Special Articles

3GPP Release 18標準化活動(1)
3GPP Release 18におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術

eMBB 高速大容量 5G NR

松村 祐輝(まつむら ゆうき) 芝池 尚哉(しばいけ なおや)
奥村  守(おくむら まもる)

6Gネットワークイノベーション部
大川 立樹(おおかわ りき) 山下 航輝(やました こうき)
RAN技術推進室
小熊 優太(おぐま ゆうた) 北川  竜(きたがわ りゅう)
デバイステック開発部

あらまし
2020年3月,ドコモは3GPP Rel-15を用いた5G通信サービスを開始した.5G通信サービスは今後の普及拡大に伴い,さらなる無線通信ネットワークの高速・大容量化およびカバレッジ拡大が求められる.このため,3GPPにおいて,Rel-15~17を機能拡張・高性能化するRel-18が2024年6月に策定された.本稿では,Rel-18における高速・大容量化およびカバレッジ拡大技術の無線アクセス仕様を解説する.

01. まえがき

  • 2020年3月,ドコモは3GPP(3rd Generation Partnership Project)Release 15 ...

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    2020年3月,ドコモは3GPP(3rd Generation Partnership Project)Release 15(以下,Rel-15)で標準仕様化されたNR(New Radio)*1を用いた第5世代移動通信システム(5G)通信サービスを開始した.Rel-15は,高速・大容量,高信頼・低遅延,多数端末同時接続という特長をもち,これによりさまざまな5G通信サービスが可能となったが,今後のサービスの普及拡大に伴い,さらなる無線通信ネットワークの拡張・高機能化が求められている.これを踏まえ,3GPPにおいてRel-15~17[1]~[3]の機能を拡張・高性能化するRel-18が,2024年6月に策定された.

    本稿では3GPP Rel-18のうち,モバイルブロードバンドの高度化(eMBB:enhanced Mobile BroadBand)*2に向けた品質・性能向上を図る機能,およびカバレッジ*3を拡大し5G NRの適用エリアを拡大する機能について述べる.

    品質・性能向上を図る機能として,システム容量およびユーザスループット向上を目的としたMIMO(Multiple Input Multiple Output)*4高度化技術,ハンドオーバ*5遅延の低減と柔軟性向上を目的としたハンドオーバ高度化技術,XR(Extended Reality)*6シナリオにおける低遅延・大容量化を目的としたXR拡張技術,マルチキャリア運用におけるスループット改善を目的としたマルチキャリア拡張技術,ユーザスループット向上を目的としたFR1(Frequency Range 1)*7およびFR2*8の周波数における端末RF(Radio Frequency)*9機能拡張技術を解説する.

    また,カバレッジを拡大する機能としては,物理チャネル*10のPRACH(Physical Random Access CHannel)*11のカバレッジ拡大を目的としたPRACHの繰返し送信技術,上りリンク(UL:Uplink)*12の送信電力効率化を目的とした技術,およびULのWaveform*13を切り替える際にRRC(Radio Resource Control)*14メッセージの再設定を防ぐことを目的としたWaveformの動的切替え技術を解説する.

    1. NR:5G向けに策定された無線方式規格.4Gと比較して高い周波数帯(例えば,3.7GHz帯や4.5GHz帯,28GHz帯)などを活用した通信の高速・大容量化や,高度化されたIoTの実現を目的とした低遅延・高信頼な通信を可能にする.
    2. モバイルブロードバンドの高度化(eMBB):高速大容量を必要とする移動体通信の総称.
    3. カバレッジ:基地局当りのUE(*23参照)との通信を行うことができるエリア(セル半径).カバレッジが大きいほど設置する基地局数を低減できる.
    4. MIMO:同一時間,同一周波数において,複数の送受信アンテナを用いて信号の伝送を行い,通信品質および周波数利用効率の向上を実現する信号伝送技術.
    5. ハンドオーバ:UEが接続先のサービングセル(*61参照)を切り替えること.
    6. XR:ウェアラブル端末などを用いて,現実と仮想の環境が融合する体験を提供する技術の総称.
    7. FR1:周波数レンジの1つ.450~7,125MHzを指す.
    8. FR2:24.25~71.0GHzの周波数帯域.Rel-15において24.25~52.6GHzの周波数帯域をFR2として定義したが,Rel-17において上限を52.6GHzから71.0GHzまで拡張した.従来のFR2帯域(24.25~52.6GHz)はFR2-1,拡張されたFR2帯域(52.6~71.0GHz)はFR2-2と定義されている.
    9. RF:無線アナログ回路部.
    10. 物理チャネル:周波数,時間などの物理リソース上にマッピングされ,制御情報や上位レイヤのデータを伝送するチャネルの総称.
    11. PRACH:UEが初期アクセスやハンドオーバなどにより,セルとコネクション確立を行う場合などに送信される物理チャネル.
    12. 上りリンク(UL):UEから基地局方向への情報の流れ.
    13. waveform:信号送信時に用いられる送信波形.
    14. RRC:無線ネットワークにおける無線リソースを制御するレイヤ3プロトコル.

02. 高速・大容量化

  • 2.1 MIMO高度化によるシステム容量およびユーザスループットの改善

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    (1)MU-MIMO(Multi User MIMO)*15の最大ユーザ多重数向上によるシステム容量の改善

    Rel-15~17では,下りリンクデータ共有チャネル(PDSCH:Physical Downlink Shared CHannel)*16および上りリンクデータ共有チャネル(PUSCH:Physical Uplink Shared CHannel)*17は,MIMOを用いた空間領域多重(SDM:Spatial Domain Multiplexing)*18により,高速・大容量化が図られていた.ただし,異なるMIMOレイヤ*19のPDSCH/PUSCHの復調用参照信号(DMRS:DeModulation Reference Signal)*20は,それぞれ異なるDMRSポート*21が割り当てられるため,SU-MIMO(Single User MIMO)*22およびMU-MIMOにおけるユーザ端末(UE:User Equipment)*23内およびUE間の合計のMIMOレイヤ数は,仕様上サポートされる最大DMRSポート数により制限される.Rel-15~17では,DMRS Type1*24において最大8ポート,DMRS Type2において最大12ポートが規定されている.例えば,12 DMRSポートを用いることで,1台のUEあたり4レイヤのSU-MIMOの場合,3台のUEがMU-MIMOでSDMして同時にデータの送受信ができる.

    Rel-18では, MU-MIMOにおけるシステム容量を2倍に拡張することを目的として,Rel-17までの最大DMRSポート数をDMRS Type1およびDMRS Type2それぞれにおいて2倍に拡張する拡張DMRSを,PDSCHおよびPUSCH向けに規定した.また,符号領域の多重数を増やしたことで,結果として時間/周波数領域多重数の削減が可能となり,より少ないDMRSの物理リソースを用いてSU-MIMOを行うことができるので,Rel-17までと比べてPDSCH/PUSCHのDMRSオーバヘッド*25を削減でき,ユーザスループットを向上できる.具体的には,Rel-17までで用いた長さ2の(2つの値からなる)周波数領域直交符号(FD-OCC:Frequency Domain Orthogonal Code)*26を長さ4のFD-OCCに拡張する.これにより,Rel-17までの最大DMRSポート数を2倍に拡張する.

    Rel-18拡張DMRSの物理レイヤ*27のチャネル構成を,CDM group*28 #0を例として図1に示し,Rel-18拡張DMRSに適用する長さ4のFD-OCCを図2に示す.Rel-18拡張DMRSでは,同一または隣接するPRB(Physical Resource Block)*29の同一のCDM groupにおける隣接する4つのPRE(Physical Resource Element)*30に対して,長さ4のFD-OCCを適用する.PDSCH向けの長さ4のFD-OCCはウォルシュ符号*31により生成され,PUSCH向けの長さ4のFD-OCCは位相={0,Π,Π/2,3Π/2}の巡回シフト(Cyclic shift)*32により生成される.いずれの場合も,Rel-18拡張DMRSにおいてFD-OCC index={0,1}を用いるDMRSポート#0/#1は,Rel-17までのDMRSにおけるFD-OCC index={0,1}を用いるDMRSポート#0/#1と,同一のチャネル構成になるように設計されている.Rel-18拡張DMRSにおいて,FD-OCC index={2,3}を用いる,DMRSポート#8/#9(enhanced Type1の場合)およびDMRSポート#12/#13(enhanced Type2の場合)は,Rel-18で追加されたFD-OCCが適用される.

    Rel-18拡張DMRS enhanced Type1においては,PRB内の同一のCDM groupに対応する6つのPREのうち4つの隣接PRE(図1左のRel-18拡張DMRS enhanced Type1における下から4つの赤色のブロック)にFD-OCCを適用するので,2つのPRE(図1左のRel-18拡張DMRS enhanced Type1における上から2つの赤色のブロック)が余る.そこで,隣接PRBの同一CDM groupの隣接REを2つ使用し,隣接PRB間で長さ4のFD-OCCを適用する.このため,Advanced UE capability*33をもっていない基本的なUEは,2つのPRBで隣接PREを同時に受け取らなくてはならないため,スケジュールされるPDSCHのPRB数は偶数であるなどの基地局のスケジュール制約を必要とする.一方,Advanced UE capabilityをもっているUEは,片側の隣接PREが無くてもPDSCHを受信可能なため,基地局のPDSCHのリソース割当てのスケジュール制約が無い.

    (2)UL複数パネル同時送信(STxMP:Simultaneous Transmission with Multi-Panel)によるULユーザスループット改善

    Rel-16/17では,基地局が位置の異なる2つの送受信点(TRP:Transmission and Reception Point)*34を用いて信号を送受信するマルチTRPシナリオが規定された.下りリンク(DL:DownLink)*35のマルチTRPシナリオにおいて複数のTRPが,それぞれ異なる下り送信ビームを用いて同時に信号を送信することで,実行的なMIMOレイヤ数向上によるDLのスループット改善効果,または繰返し送信による信頼性の向上効果が得られる.

    Rel-18では,UEの2つの送信パネルそれぞれが異なる上り送信ビームを用いて,同時に信号を送信する機能が仕様化された.これにより,DLのマルチTRP同様に実行的なMIMOレイヤ数向上によるULのスループット改善効果,または繰返し送信による信頼性の向上効果が得られる.

    基地局の複数TRPが協調してUEのPUSCHまたは上りリンク制御チャネル(PUCCH:Physical Uplink Control CHannel)*36をスケジュールするためには,TRP間の時間周波数領域リソースの空き情報などの制御情報のやり取りが必要になる.TRP間に大容量・低遅延なバックホール*37回線が敷設され,TRP間の制御情報のやり取りを低遅延に行える環境(理想バックホール環境)を想定した機能と,そうではない環境(非理想バックホール環境)を想定した機能がそれぞれ規定された.

    ① 理想バックホール環境向けのシングルDCI(Downlink Control Information)*38機能

    理想バックホール環境の場合,2つのTRPは協調してUEのPUSCHまたはPUCCHをスケジュールできる.そこで,図3に示すように,1つのTRPが送信する1つのDCIを用いて,2つのTRPに向けたPUSCHまたはPUCCHをスケジュールする.

    PUSCHについては,SDMとSFN(Single Frequency Network)*39の2つの機能が規定された(図4(a)).SDM PUSCH機能では,異なるMIMOレイヤのPUSCHをそれぞれ異なる送信ビームを用いて送信する.これにより,異なるTRPに向けてPUSCHを送信するので,相関の低い無線伝搬経路数を増加させ,より高次ランクのMIMO送信を適用でき,実行スループットを向上できる.また,SFN PUSCH機能では,同一MIMOレイヤのPUSCHを異なる送信ビームを用いて同時に送信する.これにより,いずれか片方のTRPまでの伝搬経路が遮断された場合でも,もう片方の伝搬経路を用いて適切にPUSCHを受信できるので,信頼性が向上する.

    PUCCHについては,SFNの機能が規定された(図4(b)).SFN PUCCH機能では1レイヤのみサポートするが,SFN PUSCH機能と同様に,同一レイヤのPUCCHを異なる送信ビームを用いて同時に送信することで,信頼性が向上する.

    ② 非理想バックホール環境向けのマルチDCI機能

    非理想バックホール環境の場合,バックホールの遅延のため2つのTRPは協調してUEのPUSCHをスケジュールできない.そこで,図5左に示すように,各TRPがそれぞれ送信するDCIを用いて,独立してPUSCHをスケジュールする.各TRPが協調せずにPUSCHをスケジュールするため,あるUEに各TRPがPUSCHを異なる送信ビームで同時にスケジュールすることがある.その場合に,UEが異なる送信ビームを用いて同時に2つのPUSCHを送信する機能が仕様化された.

    ここで,PUSCHの最大MIMOレイヤ数は4のため,各TRPがスケジュールできるPUSCHのMIMOレイヤ数は2に制限されている.2つのTRPが独立してスケジュールする2つのPUSCHの時間領域*40のリソースは,完全オーバーラップおよび部分的オーバーラップの2通りがサポートされている(図5右).また,2つのTRPが独立してスケジュールする2つのPUSCHの周波数領域のリソースは,完全オーバーラップ,部分的オーバーラップ,および非オーバーラップの3通りがサポートされている.

    (3)最大8レイヤのデータ送信によるULユーザスループット改善

    Rel-17までにおいて,PDSCHは最大8レイヤ送信,PUSCHは最大4レイヤ送信が仕様化されている.Rel-18では,ULに対するさらなるスループット向上を達成するため,PUSCHの送信レイヤ数が最大8レイヤまで拡張された.

    (a)4種類のコードブックタイプの規定

    コードブック*41適用による8レイヤPUSCH送信においては,合計4種類のコードブックタイプ(Codebook1/2/3/4)が規定されている.そのうちCodebook1/2/3に対して想定されたアンテナポートの配置を図6に示す.

    Codebook1は送信時に用いる8アンテナポートがすべてコヒーレント*42である実装を想定したコードブックとなっており,図6左のアンテナポート配置を想定したDFT(Discrete Fourier Transform)*43ベクトルをプリコーダ*44として採用している.これはRel-15のDL向けチャネル状態情報(CSI:Channel State Information)*45コードブックのうちType-Iとして規定されたものを踏襲している.Codebook2およびCodebook3は,送信時に用いる8アンテナポートをそれぞれ4×2,2×4(アンテナポート×グループ)に分けて定義し,同一グループ内のアンテナポートはコヒーレントだが,異なるグループ間のアンテナポート同士はコヒーレントではない実装を想定している.これらのタイプについては,Rel-15のUL向けコードブックとして規定されている,それぞれ4および2アンテナポートのコヒーレントプリコーダを採用している.

    Codebook4は上記3コードブックタイプと異なり,8アンテナポートのいずれもコヒーレントではない実装を想定したコードブックであり,プリコーダとしてはRel-15の4レイヤPUSCH送信向けの非コヒーレントプリコーダと同様に,単に送信ポートを選択するものとなっている.各コードブックタイプにおけるプリコーダのデザインを表1に示す.

    (b)Full power mode 0/1/2の拡張

    特にCodebook2/3/4適用時の送信電力を最大化する目的で,Rel-16のPUSCH送信向けに仕様化されていたFull power mode 0/1/2についてもそれぞれ最大8レイヤPUSCH送信向けに拡張されている.Rel-16においては,最大4レイヤのPUSCH送信向けに,Mode0は任意のアンテナポートに対して単独で最大送信電力を達成するPA(Power Amplifier)*46を実装している想定,Mode 1はコヒーレントプリコーダをコヒーレントポートと非コヒーレントポートに適用することで最大送信電力を達成する想定,Mode 2は一部のアンテナポートに対して単独で最大送信電力を達成するPAを実装している想定となっており,この想定のまま最大8のPUSCH送信レイヤ数を可能とする拡張を仕様化している.

    (c) PUSCH最大レイヤ数拡大を実現するその他の機能拡張

    PUSCH最大レイヤ数を4から8に拡張するための機能として,下りPDSCHのレイヤ数が5以上である場合の処理とおおむね同様の機能が仕様化されている.例えば,5レイヤ以上のPUSCH送信にて多重するコードワード*47数は,5レイヤ以上のPDSCH送信時と同じく2となっており,コードワード - レイヤ間のマッピングもPDSCH向けのルールをそのまま適用している.また,多重時に送信される2つ目のコードワード向けのMCS(Modulation and Coding Scheme)*48/NDI(New Data Indicator)*49/RV(Redundancy Version)*50の通知についても,DLと同様に仕様化されている.

    一方,PUSCH特有の機能である上り制御信号(UCI:Uplink Control Information)*51の多重については,5レイヤ以上のPUSCH送信の際は,2つのコードワードのうち通知されたMCSインデックスが大きいコードワードに対して多重することが仕様化された.これは,多重するUCIの復号成功率をできるだけ高める意図に基づいている.

    (d)SRS最大ポート数拡大

    PUSCHレイヤ数が8まで拡張されたことに合わせて,PUSCH送信時に必要なSRS(Sounding Reference Signal)*52についても最大8ポートまで拡張された.従来のSRSは設定されたSRSポートすべてを常に1OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)シンボル*53にて送信するが,8ポートを1OFDMシンボルにて送信する場合1SRSポート当りの送信電力が小さくなる課題があった.これに対し,図7のとおり,従来から仕様化されているSRS繰返し送信を設定する方法に加え,1OFDMシンボル当りの送信SRSポート数を最大4に制限し,8SRSポートの送信に2OFDMシンボルを消費する方法を仕様化した(TDM(Time Division Multiplexing)*54有りのSRS).

    非コードブック適用によるPUSCH送信においては,UEが自律的に決定したプリコーダに基づく最大8レイヤ分の上りチャネルのCSIを基地局にて測定できるよう,1SRSリソースセットにおいて設定できるSRSリソース数が4から8へ拡張されている.

    (4)中・高速移動UE向けのCSI拡張によるDLユーザスループット改善

    Rel-15において,下りPDSCH送信向けにUEが基地局へ報告するCSIコードブックとしてType-IとType-Ⅱの2種類が仕様化されており,そのうちType-ⅡはType-Iに対して相対的に量子化粒度*55が高く,特にMU-MIMO時に必要な高い粒度での空間ビームの報告が可能となっている.しかしながら,Type-Ⅱコードブックに報告されるプリコーダ情報は,Type-Iコードブックのそれに対して,UEの移動などに起因して発生するドップラー周波数*56の影響を大きく受けるという課題があった.これに対して,Rel-18では従来のType-Ⅱコードブックに加え,UEがプリコーダの時変動の予測値についても測定・報告することができる拡張型Type-Ⅱコードブックが仕様化された.これにより,中・高速移動UE(主に30~60km/h程度の速度を想定)の下りユーザスループットを改善できる.

    CSI測定については,UEがプリコーダの時変動を測定して予測プリコーダを計算する際,時間方向に多重された複数のCSI-RS(Reference Signal)*57が設定される必要があった.このため,周期的なCSI-RSが設定された際には,UEが複数周期のCSI-RSから時変動するプリコーダ情報を測定することを,またCSI-RSの多重が非周期的に設定・トリガされた際には,一度で複数のCSI-RSリソースの送信がトリガされ,UEに測定されることを,それぞれ規定した.非周期CSI-RSを設定した際の概略図を図8に示す.

    プリコーダの時変動情報の報告値については,報告に必要なビット数を最小化するために,空間ビームおよびサブバンド*58ごとに想定される,プリコーダの時変動(ドップラー周波数変動)を疑似的に表現できるDFTベクトルを報告することが規定された.また,本機能におけるUEからのCSI報告は,従来のType-Ⅱコードブックの報告と同様,PUSCHにのみ多重される.

    図1 Rel-18拡張DMRSの物理レイヤのチャネル構成、図2 Rel-18拡張DMRSに適用する長さ4のFD-OCC
    図3 シングルDCIにおけるPUSCH/PUCCHのスケジュール、図4 シングルDCIにおけるPUSCH/PUCCHのレイヤとアンテナポートの対応
    図5 マルチDCIにおけるPUSCHのスケジュール、図6 Codebook1/2/3に対して想定されたアンテナポートの配置
    表1 各コードブックタイプにおけるプリコーダのデザイン
    図7 TDM有り/無しの8ポートSRS送信、図8 非周期CSI-RSを設定した際の概略図

    2.2 ハンドオーバの高度化によるハンドオーバの遅延低減と柔軟性向上

    (1)L2(Layer 2)*59セル・ビーム指示を用いたハンドオーバ

    Rel-15では,L3*60において,基地局は,UEからのDL参照信号の測定・報告に基づくハンドオーバ先のセル指示がサポートされていた.Rel-16では,ハンドオーバ先のセルへの接続が完了するまで,サービングセル*61とハンドオーバ先のセルの両方から同時に信号を受信できるように仕様化された.これにより,ハンドオーバを行う際に発生する通信中断期間*62を限りなく0に改善することができる.しかしながら,UEへの負荷が大きいことや適用できるシナリオおよび周波数帯が限定的という課題があった.

    Rel-17では,L1*63/L2を用いたビーム制御を拡張し,サービングセルと接続した状態のまま,別セルの信号を受信できるように仕様化した.これにより,セル端付近のUEに対して,一時的に別セルの受信電力がサービングセルの受信電力より大きい場合はハンドオーバを行わずに,別セルの信号の送受信が可能になるため,通信中断期間が発生せず,送受信信号の受信電力およびユーザスループットを改善できる.

    Rel-18では,Rel-17の機能を拡張し,UEによるL1を用いたビーム測定・報告に基づき基地局が事前に設定したハンドオーバの候補セルの中からの,L2を用いたセル・ビーム指示による,最適なセルへのハンドオーバを仕様化した.

    基地局は,L3において,事前に最大8個の候補セルの設定をUEに与える.UEは,その設定を用いることで,ハンドオーバ指示の前に候補セルとのUL/DLの時間同期,およびL1を用いたビーム測定・報告を実施することができる.

    ULの同期においては,サービングセルとの通信中断を避けるために,下りリンク制御チャネル(PDCCH:Physical Downlink Control CHannel)*64で候補セルに対するランダムアクセスチャネル(PRACH)送信を指示し,算出したTA(Timing Advance)*65を基地局で管理する方法(図9)や,UEが自らTAを算出する方法を仕様化した.

    L1を用いたビーム測定・報告においては,サービングセルと異なる周波数のセルへのハンドオーバをサポートするために,UEは候補セルのSSB(Synchronization Signals/Physical Broadcast CHannel Block)*66も測定できるように拡張した.

    L2セル・ビーム指示の仕組みに従い,基地局はハンドオーバ先のセル・ビームおよび拡張した手法で取得したTAをUEに指示すると,UEはサービングセルとの信号の送受信を停止し,指示されたセルのビームで信号の送受信を行う.候補セルの設定は,ハンドオーバ実行後も保持されるため,ハンドオーバ後にも連続的に設定を使用することが可能である.

    この機能では,ハンドオーバ指示の前にUL/DLの同期およびL1を用いたビーム測定・報告を実施するため,通信中断期間で実施するランダムアクセス(RA:Random Access)*67手順を省略することができる(図10).加えて,UEが同じDU(Distributed Unit)*68内でハンドオーバを実施する際には,Rel-15~17のすべてのハンドオーバ機能で実施する必要があったPDCP(Packet Data Convergence Protocol)*69・RLC(Radio Link Control)*70のリセットも省略可能となった.これにより,通信中断期間を大幅に削減できる.また,ハンドオーバ指示にはビーム指示が含まれており,ハンドオーバ実施後にすぐにビームを使用できるため,スループットを維持しながらハンドオーバを実行できる.

    (2)Subsequent CPAC(Conditional PSCell Addition or Change)*71

    Rel-17では,PSCell(Primary Secondary Cell)*72の追加・変更の信頼性・堅牢性を向上させることを目的として,CPACが規定された.しかし,Rel-17のCPACでは,PSCellの追加や変更を行うたびに,RRCの再設定が必要であった.そのため,特にFR2を使用して通信を行っている場合など,最適なSCG(Secondary Cell Group)*73が頻繁に変わるような状況下では,RRCの再設定が頻繁に発生してしまうという課題があった.そこで,Rel-18では,Rel-17のCPACの機能を拡張し,RRCの再設定を行わずに連続でPSCellの追加・変更を行うことができる,Subsequent CPACが仕様化された.

    基地局は,候補となるPSCellの設定と,設定したPSCellの追加・変更を行う条件を,あらかじめUEに設定しておく.この条件は,在圏セルや候補PSCellに対するUEの測定結果に基づき定義される.例えば,候補セルの品質が在圏セルの品質をしきい値以上上回る,候補セルの品質がしきい値を上回る,などである.またこの条件は,UEがPSCellの追加・変更を行うたびに更新される必要がある.

    例えば,候補PSCell 1,2,3があり,PSCell 1が在圏セルである時,UEはPSCell 2,3に対する条件を評価する.PSCell 2の条件が満たされると,UEはPSCell 2に接続する.同時に条件の更新を行い,PSCell 1,3に対する新たな条件の評価を開始する.

    候補PSCellに対するすべての組合せの条件が事前にUEへ設定され,候補PSCellの設定とともに保持されることで,RRCの再設定無しで連続的なPSCellの追加・変更が可能となる.これによって,頻繁なPSCellの追加・変更による,シグナリング*74を大幅に減らすことができる.

    (3)複数の候補SCGを伴うCHO(Conditional HandOver)*75

    Rel-16では,ハンドオーバの信頼性・堅牢性を向上させることを目的として,複数の候補セルから最適なターゲットセルを選択する,CHOが規定された.各候補セルに条件が設定され,条件を満たしたセルにUEが自律的にセル切替えを行う.しかし,候補セルとしてPCell(Primary Cell)*76のみ設定可能であり,DC(Dual Connectivity)*77状態のUEがCHOを実行する場合,SCGを解放する必要があった.Rel-17では,Rel-16のCHOの機能拡張が行われ,各候補PCellに紐づくSCGを1つだけ設定することが可能となった.しかし,セル切替えを行う実行条件はPCellに対してのみ設定可能であり,PSCellに対しては設定できなかった.そのため,セル切替えの際に最適でないSCGが選択されてしまう可能性があった.

    そこでRel-18では,MCG(Master Cell Group)*78とSCGの両方で最適なターゲットセル選択を可能とする機能拡張が行われた.UEに対し,これまでのPCellの条件が満たされた場合に行われるハンドオーバの設定(すなわち,CHOの設定)と,PSCellの条件が満たされた場合に行われるハンドオーバの設定(すなわち,CPACの設定)に加え,PCellとPSCell両方の条件が満たされた場合にのみ実行されるハンドオーバの設定を新たに仕様化した.

    図9 上りリンク時間同期の手順、図10 L2セル・ビーム指示を用いたハンドオーバの手順

    2.3 XRシナリオにおける低遅延・大容量化

    Rel-18議論開始以前から,XRは将来のモバイルネットワークシステムにとって魅力的なサービスと位置づけられていた.なおRel-18までの3GPPの議論上,XRはVR(Virtual Reality)*79,AR(Augmented Reality)*80,MR(Mixed Reality)*81をまとめた総称とされている.Rel-17およびRel-18の前半では,XRユースケース,すなわちXR端末をモバイルネットワークに接続するケースにおける特有の課題を解決することに特化した高機能化が検討されてきた.Rel-18の後半では,そのように検討されたもののうち「XR Awareness*82」「UE低消費電力化」「XRキャパシティ向上」の3つの観点に絞った技術拡張が規定された.

    (1)XR Awareness

    XRユースケースでは,映像情報を伝送するための高いデータレートと,ユーザが行った動作を身体的負担無く視覚情報に反映させるための低遅延性との両方が求められる.そのため,5GC(5G Core network)*83およびUEからgNB(gNodeB)*84に対しXR通信特有の補助情報を提供し,より効果的なスケジューリングを行うことで,少ない遅延で大容量のユーザデータを伝送することを目的とした機能の拡張が規定された.これらのうち,5GCから報告する補助情報についてはPDU Setの情報やトラフィックの情報が導入された.UEから報告する補助情報については,Rel-18では主に3つ導入され,いずれもULデータ送信の改善を目的としている.

    • BSR(Buffer Status Report)*85の報告を行うためのbuffer size tableを新たに1つ導入し,ULデータのバッファサイズを報告する粒度を高めた.これにより,UEが不必要なリソースの割当てを要求することを減らす効果が期待される.
    • UEがgNBに対してBSRを報告するのと同時に,滞留しているULパケットの要求遅延情報を報告することができるコマンド(Delay status report)を新たに導入した.これによりgNBが,低遅延の伝送が求められるパケットを優先的に送信できるようにリソース割当てを行うことができる.
    • UEからgNBに対し,QoS(Quality of Service)フロー*86ごとにUAI(UE Assistance Information)*87による補助情報を報告できるよう規定された.XRにおける伝送情報は,映像フレームや加速度情報など,性質の異なる複数の情報種別を含んでいる.そのため,本規定によって,QoSフローごとに異なる情報種別を割り当てた上で,別々にXR Awarenessを実現することが期待される.

    (2)UE低消費電力化

    XR端末は,ウェアラブルに代表されるように小型かつ軽量であると想定されており,搭載可能なバッテリの容量は限られている.しかしXR端末は,gNBとの通信だけでなく,映像情報の処理やディスプレイへの投影なども限られた電力リソースの中で行う必要がある.そこでRel-18では,XRユースケースでのUEバッテリの省電力化に寄与する技術が2つ規定された.

    • DRX(Discontinuous Reception)*88の受信周期を映像フレームのタイミング,例えば30fpsや60fpsに合わせるため,非整数のDRX cycleを新たに導入した.
    • gNBがUEにConfigured Grant*89を設定する際に,UEが当該Configured Grantによって送信したUL信号に対するUL再送信を行わないよう指示できるようになった.

    (3)XRキャパシティ向上

    XRユースケースでは,1つのセルが複数のUEに対して映像伝送などの高いスループットを要するサービスを提供する.そのため,リソースの枯渇がUE数のボトルネックになることが考えられる.そこで,Rel-18ではより多くのUEを同時接続できるようにすることを目的とした下記2つのリソース最適化機能が規定された.

    • 1つのConfigured Grant周期に対し,複数のPUSCH送信機会を設定することができるよう規定された.
    • 設定されたConfigured Grantのうち,実際にUL送信に使われていないリソースをUEがgNBに報告することで,gNBがリソースを再利用できるよう規定された.

    また,XRサービスで伝送される映像データの特性に基づいて,混雑時などにおけるユーザ体感の向上を目的とした下記2つの機能が規定された.

    • PDU(Protocol Data Unit)*90 Setと呼ばれるPDCP PDUの集合を新たに定義した(図11).PDU Setは,映像の1フレームを構成する画像データのように,パケットを1つでも送受に失敗するとその他のパケットもデコード*91できなくなるようなデータの集合であると想定されている.その想定に沿って,PDU Set内に欠損パケットがあれば,PDU Set単位でパケットの破棄を行う機能も規定された.
    • gNBはPDU Set単位で優先度を設定できるよう規定された.混雑時,低優先度のPDU Setは,高優先度のPDU Setよりも早く破棄するようUEに指示することができる.
    図11 PDU Setの導入

    2.4 マルチキャリア活用の拡張

    Rel-15以降,5Gのネットワーク運用が拡大し続けているが,今後は第3世代移動通信システム(3G)または第4世代移動通信システム(4G)の運用縮小に伴って,従来3G/4Gで利用されているFR1バンドを5Gに転用する機会が増えると考えられている.そのようにして5Gに利用されることになる周波数は断片的かつ狭帯域なバンドである場合が多いため,複数のバンドにまたがるマルチキャリア運用が求められる.一方でFR2バンド(または一部のFR1バンド)は十分な帯域幅を確保できるため,同一バンド内のマルチキャリア運用によって大容量通信を実現する機会が多いと考えられる.Rel-18では,上記のようなinter-bandおよびintra-bandのマルチキャリア運用でのスループットを改善することを目的として,制御信号のオーバヘッド削減とULの動的なスケジューリングの柔軟性を増やすことの2つの機能が規定された.

    (1)Single DCIを使った複数セルのPDSCH/PUSCHスケジューリング

    図12に示すように,Rel-18では1つのセルのDCIが複数のセルに対してスケジューリングする機能が導入された.新たに規定されたDCI format 0_3およびDCI format 1_3は,最大4セルのPUSCHやPDSCHを同時にスケジューリングすることができる.DCI format 0_3は複数セルのPUSCHをスケジューリングするために用いられる.DCI format 1_3は複数セルのPDSCHをスケジューリングするために用いられる.スケジューリング対象となるセル群はintra-bandとinter-bandのどちらでもよいが,すべて同じサブキャリア間隔*92およびキャリアタイプ(licensed bandのFR1またはFR2-1/FR2-2,unlicensed bandのFR1またはFR2-1/FR2-2)である必要がある.なお,スケジューリングを行うセルは,スケジューリング対象セル群の中に含まれていても(図12(a)),含まれていなくてもよい(図12(b)).複数セルの制御情報を1つのDCIに集約するため,制御のためのオーバヘッドを減らして周波数利用効率*93を改善する効果が期待される.

    (2)UL Tx switchingのさらなる拡張

    図13(a)に示すようにRel-16では,2ポートでのUL送信において,片側のポートを2バンド構成とし,その間で送信バンドを動的に切り替えるUL Tx switchingという機能が規定された.また図13(b)に示すようにRel-17では,2ポート両方を2バンド構成として切替え可能にすることで,より多くのswitching patternをサポートする機能の拡張が規定された.そしてRel-18では,図13(c)に示すようにこれらをさらに拡張し,最大4バンドの中から動的に切替え可能とすることで,さらに多くのswitching patternをサポートする機能が規定された.

    なお,動的切替えを行う直前または直後には,switching periodと呼ばれる非送信期間を設けることになっている.Rel-16およびRel-17では2バンドの間のswitchingであったため,1つのswitching periodを設定していた.一方でRel-18では,3または4バンドがswitchingにかかわるため,switching periodをバンドペアごとに設定し,switching patternごとに適用されるswitching periodの長さおよび挿入位置を明確化する規定が行われた.Rel-18 UL Tx switchingの導入により,より柔軟なUL送信のスケジューリングが可能になり,スループットおよびキャパシティの改善につながることが期待される.

    図12 Single DCIによる複数セルのPDSCH/PUSCHスケジューリング、図13 UL Tx switchingの拡張

    2.5 FR1 UE RF機能拡張によるユーザスループットの向上

    (1)UEの送信系統数の拡張によるULユーザスループットの向上

    ULスループットのさらなる向上のため,Handheld UE*94と比較して実装制約の少ない,FWA(Fixed Wireless Access)*95やCPE(Customer Premises Equipment)*96,車載向けUE,産業向けUEを対象にUE無線アナログ回路部における送信系統数の拡張が行われた.シングルキャリア送信およびNR CA(Carrier Aggregation)*97/EN-DC(Evolved Universal Terrestrial Radio Access Network New Radio Dual Connectivity)*98による送信それぞれにおいて,拡張された送信系統数を表2に示す.

    ① シングルキャリア送信における4系統同時送信への拡張

    シングルキャリア送信において,従来の上り最大2系統から4系統同時送信への拡張が行われた.Tx diversity*99方式による実効的なULスループットの向上だけでなく,UL 4レイヤ MIMO送信によるULピークレートの向上も期待される.本機能の適用はFDD(Frequency Division Duplex)*100およびTDD(Time Division Duplex)*101方式双方のバンドが対象となっている.

    4系統送信時の最大送信電力については最大29dBmであり,UEの搭載するパワーアンプの構成としては,23dBm送信出力のパワーアンプを4つ,23dBmと26dBm送信出力のパワーアンプをそれぞれ2つ,あるいは,26dBm送信出力のパワーアンプが4つの3パターンが想定されている.UEから放射される各種干渉に関する規定については,4つのアンテナ端子から測定される信号レベルの合算値が,従来の2系統送信および1系統送信と同等のレベルで規定されており,合計の干渉量は維持される規定となっている.これにより,隣接周波数を用いる他システムとの共用条件に変更は発生しない.

    ② NR CA/EN-DCにおける3系統同時送信への拡張

    ULのinter-band NR CA/EN-DC*102において,従来の上り最大2系統から3系統同時送信への拡張が行われた.2つのバンドを使用して同時送信を行う際,従来までは,各バンドで1Tx(1系統送信)まで,すなわち1Tx+1Txの合計2Txが使用可能であった.これに対してRel-18では,片方のバンドのみ2Txまで,すなわち1Tx+2Txの合計3Txによる同時送信が可能となった.これにより,ULスループットの向上が期待される.現状では,FWAを対象UEとしており,また3Tx送信時の合計の送信電力については最大29dBmまでと規定されている.3Txの導入に伴い,2Tx側のバンドにおいてUL 2レイヤ MIMOを行う場合とTx diversityを行う場合の各々について,送信性能規定が策定された.また受信性能規定についても,合計送信電力29dBm時の相互変調*103による干渉影響を考慮した規定が新たに策定された.

    (2)端末の受信系統数の拡張によるDL(Downlink)ユーザスループットの向上

    DLスループットのさらなる向上のため,UE無線アナログ回路部における受信系統数の拡張が行われた.対象となるUE種別および周波数において,拡張された受信系統数を表3に示す.

    ① FWAなどの実装制約の少ないUE向け8系統同時受信への拡張

    Handheld UEと比較して実装制約の少ないFWAやCPE,車載向けUE,産業向けUEを対象に,従来の下り最大4系統から8系統同時受信への拡張が行われた.Rx Diversity方式による実効的なDLスループットの向上だけでなく,DL 8レイヤ MIMO受信によるDLピークレート向上も期待される.本機能の適用はFDDおよびTDD方式双方のバンドが対象で,シングルキャリアおよびNR CA/EN-DCへの適用も想定されている.受信感度規定(Reference sensitivity)*104においては,4系統搭載時と比較して1.6dBから1.8dB(周波数バンドにより値が異なる)低い受信電力で同等のスループットを達成する仕様となっており,DLカバレッジの向上が期待される.過去リリースで導入済のSRS antenna switching*105との関連において,UE内部での送信系統を各アンテナに繋ぎかえる際の接続先の候補が7本に拡張されることで,内部のRFスイッチの構造が多層化し,スイッチ挿入に伴う損失が増加することから,SRS antenna switching動作時におけるUEの送信電力の低減値の見直しも議論された.

    ② 1GHz未満の低周波数帯におけるHandheld UE向け4系統同時受信への拡張

    一般的に周波数が低いほど,アンテナのサイズは大きくなる.特にHandheld UEのようなサイズの小さいUEにとって,搭載するアンテナのサイズや数には注意が必要である.Rel-15において4系統受信に関する規定が導入され,後続のリリースにおいて対象バンドも追加されたが,Rel-17時点で1GHz未満のバンドについては,すべてUEサイズの大きいFWAに制限された規定となっている.

    これに対してRel-18では,1GHz未満のバンドの4系統受信について,Handheld UEにおいても十分に実現可能性があるとして規定が拡張された.1GHz未満の低い周波数帯は広範囲なカバレッジに適しており,日本国内においても700~900MHz帯は非常に価値の高い周波数帯である.一方,国内で5G向けに割り当てられた3.7GHz帯や4.5GHz帯,28GHz帯などの高周波数帯と比較すると,帯域幅が小さいためスループットの側面では課題がある.今回の規定拡張により,低い周波数帯においても,2系統から4系統同時受信へ拡張されることで,Handheld UEにおけるDLスループットの向上が期待される.

    (3)UE内自送信信号の回り込み*106による受信感度劣化量報告によるシステム容量改善

    NR CA/EN-DCにおいて同時送受信を行う際の,UE内で自送信信号の回り込みによる受信感度劣化の低減措置についてUE capability*107と組み合わせた手法が仕様化された.本機能により,ネットワーク側で実装性能の良いUEとそうでないUEを区別することが可能となり,より適切なスケジューリング制御が期待される.

    NR CA/EN-DCを構成する周波数バンドの組合せごとに,かつ高調波*108や相互変調といったUE内干渉の発生要因ごとに,UEの感度劣化量をUE capabilityで通知できる仕組みが導入された.また,シグナリングサイズを低減するために,複数のUE内干渉の発生要因に対して,一律で同一の感度劣化量を通知できるシグナリングの枠組みも導入された.

    (4)非隣接基地局アンテナ環境でのCA/DC規定導入によるシステム容量改善

    過去リリースにおいて,LTEのBand 42(3.4~3.6GHz)およびNRのBand n77(3.3~4.2GHz)/n78(3.3~3.8GHz)は,周波数規定上ではintra-band NR CA/EN-DC*109として扱われ,標準仕様のUE性能規定としては,基地局アンテナが物理的に隣接して設置される前提となっていた.そのため,これらのバンドのNR CA/EN-DCにおけるバンド間の受信信号電力差や信号送受信時間差は伝搬経路の差が考慮されないものとなっていた.しかし,実際には各周波数の置局時期の違いや置局場所が有限であることに起因して,これらのバンドの基地局アンテナが物理的に離れた場所に設置されることがあり,その場合にUEは性能規定を満たせず,これらのバンドを組み合わせたNR CA/EN-DCの運用が困難となる課題があった.

    この課題に対し,送受信機能部をバンドごとに分離して2つもつUE構成を前提に置くことで,バンド間での受信信号電力差や信号送受信時間差の許容範囲をinter-band NR CA/EN-DCと同一とする検討を実施してきた(図14).Rel-16およびRel-17ではEN-DCにおいて各バンド2レイヤ,合計で4レイヤまでに限定して規定の拡張を実施し,Rel-18においてはこの規定のNR-CAへの拡張を実施した.結果として受信信号電力差は6dBまでとなっていたものが25dBまでの差分が許容可能となり,信号送受信時間差は従来に比べて30μs長い時間差まで許容可能となった.この拡張により,柔軟な置局やバンド組合せの運用が可能となることが期待される.

    表2 端末送信系統数の拡張、表3 端末受信系統数の拡張
    図14 非隣接基地局アンテナ環境でのCA/DC規定導入

    2.6 FR2 UE RF機能拡張によるユーザスループットの向上

    (1)変調方式の拡張によるULユーザスループットの向上

    FR2における変調方式として,DLはRel-16から256QAM(Quadrature Amplitude Modulation)*110が,ULはRel-15から64QAMが使用可能であった.これに対してRel-18では,ULスループットのさらなる向上,およびそれに伴う通信の大容量化を目的として,ULで256QAMが導入された.1シンボル当り8ビット送信を行う256QAMは,6ビット送信を行う64QAMと比較して8/6倍の情報量を一度に送信可能である.そのため,パスロス*111の小さい環境などにおいて,Gbps越えの大容量通信を行うユースケースでの活躍が期待される.ただし,現状では,24.25~43.5GHzの範囲で定義されたバンドを対象に,Handheld UEと比較して実装制約の少ないFWAや車載UEを想定した機能としている.これは,基地局の受信SNR(Signal to Noise Ratio)*112を担保する必要があることや,UE内の消費電力や発熱の課題などが考慮されたためである.また,FR2向けUL用256QAMの導入に際して,UEにおいて担保すべきEVM(Error Vector Magnitude)*113や,許容される送信電力バックオフ*114が仕様化された.

    (2)UEの送信ビーム制御機能の拡張による接続性の向上

    高い直進性や大気中の吸収などにより,遠くまで電波を飛ばすことが難しい伝搬特性をもつFR2において,適切にビームを制御することは非常に重要とされている.そこでRel-15において,受信ビームを用いたDL測定に基づいてULの送信ビームを決定するUE側のビーム制御機能である,Beam correspondenceがFR2向けに導入された.その後もBeam correspondenceの拡張は議論されてきたが,Rel-17までに性能規定が定義されているのはRRC_CONNECTED*115状態のみとなっている.これに対してRel-18では,RRC_IDLE*116状態の初期アクセスおよびRRC_INACTIVE*117状態に対しても,性能規定を定義した.

    意図した方向および範囲に正しくビームを向けられることを担保するための,RRC_CONNECTED状態におけるUEの送信spherical coverage規定*118がすでに仕様化されていたが,Rel-18では,初期アクセスおよびRRC_INACTIVE状態の性能規定として,RRC_CONNECTED状態よりも2dB低いSpherical coverageが仕様化された.規定導入により高品質なUL送信ビームが担保されるため,ULのカバレッジ性能や接続性の向上が期待される.また,RRC_INACTIVE状態およびRel-17で導入されたSDT(Small Date Transmission)*119において期待される省電力や遅延削減などの効果も担保する.

    (3)異なる方向から到来するデータの同時受信によるDLユーザスループットの向上

    FR2において,Rel-15では形成した指向性*120パターンから選択された単一の受信ビームを使用する,すなわち同時に複数の受信ビームを使用しないことを前提として,UEの受信性能規定が策定されている(図15(a)).FR2におけるDL MIMOの規定では1つのビーム当り最大2レイヤとなっているため,FR1において一般的に用いられている4レイヤでの受信は単一の受信ビームでは実現できない.そこでRel-16およびRel-17では,FR2 NR CA向けの受信性能規定が策定された.これは信号処理機能部を2つ具備するUEを前提としており,CAを構成する異なるキャリアから各データが同時に到来するシナリオにおいて,各キャリアに対して独立した受信ビームを形成することでDL同時受信を実現する.各キャリアにおいては最大2レイヤであるが,複数のキャリアを束ねて通信することで4レイヤ相当の同時受信を可能とする.

    これに対してRel-18では,図15(b)に示すように,異なる方向から到来するシングルキャリア上の各データを,2つの受信ビームを使用してDL同時受信するシナリオを想定し,性能規定が策定された.シングルキャリアにおいて4レイヤでの同時受信が実現可能となるため,DLスループットおよび周波数利用効率の向上が期待される.仕様においては,UEの受信spherical coverage規定が,複数方向から同時にデータが到来するシナリオ向けに拡張された.現状では,FR2のうちの24.25~43.5GHzの範囲で定義されたバンドを対象とした機能であり,UEの実装に適したAoA(Angle of Arrival)separation*121条件下において要件を満たす必要がある.

    また,このRF機能拡張に伴い無線リソース制御(RRM:Radio Resource Management)*122観点でも,複数ビームを活用することで機能の拡張が図られた.FR2では信号送受信だけでなく無線品質測定の際にもUEが受信ビームを形成する前提となっており,特定のビームは特定の方向の無線品質しか計測することができないため,周辺環境をあまねく測定するためにUEのビームスイーピング*123が必要となっている.この動作により,同じ無線品質測定でもFR2ではFR1に比べて長い時間を要する.さらに,品質測定用の参照信号とPDSCHが周波数多重されている場合において,UEはビームスイーピングを実施しているためPDSCHの受信が制限される,すなわち下りデータの受信ができないという制約もあった.これらに対し,複数の受信機能部を具備し,それぞれが独立して同時にビームスイーピングを行うことで無線品質測定時間が短縮可能となり,また無線品質測定中のデータ受信が不可となる制約についても,品質測定用の参照信号がCSI-RSである場合のデータとの同時受信が可能となることで,DLスループットの向上が期待される.

    図15 異なる方向から到来するデータの同時受信
    1. MU-MIMO:複数ユーザそれぞれの受信アンテナを使用してMIMO通信を行う技術.ユーザ間で空間ストリームを分けることでユーザ多重を行うことができる.
    2. 下りリンクデータ共有チャネル(PDSCH):ユーザデータや上位レイヤからの制御情報を送信するためのDLの物理チャネル.
    3. 上りリンクデータ共有チャネル(PUSCH):ULでデータパケットを送受信するために用いる物理チャネル.
    4. 空間領域多重(SDM):直交符号を別々の空間ビームを用いて送信する多重方式.
    5. MIMOレイヤ:MIMOにおける空間ストリーム.
    6. 復調用参照信号(DMRS): 復調のための無線チャネル状態を測定するために送信される基地信号.
    7. DMRSポート:各MIMO レイヤに割り当てるDMRSの直交リソース.
    8. SU-MIMO:単一ユーザの複数の送受信アンテナを使用してMIMO通信を行う技術.
    9. ユーザ端末(UE):3GPPに準拠した機能をもつ移動機.
    10. DMRS Type1:Rel-15で仕様化されたDMRSの配置タイプのうちの1つ.
    11. オーバヘッド:ユーザデータの送受信を行うために必要な制御情報や,データ受信に必要な参照信号など,ユーザデータの送信以外に用いられる無線リソース.
    12. 周波数領域直交符号(FD-OCC):直交符号を周波数領域のリソースに適用すること.
    13. 物理レイヤ:OSI参照モデルの第一層.無線信号伝送のため,無線周波数キャリアの変調や,符号化データ変調などの処理を行うレイヤ.
    14. CDM group:同一のFD-OCCが適用される周波数リソースのこと.
    15. PRB:12個の連続する直交サブキャリアにより構成されるリソース割当ての最小単位.
    16. PRE:1つの直交サブキャリア.
    17. ウォルシュ符号:「+1」または「-1」の要素からなる,2nの次数の正方行列(ただし,nは自然数)から生成される直交符号.
    18. 巡回シフト(Cyclic shift):ある1つの系列(S0,S1,…,SN-1)に対して,系列インデックス(n=0,1,…,N-1)ごとに一定間隔の異なる位相回転を施す(S0×0×α,S1×1×α,…,SN-1×(N-1)×α)ことで,最大N個の直交符号を生成すること.
    19. Advanced UE capability:基本的なUE機能に対し,高度なUE機能のこと.
    20. 送受信点(TRP):基地局において,1つの場所に設置された,1つまたは複数の送受信アンテナポートの集合.1つの場所に設置された送受信アンテナポートのみを用いる基地局構成をシングルTRPと呼び,複数の場所に設置された送受信アンテナを用いる基地局構成をマルチTRPと呼ぶ.
    21. 下りリンク(DL):基地局からUE方向への情報の流れ.
    22. 上りリンク制御チャネル(PUCCH):ULで制御信号を送受信するために用いる物理チャネル.
    23. バックホール:コアネットワークから無線基地局への接続回線.本稿ではTRP間を結ぶ回線のことをいう.
    24. DCI:下り制御情報.各ユーザがデータを復調するために必要なスケジューリング情報,データ変調,およびチャネル符号化率などを含むDLで送信する制御信号のこと.
    25. SFN:同一周波数時間リソースにおいて,複数の送信アンテナから,それぞれ別の送信ビームを使用して,同一信号を送信する方式.
    26. 時間領域:信号などの解析において,その信号が各時間でどのくらいの成分をもっているかを示すのに用いられる.時間領域の信号をフーリエ変換することで周波数領域の信号に変換することができる.
    27. コードブック:あらかじめ決められたプリコーディングウェイト行列の候補.
    28. コヒーレント:ここでは,ポート間で信号の位相が一定範囲で校正されており,それらのポート間にまたがってプリコーダ(*44参照)を乗算できること.
    29. DFT:離散フーリエ変換.
    30. プリコーダ:あるデジタル信号に対して送信前に乗算される係数.
    31. チャネル状態情報(CSI):基地局とUEを結ぶ無線チャネルの状態.
    32. PA:電力増幅器.送信信号に印加される電力強度を決定する.
    33. コードワード:送信される情報の1単位.
    34. MCS:変調方式および符号化率.またはそれらを通知する下り制御信号中のビット.
    35. NDI:リソースを割り当てたデータ信号が,とあるコードワードの初回送信なのか再送なのかを示す,下り制御信号中の通知ビット.
    36. RV:送信側で変調および符号化した信号のうち,実際に送信された部分を示す,下り制御信号中の通知ビット.
    37. 上り制御信号(UCI):ULにおけるHARQ-ACKやCSI,SRのような信号の総称.
    38. SRS:基地局側でULのチャネル品質や受信タイミングなどを測定するためのUL参照信号.
    39. OFDMシンボル:伝送するデータの単位であり,OFDMの場合は複数のサブキャリアから構成される.各シンボルの先頭にはCPが挿入される.
    40. TDM:時分割多重.
    41. 量子化粒度:生成可能なビームの空間的な粒度.
    42. ドップラー周波数:無線通信において,送信機もしくは受信機の移動によって発生する周波数の誤差.
    43. CSI-RS:無線チャネルの状態を測定するために送信される参照信号.
    44. サブバンド:ここでは,CSI報告の際に想定される周波数方向の報告粒度.
    45. L2:開放型システム間相互接続(OSI:Open Systems Interconnection)参照モデルの第2層(データリンク層).
    46. L3:OSI参照モデルの第3層(ネットワーク層).
    47. サービングセル:UEが現在無線リンクを確立しているセルのこと.
    48. 通信中断期間:UEがハンドオーバ中に基地局とユーザデータの送受信ができない期間.
    49. L1:OSI参照モデルの第1層(物理層).
    50. 下りリンク制御チャネル(PDCCH):DLにおける物理レイヤの制御チャネル.
    51. TA:複数UE間の信号の直交性を保つために,UE側で調整する送信タイミングの量.
    52. SSB:基地局が定期的に送信する,通信に必要なセルの周波数と受信タイミングなどの検出を行うための同期信号および主要無線パラメータを通知する報知チャネル.
    53. ランダムアクセス手順(RA):UEが発信時やハンドオーバなどにより,基地局と接続を確立する場合や再同期を行う場合に行う手順.
    54. DU:LTEとNRの無線リンクを同時に利用するアーキテクチャにおける分散ノード.
    55. PDCP:レイヤ2におけるサブレイヤの1つで,秘匿,正当性確認,順序整列,ヘッダ圧縮などを行うプロトコル.
    56. RLC:無線インタフェースのレイヤ2のサブレイヤの1つで,再送制御などを行うプロトコル.
    57. CPAC: Rel-17で規定されたPSCellの追加または変更の手順.UEに設定された実行条件が満たされた際に,対象のPSCellの追加または変更を行う.
    58. PSCell:DC(*77参照)中にSCG(*73参照)に含まれるセルのうち,接続を担保するセル.
    59. SCG:DC中の基地局の内,MN(Master Node)ではない基地局(SN:Secondary Node)配下のセルグループ.
    60. シグナリング:端末と基地局間の通信に使用する制御信号.
    61. CHO:UEに,ハンドオーバを実施する候補セルとハンドオーバ実行条件を設定し,実行条件が満たされた際にUEが自律的にハンドオーバを実施する動作.
    62. PCell:CAにおいて複数用いるキャリアの中で,接続を担保するキャリア.プライマリセルとも呼ばれる.
    63. DC:マスターとセカンダリの2つの基地局に接続し,それらの基地局でサポートされる複数のキャリアを用いて同時に送受信を行うことにより,高速伝送を実現する技術.
    64. MCG:DC中のUEとの接続を確立する基地局(MN)配下のセルグループ.
    65. VR:仮想現実.現実世界の視覚および聴覚情報を遮断すると同時に,端末から仮想世界の視覚および聴覚情報を与えることで,仮想世界に没入したような感覚を提供する技術.
    66. AR:拡張現実.現実の環境をベースとして,視覚オブジェクトなどの追加情報をオーバーレイすることで現実と仮想の世界を融合させる技術.
    67. MR:複合現実.拡張現実(AR)をさらに発展させたもので,仮想オブジェクトの形状などを現実世界に合わせて変化させることにより,オブジェクトが現実世界の一部であるような感覚をより強く与える技術.
    68. XR Awareness:gNB(*84参照)がXR通信特有のコンディション情報を考慮することで,XR通信のためのスケジューリング動作を改善する技術.
    69. 5GC:5G専用のコアネットワーク.
    70. gNB:5Gの無線技術NRにおける無線基地局.
    71. BSR:ULのMAC(Medium Access Control)サブレイヤで伝送される制御信号MAC CE(Control Element)の一種.UEがgNBに対し,送信を希望するULデータのバッファ滞留量を報告するために用いられる.なお,MACは無線インタフェースのレイヤ3におけるサブレイヤの1つで,無線リソース割当て,TB(Transport Block)へのデータマッピング,HARQ(Hybrid Automatic Repeat Request)再送制御などを行うプロトコルを指す.
    72. QoSフロー:QoS制御を行う単位を表すフローのこと.なお,QoS制御はパケットの優先転送など,通信の品質を制御する技術.
    73. UAI:RRCメッセージの一種.UEがgNBに対し,さまざまなUEの内部情報を報告するために用いられる.
    74. DRX:端末の消費電力削減を目的とした間欠受信.
    75. Configured Grant:基地局からあらかじめユーザ個別にPUSCHリソースを割り当てておき,ULデータが発生したら,SR(Scheduling Request)送信を行わずにUEが当該リソースでPUSCHを送信できる仕組みのこと.
    76. PDU:プロトコルレイヤ・サブレイヤが処理するデータの単位.
    77. デコード:エンコード装置により圧縮されたデータを復元して映像データに変換すること.
    78. サブキャリア間隔:OFDMなどのマルチキャリア伝送において信号を伝送する個々の搬送波の間隔.
    79. 周波数利用効率:単位時間,単位周波数帯域当りに送信できる情報ビット数.
    80. Handheld UE:いわゆるスマートフォンのような,ユーザが手に保持して用いるUEを指す.
    81. FWA:無線通信規格の1つで,固定無線アクセスシステムを指す.スマートフォンのような携帯端末とは異なり固定されて使用する想定のため,一般的に,携帯端末と比較して大きなデバイス容積で実装しやすい.
    82. CPE:無線通信規格の1つで,顧客の敷地内に設営される無線システムを指す.一般的に,携帯端末と比較して大きなデバイス容積で実装しやすい.
    83. NR CA:NRの周波数帯とNRの周波数帯を束ねて通信することで広帯域化を実現する技術を指す.
    84. EN-DC:LTEの周波数帯とNRの周波数帯を束ねて通信することで広帯域化を実現する技術を指す.
    85. diversity:通信品質を改善するため,複数のアンテナで受信または送信して,受信(送信)状況の良いアンテナの信号の選択や,信号の合成をすること.
    86. FDD:ULとDLで,異なる周波数を用いて信号伝送を行う方式.
    87. TDD:ULとDLで同じ周波数を用い,時間スロットで分割して信号伝送を行う方式.
    88. inter-band NR CA/EN-DC:異なる周波数バンドによるNR CA/EN-DCのこと.
    89. 相互変調:複数の異なる周波数の信号が増幅器など非線形性をもつ回路に入力された場合に,入力周波数の組合せにより,希望する周波数以外の周波数成分をもった信号が出力されること.
    90. 受信感度規定(Reference sensitivity):基準のスループットを達成するための受信電力レベルを定めている端末の受信性能規定.
    91. SRS antenna switching:端末内部の送信系統を複数の受信アンテナに接続し,SRSを送信することで,DLの伝搬路推定を実施する機能.
    92. 回り込み:無線装置において,自身の送信アンテナから送信された電波が自身の受信アンテナに受信されること.
    93. UE capability:端末機能の対応状況を基地局に通知するシグナリング.
    94. 高調波:ある周波数成分をもつ波に対して,その整数倍となる高次の周波数成分のこと.
    95. intra-band NR CA/EN-DC:同一周波数バンドによるNR CA/EN-DCのこと.
    96. QAM:変調方式の1つであり,振幅と位相の双方を利用して変調する方式.定義されるパターン数に応じて16QAM,64QAM,256QAM,1024QAMなどの種類がある.
    97. パスロス:送信電力と受信電力との差分から推定される伝搬経路損失.
    98. SNR:雑音の電力に対する所望信号の電力の比.
    99. EVM:通信品質を示す指標であり,本来の信号点からの誤差の大きさを示したもの.
    100. 送信電力バックオフ:送信電力の低下.本稿では,端末が担保すべき最大出力電力の規定に対する緩和を指す.
    101. RRC_CONNECTED:端末のRRC状態の1つであり,端末と基地局間にリソースが割り当てられた状態.
    102. RRC_IDLE:端末のRRC状態の1つであり,端末は基地局内のセルレベルの識別をもたず,基地局において端末のコンテキストが保持されていない.コアネットワークにおいて端末のコンテキストが保持されている.
    103. RRC_INACTIVE:端末のRRC状態の1つであり,端末は基地局内のセルレベルの識別をもたず,基地局およびコアネットワークにおいてコンテキストが保持されている.
    104. spherical coverage規定:端末を中心とした球面全体にビーム方向を操作した際に得られる,各EIRP(Equivalent Isotropic Radiated Power,電波放射空間上に設けられた規定点における送信電力)値または各EIS(Equivalent Isotropic Sensitivity,電波放射空間上に設けられた規定点における受信電力)値の累積分布を用いた規定.送信規定ではEIRP値を,受信規定では基準のDLスループットが達成するためのEIS値を測定する.本規定は,意図した方向(通信を行う基地局方向)および必要な範囲に正しくビームを向けられることを統計的に担保する.測定した値を用いて,少なくとも球面空間上のX%エリアで担保すべきEIRP値またはEIS値をSpherical coverageと定義.
    105. SDT:Rel-17に導入されたIoT端末向けの新機能で,UEがRRC_INACTIVE状態中にランダムアクセスあるいはCGリソースを利用することで,少量のパケットデータを送信可能となる.
    106. 指向性:アンテナの放射特性の1つで,アンテナからの放射強度(あるいは受信感度)の方向特性のこと.
    107. AoA separation:同時に到来する2つの信号の到来角度の差.
    108. 無線リソース制御(RRM):有限である無線リソースの適切な管理や,端末・基地局間のスムーズな接続を実現するために端末が実施する,ハンドオーバなどのモビリティ動作,参照信号を用いた品質測定といった制御の総称.
    109. ビームスイーピング:複数のビームを用いる際に,それらを連続で切り替えることで空間的に掃引すること.

03. カバレッジ拡大

  • 3.1 PRACHの繰返し送信

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    Rel-17において,PUSCHおよびPUCCH向けに,カバレッジ拡大を目的として繰返し送信機能の拡張が規定されている.しかし,その実装が想定されたセルにおいては,PRACHのカバレッジがセル全体のカバレッジのボトルネックになり得ることが指摘された.これを解決すべく,Rel-18にてPRACHの繰返し送信が仕様化された.

    PRACH送信に設定されるリソースはRO(RACH Occasion)*124とRO内のPRACH送信系列*125に基づいて設定されるが,PRACHの繰返し送信向けにもこの設定方法は,おおむねそのまま採用されている.一方,繰返し送信によるカバレッジ拡張を達成するには,基地局が複数PRACH送信を,あるUEからの繰返し送信であると判断できる必要がある.そのため,あるSSBインデックスに紐づけられるROのうち,時間方向に多重された,設定した繰返し送信回数(2,4もしくは8が設定可能)と同数のROをROグループとして定義し,UEはPRACHの繰返し送信を動作する際には,あるROグループ内において同一のPRACHプリアンブル*126を用いることが規定された.ROグループの概略図を図16に示す.

    従来,PRACHの送信開始については,UEによるSSB受信結果(RSRP:Reference Signal Received Power*127)を,設定されたしきい値と比較することによってUEが判断する.PRACHの繰返し送信はカバレッジ観点で有用である一方,無線リソース利用効率が下がるという欠点もあることから,UEがPRACH繰返し送信を動作するケースをいかに適切に規定・設定するかが議論された.その結果,UEによるPRACH繰返し送信の動作の有無やPRACH繰り返し送信回数の判定を目的に,従来のPRACH送信開始向けとは別に,SSB受信結果(RSRP)のしきい値の設定を定義し,この新しいしきい値とSSB受信結果(RSRP)の大小関係を比較することでPRACH送信回数を判定することが規定された.例えば,従来のPRACH送信開始の判定に用いるしきい値を-40dBm,PRACHの2回繰返し送信の動作の有無の判定に用いるしきい値を-43dBmと設定した場合,UEはSSB受信結果(RSRP)が-43dBm以上-40dBm未満であればPRACHの2回繰返し送信を動作し,結果(RSRP)が-40dBm以上であれば従来のPRACH送信(繰返しせず)を動作する.これにより,UEごとに必要に応じてPRACH繰返し送信回数を判断させることが可能となった.

    図16 PRACHの繰返し送信時のROグループの概略図

    3.2 UL送信電力の効率化

    (1)∆P_PowerClassの拡張

    Rel-15 NRにおいて,HPUE(High Power UE)*128対応UEにおいて,人体防護指針の観点などからUE Capabilityで指定される,ある評価時間期間内(UL/DL/Gap期間)におけるUL比率を超える場合に,最大送信電力の低減が許容される枠組みがある(∆P_PowerClass).しかしながら,ネットワークからはUE送信電力の低下の要因が,∆P_PowerClassの適用によるものか,あるいはその他の要因によるものかが不明という課題があった.Rel-18では,UEのサポートするUL比率の超過による送信電力の低下および元の送信電力上限に戻る動作について,UEからネットワークに通知できるようになった.この拡張により,UEの達成可能な出力電力を考慮し,ネットワークのリソーススケジューリングが最適化できるようになる.

    (2)Power boosting機能の導入

    上りカバレッジの拡大を目的に,π/2 BPSK(Binary Phase Shift Keying)*129およびQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)*130の変調方式に対して,PC(Power Class)3*131およびPC2で従来のUEの最大送信電力出力上限から,最大1dBを引き上げることを可能とするPower boosting機能が導入された.Power boostingについて,適用するRB範囲と,spectrum flatness*132の緩和有無に応じて,異なる2つの方式が導入された.

    • 1つ目の方式は,Inner RB allocation*133において,一部のRB配置のみPower boostingが対象だが,既存のspectrum flatnessの緩和を必要としない.
    • 2つ目の方式は,Inner RB allocationに該当するすべてのRB配置でPower boosting可能だが,既存のspectrum flatnessの規定値が一部緩和される.

    2つの方式のUEサポート状況は,異なるUE capabilityでそれぞれネットワークに通知することができる.

    3.3 ULの波形の動的な切替え

    Rel-15にて,上りPUSCH送信に対してはCP-OFDM(Cyclic Prefix-OFDM)*134とDFT-S-OFDM(DFT-Spreading-OFDM)*135の2種類の波形が規定されている.CP-OFDMは周波数方向のリソース配置の柔軟性などにおいて優れている一方,DFT-S-OFDMは生成される信号のPAPR(Peak to Average Power Ratio)*136が低いという点からカバレッジ観点で優れているといえる.Rel-15ではこれらの波形はRRC設定によってのみ切替えが可能であり,例えばセル端のユーザに対してDFT-S-OFDM,セル央のユーザに対してCP-OFDMを適用するような運用をする場合,セル端とセル央の間を移動するUEに対しては必ずRRC再設定が必要となるという課題があった.Rel-18ではこの課題を解決すべく,RRC再設定を必要とせずDCIによるULの波形切替えを仕様化した.具体的には,上りPUSCHをスケジュールするDCI format 0_1および0_2に1ビットの通知フィールド(TPI:Transform Precoder Indicator)を追加し,本通知ビットが0であればスケジュールされるPUSCHにDFT-S-OFDMを適用し,1であればCP-OFDMを適用するという動作となっている.

    一方で,DFT-S-OFDMとCP-OFDMの2波形における,カバレッジ観点の実際の差分は,PUSCHへ割り当てるリソース配置や適用するMCSなどによって変化する.そのため,波形間のカバレッジ観点での差分を基地局が把握するために,従来から仕様化されているPHR(Power Headroom Report)*137を基に,CP-OFDM適用時とDFT-S-OFDM適用時の最大送信電力をそれぞれ報告できるよう仕様化されている.

    1. RO:PRACHの送信向けに設定される物理リソース.
    2. PRACH送信系列:PRACHとして定義されている送信ビット列.NRにおいてはZadoff-Chu系列を採用している.
    3. プリアンブル:パケットの先頭に配置された固定パターンの信号.受信側では,これを用いてパケットの検出,ゲイン制御,フレームの同期,周波数同期などを行い,データ部の受信に備える.
    4. RSRP:UEで測定される参照信号の受信電力.UEの受信感度を表す指標の1つ.
    5. HPUE:基準となる23dBmより大きな最大送信出力で送信できる端末.
    6. π/2 BPSK:2値の情報を2つの位相状態に対応させたデジタル変調方式.
    7. QPSK:4値の情報を4つの位相状態に対応させたデジタル変調方式.
    8. PC3:UEの送信可能な最大空中線電力を定めるPCのうち,最大空中線電力が23dBmのUE機能のこと.
    9. spectrum flatness:送信帯域幅の電力レベルが異なる周波数の間で同等レベルとなっていることを担保する端末送信規定.
    10. Inner RB allocation:帯域幅の中央部分に連続されたRB配置.
    11. CP-OFDM:IFFTによって生成した時間領域の信号に対して,CPと呼ばれる末尾の信号のコピーを先頭に挿入する処理を加えた波形生成方法.
    12. DFT-S-OFDM:CP-OFDMの処理前の周波数領域の信号を生成する際,信号にDFTを適用する波形生成方法.
    13. PAPR:任意の時間において生成される信号の,電力の時間平均値に対する最大電力値の比.
    14. PHR:最大送信電力に対して,実際の送信電力はどの程度かをネットワークへ報告する信号.

04. あとがき

  • 文献

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    • [1] 武田,ほか:“5GにおけるNR物理レイヤ仕様,”本誌,Vol.26,No.3,pp.47-58,Nov. 2018.
    • [2] 松村,ほか:“モバイルブロードバンド向けの5G高度化技術,”本誌,Vol.28,No.3,pp.82-95,Oct. 2020.
    • [3] 松村,ほか:“3GPP Release 17におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術,”本誌,Vol.30,No.3,pp.78-100,Oct. 2022.
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