこで,基地局側がもつアンテナの性能を最大限引き出すため,より精密なCSI(Channel State Information)*23フィードバックへの拡張と,CSI-RSの最大128ポートへの拡張が行われた.
128ポート用のCSI-RSに関しては,新しい信号パターンをゼロからつくるのではなく,従来のCSI-RSリソースを複数束ねる手法が規定された.図2に示すとおり,128ポートを構成するために,32ポートのリソースを4つ組み合わせることができる.これにより,Rel-18以前のUEにおいても,個々の32ポートCSI-RSを従来どおり測定できるため,新旧のUEに対してCSI-RSを二重に送信する必要がなく,無線リソース*24の消費を最小限に抑えることができる.
CSI-RS codebook*25についても,128ポートに向けて拡張された.標準的な解像度をもつ「Type-I codebook」と,より高精細なチャネル情報を表現できる「eType-II codebook」をベースに,多ポート対応へスケールさせている.
図3に示すとおり,より高解像度のCSIを活用することで,目標となるUEに強い電力をより正確に集中させて通信を行うことができる.これによって,通信が混雑する環境やセルエッジにおける下りリンク*26スループットの改善が見込まれる.
2.3 3アンテナ上り送信
近年のモバイル通信システムにおいて,下りリンクでは4受信アンテナ(Rx)などの高度な受信方式が受信されている一方で,上りリンクの性能がシステム全体のボトルネックとなる課題が生じていた.これまでの3GPP仕様においては,UEの上りリンク伝送用アンテナとしてRel-15にて仕様化された{1,2,4}Txに加えて,Rel-18では8Txが新たにサポートされており,多素子アンテナへの高度化が進められてきた.しかしながら,特にスマートフォンなどにおける実際のデバイス実装では,アンテナの実装スペースやRF素子のコストなどの制約から,2Txアンテナが広く普及するにとどまっている.そこで普及している2Txから,ハードウェアの負担を抑えてMIMOによるスループットや通信品質を底上げするために,Rel-19にて3Txが仕様化されるに至った.3TxにおけるPUSCH伝送では,実装の現実性とUE負荷の観点から,主にNon-coherent*27のケースに限定して仕様の策定が行われた.各アンテナ間の位相が厳密に揃っていない一般的なUEの実装を前提とし,Full-coherent*28を要件から外すことで,UE側のRF実装要件を大幅に緩和している.
3Txの導入,特にMIMOレイヤ*29のサポートにより,上りリンクのスループットには直接的な向上がもたらされる.高SINR(Signal to Interference plus Noise power Ratio)*30かつパスが豊富で良好な通信環境においては,理論上,上りリンクのピークスループットは2Tx比で最大1.5倍に拡張される.これにより,スマートフォンなどのデバイスにおいても送信アンテナ数を増やすことが可能になり,大容量データのアップロードなどにおけるユーザ体験を向上させることが期待される.
2.4 上下リンク非対称セルシナリオ
従来のセルシナリオでは,基地局の送受信点(TRP:Transmission and Reception Point)*31は下りリンクと上りリンクにおいて同一であった.このようなシナリオにおいて,UEの送信電力は基地局より小さいことが多いため,上りリンクの性能が十分に出ない場合があった.
そこでRel-19では上下リンク非対称セルシナリオが導入された.図4で示すように,従来のTRP(以下,従来TRP)に加えて上りリンク用のTRP(以下,上りTRP)を追加設置することで,UEはより距離の近い上りTRPにデータを送信することができ,上りリンクの性能を改善できる.上りTRPは下りリンクのデータ送信をしない簡素な構成が想定される.これにより,従来TRPと比べてハードウェアのコスト低減効果や,基地局消費電力の低減効果が期待される.また,上りTRPはすべての下りリンク信号を送信しないシナリオと,SSB(Synchronization Signals Block)*32以外の下りリンク信号を送信しないシナリオが想定される.
(1)パスロスオフセット
上りTRPがすべての下りリンク信号を送信しない場合,上りリンクの送信電力制御に課題がある.Rel-15~18の仕様では,上りリンクの送信電力制御におけるパスロス*33の測定に下りリンクの参照信号*34が用いられる.しかし,従来TRPから送信される参照信号に基づいて測定したパスロスを用いて上りリンクの送信電力制御を行うと,図4に示すように実際の上りリンクのパスロスを測定できず,送信電力が適切にならない.この結果,上りリンクの品質劣化が生じる.
そこで,Rel-19ではUEが測定するパスロスを調整するパスロスオフセットが規定された(図5).パスロスオフセットは上りリンクの送信先を表すTCI-stateごとに設定される.パスロスオフセットが設定された場合,UEが測定するパスロスからパスロスオフセットを減算したパスロスの値を用いて上りリンクの送信電力制御を行う.パスロスオフセットは-12dBから+60dBまで4dB刻みで任意に基地局が設定できる.基地局は,従来TRPと上りTRPの受信電力差や,それぞれのTRPのトラフィック量の負荷分散を考慮してパスロスオフセットを設定する.基地局は,TCI-stateを切り替えることで,受信先のTRPに応じて適切に上りリンクの送信電力制御を行うことができる.
(2) intra-cell/inter-cellシナリオにおける2つのTA(Timing Advanced)*35を管理する仕組み
上下リンク非対称セルシナリオは,UEと従来TRP間のパスロスとUEと上りTRP間のパスロスの差が大きい場合を想定するため,伝搬遅延差が無視できない.そこで,従来TRPと上りTRPが同一セルにあるintra-cellシナリオと,従来TRPと上りTRPが別セルにあるinter-cellシナリオにおいて,1つのセルあたり2つのTAを管理する仕組みが規定された.図6に示すように,UEは従来TRPに向けて送信するためのTA#1と上りTRPに向けて送信するためのTA#2をそれぞれ管理し,送信先に応じて送信タイミングを調整する.
intra-cellシナリオでは,従来TRPと上りTRPの同期がとれている前提で,1つの基準時刻に基づいて従来TRPと上りTRPそれぞれのTA指示を行う.
一方,inter-cellシナリオでは,従来TRPと上りTRPの同期がとれない場合を想定し,それぞれのTRPに対応した2つの基準時刻に基づいて従来TRPと上りTRPそれぞれのTA計算を行う.
なお,inter-cellシナリオでは,上りTRPはSSBを送信し,パスロスオフセットの機能は必要ないため,パスロスオフセットの機能はintra-cellシナリオでのみ規定されている.
- オーバヘッド:ユーザデータの送受信を行うために必要な制御情報や,データ受信に必要な参照信号(*34参照)など,ユーザデータの送信以外に用いられる無線リソース(*24参照).
- L1:OSI参照モデルの第1層(物理層).
- RRC:無線ネットワークにおける無線リソース(*24参照)を制御するレイヤ3プロトコル.
- 上りリンク制御チャネル(PUCCH):上りリンクで制御信号を送受信するために用いる物理チャネル.
- 上りリンクデータ共有チャネル(PUSCH):上りリンクでデータパケットを送受信するために用いる物理チャネル.
- 下りリンク制御情報(DCI):下り制御情報.各ユーザがデータを復調するために必要なスケジューリング情報,データ変調,およびチャネル符号化率などを含む下りリンク(*26参照)で送信する制御信号のこと.
- RS識別子:参照信号(*34参照)ごとに割り振られる識別子.
- sub-6GHz:周波数帯域の区分の1つ.3.6~6GHzの周波数をもつ電波信号.
- CSI-RS:無線チャネルの状態を測定するために送信される参照信号(*34参照).
- CSI:基地局とUEを結ぶ無線チャネルの状態.
- 無線リソース:ユーザごとに通信のため割り当てられる時間および周波数.
- codebook:ここでは,UEが好適な下りリンク(*26参照)プリコーダ(*50参照)を基地局に報告するための,あらかじめ決められたプリコーディングウェイト行列の候補.
- 下りリンク:基地局からUE方向への情報の流れ.
- Non-coherent:複数の送信アンテナ間で,信号の位相を厳密に同調させないことを前提とした送信方式.高度な調整機構が不要になるため,UEコストや実装ハードルを下げることが可能.
- Full-coherent:複数の送信アンテナ間で,すべてのアンテナにおける信号の位相を厳密に同調させることを前提とした送信方式.最大のビームフォーミング利得を獲得し,通信品質やスループットを大幅に向上させることが可能.
- MIMOレイヤ:MIMOにおける空間ストリーム.
- SINR:所望波信号の受信信号電力と,それ以外の干渉波信号と雑音電力の和の比.
- 送受信点(TRP):基地局において,1つの場所に設置された,1つまたは複数の送受信アンテナポートの集合.1つの場所に設置された送受信アンテナポートのみを用いる基地局構成をシングルTRPと呼び,複数の場所に設置された送受信アンテナを用いる基地局構成をマルチTRPと呼ぶ.
- SSB:基地局が定期的に送信する,通信に必要なセルの周波数と受信タイミングなどの検出を行うための同期信号および主要無線パラメータを通知する報知チャネル.
- パスロス:送信局から放射された電波の電力が受信点に到達するまでに減衰する量.
- 参照信号:基地局からUEに設定される既知信号.
- TA:複数UE間の信号の直交性を保つために,UE側で調整する送信タイミングの量.
03. ハンドオーバの高度化によるハンドオーバの遅延低減と柔軟性向上
3.1 Rel-18 LTMのシナリオ拡張
(1)基地局をまたぐLTMのサポート
Rel-18 LTM(L1/L2 Triggered Mobility)*36では,在圏セルと同一基地局のセルのみが候補セルとして設定可能であった.Rel-19では,①候補セル設定を準備し,②ターゲットセルの決定を通知するための基地局間シグナリング*37を規定することで,在圏セルと異なる基地局のセルも候補セルとして設定できるようになった.ただし,基地局をまたいだセル切替えの際は,セキュリティ鍵の更新が必要となる.従来,これに必要なセキュリティ関連情報はRRCにより設定されていたが,Rel-19では,LTM cell switch command MAC CE(Medium Access Control Control Element)*38にセキュリティ関連情報を含めることが可能となった.
(2)L3*39測定に基づくLTMのサポート
Rel-18 LTMでは,UEからのL1測定結果に基づくビーム報告を用いてDU(Distributed Unit)*40がセル切替えを決定することが想定されていた.一方UEによっては,候補セルに対するL1品質測定を報告する能力をもたない場合がある.それらのUEにおいても,早期下りリンク同期*41/早期上りリンク同期*42や候補セルの事前設定などのLTMによる利点を享受するために,L3測定結果に基づくセル/ビーム報告を用いてCU(Central Unit)*43がセル切替えを決定する動作も新たにサポートされた.CUはUEから受け取ったセル/ビーム報告に基づき早期同期やセル切替えの判断を行い,DUにこれを指示する.DUからUEへの指示は,DUにおいて判断を行う場合と同様である.
3.2 LTMのための機能拡張
(1)LTMのための測定報告機能の拡張
Rel-18のLTMでは,セル切替え前の候補セルに対してはSSBを測定したUEのビーム報告のみが可能であった.さらに,基地局はセル切替え後にCSI取得が必要であったため,セル切替え直後に細かいビームをすぐに利用できず,スループットが低下する課題があった.
Rel-19ではこれを解決するため,下記の2点の機能を導入した.
・セル切替え前の候補セルに対してのCSI-RS測定に基づくビ-ム報告
・セル切替え直後のCSI報告
前者においては,周期的/準静的*44/非周期的*45のビーム報告がサポートされており,周期的/準静的に受信するCSI-RSが測定される.また報告内容はRel-18 LTMにおけるSSBを測定したビーム報告と同様に仕様化されている.
後者においては,図7に示すようにUE能力に応じて,セル切替え前に候補セルから周期的/準静的に受信するCSI-RSを用いたCSI測定,またはセル切替え直後に受信するCSI-RSを用いたCSI測定が利用できる.また,最大128ポートのCSI-RSが利用でき,従来のCSI報告形式でワイドバンド*46のPMI(Precoding Matrix Indicator)*47/CQI(Channel Quality Indicator)*48が報告できる.
この仕組みにより,セル切替え直後から適切なMIMOランク*49・プリコーダ*50を利用でき,スループットを維持したハンドオーバが可能となる.
(2)イベント契機のビーム報告
LTMにおいて基地局では,UEからのビーム報告に基づいて,ターゲットセル・ターゲットビームを決定する.Rel-18では周期的/準静的/非周期的なビーム報告のみがサポートされていたが,Rel-19ではイベント契機のビーム報告がサポートされ,これによりビーム報告時のシグナリングオーバヘッドを削減することができる.
イベント契機のビーム報告で新たに用いる以下の4つのイベントが定義された.
・イベント LTM2:在圏セルのビーム品質がしきい値より悪くなる
・イベント LTM3:候補セルのビーム品質が在圏セルのビーム品質よりオフセット分以上良くなる
・イベント LTM4:候補セルのビーム品質がしきい値より良くなる
・イベント LTM5:在圏セルのビームがしきい値1より悪くなり,候補セルのビームがしきい値2より良くなる
基地局はRRCメッセージによって上記イベントをUEに設定するが,この設定されたイベントはUEのMAC*51層で動作し,イベントが満足されたときにビーム報告がMAC CE*52経由で基地局へ送信される.
3.3 CLTMのサポート
Rel-18で規定されたLTMは,UEからのビーム報告に基づいて基地局がターゲットセル・ターゲットビームを決定し,それをLTM cell switch command MAC CEを用いてUEへ通知することでセル切替えを行う.しかし,セル切替え直前にUEとの間に急激な無線品質劣化が起こった場合,基地局が送信したLTM cell switch command MAC CEの受信をUEが正常に行えないことが考えられる.
このようなケースで発生するセル切替えの失敗を防ぐために,Rel-19ではCLTM(Conditional LTM)*53がサポートされた.CLTMにおいて,基地局は,候補セルの事前設定に実行条件を含めることができる.設定を受け取ったUEは無線品質が実行条件を満たすかどうかを監視する.実行条件が満たされると,UEは該当する候補セルへのセル切替えを自律的に実施する.このように,CLTMはセル切替え時に基地局からのLTM cell switch command MAC CEを必要としないため,Rel-18で規定された基地局契機でセル切替えを行うLTMに比べて,ロバスト性*54の高いセル切替えができる.
Rel-19において,CLTMで設定できる候補セルは在圏セルと同一基地局内のものに限られる.またLTMと同様に,早期下りリンク同期(早期TCI-state有効化),早期上りリンク同期(早期TA取得)が可能である.さらにCLTMにおける早期上りリンク同期のために,基地局が取得したTAをUEへ送信するMAC CEがサポートされた.加えて,セル切替え時にUEがターゲットセルのTAを取得しており,かつConfigured Grant*55も設定されている場合,CLTMにおけるランダムアクセス手順*56を省略したセル切替えがサポートされた.これにより,LTMと同様に,セル切替え時の通信中断時間削減・スループット低下の回避を実現しつつ,ロバスト性の高いセル切替えができる.
- LTM:Rel-18で規定された,セル切替え手法.事前に候補セルを設定し,LTM cell switch command MAC CE(*38参照)によってセル・ビーム切替え指示を行うことで,セル切替え時の通信中断時間の削減やスループット維持が可能となる.
- 基地局間シグナリング:基地局間の通信に使用する制御信号.
- LTM cell switch command MAC CE:LTMのセル切替え時にセル・ビーム切替えを指示するMAC CE(*52参照).ターゲットとなる候補セル・ビームを示すことができる.
- L3:OSI参照モデルの第3層(ネットワーク層).
- DU:無線基地局装置の分散制御部分.無線信号の送受信や処理を行う.
- 早期下りリンク同期:LTMにおいて,候補セルのTCI state有効化をセル切替え前に実施すること.候補セル遷移後に有効化したTCI stateを速やかに活用することが可能となる.
- 早期上りリンク同期:LTMにおいて,候補セルのTA測定を事前に実施すること.候補セル遷移時に取得したTAを使うことで,ランダムアクセス手順(*56参照)を省略することができ,セル切替え時の通信中断時間を削減することができる.
- CU:無線基地局装置のデジタル信号処理部分.ベースバンド処理部や保守監視機能を備える.
- 準静的:基地局の要求により,一定期間に繰返し送信をする動作.頻繁な報告を不要としつつ,必要なタイミングで状況変化に追従することが可能である.
- 非周期的:基地局の要求により,必要なタイミングに一度だけ送信をする動作.必要時のみの動作となるため,状況に応じた柔軟な運用が可能である.
- ワイドバンド:ここでは,CSI報告の際に想定される周波数方向の報告粒度.
- PMI:好適な下りリンクプリコーダ(*50参照)を指定するために移動端末からフィードバックされる情報.コードブック内から選択される項番として通知される.
- CQI:移動端末で測定された下りリンクの伝搬路状況を表す受信品質指標.
- MIMOランク:MIMOにおいて同時に送信するレイヤ(空間ストリーム)の数.
- プリコーダ:あるデジタル信号に対して送信前に乗算される係数.
- MAC:レイヤ2におけるサブレイヤの1つで,無線リソース割当てやHARQ(Hybrid Automatic Repeat Request)再送制御を行うプロトコル.
- MAC CE:MAC層で生成される制御信号.
- CLTM:Rel-19で規定された,イベント契機のLTM.基地局が事前設定されたイベントが満足されたとき,UEは自律的にセル切替えを行う.
- ロバスト性:未知の外乱や制御対象のパラメータ変動などによる影響を受けずに所望の出力を得る制御をロバスト制御という.ロバスト(頑健)なシステムとは目標動作に対して忠実なシステムであり,要求される動作が複雑かつ高度になればなるほど,高いロバスト性が要求される.精度の高い外乱推定が重要である.
- Configured Grant:基地局からユーザ個別にPUSCHリソースをあらかじめ割り当てておき,上りリンクデータが発生した際に,UEが当該リソースで送信できる仕組み.
- ランダムアクセス手順:UEが発信時やハンドオーバなどにより,基地局と接続を確立する場合や再同期を行う場合に行う手順.
04. 複信方式の高度化による上りリンク通信の改善
ここでは,上りリンク通信を改善する技術の1つであるSBFD(Subband non‑overlapping Full Duplex)*57について解説する.本技術の導入により,写真や動画などのアップロード高速化や,ビデオ会議・ライブ配信・オンラインゲームなどの高品質化・低遅延化が期待される.
Rel-18以前の時分割複信(TDD:Time Division Duplex)*58方式では,同一の周波数帯を,時間を分けて上りリンクと下りリンクで共用し,スロット内の上りシンボル*59と下りシンボルの構成比率を任意に設定することができる(図8(左)).しかしながら,実際の運用では下りトラフィックの割合が高い傾向にあることを考慮して下りシンボルの割合が高く設定されることが多く,さらに隣接する周波数帯域への影響を避けるために,ほぼ固定的な設定となることが多い.そのため,上りリンクのリソースが限られ,通信容量やカバレッジの向上や遅延の低減といった性能改善の余地が限定される.
Rel-19では,隣接する周波数帯域への影響を避けつつ下りリソースと上りリソースの比率を柔軟に設定可能にするため,複信方式の高度化について議論され,SBFDが仕様化された.具体的には図8(右)に示すとおり,SBFDシンボルと呼ばれる上りサブバンドと下りサブバンドを設定したシンボルにおいて,基地局側で下りサブバンドでの送信と上りサブバンドでの受信を同時に行う機能である.SBFDの導入により,下りサブバンドがガードバンド*60として機能することで隣接チャネル間干渉を低減するとともに,上りリンクのトラフィックが多い場合に上りリンクのリソース割合を増加することが可能となり,上りリンク伝送の高速・大容量化や遅延の低減が期待できる.また,時間リソースを多く必要とする上りリンクの繰返し送信が可能となり,カバレッジ改善が期待できる.さらに,ランダムアクセス用のリソースを増加させることでランダムアクセスチャネル(PRACH:Physical Random Access CHannel)*61の衝突確率の低減も期待できる.
以下では,Rel-19で仕様化されたSBFDについて,リソース割当て機能の拡張,ランダムアクセス機能の拡張,クロスリンク干渉(CLI:Cross Link Interference)*62制御の3点に分けて解説する.
4.1 リソース割当て機能の拡張
Rel-19では既存のNR仕様上でSBFDを適切かつ効果的に利用するため,リソース割当てに関する複数の機能が拡張された.
(1)SBFDシンボルの割当て
SBFDシンボルの周波数軸と時間軸における上りリンクと下りリンクの位置はセル単位で設定される.周波数軸上の割当てとして,SBFDシンボルには1つの上りサブバンドを設定でき,図8(右)の例①に示すような1つの上りサブバンドが2つの下りサブバンドに挟まれる形,または,例②に示すような1つの上りサブバンドと1つの下りサブバンドが隣接する形で設定される.また,時間軸上の割当てとして,SBFDシンボルはTDDで設定された上りシンボル,下りシンボル,フレキシブルシンボルのうち,一連の下りシンボルとフレキシブルシンボルに対して周期的に設定できる.なお,SBFDシンボルに対し,従来の上りシンボル,下りシンボル,およびフレキシブルシンボルは非SBFDシンボルと総称される.
(2)周波数リソース割当て機能の拡張
従来のNR仕様で,下りリンクデータ共有チャネル(PDSCH:Physical Downlink Shared CHannel)*63やCSI-RSなどの下り信号は,周波数軸上の連続する領域に割り当てられることが前提であったが,SBFDシンボルでは割り当てられたリソース内に上りサブバンドが含まれる可能性があるため,上りサブバンドを除外して下りサブバンドのみにPDSCHやCSI‑RSを割り当てられるように拡張された.また,SBFDシンボルにおける上りサブバンドと下りサブバンドの境界が生じたRBG(Resource Block Group)*64やPRG(Precoding Resource block Group)*65に対して,部分的なRBGやPRGとしてそれぞれ上りリンク,下りリンクに利用できるように拡張され,周波数利用効率*66を低下させることなくSBFDを利用することが可能となった.
(3)時間リソース割当て機能の拡張
SBFDが設定された場合,周期的な送信や繰返し送信における各送受信機会が,SBFDシンボルと非SBFDシンボルの双方に割り当てられる可能性がある.Rel-19では,SBFDシンボルまたは非SBFDシンボルのいずれか一方の送受信機会のみを用いるConfiguration 1と,SBFDシンボルと非SBFDシンボルの双方に割り当てられた送受信機会を用いるConfiguration 2が定義された.
Configuration 1では,SBFDシンボルと非SBFDシンボルのうち一方を有効な送受信機会,もう一方を無効な送受信機会とし,無効な送受信機会に割り当てられた送信は中止または延期される.Configuration 2では,PDSCH,PUSCH,PUCCHのそれぞれに対して上りサブバンドと下りサブバンドを考慮した各送受信機会におけるリソースの設定方法が仕様化された.Configuration 2は柔軟性が高い一方でUE実装負荷が増すため,UE能力に依存するオプション扱いとなっている.
(4)上りリンク設定の拡張
SBFDが設定されたUEは,SBFDシンボルと非SBFDシンボルのそれぞれのシンボルタイプで上り送信を行う可能性がある.また,各シンボルタイプでは,利用可能な周波数リソースや干渉環境が異なる.そこで,Rel‑19では上りリンクの送信設定とCSI報告について,SBFDシンボル向けと非SBFDシンボル向けに分離して設定できるように拡張された.これにより,例えばSBFDシンボル向けの送信電力を非SBFDシンボル向けの送信電力よりも小さく設定して,SBFDシンボルにおける下りサブバンドで信号を受信する他のUEへの干渉の影響を低減することができる.
(5)UEにおける上りリンク送信と下りリンク受信の衝突制御
Rel-19 SBFDにおいて,UEはSBFDシンボル内の上り信号の送信または下り信号の受信のいずれか一方を行う半二重通信*67となる.そのため,UEでは上り信号の送信と下り信号の受信が同一のタイミングに割り当てられて衝突した場合に送信と受信のいずれか一方を選択する必要があり,想定される各衝突のパターンに対して送信と受信のどちらが優先されるかが規定された.例えば,動的にスケジューリングされた下り信号の受信と半静的に設定された上り信号の送信が衝突した場合,前者の下り信号の受信が優先され,後者の上り送信は中止される.
4.2 ランダムアクセス機能の拡張
PRACHの衝突や遅延の低減を目的として,SBFDによる上りリソースの増加に伴う追加のRO(RACH Occasion)*68が規定された.
ROの設定としてOption 1とOption 2の2つの構成が定義された.Option 1は,非SBFD向けとSBFD向けで設定を共有する構成であり,単一の設定によって非SBFDシンボルのROであるLegacy-ROとSBFDシンボルのROであるAdditional-ROが設定される.Option 2は,非SBFD向けの設定とSBFD向けの追加設定を用いる構成であり,Legacy‑ROとAdditional‑ROはそれぞれ個別に設定される.
PRACH繰返し送信についてはLegacy‑ROとAdditional‑ROを混在させることはできず,いずれか一方のRO種別でのみ繰返し送信が行われる.また,Additional‑ROに対しては,独立したプリアンブル*69送信電力を設定できるなど,電力制御面での拡張も導入されている.さらに,PRACH送信の試行回数がしきい値を超えた場合に,Legacy‑ROとAdditional‑ROの間でRO種別を切り替えるRO type switchingと呼ばれる仕組みも規定された.
4.3 CLI制御
SBFDでは,同一シンボル内に上りリンクと下りリンクが同時に存在するため,上りと下りとが相互に干渉する可能性がある(CLI).このCLIには,ある基地局が上り信号の受信をしている際に他の基地局による下り信号の送信を干渉として受ける「基地局間CLI」と,あるUEが下り信号の受信をしている際に他のUEによる上り信号の送信を干渉として受ける「UE間CLI」があり,それぞれのCLIを測定・低減するための仕組みが仕様化された.
(1)アップリンクリソースミューティング
基地局間CLIに対する仕組みとして,Rel‑19ではアップリンクリソースミューティングと呼ばれる,被干渉側の基地局が与干渉側の基地局からの影響を正確に観測するための機能が仕様化された.具体的には,UEにおいてPUSCHに割り当てられた一部の時間・周波数リソースを意図的に送信に使用しないことで,被干渉側の基地局がそのリソース上で観測される干渉成分のみを測定できるようにする仕組みである.これにより,被干渉側の基地局が正確な干渉共分散行列を推定でき,将来的な干渉の抑圧やスケジューリング最適化に活用することが可能となる.
(2)L1レベルでのサブバンド単位のCLI測定・報告
UE間CLIに対する仕組みとして,Rel‑19では従来のL3レベルのCLI測定に加え,L1レベルでのサブバンド単位のCLI測定・報告が導入された.これにより,UEにおいて下りサブバンド内のCLI‑RSSI(Received Signal Strength Indicator)*70や上りサブバンド内のCLI-RSSI,SRS(Sounding Reference Signal)*71‑RSRP(Reference Signal Received Power)*72を測定し,その結果を即時的に基地局へ報告することができ,基地局はUE間の干渉状態をより細かな時間粒度で把握し,SBFDシンボルにおける下りリソースや上りリソースの割当てや電力制御の最適化に反映できる.
なお,CLIは従来のTDD運用においても生じる可能性があり,これらの機能はSBFDの有無に関わらず利用できる.
- SBFD:同一キャリア内の周波数帯域を非重複の上りサブバンドと下りサブバンドに分割することで同時送受信を実現する方式.
- 時分割複信(TDD):上りリンクと下りリンクで同じ周波数を用いて,時間スロットで分割して信号伝送を行う方式.
- シンボル:伝送するデータ単位.
- ガードバンド:システム間の電波干渉を防ぐため,システムごとに割り当てられる周波数帯域間に設けられる帯域.
- ランダムアクセスチャネル(PRACH):UEが初期アクセスやハンドオーバなどにより,セルと接続確立を行う場合などに用いる物理チャネル.
- クロスリンク干渉(CLI):上りリンクと下りリンクとが相互に影響することで生じる干渉.
- 下りリンクデータ共有チャネル(PDSCH):下りリンクでユーザデータや上位レイヤからの制御情報を送信するために用いる物理チャネル.
- RBG:複数のリソースブロックを束ねた集合.
- PRG:同一のプリコーディングを適用するリソースブロックの集合.
- 周波数利用効率:単位時間,単位周波数当りで伝送できる情報ビット数.
- 半二重通信:同一の周波数帯域を用いて,時間的に上り通信と下り通信を交互に行う方式.
- RO:PRACHの送信向けに設定される物理リソース.
- プリアンブル:パケットの先頭に配置された固定パターンの信号.受信側では,これを用いてパケットの検出,ゲイン制御,フレームの同期,周波数同期などを行い,データ部の受信に備える.
- RSSI:受信機にて検知される受信信号の強度.
- SRS:基地局側で上りリンクのチャネル品質や受信タイミングなどを測定するための上りリンク参照信号.
- RSRP:UEで測定される参照信号の受信電力.UEの受信感度を表す指標の1つ.
05. XRユースケースに向けた最適化
XRは遅延・大容量を同時に要求する代表的ユースケースに位置付けられている.3GPPにおいても,XRを対象とした技術規定はRel-18から本格的に検討が開始された.
Rel-19では,Rel-18で導入された機能の拡張に加え,新たな機能の導入が行われている.Rel-18からの機能拡張の具体例としてはPDU(Protocol Data Unit) set*73やECN(Explicit Congestion Notification)マーキング*74などの機能をDC(Dual Connectivity)*75へ適用した点が挙げられ,より柔軟な運用が可能となった.
またRel-19の新機能については,「XR Awareness*76」「上りリンクスケジューリングの最適化」「U-plane*77機能の強化」「Measurement gap*78キャンセルによる上り/下りリンクのシステム容量向上」が挙げられる.以下では,これらの4つの観点について解説する.
5.1 XR Awareness
XRユースケースでは,マルチモーダル通信*79特有の映像・音声・位置情報といった複数メディア間のタイムリーな同期や,XR特有のバースト性を有するトラフィック特性を考慮する必要があり,これらを踏まえた無線リソースの制御やスケジューリングの最適化によるシステム容量の拡張が求められる.これらの要件を満たすため,コアネットワーク*80から基地局へ提供する2つの補助情報が新たに導入された.
(1)MMSID(Multi-modal Service ID)*81の提供
QoS(Quality of Service)フロー*82ごとにMMSIDを提供できるように規定され,当該QoSフローがマルチモーダルサービスに関連付けられていることを基地局が把握でき,基地局実装においてマルチモダリティを考慮した最適化が可能となる.
(2)下りリンクにおけるデータバースト情報の提供
下りリンクにおいては,データバーストサイズ*83や次のデータバーストまでの推定時間を基地局に通知できるよう規定された.これらの情報は,基地局による無線リソース制御(RRM:Radio Resource Management)*84や下りスケジューリングの最適化に活用される.
5.2 上りリンクスケジューリングの最適化
XRは大容量でありながら比較的遅延に敏感なパケットが混在するトラフィック特性を有している.このような特性を前提として,より効率的かつ適切な上りリンクスケジューリングを実現するため,Rel-19では以下の3つの機能が規定された.
(1)低遅延トラフィックに対する論理チャネル*85の優先送信
UEにおいては,低遅延を要求するパケットを含む論理チャネルに対し追加的に高い優先度を適用できるようになった.これにより,あるパケットが無線区間の受信失敗などでPDCP discard timer*86が一定のしきい値を下回った場合,UEは当該パケットを含む論理チャネルを他の論理チャネルより優先して上りリンク送信を行うことができる.
(2)DSR(Delay Status Report)*87の拡張
Rel-18で導入されたDSR機能が拡張され,DSR報告に用いるPDCP discard timerの残り時間のしきい値を複数個設定できるようになった.これにより,「各しきい値に対応したPDCP discard timerの最短残り時間」と,「RLC(Radio Link Control)*88層とPDCP(Packet Data Convergence Protocol)*89層のバッファに滞留するデータ量のうち遅延制約の厳しいデータ量」の両方を報告することが可能となった.この拡張により,基地局は遅延制約を考慮したより精緻な上りリンク制御を実現できる.
(3)QoSフロー単位の上りリンクレート*90制御
基地局はUEに対して利用可能な上り物理レートをQoSフローごとにMAC CEで通知できるよう規定され,ネットワークが輻輳*91している場合に,UEは基地局から提示された上りリンクレートに変更することができ,輻輳緩和に寄与できる.
また,UEはMAC CEで希望する上りリンクレートを基地局に通知することができる.
5.3 U-plane機能の強化
ユーザデータを確実に届けるための基本的な機能としてRLC再送が規定されている.このRLC再送は,受信側がパケットロス*92を検知し送信側にその情報を通知することで,送信側が当該データを再送する仕組みであり,無線通信における信頼性確保に重要な役割を担っている.一方で,映像や音声など遅延に対する許容度が低いデータが多く含まれるXRトラフィックでは,送信期限を過ぎて重要度が低下したパケットに対してRLC再送を行っても,ユーザ体感品質の改善にはつながらず,かえって無線リソースの非効率な消費を招く可能性がある.この課題に対応するため,図9に示すようなRLC再送に対する2つの機能が規定された.
(1)不要なRLC再送を抑止する機能
PDCP discard timerが満了したパケットに対するRLC再送を停止することで,有用性を失ったデータへの無線リソース消費を抑制し,リアルタイム性が求められる重要なパケットに無線リソースを集中させることができる.
(2)RLC再送およびポーリング*93をタイムリーにトリガする機能
PDCP discard timerの残り時間が所定のしきい値を下回ったパケットに対し,RLC再送またはポーリングをトリガすることで,遅延制約の厳しいパケットに対して適切なタイミングで再送または受信状態の確認を行うことができる.これにより,低遅延伝送が求められるXRトラフィックの通信品質向上が可能となる.
5.4 Measurement gapキャンセルによる上り/下りリンクのシステム容量向上
UEはRRM測定を実施するためにMeasurement gapを実行するが,実施中は通常のデータ送受信は制限される.そのため,トラフィック量が多くシステム容量がひっ迫しやすいXRサービスにおいては,Measurement gapがユーザ体感品質低下の要因となり得る.
Rel-19では,基地局はUEに対して,DCIを用いて特定のMeasurement gapをキャンセルし,データの送受信できる制御が可能になった.さらにUAI(UE Assistance Information)*94によって,UEは基地局へ推奨されるMeasurement gapキャンセル率を報告できるようになった.基地局は,このUEからの補助情報を参考に,RRM測定とデータ送受信のバランスを制御し,RRM測定を維持しながら通信中断を最小化することが可能となる.
- PDU set:PDCP(*89参照) PDUの集合.映像の1フレームを構成する画像データのように,パケットの送受信を1つでも失敗するとその他のパケットもデコードできなくなるようなデータであると想定されている.
- ECNマーキング:ネットワークの輻輳(*91参照)に対して,アプリケーション層の送信レート適応を促すために,パケットのIPヘッダにECNビットをマーキングすること.
- DC:マスターとセカンダリの2つの基地局に接続し,それらの基地局でサポートされる複数のキャリアを用いて同時に送受信を行うことにより,高速伝送を実現する技術.
- XR Awareness:基地局がXR通信特有の補助情報を考慮することで,RRM(*84参照)やスケジューリング動作を改善する技術.
- U-plane:音声データやWebブラウジング,動画ストリーミングなどの実際のユーザパケットを送受信する通信経路や機能.
- Measurement Gap:UEが,別の周波数帯や他の基地局の信号を測定するために,データの送受信を一時的に停止する時間枠.
- マルチモーダル通信:音声・映像・加速度などの複数のモダリティを伝達する通信.XR通信の文脈では,モダリティとは伝達する情報の種類や形式を指す.
- コアネットワーク:移動通信システムの構成要素であり,登録制御,セッション制御,サービス制御などを司る.移動端末は無線アクセスネットワークを経由してコアネットワークにアクセスする.
- MMSID:当該データフローがマルチモーダルサービスに関連付けられていることを明示的に示す識別子.
- QoSフロー:アプリケーションまたはサービスごとに異なるQoS(通信品質)要求を識別し,個別に制御するための単位.1つのPDUセッション内に複数のQoSフローが存在し得る.
- バーストサイズ:QoSフローごとに設定される,無線アクセスネットワーク内遅延許容値内で送られる最大データ量.
- 無線リソース制御(RRM):有限である無線リソースの適切な管理や,UE・基地局間のスムーズな接続を実現するためにUEが実施する,ハンドオーバなどのモビリティ動作,参照信号を用いた品質測定といった制御の総称.
- 論理チャネル:MAC層とRLC(*88参照)層の間でやり取りされる,データの種類に基づいた仮想的な通信路.
- PDCP discard timer:送信バッファに一定時間以上滞留したパケットを破棄し,遅延の激しい不要なデータを送信しないようにする,PDCP層(*89参照)で用いられるタイマ.
- DSR:UEが基地局に対して,データ通信の遅延状況をMAC CEで報告する機能.
- RLC:レイヤ2におけるサブレイヤの1つで,再送制御などを行うプロトコル.
- PDCP:レイヤ2におけるサブレイヤの1つで,秘匿,正当性確認,順序整列,ヘッダ圧縮などを行うプロトコル.
- リンクレート:無線または有線の通信リンクにおいて単位時間当たりに伝送できるデータ量.
- 輻輳:通信の要求が短期間に集中して通信制御サーバ/回線の処理能力を超え,通信サービスの提供に支障が発生した状態.
- パケットロス:情報誤りの発生や輻輳などにより,データパケットが宛先に届かないこと.
- ポーリング:送信元が受信元にデータの受信状況を送信するように要求する機能.
- UAI:RRCメッセージの一種.UEが基地局に対し,さまざまなUEの内部情報を報告するために用いられる.
06. UE RF機能拡張によるユーザスループット向上およびカバレッジ改善
6.1 UEの送信・受信系統数の拡張
スループット向上には,基地局側の多アンテナ化に加えて,UE側の同時送受信能力を引き上げることが有効である.Rel-18までの拡張により,FWA(Fixed Wireless Access)*95やCPE(Customer Premises Equipment)*96などの実装制約の少ないUE向けには,8系統同時受信,シングルキャリア送信における4系統同時送信やNR CA(Carrier Aggregation)*97/EN-DC(Evolved Universal Terrestrial Radio Access Network New Radio Dual Connectivity)*98における3系統同時送信などが導入されてきた.一方,スマートフォンなどのHandheld UE*99では送受信系統数の拡張は未導入であり,依然としてスループット向上の余地が残されていた.
このためRel-19では,実装の実現性と効果が見込める範囲において,送信系統数や受信系統数の拡張が行われた.拡張された送信系統数を表1に,拡張された受信系統数を表2にそれぞれ示す.
(1)UE送信系統数の拡張
Handheld UEのinter-band NR CA/EN-DC*100において,従来の上り最大2系統から3系統同時送信への拡張が行われた(表1).2つのバンドを使用した同時送信を行う際,従来は各バンド1系統ずつの合計2系統が使用可能であった.これに対し,Rel-18ではFWAなどの実装制約の少ないUEにおいて,片方のバンドのみ2系統までの合計3系統による同時送信が可能となった.Rel-19ではこの3系統同時送信がHandheld UEにも適用された.
特に,周波数分割複信(FDD:Frequency Division Duplex)*101やTDD方式のバンドを使用したNR CAが有効なエリアにおいて,従来ではTDD MIMO送信のためにFDDをCAから外す必要があった.Rel-19では3系統同時送信によってFDDとTDDのCAを維持したままTDD MIMOが可能となり,上りリンクピークレート向上が期待される.
また,最大送信電力29dBmまでの範囲内において,CA/DCにおけるHPUE(High Power UE)*102の拡張が導入され,より柔軟な電力構成に対応した.併せて,HPUE向け要件の算出を簡単化するためのルックアップテーブル*103が標準仕様に導入されたことで,仕様策定の膨大な作業負荷削減への貢献が期待される.
(2)UE受信系統数の拡張
Handheld UEの2.5GHzを超える周波数において,従来の下り最大4系統から6系統同時受信への拡張が行われた(表2).結果として,Rx diversity*104による下りリンク実効スループットの改善が期待される.なお,6系統同時受信において,Handheld UEでは最大4MIMOまで,FWAなど実装制約の少ないUEでは最大6MIMOまで許容されている.6系統同時受信の導入に伴い,対応する受信感度要件やSRS antenna switching*105が規定された.
6.2 FR2 UE送信電力バックオフの拡張
FR2は広帯域が確保しやすく高速・大容量化に有利である一方,パスロスが大きく,UE送信電力の取扱いがカバレッジ・上りリンクの品質に直結する.特にCAによる広帯域通信を行う場合のUE送信では,送信電力バックオフ*106による送信電力の低減が大きく,上りリンクスループットや到達距離が制限される場合がある.
一般に,帯域幅が大きいほど送信電力バックオフは大きくなる.従来は,上りリンクと下りリンクで共通の局部発振器(LO:Local Oscillator)*107を用いる構成を前提としており,下りリンクの帯域幅に依存して送信電力バックオフ規定が適用されていた(図10(a)).すなわち,上りリンクがシングルキャリアである場合でも,下りリンクがマルチキャリアによるCAを用いていれば,その広い下りリンク帯域幅に従い送信電力バックオフが大きくなっていた.
このためRel-19では,上りリンクと下りリンクで独立のLOを用いる構成のUEに対し,上りリンクの帯域幅のみを基準とした送信電力バックオフ規定を適用するように拡張された(図10(b)).結果として,不要な送信電力バックオフを抑制し,UE送信電力増強による上りスループット改善・カバレッジ拡大が期待される.
- FWA:無線通信規格の1つで,固定無線アクセスシステムを指す.スマートフォンのような携帯UEとは異なり固定されて使用する想定のため,一般的に,携帯UEと比較して大きなデバイス容積で実装しやすい.
- CPE:無線通信規格の1つで,顧客の敷地内に設営される無線システムを指す.一般的に,携帯UEと比較して大きなデバイス容積で実装しやすい.
- NR CA:複数のNRの周波数帯を束ねて通信することで広帯域化を実現する技術を指す.
- EN-DC:LTEの周波数帯とNRの周波数帯を束ねて通信することで広帯域化を実現する技術を指す.
- Handheld UE:いわゆるスマートフォンのような,ユーザが手に保持して用いるUEを指す.
- inter-band NR CA/EN-DC:異なる周波数バンドによるNR CA/EN-DCのこと.
- 周波数分割複信(FDD):上りリンクと下りリンクで,異なる周波数を用いて信号伝送を行う方式.
- HPUE:基準となる23dBmより大きな最大送信出力で送信できるUE.
- ルックアップテーブル:所定の入力条件に対する結果を事前定義した対応表であり,参照により処理の簡素化を実現する手法.
- diversity:通信品質を改善するため,複数のアンテナで受信または送信して,受信(送信)状況の良いアンテナの信号の選択や,信号の合成をすること.
- SRS antenna switching:UE内部の送信系統を複数の受信アンテナに接続し,SRSを送信することで,下りリンクの伝搬路推定を実施する機能.
- 送信電力バックオフ:送信電力の低下.本稿では,UEが担保すべき最大出力電力の規定に対する緩和を指す.
- 局部発振器(LO):ベースバンド信号をRF信号に変調する,あるいはRF信号をベースバンド信号に復調するための,搬送波信号を生成する発振器.
07. あとがき
本稿では,Rel-19 NR仕様の高速・大容量化向けやカバレッジ拡大向けの主要機能を解説した.本稿で解説した機能をはじめとしたRel-19 NRの機能を用いることで,5G NRの通信ネットワークのさらなる高速・大容量化が期待できる.5Gの技術発展や普及拡大のため,ドコモは今後も継続して3GPPでの標準化活動を推進する.
- [1] 武田,ほか:“5GにおけるNR物理レイヤ仕様,”本誌,Vol.26,No.3,pp.47-58,Nov. 2018.https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol26_3/vol26_3_008jp.pdf
- [2] 松村,ほか:“モバイルブロードバンド向けの5G高度化技術,”本誌,Vol.28,No.3,pp.82-95,Oct. 2020.https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol28_3/vol28_3_010jp.pdf
- [3] 松村,ほか:“3GPP Release 17におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術,”本誌,Vol.30,No.3,pp.78-100,Oct. 2022.https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol30_3/vol30_3_008jp.pdf
- [4] 松村,ほか:“3GPP Release 18におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術,”本誌,Vol.32,No.2,Jul. 2024.https://www.docomo.ne.jp/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol32_2/004.html