Special Articles

5G Evolution & 6G特集(1) —6Gに向けた100GHz超帯無線システム伝送技術の研究—
6Gに向けたサブテラヘルツ帯伝搬シミュレーションと実験

電波伝搬 6G サブテラヘルツ帯

須山 聡(すやま さとし) 北尾 光司郎(きたお こうしろう)
富永 貴大(とみえ たかひろ)

6Gネットワークイノベーション部
中村 光貴(なかむら みつき)
日本電信電話株式会社

あらまし
移動通信システムで安定的かつ効率的に無線通信を行うためには,電波伝搬への理解が重要である.本稿では,6G無線ネットワーク技術の要求条件の1つである100Gbpsを超える高速通信の実現にあたって利用が想定されるサブテラヘルツ帯(100~300GHz)とその電波伝搬特性について解説する.そして,サブテラヘルツ帯の電波伝搬特性解明に向けたドコモの取組みの1つであるシミュレーションと実験による検討を紹介するとともに,今後の技術検討の方向性について述べる.

01. まえがき

  • 移動通信システムでは基地局から端末までの無線通信を電波により行っており, ...

    開く

    移動通信システムでは基地局から端末までの無線通信を電波により行っており,安定的かつ効率的に無線通信を行うためには電波伝搬への理解が重要である.電波伝搬の研究における目的には,基地局などの通信設備を設置した場合に,どこまでのエリアをカバーできるか推定可能にするというものがある.これは,基地局から電波を送信すると距離に応じて電波の強度(端末側での受信レベル)が低下するため,この低下する程度(伝搬損失*1)を数式などのチャネルモデル*2で評価可能にするというものである.基地局の設置や撤去には多大なコストがかかるため,移動通信システムにおいて電波伝搬の研究は重要である.

    電波伝搬の研究手法にはレイトレーシング(RT:Ray Tracing)法*3などのシミュレーションによる方法や,測定機器を用いて電波の振舞いを測定する実験による方法がある.シミュレーションによる方法は測定機器が不要なものの推定精度の検証が必要で,RT法などの手法は計算に長時間を要するという課題がある.一方,実験による方法は測定機器が必要であり,実験に手間や時間がかかるものの,所定の環境における精度の高いデータを取得できるという特徴がある.そのため,電波伝搬の研究ではどちらか片方だけでなくシミュレーションと実験の両方で検討を進めることが重要である.

    本稿では,第6世代移動通信システム(6G)の要求条件や標準化スケジュール,6Gの実現に向けてサブテラヘルツ帯*4(100~300GHz)を用いて行った,RT法によるシミュレーション結果や,実験による測定結果について解説する.

    1. 伝搬損失:送信局から放射された電波の電力が受信点に到達するまでに減衰する量.
    2. チャネルモデル:無線通信システムの性能評価を行うために用いられる電波の振舞いを模擬したモデル.
    3. レイトレーシング(RT)法:電波を光とみなして追跡することにより伝搬特性をシミュレーションする方法.
    4. サブテラヘルツ帯:テラヘルツ(1,000GHz=1THz)より低い周波数帯.本稿では,100~300GHzまでの周波数帯を指す.

02. 6Gとサブテラヘルツ帯

  • 端末における無線トラフィックは年々増加しており,移動通信システムに求められる ...

    開く

    端末における無線トラフィックは年々増加しており,移動通信システムに求められる通信容量も増大している.2020年に商用サービスが始まった第5世代移動通信システム(5G)の,さらに次の世代のシステムである6Gでは,100Gbpsを超える通信を無線ネットワーク技術の要求条件としている[1].このような通信を実現するためには,サブテラヘルツ帯を含むさまざまな周波数帯の活用が必要と考えられる.

    移動通信システムにおける無線関連のシステムは,商用サービス開始前に国際連合の専門機関の1つである国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)の無線通信部門(ITU-R:ITU- Radiocommunication Sector)で,国際的な標準化について議論が進められている.2022年6月に,6Gに関する標準化スケジュールが,ITU-Rの作業部会の1つであるWP(Working Party)5Dにて合意された[2].そこでは,要求条件策定完了が2026年,提案受付締切が2028年ごろ,ITU-R勧告完成が2030年中頃とされている.標準化プロジェクトである3GPP(3rd Generation Partnership Project)で策定された技術仕様がITU-Rに提案されるため,6Gのチャネルモデルについては,2024年ごろから3GPPで本格的な標準化議論が開始される見込みである.

03. サブテラヘルツ帯の電波伝搬特性

  • サブテラヘルツ帯で解明・モデル化が必要な電波伝搬特性*5を ...

    開く

    サブテラヘルツ帯で解明・モデル化が必要な電波伝搬特性*5図1に示す.サブテラヘルツ帯は,5Gで使用されている28GHz帯などと比べて周波数が高く,伝搬損失が増大するだけでなく,壁面の散乱や遮蔽による影響が大きくなると考えられる.そのため,サブテラヘルツ帯の電波を利用するにあたり,伝搬損失などの電波伝搬特性を検討する必要がある.

    実験では,人体などの遮蔽による損失は低周波数帯と比べ,サブテラヘルツ帯の方が大きいことが報告されている[3].つまり,遮蔽物が多い環境でサブテラヘルツ帯の電波を使用すると,遮蔽による大きな減衰が予想される.しかし,直接波が遮蔽により大きく減衰しても,反射波が十分な強度で端末に届けば,電波の遮蔽状況に応じて直接波と反射波を切り替えることで,遮蔽物が多い環境でもサブテラヘルツ帯の利用が可能になると考えられる.そこで,ドコモでは,サブテラヘルツ帯の直接波や反射波についてシミュレーションや実験を行い,活用方法について検討を進めている[4]~[6].

    図1 サブテラヘルツ帯で解明・モデル化が必要な電波伝搬特性

    3.1 シミュレーションによる電波伝搬特性の検討

    最初に,サブテラヘルツ帯である300GHzにおいて,直接波および直接波を遮蔽したときの反射波についてRT法でシミュレーションした結果を紹介する.図2がシミュレーション環境,表1がシミュレーション諸元,図3がシミュレーション条件と結果,図4がシミュレーション結果を伝搬損失の距離特性としたものである[4].

    図2 シミュレーション環境 TxとRx配置 表1 シミュレーション諸元
    図3 シミュレーション条件と結果 図4 シミュレーション結果(伝搬損失の距離特性)

    図2に示すとおり,シミュレーション対象は,幅120m,奥行き50m,高さ3mのコンクリートに囲まれた空間である.送信(Tx:Transmitter)アンテナを天井と同じ高さ3m,各壁面からそれぞれ10mかつ110m,15mかつ35mの地点に配置した.次に,受信(Rx:Receiver)アンテナを高さ1mで,最も近い壁面から1m離れた地点を基準に,壁面に対して並行または直角方向に0.5m間隔で配置した.表1に示すとおり,壁面や天井,人体などでの最大反射回数3回,回折回数1回でシミュレーションを行った.図3に示すとおり,直接波の遮蔽と反射波の効果を評価するため,異なる条件でシミュレーションを行った.

    図3左側のカラーマップと図4に示すとおり,送受信アンテナ間の距離が20m以上では,遮蔽されていない直接波と,人体で遮蔽された後にさらに人体で回折して到来した電波(図中の回折波)で,遮蔽による損失とみられる約40dB以上の差が確認できる.一方,距離が60m以上では,遮蔽されていない直接波と遮蔽されていない反射波で,最大でも10dB程度しか差がないことが分かる.このため,本シミュレーション上では,遠方において反射波を活用することで,直接波が遮蔽されたときでも通信ができる可能性が示された.

    3.2 実験による電波伝搬特性の検討

    次に,サブテラヘルツ帯である160GHzと300GHzの2周波数を用いて,屋内環境でマルチパス*6の伝搬損失と到来波を測定した結果を紹介する.図5が測定環境の模式図,表2が測定諸元,図6が受信側の指向性*7アンテナ方向を水平と垂直に変化させたときの伝搬損失を測定した結果と,測定地点でのパノラマ写真を透過合成したものである[5].

    図5に示すとおり,測定環境は四方を壁とガラス窓に囲まれた空間である.部屋の大きさは約12m四方で,天井の高さは約3.6m,部屋の中心を囲むように机と椅子が配置されている.机の高さは約70cm,椅子の高さは約83cmである.表2に示すとおり,測定では,中心周波数*8が160GHzと300GHzのCW(Continuous Wave)信号*9を使用した.指向性アンテナとして,Txアンテナに半値角*10約10°のホーンアンテナ*11を,Rxアンテナに半値角約1°のカセグレンアンテナ*12を用いた.Txアンテナを壁から1m,高さ3mの地点に配置し,Rxアンテナを部屋の中央かつ,高さ1mの地点に配置し測定した.Txアンテナの指向性方向は,水平角度を図5の0°から90°まで10°刻みで,各水平角度での仰角方向を-30°から30°まで10°刻みで測定した.Rxアンテナは,水平方向に360°回転させ,Txアンテナの上記各々の方向に対して,仰角方向を-12°から30°まで3°刻みに変えて測定した.測定により取得した受信レベルと,測定に使用した送信機器の送信電力と送受信アンテナ利得*13により伝搬損失を算出した.

    図5 測定環境の模式図
    表2 測定諸元 図6 測定結果とパノラマ写真の透過合成図

    図6のとおり,横軸が受信側カセグレンアンテナの水平方向,縦軸が垂直方向,色が各方向での伝搬損失を示す.Txアンテナ方向を示すTxとして丸く囲った方向の伝搬損失は周囲と比べて著しく低く,その方向から電波が到来していることが確認できる.加えて,A1からA4として丸く囲った方向の伝搬損失も周囲と比べて低く,160GHzと300GHzそれぞれでその方向から反射波とみられる電波が到来していることが分かる.反射波の伝搬損失は,直接波の伝搬損失と比べて20dB程度大きい.本結果から,この測定環境では,直接波が利用できなくとも,20dB程度伝搬損失の大きい反射波であれば到来することが分かる.

    以上より,6Gにおいてサブテラヘルツ帯を利用するためには,反射波を有効活用するために反射損失を抑える反射板や,伝搬損失による影響を低減する高利得のアンテナなどを活用することが重要であると考えられる.

    1. 電波伝搬特性:伝搬損失,電力遅延プロファイル,角度プロファイルなどの特性を指す.
    2. マルチパス:送信局から受信局への電波の伝搬路(パス)が複数ある状態.
    3. 指向性:アンテナの放射特性の1つで,アンテナの電波放射方向とその方向における放射強度との関係を示す指標.
    4. 中心周波数:あるバンドにおける通信帯域の中心となる周波数.
    5. CW信号:連続波信号.本稿では,狭帯域かつ周波数や振幅が一定の信号を指す.
    6. 半値角:アンテナから放射されている電力がその最大値から半分になるまでの角度範囲.指向性の鋭さを表す.
    7. ホーンアンテナ:角錐・円錐の形状をもち,特定の方向へ強い電波を放射するアンテナ.
    8. カセグレンアンテナ:主反射器としてパラボラアンテナと同じお椀型の形状をもち,放射方向と主反射器の間に副反射器が配置されているアンテナ.特定の方向へ強い電波を放射するアンテナ.
    9. アンテナ利得:アンテナの放射特性の1つで,アンテナの最大放射方向の放射強度が基準アンテナの何倍あるかを示す指標.

04. あとがき

  • 本稿では,次世代移動通信システムである6Gの背景,要求条件の一例, ...

    開く

    本稿では,次世代移動通信システムである6Gの背景,要求条件の一例,今後の標準化スケジュールを解説し,移動通信システムにおける電波伝搬研究の重要性について述べた.また,6G実現に向けたドコモの電波伝搬特性解明の取組みとして,サブテラヘルツ帯のシミュレーションと実験による検討の一部を解説した.今後,6Gに向けてユースケースを想定した環境について検討を進めるとともに,サブテラヘルツ帯で影響が大きくなるとされる散乱や遮蔽についても検討を進めていく.

  • 文献

    開く

    • [2] ITU-R WP5D:“Attachment 2.12 to Chapter 2 of Document 5D/1361 (Meeting report WP 5D #41,”Jun. 2022.
    • [3] M. Inomata, W. Yamada, N. Kuno, M. Sasaki, K. Kitao, M. Nakamura, H. Ishikawa and Y. Oda:“Terahertz Propagation Characteristics for 6G Mobile Communication Systems,”2021 15th European Conf. Ant. Prop. (EuCAP2021), Mar. 2021.
    • [4] 中村 光貴,須山 聡,北尾 光司郎,富永 貴大,小田 恭弘:“屋内環境シミュレーションによる300GHz帯反射波の効果,”信学総大,B-1-23,Mar. 2022.
    • [5] 中村 光貴,須山 聡,北尾 光司郎,富永 貴大,猪又 稔,山田 渉,久野 伸晃,佐々木 元晴:“屋内環境における160 GHz帯および300 GHz帯マルチパス波の測定,”信学技報,Vol.122,No.135,AP2022-62,pp.156-161,Jul. 2022.
    • [6] 中村 光貴,須山 聡,北尾 光司郎,富永 貴大,猪又 稔,山田 渉,久野 伸晃,佐々木 元晴:“オフィス環境における28 GHz帯から300 GHz帯までのマルチパス波の測定,”信学技報,Vol.122,No.339,AP2022-188,pp.62-67,Jan. 2023.
このページのトップへ