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2025年1月 特集:暮らしを支える推定サービスの進化

スマートフォンログから免疫力のセルフケアを実現する免疫力推定AI

  • #データ/AI活用
English

小林 昌太(こばやし しょうた)  
山内 隆史(やまうち たかふみ)
檜山 聡(ひやま さとし)  

クロステック開発部

あらまし

コロナ禍などを経て,免疫に対する人々の関心や意識が高まっている.免疫力を高めることの重要性は一般に知られているが,免疫力は唾液や血液の検査により評価されるため,日常生活の中で免疫力を把握することは困難である.ドコモは,生活習慣と免疫力との関係に着目し,生活習慣を表現可能なスマートフォンログを用いた免疫力推定AIを開発した.本技術により,日常的なスマートフォンの使用から免疫力の上昇・低下傾向を把握できる上,個人ごとに生活習慣の改善提案を免疫力推定AIが行うことで,免疫力のセルフケアに向けた行動変容に繋がることが期待される.

01.まえがき

ドコモは,誰もが健康維持・改善できる社会の実現に向け,ヘルスケア・メディカル領域の事業に注力しており,健康管理・健康増進を支援するサービスとして「dヘルスケア[1]」や「健康マイレージ[2]」を展開している.ドコモでは,大規模な顧客基盤・顧客接点から取得できるスマートフォンログの解析により,ユーザの健康状態や疾患リスクを少ない負担で日常的に推定して健康行動へと自然に誘導する技術を構築し,サービスへ機能実装している.これまでにもストレス推定[3],フレイル推定[4],血圧上昇習慣推定[5]といった,スマートフォンログから人々の健康状態を推定するAIを開発・展開してきており,現在もさまざまな健康状態を推定し,健康行動に繋げる技術の開発を進めている.

昨今のコロナ禍などを経て,世代を問わず,人々の間で,免疫力に対する関心や意識が高まっている[6].新型コロナウイルス感染症においては,口腔内の粘膜免疫を増やすことが感染予防に寄与する可能性が示唆されており[7][8],ウイルスや細菌への感染対策に向け,日頃から自身の免疫力を高めることは重要であるといえる.しかし,免疫力を高めることの重要性は知られている一方で,免疫力は唾液や血液の検査により評価されるため,日常生活の中で免疫力を把握することは困難である.

そこでドコモでは,免疫力と,日常の運動や睡眠といった生活習慣との関係や,気象情報との関連仮説に基づき,生活習慣を表現可能なスマートフォンログを用いた免疫力推定AI(以下,本AI)を開発した.本AIにより,スマートフォンの日常使いから,ユーザの免疫力が上昇・低下傾向にあるかを把握できる.さらに免疫力の上昇に向けた生活習慣の改善提案を実施することで,免疫力のセルフケアに向けた行動変容をユーザに促すことが可能となる.

本稿では,免疫力の評価指標である唾液中の分泌型免疫グロブリンA(sIgA:secretory Immunoglobulin A.)量,本AIの概要,商用サービスへの機能実装について解説する.

02.着目した免疫力指標

コロナ禍を経ることで,感染症の罹患を未然に防ぐことが期待できるという観点で,免疫力が広く関心を得たといえる.このような,ウイルスや細菌などによる感染症を未然に防ぐ働きを有する免疫力指標として,sIgA量がある.sIgAは,さまざまな病原体が体内に侵入することを防ぐ働きをもつ抗体であり[9],例えばsIgAの量が少なくなると,風邪の罹患リスクが高まることが,sIgAに着目した研究で示されている[10].

sIgAは唾液の検査による定量評価が可能であり,採血を伴う免疫検査に比べると,生体への侵襲性*1が少ない.本稿で示すとおり,本AIの開発においては,免疫力指標を継続的に,複数回測定する必要があるが,sIgA量の測定であれば,比較的容易に正解値を収集することが可能である.

このsIgAについては,生活習慣とも密接な関係があることが報告されている.例えば,高齢者を1日の平均歩行量でグループ化し,sIgA分泌量との関係を示した研究[11]では,1日の平均歩行量が約7,000歩のグループにおけるsIgA分泌量が最も多いことが示されている(図1(a)).また,睡眠時間とsIgA分泌量の関係を示した研究[12]では,睡眠時間が6〜8時間の最適睡眠群のsIgA分泌量は,5時間以下の短時間睡眠群,9時間以上の長時間睡眠群と比べ多いことが示されている(図1(b)).これらの研究により,平均歩行量や睡眠時間に応じてsIgA分泌量が変化することが分かる.

そのほかにも,気象条件との関連にも着目できる.特に,気象の変化による受動的なストレスにより,sIgA量が変化する可能性があると考えられる[13][14].

ドコモは,このsIgAの定量評価の容易性,また生活習慣や気象条件との関連に着目し,sIgA量を本AIの評価指標として採用した.

  1. 侵襲性:生体に変化をもたらす刺激や行為の度合い.侵襲性が高いと,生体に対する負担や痛みが増す.

03.免疫力推定AIの概要

3.1 免疫力推定AIの構築

本AIの概要を図2に示す.本AI構築のためのデータセットである,生活習慣に関するスマートフォンログとsIgA量は,20~60代 の男女約160名から同意を得て,約1カ月間継続的に収集した.スマートフォンログとしては,睡眠情報,歩行情報,位置情報,インストールされたすべてのアプリの使用状況など,生活習慣に関連すると想定されるログを収集した.同時に,属性情報や,居住地域の気象にかかわる情報も収集した.

データ収集の後,ドコモのデータ分析環境にて,収集したsIgA量やスマートフォンログなどの分析を行った.

収集したsIgA量データについて,時系列的な変動を分析し,上昇・低下を示すラベル付けを行い,目的変数*2を作成した.ここで測定したsIgA量の絶対値や,変動の割合には個人差が見られた.そのため,sIgA量をどこまで上昇させることができるかについても個人差がある可能性がある.また免疫力のセルフケアにおいては,個人の中での相対的な免疫力の変化を捉え,生活習慣の改善や感染症などの予防を図ることが重要となるため,sIgA量については,個人ごとの相対変動を評価することとした.

また,収集したスマートフォンログや気象情報などから,sIgA量の変動に関連すると考えられる説明変数*3を複数個作成した.この説明変数は,例えば睡眠時間の長さ,生活習慣の規則正しさ,寒暖差など,免疫力との変動に関連すると考えられる生活習慣や環境要因を意味するものである.

作成した目的変数と説明変数の関係を機械学習*4によって学習させることで,本AIを構築した.推定モデルの推定性能の評価を行ったところ,感度*5,特異度*6共におよそ0.7であった.また,歩数や睡眠時間など生活習慣を示す説明変数とsIgA量の変動の関係は,文献[11][12]で示されているような,既知の関係と同等の傾向を示した.本AIの開発過程においては,独立行政法人日本スポーツ振興センター所属の清水 和弘氏に,免疫学の観点から監修いただいた.

本AIの構築後は,唾液の検体採取によって得ることができるsIgA量の情報がなくとも,説明変数の作成に必要となるスマートフォンログや気象情報を与えるだけで,推定が可能となる.具体的には,スマートフォンログや気象情報から導かれる生活習慣や環境要因のもとで,免疫力の指標であるsIgA量が上昇しているのか,低下しているのかを示す情報を,本AIから得ることが可能となる.

3.2 行動変容に向けたフィードバック

本AIでは,スマートフォンログや気象情報に基づいて,免疫力が上昇・低下傾向にあるかの情報を出力する.これにより,ユーザは,普段の日常生活によって,自身の免疫力の変動傾向を把握することが可能となる.

しかし,免疫力の変動を把握することだけでは,ウイルスなどへの感染対策に向けた免疫力のセルフケアには繋がらない.免疫力をどのように上昇させるかの情報も必要である.

この点について,本AIは,免疫力が上昇・低下傾向にあるかの情報の出力に加え,ユーザの生活習慣の実態に合わせた,免疫力の上昇に向けた改善行動の提案も実現している.具体的には,説明可能AI*7の技術を用いることで,ユーザごとに免疫力の低下に影響を及ぼしている説明変数を特定する.これらの説明変数のうち,ユーザの行動によって改善が可能な項目を抽出し,最も免疫力の低下に寄与している説明変数に基づいた生活習慣について,ユーザに提示を行う.これにより,免疫力のセルフケアに向けた行動変容を促し,ユーザがこの生活習慣を改善することで,自主的な免疫力のセルフケアが期待できる(図3).

  1. 目的変数:機械学習(*4 参照)モデルが予測しようとする対象のデータ(例:家の価格や商品の売上).
  2. 説明変数:機械学習(*4 参照)モデルにおいて,目的変数を予測するために使うデータ(例:家の面積や部屋数).
  3. 機械学習:事例をもとにした統計処理により,計算機に入力(説明変数)と出力(目的変数)の関係を学習させる枠組み.
  4. 感度:本稿では,実際にsIgA量が低下傾向にあるデータのうち,推定モデルによってsIgA量が低下傾向にあると推定されたデータの割合を表す.
  5. 特異度:本稿では,実際にsIgA量が上昇傾向にあるデータのうち,推定モデルによってsIgA量が上昇傾向にあると推定されたデータの割合を表す.
  6. 説明可能AI:XAI(Explainable AI)とも言う.AIの出力に対して,人間が解釈できる理由や根拠を示す技術.

04.商用サービスへの機能提供

2020年初頭より数年にわたって人々の生活に大きな影響を及ぼした新型コロナウイルス感染症について,2023年5月8日に,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」上での位置付けが5類感染症となった[15].この移行に伴い,自治体では,新型コロナウイルス感染症の感染対策には自主的な判断が求められるようになった.ドコモでは,自治体の地域住民や企業の従業員向けの健康管理・健康増進サービスである「健康マイレージ」を展開しており,このサービスに本AIを機能実装し,2023年10月30日に商用提供を開始した[16].これにより,5類感染症への移行に伴う感染症対策の一助となることが期待できる.

この商用提供においては,ドコモが構築・運用するHealthTech基盤を活用している.HealthTech基盤は,本AIや血圧上昇習慣推定AI,フレイル推定AIといった,健康状態や生活習慣を推定するドコモのAIを集約した基盤である.この基盤とのAPI(Application Programming Interface)連携*8を通じて,ドコモのサービスやビジネスパートナーへ,搭載されている推定AI機能の提供が可能である(図4).ビジネスパートナーに向けたHealthTech基盤上のAI提供形態は,ドコモが提供するサービスやアプリを介する方法,お客さまの自社サービスやアプリと直接API連携を行う方法がある(図5).本AIは,ドコモのサービスにおいては,前述したとおり「健康マイレージ」へ機能提供済みであり,「dヘルスケア」へも2024年12月より機能提供予定[17]である.またビジネスパートナーとして,株式会社ベルシステム24の展開する体調管理アプリ「頭痛ーる」への機能提供を開始している[18]ほか,「健康マイレージ」を介して,カゴメ株式会社[19]や株式会社サステナブルパビリオン2025[20]への機能提供も予定している.

本AIについては,「感染症対策といった価値」の自治体への提供のほかにも,感染症の罹患を予防することによるQoL(Quality of Life)*9の向上,免疫対策食品市場への送客といった価値提供が可能であり,さまざまなビジネスパートナーとの連携可能性があると考えている.

  1. API連携:あらかじめ定義したインタフェースを介した,異なるプログラムやソフトウェアの連携.
  2. QoL:生活の質を指し,健康,幸福感,経済状況,社会的な満足度など,人生の豊かさや快適さを評価する概念.

05.あとがき

本稿では,免疫力の評価指標であるsIgA量,本AIの概要,商用サービスへの機能実装について解説した.今後は,本AIのモデル精度のさらなる向上や,ユーザの免疫力セルフケアに向けた行動変容に繋がったかどうか,自治体の医療費・介護費の抑制効果などを検証し,本AIに関するエビデンスを蓄積していく.また,HealthTech基盤を通じたビジネスパートナーへの技術提供や実証実験の実施により,ヘルスケア領域外の業界への価値提供に関するエビデンスも収集し,自治体やその住民向けの免疫力ケアという価値提供のみならず,他業界への価値提供が可能であることも訴求していく.

文献

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