Technology Reports

子どもの探究学習を支える新デバイスの試作開発

小型デバイス 探究学習 感情推定

横野 脩也(よこの なおや)  亀山 博紀(かめやま ひろき)
山口 梨咲(やまぐち りさ)  小沢 耕平(おざわ こうへい)

プロダクト部
† 現在,サービスイノベーション部

あらまし
Society 5.0時代の到来に向けて,将来を担う子どもが主体的に学びに向かう力,自ら課題を見つけ探究する力(探究学習力)を育むことが求められている.このような背景のもと,会話や写真撮影体験を通し,探究学習力を育むことができる機能を搭載した新デバイスの企画・開発を行い,小学生を対象に実証実験を行った.その結果を踏まえ,今後開発する機能の検討も行った.
本稿では,着目した課題,デバイスのコンセプトや特長,実証実験の様子,今後開発を検討しているデバイスと子どもの会話から興味を推定する機能の概要について解説する.

01. まえがき

  • AIやビッグデータ,IoT(Internet of Things),ロボティクスなどの ...

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    AIやビッグデータ,IoT(Internet of Things),ロボティクスなどの先端技術が社会実装されるSociety 5.0*1[1]時代においては,雇用を含む産業構造が大きく変化すると言われている.このような社会では,定型的な業務のAIによる代替や,AIが収集した情報に基づいて人間が行動することに注力する働き方が待ち受けていると考えられる.Society 5.0時代の到来に向けては,AIやその基礎となる数学,情報科学などの分野の自国の研究開発力が最も重要となるが,残念ながら他国と比較して日本の状況は遅れており,その遅れを取り戻すために,高度な知識を有する人材の育成が喫緊の課題と考えられている[2].

    このため,文部科学省では小学校から高等学校までの学習指導要領を改訂し,主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)の視点に基づき,子どもが自ら課題を見つけて探究する力(探究学習力)を育むことを重視する教育方針を打ち出している.探究学習に関する取組みは文部科学省にとどまらず,経済産業省の「未来の教室」ビジョンにおいても触れられており,教育機関と民間企業の間で実証事業が進められている[3].しかし,子どもの探究心を刺激し,興味の発見や深堀をサポートするようなデバイス領域の取組みもまた発展途上にある.

    今回ドコモでは,会話や写真撮影の体験,学びに向けたヒントの提供により,子どもの探究心を刺激し,興味の発見や深堀をサポートするような小型のデバイスを開発し,小学生を対象に実証実験を行った.その結果を踏まえ,今後開発する機能の検討も行った.

    本稿では,探究学習において着目した課題,開発したデバイスのコンセプトや特長,試作機を用いた実証実験の様子,そして今後開発するデバイスと子どもの会話から興味を推定する機能の概要について解説する.

    1. Society 5.0:政府が提唱する,狩猟社会,農耕社会,工業社会,情報社会に続くICTを最大限活用して人々に豊かさをもたらす新たな経済社会.

02. 探究学習を支援する新デバイスの試作機

  • ドコモにて開発した,子どもの探究学習力を育むことを目的とした ...

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    ドコモにて開発した,子どもの探究学習力を育むことを目的としたデバイスの概要を図1に示す.タッチパネル,スピーカ,マイク,カメラを搭載しており,無線LAN通信に対応している.また,子どもが好んで持ち歩けるように,小型で愛着がもてるデザインにしている.さらに,デバイス本体に取り付けるアクセサリーを変更することで,卓上で利用するコミュニケーションロボット型,屋外で持ち歩きやすい腕時計型,カメラ撮影に特化したアクションカメラ型の3種類の形状で利用することが可能である.これにより,屋内,屋外を問わずにデバイスを持ち歩き,日常のあらゆるシーンで本デバイスを活用して学ぶことができる.

    図1 デバイスの概要

    図1 デバイスの概要

    本デバイスは,子どもの探究学習力を育む機能として,写真撮影機能,シナリオベースの会話機能を搭載している.この機能を用いた子どもへの価値提供の流れを図2に示す.

    図2 子どもへの価値提供の流れ

    図2 子どもへの価値提供の流れ

    1. ①子どもに対して,デバイスへ事前に登録したテーマを出し,写真撮影を促す.例えば「赤いものを見つけて撮影してみよう」といったテーマを出す.このテーマには,子どもが写真撮影をする上で困惑しないよう,「赤いもの」や「丸いもの」など,普段の生活の中で容易に発見できるものが設定されている.
    2. ②子どもがテーマに沿った写真を撮影すると,デバイスが子どもに対して被写体に関する質問を行う.例えば,被写体は何か,なぜその被写体を撮影したかなどを質問し,子どもへ知識の整理や自らの考えの発信を促す.また,撮影できたこと自体を褒める発話や子どもの考えを受容する発話を行い,子どもの自己肯定感の醸成と,次の撮影への動機付けを行う.
    3. ③子どもの回答に応じた会話を行う.この会話はシナリオベースで設計されており,子どもの回答に応じてデバイスの発話内容を変更する.また,会話の中で子どもに深い知識を与えるクイズや豆知識などを提供する.さらに,被写体とは異なったジャンルに関する発話も行い,子どもの新たな興味の発掘も行う.

    これらの機能は,2つの仮説「子どもは実体験を通して得られる知識から探究を行う」および「自らのアクションに付随した関連情報を与えることで探究を深める」に基づいて設計されている.

    これらの機能を実現するシステムの構成を図3に示す.デバイスは,撮影した被写体情報や子どもの発話内容を取得し,無線LAN経由でサーバに伝送する.サーバは,デバイスから送られてきた情報と保有している発話シナリオから適切な応答を算出し,デバイスに指示する.

    図3 システム構成

    図3 システム構成

    なお,デバイスは玩具業界のパートナー企業,シナリオは教育業界のパートナー企業とそれぞれ共同で開発した.

03. 試作機を用いた実証実験

  • 前述したデバイスを用いて実証実験を行った.本実証実験の目的は, ...

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    前述したデバイスを用いて実証実験を行った.本実証実験の目的は,開発したデバイスの機能によって,子どもに対して興味の発掘,発散および探究のきっかけを与えることができるかの検証である.

    小学校1〜6年生の子どもとその保護者32組を対象に,ワークショップとインタビュー調査を行った.参加者については,子どもの教育に高い関心をもっている保護者とその子どもという条件で選定した.ワークショップ会場については植物や虫,鳥などが多く生息する自然緑地を選定した.ワークショップでは,子ども1名に対してその保護者と観察者が1名同行して進行し,自然緑地内でデバイスを体験する子どもの細かな様子を観察した.

    ワークショップの内容は,デバイスを用いた写真撮影およびシナリオベースの会話の体験である.今回,デバイスに搭載している複数のシナリオから,「本デバイスの対象となる小学生が幅広く理解しやすいこと」「自然の中で被写体を見つけやすいこと」という2点の理由により,「面白いもの」と「まるいもの」をテーマとして写真撮影およびシナリオベースの会話を実施した.写真撮影体験では,子どもたちが自らの興味を引くものを積極的に自由に撮影し,自然緑地内の生物や植物について楽しく学ぶ姿が多数見受けられた.ワークショップの様子を写真1,2に示す.なお,開発した試作機の台数に限りがある中で,より多くの子どもに体験いただくため,同一の動作をするスマートフォン向けアプリケーションも開発した.写真において子どもは,そのアプリケーションをインストールしたスマートフォンを使用している.

    写真1 ワークショップの様子(1)

    写真1 ワークショップの様子(1)

    写真2 ワークショップの様子(2)

    写真2 ワークショップの様子(2)

    また,ワークショップの中で,子どもたちがデバイスを3種類の形状に変えることについて興味深く感じ,アクセサリーを付け替えることによるデバイスの変形自体を楽しむ様子が見受けられたため,アクセサリーの必要性・受容性についても確認できた.デバイスの変形の体験の様子を写真3に示す.

    写真3 デバイスの変形の体験の様子

    写真3 デバイスの変形の体験の様子

    ワークショップの後,この体験が子どもの興味の発掘,発散および探究のきっかけに繋がったかをアンケートにより聴取し,さらにインタビューを行った.アンケートおよびインタビューの結果,本デバイスを用いた学習に対して87%の保護者が「探究学習に効果がある」と回答し,探究学習に本デバイスが一定の効果をもたらすことが確認できた.また,48%の子どもが「興味対象が増えた」と回答し,本デバイスが子どもの興味の発掘に寄与していることも確認できた.加えて,保護者には,デバイスの利用を通して子どもの興味を把握できる体験にニーズがあることも発見した.

04. デバイスと子どもの会話から興味を推定する機能

  • 実証実験の結果を踏まえ,今後はデバイスと子どもの会話から ...

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    実証実験の結果を踏まえ,今後はデバイスと子どもの会話から興味を推定する機能の開発を行う予定である.

    従来,会話を通じて話し相手の興味の対象を推定する技術がいくつか提案されているが,それらのユースケースは,話し相手の発話内容が明確な場合に限定されており,話し相手の発話内容が曖昧な場合を考慮できていないことが課題である.先の実証実験を観察する中で,子どもがデバイスに対して曖昧な回答を行う場面を何度も確認したため,従来手法ではデバイスと子どもの会話から興味を推定することは困難と考えられる.

    そこでドコモでは,「話し相手の発話内容」だけでなく,「デバイスによる話し相手に対する質問内容」と「話し相手の発話に込められている感情」も興味推定の指標とし,3つの指標に基づいて興味の対象を推定する技術を検討している.ここで「デバイスによる話し相手に対する質問内容」については,対象に関する専門的な質問のときほど高いスコアになるように設定し,「話し相手の発話に込められている感情」については喜びや楽しみなどのポジティブな感情を示しているときほど高いスコアとなる設定を考えている.算出した各指標に重みづけを行い,最終的に興味対象を推定する.

05. あとがき

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