Technology Reports

医療機関における医療機器への電磁障害影響調査

5G 医療 安心・安全

井山 隆弘(いやま たかひろ) 栃倉 芳年(とちくら よしとし)
東山 潤司(ひがしやま じゅんじ) 鈴木 恭宜(すずき やすのり)

6Gネットワークイノベーション部
石岡 諒汰(いしおか りょうた)
電波企画室

あらまし
ドコモでは,医療機関における携帯電話・スマートフォンのさらなる活用に向けて,これらの無線通信機器の発する電波が医療機器に与える電磁障害の調査を継続的に行っている.今回新たに,現状の5G運用をかんがみた4G/5Gの同時送信や4G周波数を利用した5Gを想定した調査,さらに今後の移動通信システムの周波数利用を見据えた周波数依存性の調査を実施した.なお,本研究は金沢大学(附属病院経営企画部 長瀬啓介教授)との共同研究により実施した.

01. まえがき

  • 携帯電話・スマートフォンが発射する電波は,近接する医療機器に電磁障害を ...

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    携帯電話・スマートフォンが発射する電波は,近接する医療機器に電磁障害を発生させる可能性があり,ドコモでは電磁障害影響調査を継続的に実施している.これらのうち,第3世代移動通信システム(3G),第4世代移動通信システム(4G),無線LAN(WLAN:Wireless Local Area Network)を搭載した携帯電話・スマートフォンが発射する電波を用いた調査,および第5世代移動通信システム(5G)の候補周波数帯の電波を用いた基礎的な調査については,調査結果を本誌過去記事にて報告した[1].これらの結果は,医療機関において安心・安全に電波を利用するための電波環境協議会*1の指針[2]や手引き[3]の策定にも寄与しており,医療機関において携帯電話・スマートフォンの利用を可能にするための工学的根拠となっている.

    一方,2020年3月よりサービスを開始した5Gは高速・大容量,高信頼・低遅延,多数端末同時接続などの特長を有しており,遠隔医療や遠隔手術など,医療機関・医療現場でのさらなる活用が期待されている[4].5Gの電波が医療機器に与える電磁障害の状況や電磁障害消失のための条件について明確化することは安心・安全の観点から必須であり,さらに今後の移動通信システムの周波数利用を見据えて当該電磁障害の基本的な周波数依存性*2を把握しておくことも重要である.そこで,現状の5Gの運用形態や将来的なミリ波*3活用を想定し,当該電波が医療機器に与える電磁障害の調査を実施した.具体的な調査項目は,以下の3点である.

    • 調査項目1:5G NSA(Non-Stand Alone)方式*4における電磁障害
    • 調査項目2:4G周波数を利用した5Gにおける電磁障害
    • 調査項目3:ミリ波帯を含めた電磁障害の周波数依存性

    本稿ではこれら調査の概要と結果について解説する.なお,本調査は金沢大学(附属病院経営企画部 長瀬啓介教授)との共同研究により実施した.各種医療機器の動作設定,電磁障害の判断,およびその程度の判定については,同病院にて医療機器の操作,保守・点検などを担当している臨床工学技士が実施した.

    1. 電波環境協議会:産学官で連携して,電磁干渉などの課題に取り組む協議会.
    2. 周波数依存性:周波数によって回路やアンテナの物理量や応答が変化することを指す.
    3. ミリ波:周波数帯域の区分の1つ.30~300GHzの周波数であり,5Gで使用される28GHz帯を含めて慣習的にミリ波と呼ぶ.
    4. 5G NSA方式:5Gの無線技術NRを利用する際に,4GすなわちLTE網で制御信号をやり取りし,ユーザデータのやり取りにのみNRとLTEを協調動作させて使う方式.

02. 調査方法

  • 本調査では,調査項目に合わせて,電波の周波数や変調方式,電波を医療機器に ...

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    本調査では,調査項目に合わせて,電波の周波数や変調方式,電波を医療機器に照射するためのアンテナなどの電波諸元を設定している.一方,調査手順などはいずれの調査項目においても共通であり,従来のものとほぼ同一である.以下にそれらの詳細を示す.

    2.1 電波の主な諸元

    信号発生器で所望の信号を生成し,増幅器*5にて送信電力を調整した後に,アンテナから電波として当該信号を発射する系を構成した.各調査項目に対する電波の主な諸元を表1に示す.

    調査項目1,2においては,ドコモの割当周波数帯域のおおむね中心となるチャネルで,実際の運用状況に即した帯域幅および変調方式の信号を用いた.送信電力に関しては,各無線システムの技術基準を参照して設定した.アンテナについては,周波数に応じて広帯域スリーブアンテナ*6とホーンアンテナ*7を使い分けた.

    調査項目3においては,初期検討であることを踏まえ,無変調の信号を用いた.送信電力を,従来の調査で主に用いてきた半波長ダイポールアンテナ*8に200mWを入力したときのアンテナ近傍と同等の電波の強さが得られるように設定した.アンテナについては,周波数に応じて広帯域スリーブアンテナと切離し導波管アンテナ*9を使い分けた.

    過去の調査結果から,医療機器は1分間に60回程度のON/OFFを繰り返す「断続モード」の電波に対して電磁障害を生じやすいことが分かっているため,上記の変調信号および無変調信号に,さらに「断続モード」の時間的制御を加えた,図1のような時間波形の信号を用いた.

    表1 電波の主な諸元、図1 断続モードのイメージ

    2.2 調査場所

    信号発生器で生成した電波の外部漏洩を防ぐ必要があるため,本調査では,金沢大学附属病院内の一室に構築したシールドテント内で実施した.

    2.3 調査手順

    医療機器に照射する電波が強いほど電磁障害は起こりやすい.基本調査として,以下の条件において医療機器の各面に対してアンテナの向きを変えながら,くまなく走査した(図2(a)).

    • 断続モード
    • 設定した送信電力
    • アンテナを医療機器に密着

    医療機器にセンサ類やケーブル類が接続されている場合には,それらに対しても調査を行った.電磁障害が発生した場合には,追加調査として,断続モードかつ設定した送信電力のままでアンテナを医療機器から徐々に離していき,電磁障害が消失する距離(以下,影響消失距離)を求めた(図2(b)).広帯域スリーブアンテナおよび切離し導波管アンテナを用いた調査風景を写真1に示す.

    図2 調査手順のイメージ、写真1 調査の様子

    2.4 電磁障害の分類

    電磁障害が確認された場合,実際の診療に及ぼす影響の程度を表す指標として,2002年に総務省が公表した報告書[5]に記載のカテゴリ分類を用いた.カテゴリは,医療機器障害の物理的状態と診療障害状態から,表2に従って決定される.なお,分類の判定は,医療従事者が実施した.

    表2 医療機器障害の分類

    2.5 調査した医療機器

    過去の調査において電磁障害の発生した医療機器を中心として,体外式ペースメーカや心電計などを選定した.調査項目に応じて,6ないし7機種の医療機器を調査の対象とした.

    1. 増幅器:信号を増幅させる回路のことを指す.
    2. 広帯域スリーブアンテナ:広い周波数で効率よく電波の送受ができるアンテナで,車載機器の電磁障害評価などにも用いられる.
    3. ホーンアンテナ:角錐・円錐の形状をもち,特定の方向へ強い電波を放射するアンテナ.
    4. 半波長ダイポールアンテナ:アンテナの中で最も基本的なアンテナ.ケーブル(給電点)の先に,波長の1/4の長さの2本の直線状の導線(エレメント)をつけたアンテナである.
    5. 切離し導波管アンテナ:マイクロ波・ミリ波の伝送線路である導波管の断面をそのまま開口面としたアンテナ.

03. 調査結果

  • 調査項目ごとの調査結果を以下に示す.なお,調査全体を通して,電磁障害の ...

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    調査項目ごとの調査結果を以下に示す.なお,調査全体を通して,電磁障害のカテゴリは最大で4であった.

    3.1 5G NSA方式における電磁障害

    調査は,4Gおよび5Gの,異なる周波数・変調で,アンテナから同時に発射した電波を各種医療機器に照射することで実施した[6].調査結果の一例として,2GHz帯の4G変調波と3.7GHz帯ないし4.5GHz帯の5G変調波を同時に照射した場合の影響消失距離を図3に示す.この場合,4Gと5Gの送信電力の合計は200mW以下と規定されているため,①4G 200mWのみ,②4G 100mW+5G 100mW,③5G 200mWのみ,の3パターンについて影響消失距離を比較した.4Gと5Gを同時発射したパターン②の影響消失距離が,パターン①と③のどちらよりも大きくなることはなく,4Gまたは5Gを200mWで単独発射する調査パターン①,③を行えば十分であることが分かった.800MHz帯の4G変調波と3.7GHz帯ないし4.5GHz帯の5G変調波を組み合わせた場合の影響消失距離についても,同様の結果であった.

    また,4Gと5Gの送信電力の合計が各々200mW以下とする条件下で,2GHz帯または800MHz帯の4G変調波と28GHz帯の5G変調波を組み合わせた場合,①4G 200mWのみ,②4G 200mW+5G 200mW,③5G 200mWのみ,の3パターンについて影響消失距離を比較した.パターン①,②における影響消失距離がほぼ一致し,パターン③ではそもそも影響が見られなかった.

    上記結果より,4Gと5Gの同時発射における医療機器影響は,単独発射のみの調査結果から見積りが可能であることが示唆された.

    図3 4Gと5Gの単独発射および同時発射における電磁障害の影響消失距離の比較(調査項目1)イメージ

    3.2 4G周波数を利用した5Gにおける電磁障害

    アンテナからの4G商用周波数の電波を各種医療機器に照射した.この際,送信電力を同一としつつ,変調のみ4Gと5Gで切り替えた[7].調査結果の一例として,700MHz帯と2GHz帯における影響消失距離を図4に示す.変調の違いによって,医療機器への影響や影響消失距離に大きな差は生じなかった.本調査結果は,携帯電話・スマートフォンから発射される電波による医療機器への電磁障害について,変調への依存度は小さい可能性が高いことが示唆された.従って,4G周波数を利用した5G電波がもたらす医療機器への電磁障害に関しては,今回調査した範囲では,4G電波での調査結果を参考にできるといえる.

    図4 同一周波数で4Gおよび5Gの電波を発射したときの電磁障害の影響消失距離の比較(調査項目2)イメージ

    3.3 ミリ波帯を含めた電磁障害の周波数依存性

    700MHzから40GHzまでの周波数を対象として,連続的に周波数を掃引しながらアンテナからの電波を各種医療機器に照射した[8].調査結果の一例として,電磁障害が発生した医療機器の機種数を図5に示す.当該医療機器数は,2GHz付近で最も増加し,その後周波数が上がるにつれて減少する傾向となった.13GHz付近を超えると,調査対象のすべての医療機器において電磁障害による影響はみられなかった.

    過去の調査において電磁障害が発生した医療機器を中心に今回の調査を実施したことを考慮すると,13GHzを超える周波数において,医療機器への電磁障害が発生する可能性が低くなり得ることが示唆される.

    図5 電磁障害が発生した医療機器の機種数(調査項目3)イメージ

04. あとがき

  • 本稿では,携帯電話・スマートフォンが発する電波のうち,特に現状の5Gの ...

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    本稿では,携帯電話・スマートフォンが発する電波のうち,特に現状の5Gの運用形態や将来的なミリ波活用を想定した電波を対象とした,医療機器への電磁障害調査の結果について解説した.本調査の結果は,5Gあるいは今後の移動通信システムの医療機関・医療現場でのより安心・安全な活用に寄与する.また,今後の電波利用に合わせて,医療機器への電磁障害調査を継続する予定である.

  • 文献

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    • [1] 井山,ほか:“携帯電話・スマートフォンの発する電波に関する医療機器への電磁干渉調査,”本誌,Vol.26,No.2,pp.56-61,Jul. 2018.
    • [2] 電波環境協議会:“医療機関における携帯電話等の使用に関する指針 ―医療機関でのより安心・安全な無線通信機器の活用のために―,”Aug. 2014.

      https://www.emcc-info.net/medical_emc/pubcom2/2608_1.pdfPDF

    • [3] 電波環境協議会:“医療機関において安心・安全に電波を利用するための手引き(改定版),”Jul. 2021.

      https://www.emcc-info.net/medical_emc/202107/medical_guide_rvsn.pdfPDF

    • [4] NTTドコモ報道発表資料:“世界初,商用 5G を介した国産手術支援ロボットの遠隔操作実証実験を開始~次世代通信ネットワークを用いた遠隔ロボット手術の実現に向け産官学が連携して実証実験施設を立ち上げ~,”Apr. 2021.

      https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/topics/2021/topics_210416_00.pdf(PDF形式:611KB)PDF

    • [5] 総務省:“電波の医用機器等への影響に関する調査研究報告書,”Mar. 2002.
    • [6] 栃倉 芳年,井山 隆弘,東山 潤司,鈴木 恭宜,長瀬 啓介:“4G (LTE) 信号と5G (NR) 信号の同時発射による医用電気機器への電磁干渉の評価,”2022年電子情報通信学会ソサイエティ大会,B-19-12,Sep. 2022.
    • [7] 栃倉 芳年,井山 隆弘,東山 潤司,鈴木 恭宜,長瀬 啓介:“同一周波数帯での5G (NR)電波と4G (LTE)電波による医用電気機器への電磁干渉の比較,”2023年電子情報通信学会ソサイエティ大会,B-19-7,Sep. 2023.
    • [8] 石岡 諒汰,東山 潤司,大西 輝夫,長瀬 啓介:“携帯電話の発する電波が医用電気機器へ及ぼす影響の周波数依存性,”2019年電子情報通信学会総合大会,B-20-1,Mar. 2019.
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