Special Articles

3GPP Release 18標準化活動(1)
3GPP Release 18におけるネットワーク省電力化・負荷分散・高密度化のための高度化技術

5G NR AI/ML for NG-RAN NES

栗田 大輔(くりた だいすけ) 七條 太一(しちじょう たいち)
6Gネットワークイノベーション部
井上 翔貴(いのうえ しょうき) 中村  零(なかむら みお)
RAN技術推進室

あらまし
3GPP Rel-16/17において無線通信ネットワークのさらなる高速・大容量化を実現する技術が導入され,Rel-18においてさらなる拡張が実施されている.さらにRel-18では,既存技術とは異なるアプローチの高度化技術も導入された.これにより5Gネットワークに新たな価値を提供する.本稿では,3GPP Rel-18で無線ネットワークの高度化として新しく導入された技術の標準仕様を解説する.

01. まえがき

  • 2020年3月,ドコモは3GPP(3rd Generation Partnership Project)Release 15 ...

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    2020年3月,ドコモは3GPP(3rd Generation Partnership Project)Release 15(以下,Rel-15)で標準仕様化されたNR(New Radio)*1を用いた第5世代移動通信システム(5G)サービスを開始した.Rel-15の特長として高速・大容量が挙げられ,それに基づいて高度な通信機能をもつ5G通信サービスの提供が実現された.一方,将来のネットワークの需要を踏まえて,さらなる無線通信ネットワークの高速・大容量化が求められている.このため,3GPP Rel-16/17において機能を拡張・高度化する技術が導入され,Rel-18においてもさらなる機能の拡張・高度化が実施された.さらに,Rel-18では既存技術とは異なるアプローチの新しい高度化技術が検討され,ネットワークの省電力化・負荷分散・さらなる拡張・高密度化を実現する技術が導入された.

    本稿では,新しい高度化技術として,基地局が通信制御に関する現状・予測データを隣接基地局間で共有・活用し,基地局の省電力化・負荷分散などの制御を実現するAI/ML(Artificial Intelligence/Machine Learning)*2 for NG-RAN技術を解説する.また,ネットワークの消費電力を削減する技術として,周波数・時間・空間・電力領域で基地局の消費電力を削減し,運用コストを抑えたネットワークを提供可能とするNES(Network Energy Saving)技術について述べる.さらに,NRネットワークのさらなる拡張・高密度化に向けて,ネットワークがリピータ*3の動作の一部を制御する新しい形のリピータとなるNCR(Network-Controlled Repeater)技術について解説する.

    1. NR:5G向けに策定された無線方式規格.4Gと比較して高い周波数帯(例えば,3.7GHz帯や4.5GHz帯,28GHz帯)などを活用した通信の高速・大容量化や,高度化されたIoTの実現を目的とした低遅延・高信頼な通信を可能にする.
    2. AI/ML:モデルを用いて推論すること,および,推論に用いるモデルを機械学習により生成すること.
    3. リピータ:基地局/移動局からの信号を電力増幅して移動局/基地局への送信を行う物理層の中継機器.

02. AI/ML for NG-RAN

  • 5Gネットワークにおいてさらなるパフォーマンス向上を実現するために ...

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    5Gネットワークにおいてさらなるパフォーマンス向上を実現するために,Rel-18では,基地局が行うさまざまな処理にAI/MLを適用することを想定した仕様(AI/ML for NG-RAN(以下,AI/ML機能))が策定された.AI/ML機能では,基地局がAI/MLを用いて最適な通信制御を実現するため,測定・予測結果を隣接基地局に報告するための,基地局間シグナリング*4を提供することを目的としている.また本リリースでは,主に基地局の省電力化(Energy Saving)・負荷分散(Load Balancing)・モビリティ制御の最適化(Mobility Optimization)の3つの機能を実現するための仕様が策定された.これにより,基地局制御へのAI/MLの適用促進と,より最適な通信制御の実現が期待される.

    ただし,基地局が備えるAI/MLは,モデルの訓練・推論が行われる場所について以下の2つのパターンが想定されていること以外には,動作(例えば,そのアルゴリズムとモデル構造,モデルの管理方法,収集したデータの活用方法(入力,出力,フィードバック)など)について規定されておらず,基地局の実装により実現される.

    • AI/MLモデルがOAM(Operations,Administration and Maintenance)*5で訓練され,推論が基地局で行われる場合
    • AI/MLモデルの訓練と推論の両方が,基地局で行われる場合

    2.1 AI/ML for NG-RANの機能概要

    Rel-17においてAI/ML機能に関する検討が行われ,その結果がTR37.817にまとめられた[1].Rel-18ではその検討に基づき,AI/MLを備えた基地局同士が情報を交換するためのXnAP(Xn Application Protocol)*6拡張として,新たに(1)情報収集要求(Data Collection Request)メッセージ,(2)情報収集応答(Data Collection Response)メッセージ,(3)情報収集更新(Data Collection Update)メッセージが仕様化された.本機能では,リクエスト局が被リクエスト局に対し必要な情報を要求し,被リクエスト局は要求に基づき必要な情報を収集した後に,リクエスト局に情報を送信する.これによりリクエスト局は,受け取った情報を基に,基地局の省電力化,負荷分散,モビリティ制御の最適化などを実現する.また,負荷分散,モビリティ制御の最適化に関しては,前述の3つのメッセージに加え,既存のハンドオーバ*7要求メッセージの拡張も仕様化された.

    (1)Data Collection Request

    要求メッセージには,大きく分けて(a)報告を要求する情報,(b)報告する方法,(c)予測時間が含まれる.

    (a)報告を要求する情報

    リクエスト局は以下の情報の報告を要求することができる.

    • Predicted Radio Resource Status:未来の無線リソースの使用状況の予測
    • Predicted Number of Active UEs:未来の収容UE(User Equipment)数の予測
    • Predicted RRC Connections:未来のRRC(Radio Resource Control)*8接続数の予測
    • Average UE Throughput DL:UE当りの平均DL(DownLink)スループット
    • Average UE Throughput UL:UE当りの平均UL(UpLink)スループット
    • Average Packet Delay:平均DL/UL遅延
    • Average Packet Loss DL:平均DLパケット損失率
    • Energy Cost:基地局の現在の消費電力
    • Measured UE Trajectory:観測されたUEのセル遷移履歴

    また,以下の設定情報を,メッセージに含めることができる.各設定の詳細は,各機能に関する解説で述べる.

    • UE Performance Collection Configuration:ハンドオーバがUEの通信品質に与えた影響を計測するために必要な設定情報
    • UE Trajectory Collection Configuration:観測されたUEのセル遷移履歴を収集するために必要な設定情報
    (b)報告する方法

    リクエスト局が定期的な報告または一度きりの報告を要求することができ,定期的な報告を要求する場合はその頻度を指定することができる.この頻度は,報告の間隔(periodicity)として設定される.また被リクエスト局が対応する場合は,報告する各情報を報告の間隔の時間長で平均化して報告する.報告の間隔が指定されない場合,被リクエスト局は要求された報告を1回だけ送信する.

    (c)予測時間

    予測値の報告が要求されている場合に,その予測値が何秒先に対する予測であるかを,最大60秒まで指定することができる.

    (2)Data Collection Response

    被リクエスト局が送信する応答メッセージでは,リクエスト局から受け取った要求に対して,報告を行えない情報とその理由のリストを返答する.従来のXnAPメッセージでは基本的に,メッセージを受け取った基地局が対応しない情報を受信した場合,無視またはその手順が失敗する.一方,本機能において同様の動作をすると,報告を要求された多数の情報のうち,1つでも被リクエスト局が対応できない場合,問題なく報告できるはずの他の情報まで報告できなくなってしまう可能性がある.そのため,前述のように部分的に報告の失敗を応答する機能が導入された.

    また,被リクエスト局は,報告が行えない理由として「対応していない」または「対応しているが,現在は取得できない」のどちらかを応答することができる.AI/ML機能は一般的に,多くの情報処理能力を必要とするため,基地局が機能としてはその情報の報告を行えるが,その時点においては情報処理能力の不足などで報告を行えない場合が想定される.このため,本機能が導入された.

    (3)Data Collection Update

    本メッセージは,被リクエスト局が(1)でリクエスト局から受け取った要求に従い,報告(Data Collection Update)を送信する,XnAPメッセージである.ここで例えば,t秒間隔で,τ秒先の予測値を報告することを要求された場合の,本手順の動作を図1に示す.

    1. リクエスト局がτ秒先の予測値の報告をt秒間隔で報告することを要求する.
    2. 被リクエスト局が要求を受け入れた旨を応答する.
    3. 被リクエスト局は,①を受信した時点から,τ秒先の予測値を算出し,報告する.
    4. 被リクエスト局は,①を受信した時点から,tτ秒先の予測値を算出し,③からt秒後に報告する.
    5. 被リクエスト局は,①を受信した時点から,2tτ秒先の状況を予測し,④からt秒後に予測値を算出し,報告する.
    図1 AI/MLのための情報交換の動作例

    2.2 省電力化

    基地局の消費電力を低減するための機能として,前述したEnergy Cost(以下,EC)の報告が仕様化された.基地局は,自身と他の基地局のECを直接比較することで,どちらの消費電力がどれくらい大きいか,または小さいかを判断することができる.これに基づいて,例えば,エリア内にあるUEの収容の仕方を変更し,1つのセルをオフにするといった負荷分散を行うことで,特定エリアのすべての基地局の総消費電力が最小になるような制御が期待できる.ただし,報告されたECを用いて基地局がどのように振る舞うかについて,仕様上規定されていない.

    ECは現在の基地局の消費電力に基づき算出され,0~10,000の整数値で報告される.各整数値に対応する電力値(例えばkW)は,OAMによって基地局へ事前に設定される.基地局の設定として,例えば,OAMは,ECの最小値すなわち0に対応する実際の基地局の消費電力の最小値と,ECの最大値すなわち10,000に対応する実際の基地局の消費電力の最大値を,消費電力を平均化する時間長と合わせて基地局へ設定するという方法がある.この算出方法では,ECを互いに交換し得る,特定の領域内の基地局すべてで統一して設定される.

    2.3 負荷分散

    基地局がより適切な負荷分散制御を行うための機能として,UE Performanceの報告が仕様化された.ここで言うUE Performanceとは,UEごとに収集されるパフォーマンス情報で,DL/ULの平均スループット,平均伝送遅延,平均DLパケット損失率を含む.ただし,UE Performanceは,2.1節で述べた基地局単位で収集される同様の報告情報とは区別される.

    基地局の負荷分散は,UEへのハンドオーバ指示を行って,適切なバランスでUEを隣接または重なり合うセルに収容することで実現される.一方で,負荷分散のために行われたハンドオーバによって,UEの通信品質が劣化する場合がある.本機能により,基地局が負荷分散のためにUEへハンドオーバを指示した際に,UEの通信品質がどのように変化したかを,ハンドオーバ元基地局へフィードバックすることで,より最適な負荷分散制御の実現が期待される.

    前述の報告を要求する情報は,リクエスト局から要求を受け取った後すぐに報告が開始されるが,UE Performanceの報告は異なる契機で測定と報告が行われる.UE Performanceの測定は,リクエスト局から被リクエスト局へ対象UEがハンドオーバを実施し,被リクエスト局との通信を確立した時点から開始される.その後,UEが被リクエスト局に在圏する限り,指示された時間長だけ測定を行い,測定結果をリクエスト局へ報告する.リクエスト局は,この測定の時間長について,前述のUE Performance Collection Configurationにおいて指定することができる.上記の動作例を図2に示す.

    1. リクエスト局がUE Performanceの報告を要求する.
    2. 被リクエスト局が要求を受け入れた旨を応答する.
    3. リクエスト局がハンドオーバ要求を送信し,被リクエスト局はこれを受け入れる.
    4. 対象UEがリクエスト局から被リクエスト局へのハンドオーバを実施する.
    5. 被リクエスト局は,④が完了した時点から,指示された時間長だけ,UE Performanceを測定する.
    6. 指示された時間長が満了後,測定を終了し,測定結果をリクエスト局へ報告する.
    図2 UE Performance / Trajectory報告の動作例

    2.4 モビリティ制御の最適化

    基地局がより適切なモビリティ制御を行うための機能として,前述したUE Trajectoryの報告が仕様化された.現在のセルラ通信におけるモビリティ制御は基本的に,基地局がUEから受け取る品質測定結果を基に,ハンドオーバ先セルおよびハンドオーバの時期を決定し,これをUEへ指示することで実現される.またRel-16以降において,CHO(Conditional HandOver)*9やCPAC(Conditional PSCell Addition or Change)*10,LTM(L1/L2 Triggered Mobility)*11といった,複数のセルをハンドオーバ先候補としてUEへ設定するモビリティ機能が導入されており,その候補をどのように選択するかが,ユーザ体験に影響を及ぼす可能性がある.同時に,より高周波の周波数帯の利用が進んでおり,セル半径が小さくなる傾向があることから,大容量・低遅延を維持しつつハンドオーバを行うための,モビリティ制御の重要性はますます高くなっている.本機能は,基地局間でUEのセル遷移の予測および実測値を交換することで,モビリティ制御を最適化することを目的としている.

    本機能は,(1)UEのセル遷移の予測値(Predicted UE Trajectory)の報告と,(2)UEのセル遷移の実測値(Measured UE Trajectory)の報告によって構成される.また図2は,本機能の動作例としても見ることができる.

    (1)UEのセル遷移の予測値の報告

    リクエスト局は,対象UEを被リクエスト局へハンドオーバさせることを決定した場合,UEが被リクエスト局配下のセルを,将来どのような軌跡で遷移していくか予測し,被リクエスト局へ報告することができる.この報告は,図2における③のメッセージで送信される.被リクエスト局は,対象UEが配下のセルへのハンドオーバ(図2④)を完了した後,さらにハンドオーバを設定する場合にこの予測を参考に,より最適なモビリティ制御を行うことが期待される.ただし,この予測を受け取った被リクエスト局の振舞いについて,仕様上は規定されていない.

    (2)UEのセル遷移の実測値の報告

    リクエスト局が予測したUEのセル遷移に対し,被リクエスト局は,実際にUEがどのようなセル遷移を経たかを報告することができる.この報告をリクエスト局のセル遷移予測に対するフィードバックとして利用することで,リクエスト局はUEのセル遷移の予測精度の向上が期待できる.ただし,このフィードバックを受け取ったリクエスト局の振舞いについて,仕様上は規定されていない.

    リクエスト局は,前述したとおり,UE Trajectory Collection Configurationにおいて,UEのセル遷移の測定方法について指示することができる.この指示は,測定の時間長と,遷移セル数によって構成される.被リクエスト局は,対象UEがリクエスト局からのハンドオーバ(図2④)を完了した時点から,被リクエスト局配下に在圏する限り,測定の時間長が満了,または遷移セル数で指示された数以上のセルへ遷移するまでの間,対象UEのセル遷移を記録する(図2⑤).記録が終了すると,被リクエスト局は実際のUEのセル遷移を,リクエスト局へ報告する(図2⑥).

    2.5 今後のAI/ML機能の標準化議論

    Rel-18においては上記のとおり,AI/MLを用いた基地局制御を実現するためのさまざまなXnAPの機能拡張が仕様化された.今後はますます,セルラ通信へのAI/MLの適用が注目を集めると予想され,Rel-19においてもさらなる機能拡張が行われると期待される.具体的には,以下のRel-18の議論で仕様化しきれなかった部分が,Rel-19で議論される見込みである.

    1. NR-DC(New Radio Dual Connectivity)*12状態における,モビリティ制御の最適化
    2. CU-DU(Central Unit Distributed Unit) split architecture*13のサポート
    3. ECの予測
    4. 同一UEに対する,RRC接続状態の変化をまたいでの連続MDT(Minimization of Drive Test)*14収集
    5. 複数基地局をまたいだUEのセル遷移

    また,ここまで述べてきた3つのユースケースに加え,さらにネットワークスライシング*15と,CCO(Coverage and Capacity Optimization)*16のための機能拡張についても,Rel-19で議論される見込みである.

    1. 基地局間シグナリング:基地局間の通信に使用する制御信号.
    2. OAM:ネットワークにおける保守運用管理機能.
    3. XnAP:NRにおける基地局間を接続するXnインタフェースのうちアプリケーションレイヤを規定するプロトコル.
    4. ハンドオーバ:端末とネットワーク間の通信を継続したまま,通信セル/基地局の切替えを行う通信技術.
    5. RRC:無線ネットワークにおける無線リソースを制御するレイヤ3プロトコル.
    6. CHO:UEに,ハンドオーバを実施する候補セルとハンドオーバ実行条件を設定し,実行条件が満たされた際にUEが自律的にハンドオーバを実施する動作.
    7. CPAC:Rel-17で規定されたPSCellの追加または変更の手順.UEに設定された実行条件が満たされた際に,対象のPSCellの追加または変更を行う.
    8. LTM:Rel-18で新たに仕様化された,UEによるL1を用いたビーム測定・報告に基づき,基地局が事前に設定したハンドオーバの候補セルの中からL2を用いてセル・ビームを指示するハンドオーバ.
    9. NR-DC:1つの端末が複数の基地局に異なる周波数帯を用いて接続する技術であるDCを,2つのNR基地局間で行うこと.
    10. CU-DU split architecture:NRにおいて導入された,基地局を集約ノード(CU)と分散ノード(DU)に機能分離したアーキテクチャ.
    11. MDT:3GPPにて標準化されている.通信中の無線切断やHOの失敗など,端末からネットワークに対しての事象の発生した位置情報やその原因などを通知し,QoE(Quality of Experience)を収集する技術.
    12. ネットワークスライシング:5G時代の次世代ネットワークの実現形態の1つ.ユースケースやビジネスモデルなどのサービス単位で論理的に分離したネットワーク.
    13. CCO:カバレッジと通信容量を最適化するための技術.

03. NES

  • 近年の環境問題への意識の高まりによる社会的な要求や,無線ネットワークの高度化に ...

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    近年の環境問題への意識の高まりによる社会的な要求や,無線ネットワークの高度化に伴うアンテナ数・帯域幅・周波数帯の増加により,ネットワーク側の消費電力削減は通信事業者にとって大きな課題となり,Rel-18では初めてネットワーク側の電力削減技術であるNESが仕様化された.Rel-18におけるNESは,実際に電力削減を実現するための技術と,それらの技術をネットワークに適用する際に円滑に運用を行うための制御技術で構成される.これにより,ネットワーク側の省電力効果を高め,環境に配慮するとともに,運用コストを抑えたネットワークを提供することが可能となる.

    3.1 空間・電力領域での電力削減技術

    空間・電力領域での電力削減技術としてSpatial Domain(以下,SD)adaptationおよびPower Domain(以下,PD)adaptationが仕様化された.ネットワークの省電力観点では,基地局のTXRU(Transceiver Unit)*17やPA(Power Amplifier)*18における消費電力を削減するために,端末の状況に応じてデータ送信に使用するいくつかのアンテナ素子をオフにしたり,データ送信電力を削減したりできることが望ましい.本Releaseでは,基地局が,端末の状況に応じた適切なアンテナ数や送信電力を,既存の仕組みよりも効率的に素早く判断できる仕組みを導入した.この仕組みによって,既存の運用よりも,基地局は端末のデータ送信に使用するアンテナ数や送信電力を,端末状況に応じた必要最小限に抑えることが期待でき,基地局省電力化を達成し得る(図3).なお,実際に基地局が送信に使用するアンテナ数やアンテナパターン,送信電力は基地局の実装によって決定され,3GPP標準仕様では規定されていない.

    基地局が,端末状況に応じた適切なアンテナ数や送信電力を決定するためには,基地局が端末のチャネル状態を把握する必要がある.端末のチャネル状態情報CSI(Channel State Information)*19を取得するために,基地局から送信されたCSI-RS(CSI-Reference Signal)*20を端末が測定してCSIを計算し,その結果を基地局に報告するCSI reportという仕組みが規定されている.この仕組みに対して,状況に応じたより効率的で素早い空間・電力適応を可能とするため,(1)複数のアンテナパターンに対するCSI報告を一度に行う,(2)複数のPDSCH(Physical Downlink Shared CHannel)*21送信電力に対するCSI報告を一度に行うことを可能とする拡張を行った.

    (1)空間適応の背景と概要

    NRのmassive MIMO(Multiple Input Multiple Output)*22システムでは,複数のアンテナ素子をサブアレー*23として形成して,複数のサブアレーアンテナを用いたアンテナ構成とすることが考えられる.そのような構成においては,論理アンテナポートからマッピングされる空間素子(ここでは,TXRUおよびそれに繋がっている物理アンテナ素子を指す)に対して,2種類の空間領域の適応制御方法が考えられる.1つ目はType1 SD adaptationと呼ばれ,ある論理アンテナポートに紐づくすべての空間素子をオン/オフする適応制御である(図4左).もう1つは,Type2 SD adaptationと呼ばれ,ある論理アンテナポートに紐づく一部の空間素子をオン/オフする適応制御である(図4右).図に示すように,これら2種類の空間適応制御では,オン/オフによる基地局側で形成するビームへの影響が異なり,Rel-18では,これら2種類の空間適応制御それぞれに対して,必要となるCSI reportの拡張が行われた.具体的には,空間素子のオン/オフ制御のパターンのそれぞれに対して端末がCSIを計算し報告を行うことで,基地局は状況に応じた適切な空間適応制御を実現することが期待できる.

    (2)電力適応の背景と概要

    既存のCSI reportの仕様では,端末は次の通りCSIを算出し,基地局に報告する.まず,端末がCSIを計算する際に必要な情報となるPDSCHの仮定電力値を導出するにあたって,CSI-RSとPDSCHの相対電力値が,基地局によって1つのパラメータとして設定される.端末はCSI-RSの測定を行い,測定されたCSI-RSの品質を基にして、仮定した電力値でPDSCHが送信された場合の、CQI(Channel Quality Indicator)*24やPMI(Precoding Matrix Indicator)*25,RI(Rank Indicator)*26などのCSIを計算し,基地局に報告する.基地局は,CSI報告に基づき,その報告を行った端末に送信するPDSCHに適用するパラメータを決定することができる.複数の仮定PDSCH電力値を端末に設定し,それぞれの電力値に対応するCSIを同時に端末に報告させることで,基地局は電力適応制御を行った場合のCSIへの影響を把握することができ,結果として,状況に応じた適切な送信電力制御を実現することが期待できる.

    Rel-18では,空間適応制御のためのCSI reportの拡張と共通的なフレームワークを用いて,電力適応制御においてもCSI reportの拡張が行われた.

    (3)CSI reportの拡張

    複数のアンテナパターンや複数の送信電力値に対して,効率的にCSI reportを行うために,sub configurationという概念が導入された.1つのsub configurationは,端末がCSIを計算するために必要な情報である,あるアンテナパターンとあるPDSCH送信電力の組合せと見なすことができる.基地局は複数のsub configurationをCSI report configurationによって端末に設定し,その設定に基づいてCSI-RS測定およびCSI計算を行った端末は,各sub configurationに紐づく複数のCSI sub reportを含むCSI reportを報告する.

    また,Sub configurationには,空間適応制御に関するパラメータ(Type1 SDもしくはType2 SDのどちらか)と電力適応制御に関するパラメータ(PD)を同時に設定することができる.それぞれのパラメータ設定と,基地局へのCSI報告方法を以下に解説する.

    • Type1 SDに関するパラメータでは,複数の論理アンテナポートそれぞれのオン/オフの組合せパターンを表すために,既存のパラメータを基にした,CSI-RSアンテナポートのサブセットパターンやそのポート数,各サブセットパターンに対応するcodebook*27やrank*28数の制約を設定する.基地局は,ある論理アンテナポート数および論理アンテナポートパターンでCSI-RSを送信し,端末は基地局からの設定に基づき,そのアンテナパターンのサブセット(一部の論理アンテナポートをオフにした場合のような部分集合)となる複数のパターンに対するCSIを計算しまとめて報告することで,基地局は複数のオン/オフパターンに対応するCSIを効率よく取得することができる.
    • Type2 SDに関するパラメータでは,複数のアンテナ素子のオン/オフパターンを表すために,測定対象となる,CSI-RS resource*29セット内の各パターンに紐づくCSI-RS resourceを設定する.論理アンテナポートに紐づく一部のアンテナ素子のオン/オフパターンは,仕様上では規定されず基地局の実装次第であるため,そのパターンを基地局が送信するCSI-RS resourceで指定することで表現する.従って,端末に複数のアンテナ素子のオン/オフパターンを測定させるために複数のCSI-RS resourceが必要となるが,端末は各パターンに対するCSIをまとめて報告することで,基地局はCSIを効率よく取得することができる.
    • PDに関するパラメータでは,sub configurationごとに,それに紐づく測定対象となるCSI-RS resourceセットと,1つのCSI計算に仮定するPDSCH相対電力値を設定する.

    端末は,上記のCSI report sub configurationの設定に従って,複数のアンテナパターンと送信電力の組合せに対するCSI sub reportを,一度のCSI reportで報告する.1つのCSIに複数のsub reportをマッピングする際のルールの規定や,端末がCSI-RS受信やCSI計算に関する動作として対応できる処理数のルールの拡張が行われた.

    (4)CSI triggeringの拡張

    既存のCSI reportの時間動作として3種類の方法(Periodic,Semi-persistent,Aperiodic)が規定されている.基地局が端末にCSI reportを要求するにあたって,3種類のreport時間動作によって異なるトリガ方法(RRC,MAC CE(Medium Access Control Control Element)*30,DCI(Downlink Control Information)*31)が規定されている.それぞれのトリガ方法に対して,sub configuration導入に伴う以下の拡張が行われた.

    • RRCによってトリガされるPeriodic CSI reportについては,端末は事前に設定されたすべてのsub configurationに対するCSIを報告する.
    • MAC CEによってトリガされるPUCCH(Physical Uplink Control CHannel)*32を使用するSemi-persistent CSI reportについては,端末には,拡張されたMAC CEによって事前に設定されたリストのうち,報告対象となるsub configurationが通知される.
    • DCIによってトリガされるPUSCH(Physical Uplink Shared CHannel)*33を使用するSemi-persistent/Aperiodic CSI reportについては,端末には,DCIによって事前に設定されたtrigger state*34リストのうち,1つのtrigger stateが通知される.拡張されたtrigger stateは,報告対象となるsub configurationのリストを指定することができる.
    図3 空間・電力領域の適応による基地局省電力化、図4 空間領域適応の概要図

    3.2 周波数領域での電力削減技術

    周波数領域での電力削減技術*35として,inter-band*36 CA(Carrier Aggregation)*37におけるSSB(Synchronization Signals/Physical Broadcast CHannel Block)*38-less SCell(Secondary Cell)*39が仕様化された.周期的に送信する必要のある共通信号を削減させることにより,基地局がスリープ状態に遷移する確率を高め,消費電力を削減することを目的とする.

    ネットワークが,あるSCellにおいてSSBの送信を行わないとき,UEは同期情報およびAGC(Automatic Gain Control)*40 sourceについて,他の同じ地点に配置された他のセルを参照することができる(図5).このとき,ネットワーク側はRRCにより参照するセル(Reference Cell)を指定することもできる.

    図5 SSB-less Scellの概要図

    3.3 時間領域での電力削減技術

    時間領域での電力削減技術*41として,Cell DTX(Discontinuous Transmission)*42/DRX(Discontinuous Reception)*43が新たに仕様化された.Rel-18のCell DTX/DRXでは,RRC Connected*44 UEに対して,基地局が周期的に,あるセルでの送信・受信動作の一部を行わない時間を設けることで,基地局がスリープ状態に遷移し消費電力を削減することを可能にする.

    Cell DTX/DRXの仕様は,主に(1)UEに対する各種パラメータの設定,(2)Cell DTX/DRXの適用,(3)UE C-DRX(Connected DRX)*45との連携動作の3点から構成される.

    (1)UEに対する各種パラメータの設定

    Cell DTX/DRXのパラメータ設定はRRCによって実施される.UEは,RRC reconfigurationの中でServing Cell*46ごとに「適用種別(Cell DTX,Cell DRX,または両方)」「Cell DTX/DRXの周期(DTX/DRX pattern)」「適用時のタイミング調整」「運用状態(deactivated/activated)」を設定することができる.「適用時のタイミング調整」については,後述の,Cell DTX/DRXとUE C-DRXの連携動作のために必要となるパラメータである.なお,「Cell DTX/DRXの周期」については,MAC Entity*47ごとに最大でも2つまでしか異なる値を取ることができず,さらに下記のような制約が存在する.

    • 「適用時のタイミング調整」が共通であること
    • いずれか一方の周期が,もう一方の周期の整数倍となっていること

    これらの制約はUEの実装において,現在のCA時のUE C-DRX動作をかんがみた上で複雑さを回避するために設けられた.

    (2)Cell DTX/DRXの適用

    Cell DTX/DRXの(de)activationは,RRCを用いる方法とDCIを用いる方法の2つが存在する.いずれの方法においても,ネットワークが明示的に(de)activationをUEに通知する.一方,UEにおけるC-DRXのように通信状況を監視し,一定時間無通信状態が続いた場合に自律的に(de)activated状態に遷移する仕組みは,Rel-18では導入されなかった.

    RRCを用いる場合では,RRC reconfigurationにより,Serving Cellごとに,またUEごとに(de)activatedを設定する.この方法においては,あるCellがCell DTX/DRXの適用有無を変更する場合,Cell内のすべてのUEに対してRRC reconfigurationを実施する必要がある.

    もう一方の方法は,新たに定義したDCI format 2_9を用いる方法である.DCI format 2_9は,information blockと呼ばれる複数のブロックから構成され,1つのブロックはある端末の,あるServing cellにおける運用状態の変更を通知することができる.また,基地局はRRCのConfigurationによって,端末のServing cellごとにDCI format 2_9のビット列のどの位置のinformation blockを参照するか指定することができる.このため,1つのDCI format2_9の通知によって,複数の端末に対して同時にセル運用情報変更を指示することができ,前述のRRCによる変更指示を複数回実施するよりも効率的な指示を行うことができる.

    (3)UE DRXとの連携動作

    Cell DTXは,UE C-DRXを考慮して設定する必要がある.極端な例として,ネットワーク側がActive(Wake up)状態にあるときに,UEが常にinactive(sleep)状態である場合には通信できない.ネットワーク側のCell DTXとUEのC-DRXの周期やタイミングを適切に設定することで,Cell DTX適用時に,UEにおける「消費電力削減」「ユーザ体感」を最大化することができる(図6).このため,前述のとおりパラメータ設定時にCell DTX/DRXの開始タイミングを指定することで,Cell DTX/DRXと,UEのC-DRXのタイミングを合わせることができる.

    また,周期に関しても「Cell DTX/DRXと,UEのC-DRXのいずれか一方の周期が,もう一方の周期の整数倍となっていること」という制約が付される.

    図6 Cell DTX/DRXとC-DRXの関係

    3.4 既存UEに対するBarring

    Cell DTX/DRXを適用中のCellに対してCell DTX/DRXの機能をサポートしないUEが接続した場合,ネットワークとUEの間で連携動作を実施することができない.そのため,Cell DTX/DRXの機能をサポートしない既存UEをBarring*48する機能が仕様化された.本機能は,MIB(Master Information Block)*49においてセル内のすべてのUEを対象とするBarring bitと,SIB(System Information Block)*501においてNES機能をもつUE向けに追加されたBarring bitとを併せて使用する.具体的には,MIBにおいて「barred」を示し全UEに対してアクセスを規制とした上で,SIB1においてNES機能をもつUEに対して「not barred」を示すことでCell DTX/DRXに対応するUEのみを許容する動作となる.

    3.5 NES観点でのCHOの拡張

    運用中のセルに対してNES機能を適用する場合に,収容UEを他のセルにハンドオーバさせなければならないことがある(例として,Cell DTX/DRXを適用させたり,セル自体の運用を休止したりするなど).このような事例を想定して,Rel-16で導入されたCHOに対して,NES観点での仕様拡張が行われた.

    NES機能によりCHOを実施する必要がある場合,ネットワークはあらかじめUEに対して,NESに関するイベントが条件であることを付与したCHOのトリガを設定する.NESイベントの条件の判定は,新たに設けられたDCI format 2_9内のCHOの実施を示すbitにより行われる.当該セルがNESによるCHOを実施する際には,CHOの実施を示すbitが立てられたDCI format 2_9を送信し,それを受信したUEではNESイベント用のCHOトリガが活性化される.

    1. TXRU:3GPP標準仕様では直接規定されない,物理アンテナ素子までの送信アンテナユニットをモデル化したもの.例えば,デジタルビームフォーミングユニットなど.
    2. PA:RF信号をアンテナから十分な電力で送信するために電力を増幅させる回路.
    3. CSI:信号が経由した無線チャネルの状態を表す情報.
    4. CSI-RS:無線チャネルの状態を測定するために送信される既知の参照信号.
    5. PDSCH:ユーザデータや上位レイヤからの制御情報を送信するための物理チャネル.
    6. massive MIMO:非常に多数のアンテナを用いるMIMO伝送技術の総称.MIMOとは同一時間,同一周波数において複数の送受信アンテナを用いて信号の伝送を行い,通信品質および周波数利用効率の向上を実現する信号技術.
    7. サブアレー:ここでは,1つの論理アンテナポートもしくはTXRUから複数のアンテナ素子が接続されている構成のこと.
    8. CQI:端末で測定された下りリンクの伝搬路状況を表す受信品質指標.
    9. PMI:下りリンクの最適であると想定されるプリコーダについての,移動端末からフィードバックされる情報.
    10. RI:ここでは,端末が好適な送信ストリーム数を基地局に報告するための情報.
    11. codebook:ここでは,端末が好適な下りリンクプリコーダを基地局に報告するための,あらかじめ決められたプリコーディングウェイト行列の候補.
    12. rank:ここでは,端末が好適な送信ストリーム数を基地局に報告するための情報.
    13. CSI-RS resource:CSI-RSが送信される時間周波数リソースや,アンテナポート数をまとめた設定.
    14. MAC CE:MACサブレイヤで伝送される定められた構成の制御信号.
    15. DCI:各ユーザがデータを復調するために必要なスケジューリング情報,データ変調,およびチャネル符号化率の情報などを含む下りリンクで送信する制御情報のこと.
    16. PUCCH:上りリンクで制御情報を送受信するために用いる物理チャネル.
    17. PUSCH:上りリンクでデータパケットを送受信するために用いる物理チャネル.
    18. trigger state:Aperiodic CSI報告のために,測定対象となるCSI-RS設定と,CSI報告設定を関連付けておくRRC設定のこと.
    19. 周波数領域での電力削減技術:特定の周波数における信号の送受信を抑制することで省電力化を実現することを目的とした技術.
    20. inter-band:異なる周波数バンドのキャリアを複数用いて通信を行うシナリオ.
    21. CA:1つの基地局でサポートされる複数のキャリアを用いて同時に送受信を行うことにより,高速伝送を実現する技術.
    22. SSB:SS,PBCHから構成される同期信号/報知チャネルブロック.主に端末が通信開始時にセルIDや受信タイミング検出を実施するために周期的に送信され,NRでは各セルの受信品質測定にも流用される.
    23. SCell:CAにおいて複数用いるキャリアの中で,PCell(Primary Cell)およびPSCell(Primary Secondary Cell)でないコンポーネントキャリアの総称.なおPCellは,CAにおいて複数用いるキャリアの中で,接続を担保するコンポーネントキャリアであり,PSCellは,DCにおいてセカンダリ基地局でサポートされるコンポーネントキャリアの中で,接続を担保するコンポーネントキャリアである.
    24. AGC:受信信号の入力レベルの大小によらずに出力レベルを一定に保つようにする制御.
    25. 時間領域での電力削減技術:特定の時間における信号の送受信を抑制することで省電力化を実現することを目的とした技術.
    26. DTX:消費電力削減を目的とした間欠送信.
    27. DRX:消費電力削減を目的とした間欠受信.
    28. RRC Connected:端末のRRC状態の1つであり,端末は基地局と接続状態にあることを指す.
    29. C-DRX:RRC Connected状態における端末側のDRX.
    30. Serving Cell:UEがCAを設定されているときの,PCellとSCellのことを指す.UEがCAを設定されていないときは,PCellのことを指す.
    31. MAC Entity:レイヤ2におけるサブレイヤの1つで,無線リソース割当て,データマッピング,再送制御などを行うMACプロトコルにおける動作単位.
    32. Barring:アクセス規制のこと.ネットワーク側の都合により接続を規制する場合に,ネットワークから報知した信号に基づき,端末自身で規制対象となっているかを評価し,規制対象であった場合には端末自身から接続要求信号を送信しないメカニズム.
    33. MIB:無線基地局から移動端末へ一斉同期される報知情報を受信するために必要な報知情報であり,CellBarred状態情報や物理層の情報などが含まれる.
    34. SIB:基地局から端末へ一斉同報される報知情報の1つで,無線ブロックに分割されており,そのブロック単位を示す.SIBのうちSIB1には,ランダムアクセスを行うために必要なULキャリア情報や,ランダムアクセス信号構成情報などが含まれる.

04. NCR

  • 5Gエリアのさらなる展開,およびカバレッジ*51の拡大に向けて, ...

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    5Gエリアのさらなる展開,およびカバレッジ*51の拡大に向けて,Rel-17では新しいノードとしてNRリピータの仕様が規定された.このNRリピータ*52は,第2世代移動通信システム(2G)から第4世代移動通信システム(4G)までのリピータを踏襲し,基地局とUEの間で送受信される信号の増幅中継を行う機能を有している.一方,Rel-17の規定では,NRリピータの役割は単純な増幅中継のみで,リピータの動作や機能の規定がないため,Rel-18ではネットワークがリピータの動作の一部を制御する新しい形のリピータとなるNCRの仕様化が行われた.これにより,リピータのビーム制御などが可能となり,より高い周波数帯でリピータを運用するなど,NRネットワークのさらなる拡張・高密度化が期待される.

    4.1 NCRアーキテクチャ

    NCRアーキテクチャの基本構成図を図7に示す[2].図に示すとおり,NCRは,UEと同等の機能であるNCR-MT(Mobile Termination)と,信号の増幅中継を行うリピータ機能に相当するNCR-Fwd(RF Forwarding)から構成される.NCR-MTと基地局間のリンクをC-link(Control link)と定義し,NCR-MTは通常のUEと同様に制御情報・データを送受信し,NCR-Fwdを制御するSide control informationを受信する.また,NCR-Fwdと基地局間,およびUE間のリンクをそれぞれBackhaul link,およびAccess linkと定義し,NCR-FwdはBackhaul linkで受信する基地局の送信信号,もしくはAccess linkで受信するUEの送信信号を増幅し,Access linkもしくはBackhaul linkで送信する.

    図7 NCRのアーキテクチャ基本構成図

    4.2 NCRの動作手順

    NCRは以下に示す3つの手順を踏まえて,動作を開始する[3].

    1. NCR-MTのネットワーク接続
      NCR-MTはNCRをサポートするセルに対してUEと同様の手順を踏み,ネットワークに接続する.
    2. NCRの設定
      gNB(gNodeB)*53-CUはRRCによりNCRの設定を行う.
    3. NCR動作の開始
      NCRの設定が完了後,NCRはUEに対して電力増幅の動作を開始する.

    4.3 物理レイヤ機能

    NCRの仕様化に際して,次に示す4つのNCRの前提条件が定められた.

    • 1つ目は,C-linkおよびBackhaul linkとAccess linkが同一周波数で動作することであり,この条件下ではNCR-FwdはNCR-MTの設定に準じて動作することが可能となる.
    • 2つ目は,NCRは移動せず,固定設置され,かつ基地局とUEの間に挿入されるNCRは最大1台とすることである.
    • 3つ目は,UEはNCRの存在を認識せず,NCRが挿入される場合でもUEに対する特別な制御は必要としないことである.
    • 4つ目は,NCRはBackhaul linkとAccess linkの同時動作が可能であり,受信した信号の即座の増幅・送信を前提とすることである.

    以上の4つの条件に基づいてSide control informationを用いたNCR制御および動作が規定された.

    (1)Access linkのビーム指示

    Access linkに対して,ネットワークが設定可能な最大のビーム数は64であり,NCRが対応するAccess linkのビーム数などの情報は,OAMを用いてネットワークに通知される.ネットワークがSide control informationを用いて,Access linkに適用するビームおよび時間リソースを指示するために,図8に示す通り3つの方法が規定された.

    • 1つ目がPeriodic indicationでありSSBやPRACH(Physical Random Access CHhannel)*54などのセル固有の周期的な信号・チャネルの増幅中継に用いる事を想定した設定方法である.図8(a)に示すとおり,Access linkのビームのインデックスと適用する時間リソースの組合せを複数のビームに対して設定することが可能であり,設定を適用する周期情報と合わせてRRCで設定される.
    • 2つ目がSemi-persistent indicationであり半固定的な信号・チャネルの増幅中継に用いる事を想定した設定方法である.Periodic indicationと同様に,複数のAccess linkのビームインデックスと適用する時間リソースの組合せが,周期情報と合わせてRRCで設定され,MAC-CEを用いて設定のActivationおよびDeactivationが指示される(図8(b)).
    • 3つ目がAperiodic indicationであり,特定のUEに割り当てられるUE固有の信号やチャネルの増幅中継に用いる事を想定した設定方法である.NCR-RNTI(Radio Network Temporary Identifier)*55によりデータがスクランブル*56されたDCI format 2_8を用いて,Access linkのビームインデックスと適用する時間リソースが設定される(図8(c)).

    以上の3つの方法を用いてAccess linkのビーム指示を行うことが可能であるが,設定が重複した場合の優先度を示すためのPriority flagをPeriodic indicationとSemi-persistent indicationに設定することができる.優先度は高い順に,Priority flagを設定したSemi-persistent indication,Priority flagを設定したPeriodic indication,Aperiodic indication,Priority flagが設定されないSemi-persistent indication,Priority flagが設定されないPeriodic indicationとなる.

    (2)Backhaul linkのビーム指示

    NCRのBackhaul linkのビーム指示の方法として,NCR-MTとNCR-Fwdが同時に送信/受信する場合,および同時には送信/受信しない場合に対する動作がそれぞれ規定された.まず,同時に送信/受信する場合は,NCR-MTのC-linkに設定されるビームと同じビームがBackhaul linkに適用される.次に,同時には送信/受信しない場合は,NCR-MTにRel-17で導入されたUnified TCI(Transmission Configuration Indication) state*57を用いてビームが設定されていれば,そのビームをBackhaul linkに適用する.一方,同時には送信/受信せず,かつRel-15で導入された方法でNCR-MTにビームが設定される場合,受信ではCORESET(COntrol REsourceSET)*58,送信ではPUCCHに設定されるビームをBackhaul linkのビームとしてそれぞれ設定する.さらに,Backhaul linkの送信および受信ビームに対するMAC-CEを用いたビームの指示も可能である.

    (3)NCR-Fwdのオン/オフ動作

    NCRの省電力動作をサポートするために,NCR-Fwdのオン/オフの動作が規定された.NCR-Fwdのデフォルトの動作はオフであり,Access linkにビーム指示がある時間リソースに対してのみNCR-Fwd機能が動作する.

    (4)NCR-Fwdの送受信タイミング

    NCR-MTおよびNCR-FwdのUL/DLの送受信タイミングを図9に示す.図9(a)に示すとおりULの場合,UEの送信信号とNCR-MTの送信信号を基地局が同一のタイミングで受信するために,NCR-MTとNCR-Fwdの送信タイミングは同一となる.従って,NCR-Fwdの送信タイミングは基地局に制御されるNCR-MTの送信タイミングに準じたタイミングとなる.同様に図9(b)に示すとおり,DLの場合も基地局の送信信号を受信するタイミングは,NCR-MTとNCR-Fwdで同一となる.従ってNCR-Fwdの受信タイミングはNCR-MTに準じたタイミングとなる.

    また,TDD(Time Division Duplex)*59で運用されるネットワークにNCRを導入する場合,NCR-MTに設定されるTDDパターンに準じてNCR-Fwdは動作する.NCR-MTに設定されるTDDパターンがULの場合のみ,NCR-FwdはAccess linkでUEの送信信号を受信し,Backhaul linkで基地局に対して増幅した信号を送信する.同様にTDDパターンがDLの場合のみ,NCR-FwdはBackhaul linkで基地局の送信信号を受信し,Access linkでUEに対して増幅した信号を送信する.

    (5)NCR-MTの動作

    NCR-MTは通常のUEと同等の機能を有し,UEと同様の初期アクセスや制御情報・データの送受信を行う.ただし,NCR特有の動作として,C-linkの無線品質の劣化などにより,NCR-MTでLink recovery procedure*60が発生した場合,それが完了するまで,NCR-Fwdは送受信を行わない,というものがある.また,NCRがC-linkとBackhaul linkの同時送信に対応しない場合,NCR-MTが送信する時間リソースでNCR-Fwdは送信を行わない.

    図8 Access linkに対するビーム指示、図9 NCRの送受信タイミング
    1. カバレッジ:基地局当りのUEとの通信を行うことができるエリア(セル半径).カバレッジが大きいほど設置する基地局数を低減できる.
    2. NRリピータ:NR向けに拡張された基地局とUEの間で送受信される電波の増幅中継機.
    3. gNB:5Gの無線技術NRにおける無線基地局.
    4. PRACH:UEが初期アクセスやハンドオーバなどにより,セルとコネクション確立を行う場合などに送信される物理チャネル.
    5. NCR-RNTI:NCRに割り当てられる識別子.
    6. スクランブル:符号系列を乗算する処理によるランダム化.
    7. Unified TCI state:複数のUL/DLのチャネル・信号に対して1つの送信設定指示状態(TCI state)を設定する方法.
    8. CORESET:下り制御チャネルのリソースセット.
    9. TDD:ULとDLで,同じキャリア周波数,周波数帯域を用いて,時間スロットで分割して信号伝送を行う方式.
    10. Link recovery procedure:リンクの障害を回復するための手順.

05. あとがき

  • 文献

    開く

    • [1] 3GPP TR37.817 V17.0.0:“Study on enhancement for Data Collection for NR and EN-DC,”Apr.2022.
    • [2] 3GPP TS38.300 V18.0.0:“NR;NR and NG-RAN Overall Description;Stage 2,”Dec. 2023.
    • [3] 3GPP TS38.401 V18.0.0:“NG-RAN;Architecture description,”Dec.2023.
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