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5G Evolution & 6G特集(1) —6Gに向けた100GHz超帯無線システム伝送技術の研究—
6G向け100 Gbps超を達成する超高周波数帯無線装置技術

6G サブテラヘルツ帯 無線装置技術

福田 敦史(ふくだ あつし)
青木 すみれ(あおき すみれ) 鈴木 恭宜(すずき やすのり)

6Gネットワークイノベーション部

山本 大斗(やまもと ひろと) 濱田 裕史(はまだ ひろし)
日本電信電話株式会社

あらまし
将来の6Gの実用化に向けた研究開発が全世界で行われている.6Gで期待される100Gbps超の超高速伝送を達成するため,100GHz超の超高周波数帯(Sub-THz帯)を用いた超広帯域無線システムを具現化する必要がある.しかし,数GHz以上の超広帯域信号をSub-THz帯で無線伝送するためには,無線装置の不完全性による無線伝送性能の劣化を補償する技術が必要である.ドコモでは劣化補償にかかわる要素技術である周波数特性補償技術と非線形特性補償技術の研究開発を行っており,本稿ではそれらの技術について解説する.

01. まえがき

  • 第6世代移動通信システム(6G)に関する検討が始まっている.ドコモ ...

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    第6世代移動通信システム(6G)に関する検討が始まっている.ドコモでは,6Gに期待されるさまざまなユースケースや,図1に示すような目標性能,技術要素といった技術コンセプトをまとめた「6Gホワイトペーパー」を発表している[1].そこでは,100Gbps超の超高速通信や,第5世代移動通信システム(5G)のシステム容量(単位面積当りでの通信速度の総量)の100倍を超える超大容量通信の必要性が示されている.そのような通信の提供により,これまでの見る・聞く・話すといった視覚・聴覚に基づく情報伝送にとどまらず,五感に基づく情報,さらには,その場の雰囲気や安心感などをも伝える多感情報の伝送が期待されている.

    このような超高速通信・超大容量通信を達成するには,伝送信号の周波数帯域幅の拡大が有効な手段と考えられている.

    一方で,携帯電話で使用されている主に6GHz以下の周波数では,新たに使用可能な十分広い周波数帯域が存在しない[2].そこで5Gではミリ波帯の一部帯域が着目され,日本では28GHz帯が利用された.そして,6Gでは5Gと比較してさらに超高速通信,超大容量通信を達成するため,さらに高い周波数帯であるサブテラヘルツ(Sub-THz)帯と呼ばれる100~300GHzの超高周波数帯が着目され,この帯域の利用に関する研究が世界中で進められている[3].

    このような背景から,総務省が主体となりSub-THz帯の移動通信システムへの利用に向けた研究開発プロジェクトが開始された.ドコモはこのプロジェクトに参画し,特にSub-THz帯における無線システム構成技術に関する研究を担当している[4].この研究では,100GHz超帯にてスループット*1100Gbpsおよび伝送距離100mを可能にする無線システム構成技術を明らかにすることを目標としている.

    システムを構成する無線装置の課題の1つは,伝送信号の高周波数化および周波数帯域幅の拡大に伴い,装置の不完全性(理想的な装置性能から差分が生じること)による著しい伝送品質の劣化である.この課題に対しては,これまでも多様な技術を用いて装置の不完全性への対策が行われることで対応してきた.しかし6Gにおいては,事前検討の段階で従来技術の単なる適用では要求される性能を達成することが難しく,新たな技術開発が必要となることが分かった.そこでドコモでは,伝送速度100Gbps超の達成に向けたSub-THz帯を用いる超広帯域*2な無線装置における不完全性補償技術について研究を行っている.本稿では,不完全性補償技術の確立に向けた主要な取組みとして位置付けている周波数特性*3補償技術と,非線形特性補償技術について解説する.

    なお,本研究は総務省からの委託を受けて実施した「電波資源拡大のための研究(JP000254)」の成果の一部が含まれている.

    図1 6Gの技術的要求条件
    1. スループット:単位時間当りに,誤りなく伝送される実効的なデータ量.
    2. 超広帯域:100MHz以上の帯域幅のこと.日本では,28GHz帯において400MHzの帯域幅が5G無線通信用に割り当てられた.
    3. 周波数特性:電力に関して周波数ごとの入力と出力の振幅の比を示したもの.

02. Sub-THz帯無線装置における不完全性補償技術

  • 2.1 周波数特性補償技術

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    (1)周波数スペクトルに生じる非平坦性の課題

    100Gbpsを超える通信の超高速・超大容量化のため,伝送信号の周波数帯域幅の拡大は有効な手段である.下記に示す通信容量に関するシャノンの定理によれば,周波数帯域幅に比例して,達成可能な通信容量が大きくなることが示されている.

    (1)「シャノンの定理」

    ここで,Cは通信容量(bps),Bは周波数帯域幅(Hz),Sは信号レベル,Nは雑音レベルである.

    一般に,伝送信号は周波数スペクトル*4をもち,無線装置には周波数特性があるため,伝送信号の周波数スペクトルは無線装置の周波数特性の影響を受ける.その結果,伝送信号の周波数スペクトルには非平坦性*5が発生する.この非平坦性により伝送信号に品質劣化が生じる.

    また,広帯域化によっても非平坦性が大きくなるため伝送信号の品質劣化もさらに大きくなる.広帯域化により非平坦性が発生する一例として,市販されているD帯(110~170GHz帯)増幅器*6の利得の周波数特性を図2に示す.図2によれば,155GHzを中心とした400MHz帯域幅の信号が入力された際に得られる利得の非平坦性は0.7dB程度であるのに対し,8GHz帯域幅の信号では2dB程度と非平坦性は大きくなっている.加えて無線装置は増幅器,フィルタ,ミキサなど多数のコンポーネントで構成されているので,無線装置の周波数特性は各コンポーネントの周波数特性が重畳されたものとなる.このため,信号帯域内の非平坦性は増幅器単体での非平坦性より大きくなる可能性がある.従って,無線装置の周波数特性を広帯域にわたって平坦化する周波数特性補償技術が必要となる.

    図2 D帯増幅器の利得の周波数特性

    (2)本提案手法

    周波数特性補償技術はさまざまな方法があるが,本研究では送信装置を対象とし,送信装置の周波数特性をあらかじめ測定しておき,その逆特性を伝送信号の周波数スペクトルに与えて送信装置に入力する方法を提案している[5].図3で提案法について具体的に解説する.従来の送信装置では伝送信号が送信装置に入力され,送信装置の周波数特性により非平坦な周波数スペクトルをもった伝送信号がアンテナから送信される.このとき,送信信号点*7は送信装置の周波数特性の影響で信号点間が識別し難く,品質の劣化(伝送誤り)が生じている(図3(a)).一方,提案送信装置では,あらかじめ送信装置の周波数逆特性を伝送信号に与えておくことで,送信装置の周波数特性によりアンテナからの送信信号特性が元の伝送信号の特性に戻り,信号点間が識別し易く,品質の劣化(伝送誤り)が生じなくなる(図3(b)).

    図3 周波数特性を平坦化する方法

    (3)本提案装置を用いた実験による測定結果

    伝送信号の帯域幅を2.4,4.8,7.2,9.6GHz,変調方式を64QAM(Quadrature Amplitude Modulation)*8とした150GHz帯送信装置に対して提案周波数特性補償を行った場合の性能を実験により評価した.帯域幅9.6GHzの信号における,従来送信装置と提案送信装置のアンテナから放射される送信信号の周波数スペクトルと送信信号点配置の測定結果を図4に示す.提案送信装置では,送信信号の周波数スペクトルは平坦となり,各信号点間が識別できる状態(伝送誤りが無い状態)となっている.

    図4 周波数スペクトルと信号点配置図

    提案送信装置により伝送信号の品質が改善されるかを確認するため,信号の品質を定量化する変調精度(EVM: Error Vector Magnitude)*9という指標を用いて評価した.従来送信装置と提案送信装置における信号帯域幅でのEVMの2乗平均平方根(RMS:Root Mean Square)*10値(EVMRMS)の測定結果を図5に示す.EVMRMSは以下の式で求められる.

    (2)「EVMの2乗平均平方根」

    ここで,Nはシンボル*11数,Mは信号点数,SidealSmeasは理想的な信号点位置と測定された信号点位置を示す.提案送信装置では,送信装置の周波数特性による伝送信号の周波数スペクトルの非平坦性を補償することでEVMRMSが改善することを確認した.また,提案送信装置では,最も伝送信号の帯域幅が広い9.6GHzにおいて従来送信装置のEVMよりも12.2dB改善できるなど,伝送信号の帯域幅が広くなるほど高い改善効果があることを確認した.

    図5 従来および提案送信装置での送信信号のEVMRMS

    2.2非線形特性補償技術

    (1)非線形特性による伝送信号品質劣化の課題

    Sub-THz帯無線装置実現に向けた別の課題として,送信装置の構成部品の非線形特性による伝送信号の品質劣化がある.非線形特性とは,構成部品に入力される(構成部品から出力される)電力量に対して,本来は一定であることが望ましい部品の性能(利得など)が変化する特性のことを指す.これにより,変調信号の波形が劣化して受信機で十分に検波できなくなる問題や,通信に用いられる信号帯域の外への不要輻射*12(隣接チャネル漏洩電力(ACP:Adjacent Channel Leakage Power)*13など)の問題が生じる.一般に,Sub-THz帯では低周波数帯に比べて構成部品の線形性が低いため,非線形特性が大きくなりやすいと考えられる.

    増幅器の入出力特性(入力電力に対する出力電力の特性)と電力効率との関係を図6に示す.入力電力が小さいうちの出力電力は入力電力に比例して大きくなるが,入力電力が大きくなると増幅器の非線形特性が顕著に現れ,徐々に出力電力の増加は鈍化し,やがて飽和してしまう.

    増幅器の線形性の指標として,増幅器の出力が理想的な出力から1dB低下する出力電力値(OP1dB(Output 1dB compression point))があり,OP1dBが高いほど増幅器としては理想的な特性をもっているといえる.

    OP1dBや飽和出力(Psat)付近で増幅器を使用すると,増幅器に入力された信号は大きく歪んでしまうため,通常,図6のように,OP1dBよりもバックオフ分だけ低い電力量で増幅器を動作させる.ところが,図6から分かるように,バックオフを大きく取るほど電力効率が低下してしまい,消費電力の低い送信装置の実現が難しくなる.

    図6 増幅器の入出力特性と電力効率

    (2)リニアライザによる非線形特性の補償

    今回,代表的な構成部品である増幅器の非線形特性を補償する回路としてリニアライザ*14を検討した.リニアライザは,図7に示すように増幅器の前段に配置され,増幅器の非線形特性を補償する素子である.これによりリニアライザと増幅器からなる複合素子としての線形性が向上し,OP1dBの向上やバックオフ量の低減を図ることができる.

    図7 リニアライザ適用によるACPおよびSNRの改善

    今回検討した100GHz帯のリニアライザと増幅器の回路図を図8に示す.回路設計に用いられるトランジスタとして,高周波特性に優れるリン化インジウムヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP-HBT:Indium Phosphide-Heterojunction Bipolar Transistor)*15を用いた.多段増幅器の設計利得は100GHz帯で20dB,OP1dBは-0.4dBmである.リニアライザは増幅器の非線形特性と逆の非線形特性を有するダイオード*16を用いて増幅器の非線形特性を抑圧する方式とし,図8に示すようにInP-HBTのベース*17・エミッタ*18間のダイオードを用いて構成した.増幅器単体およびリニアライザ付増幅器のOP1dBのシミュレーション結果を図9に示す.リニアライザを使用することで95~109GHzにおいてOP1dBが向上することが分かり,Sub-THz帯におけるリニアライザの有効性を確認した.Sub-THz帯におけるリニアライザの検討例は少なく,本件は国際会議APCC(Asia-Pacific Conference on Communications)2022に採択され,Best Paper Awardを受賞した[6].

    図8 提案する100GHz帯InP-HBTリニアライザと増幅器 図9 設計したリニアライザを用いることによるOP1dBの向上
    1. 周波数スペクトル:周波数と各周波数における電力の関係性を示したもの.
    2. 非平坦性:一定の周波数帯域内で変動があること.
    3. 増幅器:信号を増幅させる回路のことを指す.
    4. 送信信号点:送信信号を実軸,虚軸上の1点で表したもの.
    5. 64QAM:デジタル変調方式の1つ.位相と振幅の異なる64通りの組合せに対してそれぞれ1つの値を割り当てることにより,同時に6bitの情報を送信可能な変調方式.
    6. 変調精度(EVM):通信品質を示す指標であり,本来の信号点からの誤差の大きさを示したもの.
    7. 2乗平均平方根(RMS):統計用語であり,本稿では電気信号の大きさを表す指標.
    8. シンボル:本稿では,伝送するデータの最小単位で,例えばQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)の場合,1シンボル当り2bitの情報をもつ.
    9. 不要輻射:通信に不必要な電波を放射すること.
    10. 隣接チャネル漏洩電力(ACP):回路などの非線形特性により信号帯域に隣接した位置に放射される電力.
    11. リニアライザ:デバイスで発生した非線形特性を線形化する機能部.
    12. リン化インジウムヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP-HBT):ヘテロ接合バイポーラトランジスタの中で,基板にInPを用いているもの.
    13. ダイオード:電流を一方向に流す作用(整流作用)を有する電子デバイス.
    14. ベース:バイポーラトランジスタが有する3つの端子(エミッタ,ベース,コレクタ)のうちの1つで,エミッタ・コレクタ間に流れる電流を制御する役割をもつ.
    15. エミッタ:バイポーラトランジスタが有する3つの端子(エミッタ,ベース,コレクタ)のうちの1つで,増幅動作に必要となる電子をトランジスタに供給する役割をもつ.

03. あとがき

  • 本稿では,Sub-THz帯無線通信実現に向け, ...

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    本稿では,Sub-THz帯無線通信実現に向け,超広帯域伝送用無線装置の不完全性補償技術に対する主要な取組みとして,周波数特性補償技術と非線形特性補償技術について解説した.今後はこれらの技術の送信機への実装を検討していく予定である.

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