特別寄稿

電気の「気」の理解の道半ば

大坊 真洋(だいぼう まさひろ)さん
岩手大学 理工学部 システム創成工学科 電気電子通信コース 教授

子どものときに体験したことや,学生時代に読んだ本に,大きな影響を受けていると思う.私は岩手県の農村部で生まれたが,毎月,小学校に学研の「科学」という月刊誌の販売員が来て,卓球台の上に並べられた付録を受け取るのが何よりも楽しみだった.付録は,一見オモチャのようではあるが,それらは見たことも聞いたこともない科学の世界に連れて行ってくれるものばかりであった.毎月,その日は好奇心でワクワクしたものである.

「科学」の付録の中で,説明書を何度読んでも,納得できないものが1つだけあった.それは風を受けたプロペラにより回転する永久磁石と,その近くにアルミ板を置いた構造の風力計である.このアルミ板には重りが付いており,ある角度まで引きずられて回転するが,重りと力が釣り合うところで止まるようにできていた.強い風が吹くまで屋根に登って待ってみたり,中身をもう一度分解してみたり,砂をつけてみたり,ずいぶん遊んだが,どうしても理屈が理解できなかった.通常ではアルミ板は磁石には全くくっつかないのに,磁石が回転しだすと何故か引っ張られるのである.

「科学」の本文では,フレミングの法則を,親指,人差し指,中指の3本の指を使った絵による,小学生向けにわかりやすく丁寧な説明があったに違いないが,電流と磁場に対して直角の方向になぜ力が発生するのか,そもそもなぜ電流が発生するのか,とにかくこれだけは合点がいかなかった.その後,さまざまな先生に教えてもらって分かった気になって,そのまま大人になった(しかし40歳を過ぎてからまた磁場が分からなくなり,後述のベクトルポテンシャルに手を出すことになる).

小学生の頃,家に赤と青の色が塗られた馬蹄形の磁石があった.鉄にはかなり強い力でくっつくのであるが,磁石と鉄板の間に少しだけ隙間が空くように押さえておいて,その隙間に指を入れたときの驚きは今でも鮮明に覚えている.こんなに力がかかっているのに,入れた指には何も感じないし,引っ張られる力も変わらないのだから.この隙間には何があるのだろうかと.

これらのような初期の体験が,その後もずっと科学に興味をもち続けている基盤になったのではと思う.私は産官学と渡り歩いてきており,その岐路や選択肢において,迷いや不安があったが,科学の道で生きたいというベクトルだけは揃っていた.科学への深い興味が気持ちの奥底にずっとあったが故に,今思えば見えざる手で導いてもらえたのだと思う.

中学生の頃,今となっては詳細までは定かではないが,何かの科学雑誌で外村 彰博士の電子線ホログラフィーの研究が紹介された記事を読んだ.その記事では,磁場がないところでも,電子は影響を受けるというアハラノフ・ボーム効果が解説されていた.もちろん,当時はチンプンカンプンであったが,なにかとてつもない世界があることを感じることができた.

大学に入って,電気工学を学び,研究室に配属されてからは,学部で超伝導,大学院マスターコースでは半導体センサの研究を行った.大学院を修了後,半導体の企業に入社した.LSI(Large Scale Integration)回路の設計に携わったが,その間シリコンバレーに派遣させてもらいスタンフォード大卒のドクターから指南を受けた.その後,岩手県工業技術センターに移ったが,幸運なことに隣に超伝導工学研究所が誘致されて,産学官の超伝導応用に関するプロジェクトが岩手大学と始まり,それに私も参加した.そこでは,超伝導量子干渉素子(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device)とレーザーを組み合わせた半導体検査用のレーザーSQUID顕微鏡を開発した.量子を原理とするセンサに触れる喜びと,桁違いの磁気感度に感動した.

その後,岩手大学に採用され現在に至るが,これまで,計算機ホログラフィー,ランダムゼロ屈折率媒体中での電磁波伝搬,光ポンピング原子磁力計の研究を行ってきた.10年程前からはベクトルポテンシャルコイル[1]~[4]の研究を始めて,ベクトルポテンシャルを医療機器などで利用できないかと最近は躍起になっている.

ベクトルポテンシャルとは,磁場や電場の元となっている物理量である.電流密度Jを流すと周りに磁界の強さHが発生する(∇×H=J)が,ベクトルポテンシャルAと磁束密度Bの間には∇×A=Bの式が成り立つのだから,類似性から,磁束密度Bがあれば,その周りにはベクトルポテンシャルAが回転していることになる(×は回転の意味).

つまり,コイルに電流を通すことで磁場を発生させるように,コイル状に磁束を通すことで,中心に強いベクトルポテンシャルAが発生できるはずである.普通のコイルが導線をループ状に巻くのに対して,磁束を通すベクトルポテンシャルコイルというのは,ピアノの弦のような細いソレノイドコイルをさらにループ状に巻いた,二重入れ子になった構造(図1)であり,これにより磁束がコイル状に通るのである.

図1 ベクトルポテンシャルコイル

外積*1は結果を表現するときには極めて有効であるが,その内部に根源的な物理的作用が働いていないか考えることは有益である.例えば,翼の揚力,向かい風のヨットの推力,野球の変化球,台風の進路など身近なものにも回転と進行が同時にあるものがある.

いわゆるコマのようなものである.コマの軸を実態のあるものと考えると外積で表現できるが,回転による風と,全体が進行することによる風の向きが,同じ向きか,反対向きかが重要であり軸の方が仮想的である.

いまさら,エーテルの風*2を信じるわけではないが,磁場も電場も無いところに,理由は分からないがとにかく遠隔作用が働くと言われても,やはりスッキリできないのである.そうすると,どうしてもベクトルポテンシャルが気になるのである.

私はベクトルポテンシャルコイルを作成し,その内部の空間にベクトルポテンシャルを発生させてさまざまな実験を試みている.ベクトルポテンシャルを時間変化させたときの電場E =-∂A/∂tは,電位勾配*3とは異なり,コイルと対象物の間に何があってもシールドされずに対象物に発生するのである.

ベクトルポテンシャルは,量子計算機の制御にも使えるだろうし,マクロ領域でも電場を印加する非破壊検査,健康医療機器などのさまざまな応用に使えるかもしれない.今後の展開を期待しているところである.

さて,私は現在,ドコモの鈴木 恭宜博士と,電波ホログラフィーによる通信方式の共同研究をしている.その方法は,非常に多数(1~10万個)のアンテナをスタジアムや人が集まる広場に設置し,干渉を積極的に制御して任意のパターンに電界領域を形成して,その形成されたパターンの中で,変調された信号により通信を行うものである.

少し先の未来を見通すと,大量の無人ドローンや乗用ドローンが比較的低空を飛び交うことが予想される.このため,インフラとして3次元的に電波の道をつくる必要がある.地上から空中に向けて,大量のアンテナを電波ホログラフィーが発現するように制御すれば,そのような電波の道を実現できる.高さの異なる電波の道を飛んでいるドローン,上空を飛ぶ飛行機,そして人工衛星には,デフォーカスした電波しか届かない.さらにホログラフィーの冗長性や,位相共役波*4,時間反転波*5を使えば,途中の経路に擾乱要素があっても信号が劣化しにくくなり,誤り訂正前の物理レイヤにおいて本質的な通信品質の改善が見込めるであろう.

キャリアレベルでの同期ができるようになると,時空間演算が可能になるかもしれない.例えば,複数のアンテナに対する伝搬時間差を使った時空間誤り訂正が組み込まれた通信もできるかもしれない.

干渉の面白いところは,個々のアンテナからだとエネルギーが到達しているのに,複数の波が重ね合わされることで,もともとそこに来るはずだったエネルギーが別の場所に移ることである.電界強度がゼロの場所にいる人は,もともと何も電波が到来していない本当のゼロなのか,あるいは電波が来ていたが打ち消し合ってゼロになってしまったのかは分からない.

最近研究をしているベクトルポテンシャルコイルと電波ホログラフィー通信について紹介させていただいた.電気に「気」という漢字を使った先人たちの洞察力には敬服する.私は電気の「気」が何なのかをもっと知ってみたく,実感もしてみたいと思っている.

  1. 外積:2つのベクトル間の演算の1つ.外積の演算結果は,元の2つのベクトルが張る面に垂直な方向となる.フレミングの法則,ローレンツ力など電磁気の法則が外積を使って説明される.
  2. エーテルの風:かつて,光を伝搬させる何らかの媒体が宇宙空間に満たされていると考えられ,その媒体がエーテルと呼ばれていた.地球の進行方向と直角方向ではエーテルに対して速度差(エーテルの風)があるから,干渉磁場に変化が現れるとマイケルソンとモーリーが予想して干渉計を作成した.しかし実験結果には,速度差による変化が現れなかった.この結果が元になって,後のアインシュタインの特殊相対性理論へと繋がった.なお,マイケルソンは,当初の期待した実験結果でなかったにもかかわらず,この功績により1907年にノーベル物理学賞を受賞している.
  3. 電位勾配:電位の分布の空間微分であり,電界や電場とも呼ばれる.電位を標高に置き換えると,登り坂や下り坂の傾きに相当する.
  4. 位相共役波:振動波形は複素平面を回転するベクトルで表現でき,複素数の指数関数で表示される.ここで虚数部の符号を反転させたものが共役波となる.共役波は逆伝搬する波と同等となる.
  5. 時間反転波:受信した波形をメモリーに記録し,記録したときと時間の順番を逆転して再放射したときの波.この放射により元の電波が放射された場所に逆伝搬して戻る.途中経路に散乱があっても,経路の伝搬特性の時間変化が電磁波の伝搬時間に比べて十分低速ならば,上手く波形が復元できる.
  • 参考文献

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    • [1] M. Daibo, S. Oshima, Y. Sasaki and K. Sugiyama:“Vector Potential Coil and Transformer,”in IEEE Transactions on Magnetics, Vol.51, No.11, pp.1-4, Nov. 2015(Art no. 1000604, doi: 10.1109/TMAG.2015.2436439).
    • [2] M. Daibo, S. Oshima, Y. Sasaki and K. Sugiyama:“Vector-Potential Transformer With a Superconducting Secondary Coil and Superconducting Magnetic Shield,”in IEEE Transactions on Applied Superconductivity, Vol.26, No.3, pp.1-4, Apr. 2016(Art no. 0500904, doi: 10.1109/TASC.2016.2535139).
    • [3] Y. Shoji and M. Daibo:“Differential behavior of magnetic field and magnetic vector potential in an optically pumped Rb atomic magnetometer,”AIP Advances 1 13 (2), 025127, Feb. 2023.
      https://doi.org/10.1063/5.0130481別ウインドウが開きます
    • [4] M. Daibo:“Vector Potential Coupling From Outside the Loop Through the Superconducting Shield,”in IEEE Transactions on Applied Superconductivity, Vol.33, No.5, pp.1-5, Aug. 2023(Art no. 5500505, doi: 10.1109/TASC.2023.3258371).

Profile
1988年東北学院大学工学部卒業.1990年同大学大学院博士課程前期課程修了.1990年新日本無線株式会社入社.1992年米国Raytheon社へ出向.1994年岩手県工業技術センター.1996年岩手大学大学院博士後期課程入学.1999年博士(工学).2002年岩手大学講師,2005年助教授,2007年准教授,2023年教授,現在に至る.専門は電子計測,応用光学.

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