Special Articles

3GPP Release 18標準化活動(1)
3GPP Release 18における5G-Advanced無線技術概要

5G-Advanced NR RAN

熊谷 慎也(くまがい しんや)
6Gネットワークイノベーション部
武田 大樹(たけだ だいき)
デバイステック開発部
安藤  桂(あんどう けい) 下平 英和(しもだいら ひでかず)
閔  天楊(びん てんよう) 井上 翔貴(いのうえ しょうき)

RAN技術推進室

あらまし
3GPPにおいて,5G向けの新たな無線アクセス技術であるNRの標準仕様がRel-15として策定された後,その拡張技術としてRel-16/17がこれまで策定されてきた.3GPPでは,5Gからのさらなる技術拡張として,Rel-18以降の5G仕様を5G-Advancedと定義している.この位置付けのもと,2022年3月より開始されたRel-18の仕様策定が,2024年6月に完了した.本稿では,Rel-18における5G-Advanced無線の高度化技術について概説する.

01. まえがき

  • 第5世代移動通信システム(5G)向けの新たな無線アクセス技術であるNR(New Radio) ...

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    第5世代移動通信システム(5G)向けの新たな無線アクセス技術であるNR(New Radio)*1が3GPP(3rd Generation Partnership Project) Release 15(以下,Rel-15)で仕様策定された後,Rel-16/17において,モバイルブロードバンドの高度化(eMBB:enhanced Mobile BroadBand)*2や高信頼・低遅延通信(URLLC:Ultra-Reliable and Low Latency Communication)*3向けの高度化技術に加えて,産業分野でのIoT(Internet of Things)を促進するIIoT(Industrial IoT)*4といった新規事業を創出するための拡張技術が規定された.Rel-17ではさらに,新規シナリオ・ユースケースに対応するために,高周波数帯のより一層の開拓や,非地上ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)*5のサポート,ウェアラブル端末など向けの低コストNR端末カテゴリ(RedCap:Reduced Capability*6)の追加なども規定された.

    3GPPでは,Rel-18以降を5G-Advancedと定義し,2020年代後半の商用化をターゲットにした機能追加とともに,2030年ごろをターゲットとした第6世代移動通信システム(6G)へのステップとも位置付け,①モバイルブロードバンドの進化とさまざまな業界への5G展開,②短期的なニーズに対応する技術と中長期的なニーズに対応する技術,③デバイスの進化とネットワークの進化,のそれぞれの観点でバランスのとれた検討/仕様化項目を行い,5Gが新たな価値を提供することへ貢献している.Rel-18で仕様化した主な機能を図1に示す.本稿では,これらのRel-18で仕様化された主な拡張技術と,その検討で考慮された背景を概説する.

    図1 Rel-18で仕様化した主な機能
    1. NR:5G向けに策定された無線方式規格.4Gと比較して高い周波数帯(例えば,6GHz帯以下や28GHz帯)などを活用した通信の高度化や,高度化されたIoTの実現を目的とした低遅延・高信頼な通信を可能にする.
    2. モバイルブロードバンドの高度化(eMBB):高速大容量を必要とする通信の総称.
    3. 高信頼・低遅延通信(URLLC):低遅延かつ,高信頼性を必要とする通信の総称.
    4. IIoT:工場などにおける機器のネットワーク接続など,産業分野向けのIoT.
    5. 非地上ネットワーク(NTN):衛星やHAPSなどの非陸上系媒体を利用して,通信エリアが地上に限定されず,空・海・宇宙などのあらゆる場所に通信エリアが拡張されたネットワーク.
    6. RedCap:Rel-17 NRにおいて導入された簡易端末カテゴリの名称で,通常のNR端末よりサポートする送受信アンテナ数や帯域幅を減らすことでデバイスの複雑さを低減する.

02. 産業創出・ソリューション協創向け高度化技術

  • 2.1 IoTデバイスのさらなる複雑性・コスト低減

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    Rel-17では,NRのeMBBやURLLCといった機能をサポートするハイエンドなIoT端末と,eMTC(enhanced Machine Type Communication)*7やNB-IoT(Narrow Band-IoT)*8で提供されるローエンドなIoT端末の間に位置するミドルレンジIoTサービスに対してNRを最適化した端末として,RedCapが仕様化された.一方,Rel-17 RedCapは,ローエンドIoTと比較して20MHzといったより広い帯域幅でデータ送受信を行うため,さらに端末の複雑性を削減する余地が指摘されており,よりローエンドIoTに近い領域でRedCapを適用するための機能拡張が議論された.

    Rel-18では,RedCapからさらに端末の複雑性(データチャネルの帯域,ピークデータレート)を削減することで,サポートされるユースケースをスマートグリッド*9といった領域に拡張することをめざすeRedCap(enhanced Reduced Capability)と呼ばれる端末の仕様化が行われた.

    2.2 ドローン向けのNR機能実現

    Rel-15で導入されたLTEドローンでは,高度報告,航路報告,過剰な品質測定報告の抑止機能が仕様化された.Rel-18で初めて導入されたNRドローンは,LTEドローンの基本機能が盛り込まれたほか,機能拡張も行われた.具体的には,品質測定報告のトリガにドローンの高度情報を考慮した新規イベントが導入された.また,品質測定報告の設定において,ドローンが測定するビームを高度に応じて設定することや,ドローン航路報告において,航路の情報を更新することが可能となった.さらに,ドローン規制局がドローンの飛行を検知できるようにドローンIDをサイドリンク*10でブロードキャストする機能(BRID:Broadcasting Uncrewed Aerial Vehicle ID),ドローン同士の衝突を防ぐためにブロードキャストする機能(DAA:Detect And Avoid)が導入された.

    2.3 NRにおける位置測位技術の機能拡張

    Rel-16より,NRではUE位置を推定する位置測位機能が導入されている.NR位置測位技術では,セルID*11やTA*12を利用した比較的に簡易な測位方式だけでなく,電波の伝搬時間や到来方向などを利用したより高精度な位置測位方式,加えて,より厳しい要求条件をもつ産業ニーズに応えるための水平・垂直方向の精度向上や遅延の削減に向けた機能拡張など,多様な位置測位技術が仕様化されてきた.

    Rel-18ではさらなる機能拡張として,以下の2つの方向性で測位精度向上,遅延低減や端末消費電力の削減が可能となる仕様化を行った.

    • cmレベルの測位精度をめざす新たな測位方式のサポートや既存位置測位技術の拡張
    • 簡易NR端末(RedCap)向けやV2X(Vehicle to Everything)*13ユースケースなどを想定した機能拡張によるNR位置測位技術の適用領域拡大

    2.4 端末間通信(サイドリンク)

    3GPPでは,Rel-16においてV2X向けにサイドリンクの5G基本機能が仕様化され,Rel-17においてV2Xにおける歩行者端末や安全・防災(Public safety)向け端末などを対象に,5Gサイドリンクの消費電力低減機能および高信頼・低遅延向け機能の追加が行われた.一方で,サイドリンクを用いたIoTネットワークは実現に向けた課題も多く,まだ世界で幅広く実用化されてはいない.

    従って,5Gにおける多様な産業連携ソリューションを実現するため,Rel-18においてサイドリンクのさらなる機能拡張が行われた.具体的には,データレート向上や適用領域の拡大を目的として5~6GHz帯のアンライセンスバンド*14向け機能を追加し,効率的なV2Xサービスの実現を目的としてサイドリンクのキャリアアグリゲーション機能と,LTEサイドリンクとの共存機能を追加した.

    2.5 産業IoT向けの高精度時刻同期のさらなる拡張

    Rel-16/17 IIoTでは,高精度時刻同期機能が仕様化された.Rel-18では同期精度の変化に対して,時刻同期に関するステータスを監視・報告する機能が導入された.これにより,例えば同期精度が劣化した際には,UEは一時的にサービスを中断しエラーの発生を防止する,といった対応策をとることが可能となる.本機能では,AMF(Access and Mobility management Function)*15はgNBに対し,同期品質に関する制御情報をユーザごとに提供する.この制御情報を基に,gNBはUEに対して時刻同期に関するステータスを通知する.また,このステータスについて更新がある場合には「変更あり」を報知することにより,UEは通信状態によらず同期品質の変化に対応することを可能にする.

    2.6 NTN技術の拡張

    Rel-17では,静止軌道(GSO:GeoStationary Orbit)と非静止軌道(NGSO:Non GSO)の衛星利用を想定し,GNSS(Global Navigation Satellite System)*16機能を備えたUEを前提としてNTNの仕様化が行われた.Rel-18では,より実用的・効率的なNTNの実現を目的として,スマートフォンなどの小型端末に対応するための「ULのカバレッジ改善」,位置情報をGNSS機能のみに依存しないための「端末位置の妥当性検証」,NTN特有の大きな伝搬遅延や衛星の移動を考慮した,サービス継続性の強化を行うための「NTN-TN間およびNTN-NTN間モビリティの機能拡張」,10GHzを超える周波数帯のシナリオである「VSAT(Very Small Aperture Terminal)端末*17向けの周波数帯サポート」といった機能拡張が実施された.

    1. eMTC:狭い周波数帯を用いてIoT(センサなど)向けに低速データ通信を行う端末用LTE通信仕様.
    2. NB-IoT:eMTCよりもさらに狭い周波数帯を用いてIoT(センサなど)向けに低速データ通信を行う端末用LTE通信仕様.
    3. スマートグリッド:電力システムに無線センサを組み込み,供給側と需要側の電力をリアルタイムかつ自律的に監視・制御し,最適化できる送電網.
    4. サイドリンク:基地局を介さず端末間で行われる通信のリンク.
    5. セルID:セルごとに付与される識別情報.
    6. TA:複数UE間の信号の直交性を保つために,UE側で調整する送信タイミングの量.
    7. V2X:車車間の直接通信(V2V:Vehicle to Vehicle),車と路側機(道路脇に設置されている無線通信設備)間の直接通信(V2I:Vehicle to Infrastructure),車両と歩行者間の直接通信(V2P:Vehicle to Pedestrian),LTEや5Gなどのセルラ網を経由して通信する広域通信(基地局経由通信,V2N:Vehicle to Network)などの総称.
    8. アンライセンスバンド:行政による免許割当が不要で,特定の通信事業者に限定されずに使用可能な周波数帯.
    9. AMF:5GCにおけるUEの在圏収容装置.
    10. GNSS:GPSや準天頂衛星などの衛星測位システムの総称.
    11. VSAT端末:小型のパラボラアンテナなどを使用して飛行体と通信を行う装置.スマートフォンと比較すると大型であり,当該装置の先に有線でハブ・固定電話・PCなどを接続する構成が想定される.

03. モバイルブロードバンド向け高度化技術

  • 3.1 MIMO高度化

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    (1)MU-MIMO(Multi User-Multiple Input Multiple-Output)*18の最大レイヤ拡張

    Rel-15では,下りリンク(DL:Down Link)において,最大8レイヤ*19のSU-MIMO(Single User-MIMO)*20と,最大12レイヤのMU-MIMOが実現できるよう仕様化がされていた.Rel-18ではさらなる大容量化を目的に,MU-MIMOの最大24レイヤへの拡張に向けて議論が行われた.最大レイヤ数は上下リンク物理データチャネル向けの復調用参照信号(DMRS:DeModulation Reference Signal)*21のポート数によって決定される.Rel-15 DMRSで用いた長さ2の(2つの値からなる)周波数領域直交符号(FD-OCC:Frequency Domain Orthogonal Cover Code)*22を長さ4のFD-OCCに拡張することで,DMRSの最大ポート数を2倍に拡張した.

    (2)マルチTRPシナリオにおける上りリンク(UL:UpLink)送信

    Rel-16およびRel-17では,基地局が位置の異なる2つの送受信点(TRP:Transmission and Reception Point*23)を用いて信号を送受信するマルチTRPシナリオのDLへの適用が規定され,実行的なMIMO*24レイヤ数向上によるDLのスループット改善効果,または繰返し送信による信頼性の向上効果が得られた.

    Rel-18では,DLと同様にUL実行スループットおよび信頼性の向上を目的に,マルチTRPシナリオにおいて,UE(User Equipment)*25が2つの送信パネルによる2つの上り送信ビームを同時に用いて,UL物理データ/制御チャネルを送信する機能が規定された.

    (3)ULの送信レイヤ数拡張

    Rel-15では,ULは最大4レイヤ送信が仕様化されている.ULに対するさらなるスループット向上を達成するため,Rel-18ではULの送信レイヤ数が最大8まで拡張された.具体的には,ULプリコーダ*26情報を通知するコードブック*27の最大8レイヤまでの拡張や,SRS(Sounding Reference Signal)*28の最大8ポートへの拡張が行われた.

    (4)拡張型Type-IIコードブック

    Rel-15では,UEが基地局へ報告するCSI(Channel State Information)*29コードブックとしてType-IとType-IIの2種類が仕様化されている.Type-IIコードブックで報告されるプリコーダ情報は,Type-Iコードブックのそれに対して,UEの移動などに起因して発生するドップラー周波数*30の影響を大きく受けるという課題があった.これに対して,Rel-18では,UEがプリコーダの時変動の予測値についても測定・報告することができる拡張型Type-IIコードブックが仕様化された.

    3.2 ハンドオーバの高度化

    従来のハンドオーバ*31は,protocol stackのRRC(Radio Resource Control)*32 layerで行われ,L3(Layer 3)*33モビリティとも呼ばれている.Rel-18では,従来のハンドオーバにおける瞬断時間を削減するために,より低いレイヤ(L1/L2*34)でハンドオーバを実行するLTM(Lower layer Triggered Mobility)が仕様化された.

    LTMにおいて,ハンドオーバ元の基地局は従来のL3品質測定報告に基づき,ハンドオーバ候補セル*35の情報をあらかじめUEに設定しておく.ハンドオーバ実行直前にハンドオーバ元の基地局は,UEからのL1品質測定報告に基づき,ハンドオーバ候補セルから最適なターゲットセルとビームを選択し,セルスイッチコマンドというL2シグナリング*36でUEにハンドオーバ指示を送る.

    また,同一DU(Distributed Unit)*37内のLTMの場合,L2 reset(PDCP(Packet Data Convergence Protocol)*38 reestablishment,RLC(Radio Link Control)*39 reestablishment)を行わずにハンドオーバが可能となり,瞬断時間の削減につながる.

    さらに,従来のハンドオーバでは,UEはターゲットセルと上り同期を取るために,RACH(Random Access CHannel)*40 procedureが欠かせなかったが,LTMでは,RACHの遅延を削減するために,Early TA(Timing Advance) acquisition機能が導入された.具体的にはLTM実行前にUEがターゲットセルとの間で上り同期を取っておくことで,LTM実行時のRACH procedureを不要とするハンドオーバが実現可能となった.

    さらに,LTMでは上下のTCI(Transmission Configuration Indicator) state ID*41をセルスイッチコマンドで指定し,直接ターゲットセルのビームと同期することができるため,ビームレベルの高速モビリティが実現可能である.

    なお,Rel-18 LTMはintra-CU(Central Unit) LTM*42のみが対象,inter-CU LTM*43はRel-19において仕様化される予定である.

    3.3 XRシナリオにおける低遅延・大容量化

    XR(Extended Reality)*44は今後のモバイルネットワークにおいて重要なユースケース,およびサービスとして位置付けられている.一方でXRでは,高精細な映像の伝送による高データレートと,ユーザの動作が違和感なくリアルタイムに反映される低遅延の両方が要求される.また,ウェアラブルデバイスのような小型かつ軽量な端末の利用が想定されるため,端末に搭載できるバッテリ容量も制約される.

    Rel-18ではこのような高機能化と低消費電力化の要求に対して,拡張されたBSR(Buffer Status Report)*45情報や遅延情報といったXR特有の補助情報を追加することでより効率的なULデータ送信を行う「XR Awareness」,Configured Grant設定時のリソース利用効率改善とPDCP PDU(Protocol Data Unit)*46を複数まとめて制御することによりセル当りの通信容量を改善する「XRキャパシティ向上」,およびDRX(Discontinuous Reception)*47の受信周期拡張やConfigured Grant*48設定時のUL送信方法などXRユースケースに特化した「XR端末向けの低消費電力化」が仕様化された.

    3.4 マルチキャリア活用の拡張

    Rel-15以降,5Gのネットワークが拡大し続けているが,今後は第3世代移動通信システム(3G)または第4世代移動通信システム(4G)の運用縮小に伴って,従来3G/4Gで利用されているFR1(Frequency Range 1)*49バンドを5Gに転用する機会が増えると考えられている.そのようにして5Gに利用されることになる周波数は断片的かつ狭帯域なバンドである場合が多いため,これらの複数バンドを束ねたマルチキャリア運用が求められる.一方でFR2*50バンド(または一部のFR1バンド)は同一バンド内に十分な帯域幅を確保できるため,同一バンド内で束ねたマルチキャリア運用が有効な場合もある.

    Rel-18では,上記のようなマルチキャリア運用を効率化するために,1つのセルの物理下りリンク制御チャネル(PDCCH:Physical Downlink Control CHannel)*51が複数のセルに対してスケジューリングする機能,および最大4バンドの中から送信バンドを動的に切り替えるUL Tx switchingという機能が規定された.

    3.5 RF拡張における送受信系統,変調方式の拡大

    Rel-15以降,UE送受信系統数の拡大によるスループット性能の向上が続けられている.Rel-18では,以下に示すUE送受信系統数の拡大が仕様化された.

    (1)FR1

    FR1については,スマートフォンなどのHandheld UE*52と比較して実装制約の少ないFWA(Fixed Wireless Access)*53端末やCPE(Customer Premises Equipment)*54端末,車載向け端末および産業向けデバイスに対して,最大送信電力29dBmまでの上り最大4系統(シングルキャリア送信の場合4系統,2バンドまでの組合せの場合3系統),下り最大8系統(8layer DL MIMOを含む)への拡張が行われた.一方のスマートフォンなどのHandheld UE向けには,1GHz未満の周波数帯における下り最大4系統までの仕様が導入された.

    また,キャリアアグリゲーション*55やデュアルコネクティビティ*56において同時送受信を行う際の,端末内部における自身の送信信号の回り込み*57による受信感度劣化の低減措置についてもUE capability*58と組み合わせた手法が仕様化された.これにより,ネットワーク側で受信感度劣化の低減手法に対応した端末を区別することが可能となり,より適切なスケジューリング制御が期待される.

    (2)FR2

    FR2については,従来,上り変調方式としてπ/2 BPSK(Binary Phase Shift Keying)*59,QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)*60,16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)*61,64QAM*62がサポートされていたが,Rel-18で新たに1シンボル*63当り8ビット送信を行う256QAM*64が仕様化された.これにより,1シンボル当り6ビット送信を行う64QAMと比較して,8/6倍の情報量を一度に送信することが可能となった.

    3.6 ミリ波端末性能規定のさらなる拡張

    従来,FR2の同一周波数帯においてUEが満たすべき要件は,1つのアンテナパネルによって1つのビームを形成できることである.一方,FR2のDL MIMOの要件としてビーム当り最大2layerであったため,FR1で一般的に用いられている4layer受信をFR2で行うためには異なる2つのビームを用いる必要があった.

    Rel-18では,FR2の下りスループットの向上に向けて,UEがアンテナパネルとそこに繋がる信号処理機能部をそれぞれ2つ具備することを前提として,同時に2つのビームを形成することでFR2の同一周波数帯での4layer DL MIMOを実現可能とする,端末性能規定を策定した(図2).

    また,FR2では無線品質測定の際にUEのビームスイーピング*65が必要となることで,FR1に比べて無線品質測定に長い時間を要していたが,Rel-18においては,それぞれ独立してビームスイーピングを行うことが可能な受信機能部を複数具備することでビームスイーピングの時間を短縮可能とし,無線品質測定中にはデータ受信ができない制約についても一部が緩和可能となるため,FR2の下りスループット向上が期待される.

    図2 複数受信機能部を具備する端末の性能規定

    3.7 非隣接基地局アンテナ環境におけるintra-band NR-CA送受信性能規定

    LTEのBand 42(3.4~3.6GHz)およびNRのBand n77(3.3~4.2GHz)/n78(3.3~3.8GHz)は,周波数帯域が重複するためintra-bandとして扱われ,基地局アンテナが物理的に隣接して設置される前提となっていた.そのため,これらのバンドのEN-DC(Evolved Universal Terrestrial Radio Access Network New Radio Dual Connectivity)*66/NR-CA(NR-Carrier Aggregation)*67におけるバンド間の受信信号電力差や信号送受信時間差は,伝搬経路の差が考慮されないものとなっていた.しかし,実際には免許交付時期の違いやLTEバンド転用によるNR化などに起因して,これらのバンドの基地局アンテナが物理的に離れた場所に設置される場合があり,その場合に上記電力差や時間差の規定を満たせず,これらのバンドのEN-DC/NR-CAの正常な運用が担保できない課題があった.Rel-16およびRel-17では,EN-DCにおいて各バンド2layer,合計で4layerまでに限定して規定の適用範囲の拡大を実施し,受信信号電力差は6dBまでとなっていたものが25dBまでの差分が許容可能となり,信号送受信時間差は従来に比べて30μs長い時間差まで許容可能となった.Rel-18においてはこの規定をNR-CAにも適用できるように拡張を実施した.

    3.8 カバレッジ拡大

    (1)物理ランダムアクセスチャネル(PRACH:Physical Random Access CHannel)*68の繰返し送信

    Rel-17では,物理上りリンク共有チャネル(PUSCH:Physical Uplink Shared CHannel)*69および物理上りリンク制御チャネル(PUCCH:Physical Uplink Control CHannel)*70向けに,カバレッジ*71拡大を目的として繰返し送信の拡張が規定されている.しかし,Rel-17カバレッジ拡張機能の実装が想定されたセルにおいては,PRACHのカバレッジがセル全体のカバレッジのボトルネックになり得ることが指摘された.これを解決すべく,Rel-18にてPRACHの繰返し送信が仕様化された.

    (2)物理レイヤでの通知によるCP-OFDM(Cyclic Prefix-Orthogonal Frequency Division Multiplexing)*72/DFT-S-OFDM(Discrete Fourier Transform-Spread-OFDM)*73の切替え

    Rel-15では,PUSCH送信に対してはCP-OFDMとDFT-S-OFDMの2種類の波形が規定されている.CP-OFDMは周波数方向のリソース配置の柔軟性などにおいて優れており,一方DFT-S-OFDMは生成される信号のPAPR(Peak to Average Power Ratio)*74が低いという点からカバレッジ観点で優れている.Rel-15では,これらの波形は上位レイヤ*75設定によってのみ切替えが可能であったが,Rel-18では,物理レイヤ*76での通知による切替えにすることで,より細かい時間粒度での制御が可能となり,スループットの向上とカバレッジの確保を行いやすい仕様とした.

    1. MU-MIMO:複数ユーザそれぞれの受信アンテナを使用してMIMO通信を行う技術.ユーザ間で空間ストリームを分けることでユーザ多重を行うことができる.
    2. レイヤ:MIMOにおいて同時に送信するストリームの数.
    3. SU-MIMO:単一ユーザの複数の送受信アンテナを使用してMIMO通信を行う技術.
    4. 復調用参照信号(DMRS):下り・上りリンクの送受信データを復調する際に用いられるチャネル推定用の参照信号.
    5. 周波数領域直交符号(FD-OCC):直交符号を周波数領域のリソースに適用すること.
    6. TRP:基地局において,1つの場所に設置された,1つまたは複数の送受信アンテナポートの集合.1つの場所に設置された送受信アンテナポートのみを用いる基地局構成をシングルTRPと呼び,複数の場所に設置された送受信アンテナを用いる基地局構成をマルチTRPと呼ぶ.
    7. MIMO:同一時間,同一周波数において,複数の送受信アンテナを用いて信号の伝送を行い,通信品質および周波数利用効率の向上を実現する信号伝送技術.
    8. UE:3GPPに準拠した機能をもつ移動機.
    9. プリコーダ:あるデジタル信号に対して送信前に乗算される係数.
    10. コードブック:あらかじめ決められたプリコーディングウェイト行列の候補.
    11. SRS:基地局側で上りリンクのチャネル品質や受信タイミングなどを測定するための上りリンク参照信号.
    12. CSI:信号が経由した無線チャネルの状態を表す情報.
    13. ドップラー周波数:無線通信において,送信機もしくは受信機の移動によって発生する周波数の誤差.
    14. ハンドオーバ:UEが接続先のセルを切り替えること.
    15. RRC:無線ネットワークにおける無線リソースを制御するプロトコル.
    16. L3:OSI参照モデルの第3層(ネットワーク層).
    17. L1/L2:開放型システム間相互接続(OSI:Open Systems Interconnection)参照モデルの第1層(物理層)および第2層(データリンク層).
    18. セル:セルラ方式の移動通信ネットワークと移動端末との間で無線信号の送受信を行う最小のエリア単位.
    19. シグナリング:端末と基地局間の通信に使用する制御信号.
    20. DU:5G基地局を集約ノードと分散ノードに分割した際の,分散ノードのことを指す.
    21. PDCP:レイヤ2におけるサブレイヤの1つで,秘匿,正当性確認,順序整列,ヘッダ圧縮などを行うプロトコル.
    22. RLC:レイヤ2のサブレイヤの1つで,再送制御などを行うプロトコル.
    23. RACH:ランダムアクセス手順において端末が基地局に最初に送信する物理チャネル.
    24. TCI state ID:信号/チャネルの疑似コロケーション(QCL:Quasi-Co-Location)に関する情報の識別子.
    25. intra-CU LTM:同一基地局内の2つのセル間で行われるハンドオーバ.
    26. inter-CU LTM:異なる基地局間の2つのセル間で行われるハンドオーバ.
    27. XR:ウェアラブル端末などを用いて,現実と仮想の環境が融合する体験を提供する技術の総称.
    28. BSR:ULのMACサブレイヤで伝送される制御信号MAC CE(Medium Access Control Control Element)の一種.UEがgNBに対し,送信を希望するULデータのバッファ滞留量を報告するために用いられる.なお,MACは無線インタフェースのレイヤ3におけるサブレイヤの1つで,無線リソース割当て,TB(Transport Block)へのデータマッピング,HARQ(Hybrid Automatic Repeat Request)再送制御などを行うプロトコルを指す.
    29. PDU:プロトコルレイヤ・サブレイヤが処理するデータの単位.
    30. DRX:端末の消費電力削減を目的とした間欠受信.
    31. Configured Grant:基地局からあらかじめユーザ個別にPUSCHリソースを割り当てておき,上りリンクデータが発生したら,SR(Scheduling Request)送信を行わずにUEが当該リソースでPUSCHを送信できる仕組みのこと.
    32. FR1:周波数レンジの1つ.410~7,125MHzを指す.
    33. FR2:周波数レンジの1つ.24,250~71,000MHzを指す.
    34. 物理下りリンク制御チャネル(PDCCH):DLにおける物理レイヤの制御チャネル.
    35. Handheld UE:いわゆるスマートフォンのような,ユーザが手に保持して用いるデバイスを指す.
    36. FWA:無線通信規格の1つで,固定無線アクセスシステムを指す.FWA端末はスマートフォンのような携帯端末とは異なり固定されて使用する想定のため,一般的に,携帯端末と比較して大きなデバイス容積で各種無線信号処理ハードウェアが実装しやすい.
    37. CPE:無線通信規格の1つで,顧客の敷地内に設営される無線システムを指す.一般的に,携帯端末と比較して大きなデバイス容積で各種無線信号処理ハードウェアが実装しやすい.
    38. キャリアアグリゲーション:1つの基地局でサポートされる複数のキャリアを用いて同時に送受信を行うことにより,高速伝送を実現する技術.
    39. デュアルコネクティビティ:端末が2つの基地局と接続し,それぞれの基地局との送受信を同時に行うことで広帯域化を実現する技術.
    40. 回り込み:無線装置において,自身の送信アンテナから送信された電波が自身の受信アンテナに受信されること.
    41. UE capability:標準仕様で規定された各種機能やそれらの機能に付随する性能要件への対応可否,またある機能を使用する際に複数の設定を取り得る場合にどの設定に対応可能なのか,といった端末の機能対応可否の総称.
    42. π/2 BPSK:2値の情報を2つの位相状態に対応させたデジタル変調方式であるBPSKにおいて,各変調ごとに基準となる位相状態をπ/2(90度)ずつシフトさせることで急激な位相変動を避けて,ピーク電力対平均電力比を抑えることを可能とする変調方式.
    43. QPSK:デジタル変調方式の1つで,4つの位相にそれぞれ1つの値を割り当てることにより,同時に2bitの情報を送信可能.
    44. 16QAM:デジタル変調方式の1つで,振幅と位相の異なる16通りの組合せに対して,それぞれ1つの値を割り当てることにより,同時に4bitの情報を送信可能.
    45. 64QAM:デジタル変調方式の1つで,振幅と位相の異なる64通りの組合せに対して,それぞれ1つの値を割り当てることにより,同時に6bitの情報を送信可能.
    46. シンボル:伝送するデータの時間単位であり,OFDMの場合は複数のサブキャリアから構成される.各サブキャリアには複数のビット(例えばQPSKなら2bit)がマッピングされる.
    47. 256QAM:変調方式の種類.256QAMは振幅と位相が異なる256通りの信号点に情報ビットを変調する.1回の変調で8ビットの情報を伝送することができる.
    48. ビームスイーピング:複数のビームを用いる際に,それらを連続で切り替えることで空間的に掃引すること.
    49. EN-DC:NRノンスタンドアローン運用のためのアーキテクチャ.LTE無線でRRC connectionを行い,追加の無線リソースとして加えてNRを用いる.
    50. NR-CA:複数のNRキャリアを用いて同時に送受信することにより後方互換性を保ちながら帯域拡大により高速伝送を実現する技術.
    51. 物理ランダムアクセスチャネル(PRACH):UEが初期アクセスやハンドオーバなどにより,セルとコネクション確立を行う場合などに送信される物理チャネル.
    52. 物理上りリンク共有チャネル(PUSCH):ULでデータを送信するために用いる共有チャネル.
    53. 物理上りリンク制御チャネル(PUCCH):ULで制御信号を送信するために用いる物理チャネル.
    54. カバレッジ:基地局当りのUEとの通信を行うことができるエリア(セル半径).カバレッジが大きいほど設置する基地局数を低減できる.
    55. CP-OFDM:IFFT(Inverse Fast Fourier Transform)によって生成した時間領域の信号に対して,CPと呼ばれる末尾の信号のコピーを先頭に挿入する処理を加えた波形生成方法.
    56. DFT-S-OFDM:CP-OFDMの処理前の周波数領域の信号を生成する際,信号にDFTを適用する波形生成方法.
    57. PAPR:任意の時間において生成される信号の,電力の時間平均値に対する最大電力値の比.
    58. 上位レイヤ:物理レイヤより上位に位置するすべてのレイヤであり,具体的にMAC,PDCP,RLC,S1AP(Adaptation Protocol)),X2APなどを指す.
    59. 物理レイヤ:OSI参照モデルの第一層.例えば,物理レイヤ仕様とは,ビット伝送に関わる無線インタフェース仕様のことを指し示す.

04. ネットワーク省電力化・負荷分散・高密度化のための高度化技術

  • 4.1 AI/MLの活用

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    Rel-18ではモビリティ,ロードバランシング*77,ネットワーク消費電力の最適化の3つのユースケースを実現するAI/ML*78機能が仕様化された.

    1. モビリティについては,ハンドオーバ元の基地局がハンドオーバ先の基地局に送るhandover request messageに,AI/MLで予測したUEの将来の移動軌跡を含めることが可能になり,ハンドオーバ先の基地局は当該情報を用いて,次のハンドオーバ時に適切なハンドオーバ先の選択が可能となる.
    2. ロードバランシングについては,AI/MLで予測した隣接gNBの将来のロード状況(例えば,将来のActive UE数)をgNB間で交換することが可能になり,その情報を用いることで,先読みしたロードバランシング制御となり,よりスマートなリソース制御が可能となる.
    3. ネットワーク消費電力の最適化については,gNBの消費電力の測定メトリック*79Energy Costを新たに定義した.AI/MLで予測した隣接gNBのEnergy CostをgNB間で交換することが可能になり,上記のAI/MLで予測したgNBの将来のロード状況と合わせた情報に基づいて,ロードバランシング制御することでネットワーク全体の消費電力最適化が期待される.

    なお,AI/MLアルゴリズムとモデルに関しては3GPP scope外である.

    4.2 ネットワーク消費電力削減

    近年の環境問題への意識の高まりによる社会的な要求や,無線ネットワークの高度化に伴うアンテナ数・帯域幅・周波数帯の増加により,ネットワーク側の消費電力削減は通信事業者にとって大きな課題となり,Rel-18で初めてネットワーク側の電力削減技術であるNES(Network Energy Saving)が仕様化された.Rel-18 NESは,空間・電力・周波数・時間領域での電力削減技術と,それらの技術を実際にネットワークに適用する際に,円滑に運用を行うための,既存UEに対するアクセス規制およびCHO(Conditional HandOver)*80の拡張で構成される.これにより,ネットワーク側の省電力効果を高め,環境に配慮するとともに,運用コストを抑えたネットワークを提供することを可能にする.

    4.3 ネットワーク制御リピータ

    5Gエリアのさらなる展開およびカバレッジの拡大に向けた装置として,NRでは新しいノード*81が仕様化されており,Rel-17でNRリピータの仕様が規定された.このNRリピータは4Gまでのリピータを踏襲し,基地局とUEの間で送受信される信号の増幅中継を行う機能を有している.一方,NRリピータの動作は単純な増幅中継のみが規定されており,リピータの動作や機能に制約があるため,Rel-18ではネットワークがリピータの動作の一部を制御する,新しい形のリピータとなるNCR(Network-Controlled Repeater)の仕様化が行われた.これにより,リピータのビーム制御などが可能となり,より高い周波数帯でリピータを運用するなど,NRネットワークのさらなる拡張・高密度化が期待される.

    1. ロードバランシング:セル間のトラフィック負荷分散.
    2. AI/ML:モデルを用いて推論すること,および,推論に用いるモデルを機械学習により生成すること.
    3. メトリック:対象の属性や状態を一定の基準に基づいて測定・数値化したものを指す.
    4. CHO:ハンドオーバ実施方法の1つ.ハンドオーバ実施時に指示するのではなく,あらかじめ切替先と切替条件をネットワーク側からUEに通知を行う.
    5. ノード:ネットワークにおいて,入力から受け取った値を伝搬する点のこと.

05. あとがき

  • 本稿では,3GPP Rel-18仕様で策定された5G-Advanced無線の高度化技術について ...

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    本稿では,3GPP Rel-18仕様で策定された5G-Advanced無線の高度化技術について概説した.本稿で紹介した産業創出・ソリューション協創向け高度化技術,モバイルブロードバンド向け高度化技術,および無線ネットワーク高度化技術については,本特集別記事でより詳細に解説しているので,参照されたい[1]~[3].3GPPでは2023年12月から,5G-Advancedの2番目の仕様としてRel-19仕様の策定を開始している[4].ドコモは,3GPPにおける5G標準化推進に寄与しており,今後も5G標準化のさらなる発展に貢献していく.

  • 文献

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    • [1] 吉岡,ほか:“3GPP Release 18における産業創出・ソリューション協創向け高度化技術,”本誌,Vol.32,No.2,Jul. 2024.
    • [2] 松村,ほか:“3GPP Release 18におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術,” 本誌,Vol.32,No.2,Jul. 2024.
    • [3] 栗田,ほか:“3GPP Release 18におけるネットワーク省電力化・負荷分散・高密度化のための高度化技術,”本誌,Vol.32,No.2,Jul. 2024.
    • [4] 原田,ほか:“5G-Advanced標準化動向,”本誌,Vol.32,No.2,Jul. 2024.
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