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5G Evolution & 6G特集(2) —具体化に向けた取組みとユースケース—
6G・IOWN時代のデバイス実現に向けた提供体験およびデバイス技術の進化

充電技術 カーボンニュートラル デバイス

樋口 健(ひぐち たけし)
株式会社ドコモCS 端末サポート本部 端末サービス事業部
荒谷 仁(あらや ひとし) 横山 光一(よこやま みつかず)
仲本 晃(なかもと あきら) 浜崎 祥世(はまざき さちよ)

デバイステック開発部

あらまし
現在のスマートフォンは,あらゆるサービスをユーザに届ける重要な顧客接点となっている.モノからコトへと提供価値が移り変わり顧客接点の重要性が増す中,NTTグループの掲げる6G・IOWN構想が実現される時代においてデバイスは新たな提供価値の創出が期待される.
ドコモは,6G・IOWN構想の実現をめざし,研究開発の進む光電融合技術の半導体への搭載によるデバイスの低消費電力化や,次世代の給電技術などのデバイス搭載技術を活用することで,小型・軽量で充電ストレスを低減しカーボンニュートラルへ貢献する「充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイス」の実現をめざしている.

01. まえがき

  • 現在のスマートフォンは,あらゆるサービスをユーザに届ける重要な顧客接点となって ...

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    現在のスマートフォンは,あらゆるサービスをユーザに届ける重要な顧客接点となっている.モノからコトへと提供価値が移り変わり顧客接点の重要性が増す中,NTTグループの掲げる6G・IOWN*1構想が実現される時代においてデバイスには新たな提供価値の創出が期待される.

    ドコモは,6G・IOWN構想の実現をめざし,研究開発の進む光電融合技術の半導体への搭載による低消費電力化や,次世代の給電技術などをデバイスへ適用することで,小型・軽量化や充電ストレスの低減によりユーザ体験の自由度を高め,同時に持続可能な社会実現に向けてデバイスの消費電力低減や再生可能エネルギーの活用によりカーボンニュートラル*2の達成に貢献する「充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイス」の実現をめざしている.

    本稿では,デバイスの現在および将来的な提供価値を考察し,次世代のデバイスにおけるユーザ体験の課題解決をめざしたデバイス搭載技術への取組みについて解説する.

    1. IOWN:NTTが2019年5月に発表した,次世代のICTインフラ基盤.光を中心とした革新的技術を活用することで,「低遅延」「低消費電力」「大容量・高品質」通信や膨大な計算リソースなどを提供可能とする,端末を含むネットワーク・情報処理基盤などにより新たな価値を創出する.
    2. カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること.ドコモは,自社の事業活動での温室効果ガス排出量を2030年までに実質ゼロである「カーボンニュートラル」にすることを宣言している(2021年9月公表).また,自社のみならず,お客さま・パートナー企業とともに社会全体のカーボンニュートラルに貢献するために,「あなたと環境を変えていく。」というスローガンを掲げ,カーボンニュートラルに向けた取組み「カボニュー」を開始している.

02. モノ・サービスの提供価値の変化

  • モノ・サービスの提供価値は,消費行動の変化に伴いモノ(機能)からコト(体験)へ ...

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    モノ・サービスの提供価値は,消費行動の変化に伴いモノ(機能)からコト(体験)へ移り変わり,「機能的価値による不・負の解決」による差別化に代わり,感覚的・感情的価値のような高度な付加価値による差別化が求められるようになった.シュミットは経験価値を提唱し,モノ・サービスの価値を「モノ・サービスを使用する経験の中で得られる「満足感」に繋がるユーザの反応(内的反応/外的活動との相互作用)」とした.そこではモノ・サービスの価値をSense(感覚的経験価値),Act(行動的経験価値),Feel(感情的経験価値),Think(知的経験価値),Relate(関係的経験価値)の5つに分類している[1][2].また,ユングは心理的機能を唱え,人間は感覚と直感からなる非合理機能による「体験に対する直接的な反応」と,感情と思考からなる合理機能による「個人の経験や価値観に基づいた体験に対する判断」により世界を経験しているとした[3].モノやサービスの使用体験における経験価値と非合理機能・合理機能との関係を図1に示す.

    モノやサービスの使用体験は,体験中のモノ・サービスとユーザの受動的(Sense)あるいは能動的・相互的(Act)な作用の連続により形成され,他者がかかわる体験において発生する他者との関係性(Relate)も体験を形成する要素と考えることができる.感情(Feel)や思考(Think)は体験に対する結果として得られるものであり,SenseやAct,Relateに対する評価ととらえられる.ユングの提唱する心理的機能を踏まえると,5つの経験価値のうちSenseとActは非合理機能により経験されるモノ・サービスとの作用そのもの,FeelとThinkは体験の結果として合理機能により判断されるもの,Relateは他者とのかかわりの結果得られた人間関係について合理機能により評価されるものと整理することができる.

    これより,モノやサービスの提供価値を追求するとは,体験の中でのユーザとモノ・サービスとの作用をより良いものとし,より良い他者とのかかわりを生み出すことで,得られる感情や思考を高め,その結果としてユーザに満足感を感じさせることであると考えることができる.このようにSense,Act,Relateの各要素を通じFeel,Thinkが創出され体験の満足感が高まるという関係性であることから,モノ・サービスの使用体験そのものを追求することが重要である.そこで以下では使用体験を構成するSense,Act,Relateの価値を創出する体験についてより具体的に述べる.

    図1 モノやサービスの使用体験における経験価値と非合理機能・合理機能

    2.1 Sense(感覚的経験価値)

    体験における感覚的な要素とは体験の中で発生する五感に対する刺激であり,この刺激にはある瞬間の刺激をより大きくする「刺激的な体験」とより小さくする(刺激を意識しないようにする)「快適な体験」の2つの方向性があると筆者らは考えている.2つの方向性は,非合理機能の感覚/直感のどちらでより強く認知されるかの観点で分解され,刺激的な体験は,臨場感・リアリティのある五感を拡張する体験(感覚)と新鮮さ・未知を感じられる体験(直感)に,快適な体験は,刺激が適度で心地よいと感じられる最適化された環境・体験(感覚)とユーザが自分に合っていると感じられるいつもの環境や好みの体験(直感)に区分することができる.

    2.2 Act(行動的経験価値)

    体験の中で実施する行動・動作は,目的に対する手段であるものとそれ自体が目的であるものに大別することができる.手段としての行動・動作は何かを実施するための手間や作業であり,その行動・動作を減らすことは体験価値の向上に繋がるが,それは「機能的価値による不・負の解決」であり,ここで論ずる経験価値ではないといえる.一方で行動自体が目的であり満足感が生み出されるものについては経験価値ととらえられる.

    行動自体が目的である,すなわちそれ自体に価値がある行動・動作とは,非合理機能の感覚/直感のどちらでより強く認知されるかの観点で具体化すると,心地よさ・気持ちよさが感じられる体験(感覚)をもたらす行動・動作や,高揚感・非日常感を感じる体験[4](直感)をもたらすコンテキストを創出する行動・動作のことなどであると筆者らは考えている.

    2.3 Relate(関係的経験価値)

    体験の中での他者とのかかわりは,他者との繋がりを感じさせる,あるいは強くすることがあり,このことによって良い感情や思考に繋がり満足感が得られることから,一体感や盛上りによる刺激や,繋がり・存在の実感が体験の要素となると筆者らは考えている.

03. 次世代デバイスの提供価値

  • デバイスは,サービスとユーザとのあらゆる顧客接点の中でも日常的にユーザが ...

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    デバイスは,サービスとユーザとのあらゆる顧客接点の中でも日常的にユーザが触れる重要な接点であり,さまざまなサービスや技術を顧客体験としてユーザに直接届けている.これからの時代においては,デバイスについても機能的価値だけではなく経験価値を高める要素を意識し,満足感に繋がる体験を構築するための機能追求をしていくべきである.

    3.1 モバイルデバイスの歴史と提供価値の変化

    スマートフォンをはじめとするモバイルデバイスの進化の歴史を,基本価値(モノ・サービスとしての基本機能)と便宜価値(高度な性能,さまざまな機能,高い利便性など)の観点でとらえつつ振り返る(図2).

    通話手段の主流であった固定電話の時代から,自動車電話・携帯電話の登場により『いつでもどこでも通話・通信ができる「コミュニケーション手段としての基本機能」』という新たな基本価値が生まれた.

    自動車電話・携帯電話からフィーチャーフォンへの進化における小型化・ハードウェア機能の拡大とソフトウェアの高度化は,チャットやテレビ通話など音声以外の遠隔・リアルタイムなコミュニケーションを実現し,通話・通信手段としての便宜価値を向上させた(「コミュニケーションの品質向上・機能拡張」).同時にフィーチャーフォンはさまざまな機能を具備するようになり,肌身離さず持ち歩くことができる多機能なデバイスすなわち「モバイルデバイス」という新たな基本価値が創出された.

    フィーチャーフォンのさらなる高機能化は,「モバイルデバイスとしての品質向上・機能拡張」による便宜価値向上とともに,インターネットと繋がりフィーチャーフォン1つでさまざまなサービスが利用できる「デジタルサービスとの接点」という新たな基本価値を生み出した.その後スマートフォンが市場に投入され,大画面化・処理性能の向上・UIの革新やモバイル通信技術の進化は,高い利便性で一層多くのサービスを利用することを可能にした.現在,スマートフォンは「リアル・デジタルを問わずあらゆるサービスとの接点」としてのユーザ価値をもち,特定の目的のためのデバイスではなくあらゆるサービスのプラットフォームとして生活に深く介在している.これはサービス接点としての便宜価値が大きく向上したといえる.

    各世代のデバイスの提供価値は,従来の使われ方を高度化しながら同時に新たな側面の価値を創出し変容してきたと解釈できる.先に述べたモノ・サービスの提供価値の変化と同様に,デバイスも既存の価値に関する機能的価値のみでの差別化は飽和しつつあり,経験価値の追求やさらなる提供価値の拡大が必要とされると筆者らは考えている.

    図2 モバイルデバイスの歴史と提供価値の変化

    3.2 デバイスによる経験価値の実現

    前述した価値の実現に向けてデバイスが提供すべき要素を,ユーザがデバイスを利用する空間の観点と合わせて検討した.

    検討にあたり,デバイスをスマートフォン(あるいはポスト・スマートフォン)に限定するのではなく,あらゆる電子機器や電子機能が付帯しネットワークに繋がるモノと広義にとらえた.このようなデバイスは大きく2つに分類して考えることができ,1つは身体に着け常にユーザが持ち歩くものでありその役割を「身体機能の拡張」ととらえることができる(図3(a)).もう1つはある環境に据え置かれその空間に滞在する間だけ使用されるものであり,その役割を「生活環境の拡張」ととらえることができる(図3(b)).これら2種類のデバイス群が構成するフィジカル空間が,図3に示すようにユーザの居場所や状況に応じて動的に構築されるという概念を前提とした.

    ユーザがデバイスを利用する空間と経験価値実現に向けデバイスの提供する要素を図4に示す.

    「自分が所有するデバイスや自分だけの空間における体験」では,Senseの提供として,刺激的な体験すなわち臨場感・リアリティのあるコンテンツや新しい・未知の体験をより効果的に提供することや,快適な体験の実現のため自分自身に最適化されたサービスや環境を構築することが望ましいといえる.Actの提供としては,心地よさ・非日常感を生み出す行動が自然に促される要素を,ユーザの状況や心理に合わせて提供することが求められる.「複数人による,同じデバイス・同じフィジカル空間における体験」には,刺激的な体験や行動による心地よさ・非日常感の共有が求められ,また複数人それぞれに最適化された体験や環境の構築により各自の快適さが確保できることが望ましい.「周囲に体験を共にしていない他者が存在する場合」には,デバイスや空間の制約を超えて自分だけ(自分達だけ)の世界へ没入できることが求められる.また,あらゆる空間において自分(自分達)に合う環境や体験を容易に再現できることも価値となると筆者らは考えている.

    Relateの提供に向けては,共に体験をしている他者との一体感や盛上り,繋がり・存在の実感を,同じフィジカル空間に存在する他者とは一層効果的に,同じフィジカル空間に存在しない他者とはより自然に感じられることが良いと考えている.

    図3 デバイス群の構成する身体機能の拡張と生活環境の拡張、図4 ユーザがデバイスを利用する空間と経験価値実現に向けデバイスの提供する要素

04. 新たな提供価値を創出するデバイスの提供体験

  • 前述のとおり,デバイスの提供価値の変遷を踏まえ,経験価値の追求やさらなる ...

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    前述のとおり,デバイスの提供価値の変化を踏まえ,経験価値の追求やさらなる提供価値の拡大が必要である.また,経験価値の実現に向けては,ユーザがデバイスを利用する空間やユーザの状況に合わせて図4の各要素を創出すべきである.これらより,次世代のデバイスがめざすべき方向を以下と結論付けた(図5).

    • 従来の体験を超越する,さらなる没入体験への深化
    • デバイス・サービスの制約のないパーソナライズされた体験への拡張
    図5 新たな提供価値を創出する,デバイスの提供体験

    4.1 従来の体験を超越するさらなる没入体験への深化

    利便性や没入感を高めるべくモバイルデバイスの進化とともに拡大したディスプレイサイズは,ポータビリティとの両立の限界に達しつつある.XR(eXtended Reality)*3技術などを用いたサイバー空間へ自然に入り込む体験は,このトレードオフを打破し時間や空間を超越する没入感を追求するものである.

    没入体験においてデバイスはサイバー空間とフィジカル空間の接点として必要不可欠であり,体験に入り込むためにデバイスを意識せざるを得ない物理的な制約を無くすことが望ましい.リッチなコンテンツ体験を提供するXRデバイスは,高い没入感を与える高解像度コンテンツの表示や現実風景への自然な重畳表示の実現のため,高画質・広視野映像や音をリアルタイムに処理し,空間を認知して頭の動きに合わせた映像・音や情報を表示するという高度な処理が必要である.このような処理を行うデバイスは大型で重くなり,さらにデバイスを頭部に装着することからユーザは大きさや重さを感じやすく,またデバイスの消費電力量が大きいという課題もある.これに対し小型・軽量なXRデバイスを充電ストレスなく使用できることは重要であり,サイズ・重量低減の主要なボトルネックの1つである内蔵電池の小型・軽量化とデバイスへの十分な電力供給の両立が待たれる.これにはデバイスが必要とする電力の低減や,電池自体の体積および重量当りの高容量密度化,低容量電池を充電ストレスなく使用するための革新的な給電技術の活用が期待される.

    4.2 デバイス・サービスの制約のないパーソナライズされた体験への拡張

    現在のスマートフォン中心の体験においてはあらゆる機能が1つのデバイスに集約されており,スマートフォンのハードウェア制約がさらなる体験の多様化や拡大において制限となり得る.単一デバイスによる体験ではなく,さまざまなデバイスがあらゆるサービスとシームレスに連携し,サイバー空間がフィジカル空間に自然に融合する体験により,多様化する社会に即したパーソナライズ体験を具現化できると筆者らは考えている.これは,現在行われている個人の趣味嗜好にコンテンツをパーソナライズすることに加え,より多くのサービス体験や生活環境全体を個人に最適化するという新たな体験である.

    さまざまなデバイスとサービスのシームレスな連携においても,デバイスの物理的な制約に起因する手間を低減することは重要である.大量のデバイスへの給電や複数のデバイスを身に着けることによる負担は体験を妨げる物理的な制約となり得るため,各デバイスのさらなる小型・軽量・低消費電力化を追求し,給電方式の高度化により充電行為や電池切れを意識しないユーザ体験を実現すべきである.

    このように,デバイスの提供体験を妨げる物理的な制約に対し,デバイスが必要とする電力の低減,電池の小型・軽量化,給電技術の高度化による克服が期待される.さらに,将来にわたる社会の持続的発展を達成すべく環境配慮の必要性も増してきており,省エネルギー社会の構築と技術進化の両立が強く望まれる.以下では,これらの要求に応えるデバイス実現に向けた取組みについて述べる.

    1. XR:VR(Virtual Reality),AR(Augmented Reality),MR(Mixed Reality)といった仮想空間と現実空間との融合で新たな体験を提供する技術の総称.

05. 6G・IOWN技術を活用した革新的なデバイス実現に向けた取組み

  • 5.1 6G・IOWN技術の活用により実現が期待されるデバイス

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    ドコモは,前述した体験を提供するデバイスとして,充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスの創出・普及をめざしている.充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスとはその名のとおり,ユーザ・デバイスを充電のストレス・制約から解放し,カーボンニュートラルへの貢献も視野に入れたデバイスである.

    スマートフォンに代表される現在のデバイスは,高機能化による消費電力の増大やユーザの長時間利用ニーズにより,内蔵電池サイズが肥大化の傾向にある.ドコモが2022年以降に発売した主要なスマートフォンにおいて電池が占める面積割合は約4割であり,デバイスのハードウェア設計における内蔵電池に起因する制約の大きさが窺える.一方,ドコモの実施した調査によると,外出時にスマートフォンを携帯するユーザ(n=2,349)のうち57.4%が「外出時にスマートフォンの電池残量低下や電池切れがよくある・時々ある」,また70.3%が「外出時に充電器(モバイルバッテリー含む)を持ち歩く」と,現在の内蔵電池の容量をもってしても,常に充電を意識せざるを得ない状況にある.このようなサイズの制約や充電ストレスからの解放に向けた技術の進展が重要であることは明らかである.

    NTTグループの掲げる6G・IOWN構想において研究開発の進む光電融合技術*4などにより,デバイスの低消費電力化は大きく進展する可能性がある.デバイスの超低消費電力化は,省エネルギーなデバイスの実現だけでなく,内蔵電池を無くしたり極小化したりすることや,給電電力向上が難しい長距離無線給電技術やエネルギーハーベスティング*5(以下,エネハベ)技術でデバイスの消費電力をまかなうことを可能とする.電池レス・極小化は,デバイス設計の自由度を飛躍的に高めデバイスの小型・軽量化を促す.また給電の無線化や自動化は,デバイスへの充電に関する意識や電池切れの心配を根本的に無くすことができ,充電に関するストレスからの解放を実現することができる.これらの技術により,「従来の体験を超越するさらなる没入体験」や「デバイス・サービスの制約のないパーソナライズされた体験」を妨げないデバイスの提供に貢献できる.

    5.2 デバイス低消費電力化技術

    デバイスの低消費電力化に大きく関係するのは,その構成要素として数多く使用されている半導体である.半導体が集積回路の集積度を上げることで,高性能化と低消費電力化の両立により発展してきたことをムーアの法則*6と呼ぶ.近年では“More Moore”“More than Moore”に加え,3次元構造化や新素材を活用した半導体技術やデバイス技術の研究が進められている.

    ドコモは,このようなデバイス技術の進化をタイムリーにとらえ,高性能・低消費電力なスマートフォンをキャリアとして提供してきた.今後は6G・IOWN時代に向けて,光電融合技術を含めた低消費電力化技術の検証を進め,充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスに不可欠であるデバイスの低消費電力化を推し進めていく.

    5.3 長距離無線給電技術

    長距離無線給電技術は,送電装置から対象デバイスが数m離れていても給電を可能とする技術で,Qi*7などの近距離無線給電とは大きく異なる.法規制や安全面の観点から大電力化が障壁となり普及に至れていないが,デバイスの低消費電力化が進み給電電力と消費電力との差分が解消されると,長距離無線給電による電力のみでデバイスを動作させることが視野に入ってくる.

    長距離無線給電技術の主要な方式である光レーザー方式,マイクロ波方式についての,既存の給電方式との比較を表1に示す.給電電力・効率においては既存の給電方式が優位だが,充電ストレスフリーなユーザ体験を実現する点では長距離無線給電技術に優位性がある.今後はモバイルデバイスやウェアラブルデバイスといったデバイスの利用シーンや必要となる電力に応じた適切な方式を活用し,給電効率の向上やデバイス搭載に向けた技術進化を図り,デバイスへの革新的な給電の実用化や普及をめざしていく.

    表1 主要な給電技術の比較

    5.4 エネルギーハーベスティング技術

    ドコモが2021年9月に発表した「2030カーボンニュートラル宣言」でスマートフォンが消費する電力への言及があったように,環境配慮の観点でデバイスの消費電力低減が望まれており,身の回りにあり活用されていないエネルギーを集め活用するエネハベ技術も,着目すべき充電・給電技術である.スマートフォンは屋内で使うことも多いことから,エネハベ技術の中でも室内の照明エネルギーの活用を中心に検討している.

    2022年3月には,「無駄になっている照明エネルギーをいつのまにか蓄える」というコンセプトで,リビングなどにもマッチするデザインの室内光発電パネルを制作した(図6(a)).本パネルは,OPEN HUB*8やdocomo Open House*9'23でも紹介し,高評価を受けている.

    一方で,「電卓のように,発電した電力のみで動作するデバイスがほしい」といった声も多くあがったため,2023年3月には,室内光の発電電力(実際には,発電パネルが発電した電力を内蔵電池に蓄えたもの)を活用する電子ペーパーデバイスを制作した(図6(b)).電子ペーパーには省電力のE Ink*10を活用し,Type-Cの出力も具備している.本デバイスもOPEN HUBで紹介している.

    今後は利用用途や必要電力などに応じて最適なエネハベ技術を見極めながら,発電効率の向上やデバイスへの搭載に向けた技術進化に取り組み,エネハベデバイスの実現と普及を図っていく.

    図6 室内光発電パネル/室内光発電活用電子ペーパー
    1. 光電融合技術:IOWNにおけるオートフォトニクス・ネットワークのキーテクノロジー.チップ内の配線部分に光通信技術を導入し低消費電力化を行い,さらに高速演算技術を組み込んだ,光と電子が融合した技術.
    2. エネルギーハーベスティング:周りの環境から微小なエネルギーを収穫(ハーベスト)して,電力に変換する技術のこと.
    3. ムーアの法則:半導体の集積度が約2年ごとに2倍になるという予測であり,現代コンピュータ関連業界における発展の指標.近年はMore Mooreとしてさらなる微細化技術によるチップ内トランジスタの増加,More Than Mooreとして機能・材料を含むチップ機能の向上が検討されている.
    4. Qi:インダクティブ充電(非接触充電)を使用したワイヤレス電力伝送のインターフェース規格.
    5. OPEN HUB:わたしたちが豊かで幸せになる未来を実現するための新たなコンセプトを創り,社会実装をめざす事業共創の場.NTTコミュニケーションズが提供している.
    6. docomo Open House:5G Evolution & 6Gに代表される通信技術などの,ドコモの取組みを紹介するイベント.
    7. E Ink:米E Ink社が開発する電子ペーパー技術.バイステーブル技術と呼ばれる「電源供給がなくても電子ペーパーディスプレイ上の画面が消えずに表示され続ける」技術を採用し,画面が切り替わるときだけ電力を消費するため,超低消費電力を実現する.

06. あとがき

  • 本稿では,モノ・サービスの提供価値の変化およびデバイスの進化の歴史を ...

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    本稿では,モノ・サービスの提供価値の変化およびデバイスの進化の歴史を踏まえた次世代のデバイスの提供価値を考察し,6G・IOWN構想の実現をめざし研究開発の進む光電融合などを活用した次世代の「充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイス」による新たな提供体験の実現に向けた,デバイス搭載技術への取組みについて解説した.

    今後は、充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスの実現に向け,技術の高度化やデバイスの提供体験の追求を図っていきたい.

  • 文献

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    • [1] B. H. Schmitt(嶋村和恵, 広瀬盛一 訳):“経験価値マーケティング,”ダイヤモンド社, 2000.
    • [2] 長沢 伸也,大津 真一:“経験価値モジュール(SEM)の再考,”早稲田国際経営研究, Mar. 2010.
    • [3] C. G. Jung(林道義 訳):“タイプ論,”みすず書房, 1987.
    • [4] 大津 真一,長沢 伸也:“消費者の行動経験による差異化戦略,”早稲田国際経営研究, Mar. 2011.
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