docomo Today

起業家としてのエジソン

小川 真資(おがわ しんすけ)
知的財産部 部長

2022年年末の夕方,私は大手町にあるオフィス訪問の後,東京駅に向かって歩いていました.途中,丸の内界隈では黄色くて温かいイルミネーションで幻想的な街並みを創り上げていて,私を含め多くの人々がその美しさに心を奪われていました(写真1).千代田区の情報によると,このエリアの街路樹約340本に120万球のLEDが飾られているということでした.今やLEDは街や建物を飾るのに不可欠で,その用途は照明をはじめ多岐にわたります.つい最近まで発熱電球が照明の主役にありましたが,その利用機会は随分と無くなりました.

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写真1 丸の内周辺のイルミネーションの様子

さて,白熱電球の発明者としてトーマス・エジソンが広く知られています.エジソンが生きた時代は19世紀後半.同世代の著名人として,ファラデー,ジーメンス,ベル,テスラ,フォードなどの科学技術者が多数挙げられ,欧米を中心に科学技術が大きく発展した時代です.その時代の中でもエジソンは後世に最も影響力を与えた人物だといえるでしょう.米国で認められた特許だけでも1,093件で,そのうちの最後を飾る特許(US-1908830-A)はエジソンの死後に登録がされています.名実ともに古今東西の発明王です.

ただし,我々が幼少時に伝記で読んだエジソンの肖像は多少脚色されています.まず,ジョセフ・スワンはエジソンの特許(図1)よりも早く白熱電球の開発に成功し,その1年前に成果を公表しています.しかもその時点で白熱電球に関する特許は他に20件ありました.また,訴訟王とも呼ばれていたエジソンは生涯にわたって数々の訴訟を起こしていて,特に有名なのが「電流戦争」といわれるウェスティングハウスとの紛争です.技術的に不利になったエジソンは法廷外でライバルに対して悪質な攻撃を繰り返します.結局この争いは消耗戦になり,エジソンが自分で作った会社を追われることで収束します.

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図1 エジソンによる白熱電球特許

それでも,私たちはエジソンから多くの教訓を得ることができます.エジソンは「私自身は多く盗んだ.だが,私は盗み方を知っている.」という言葉を残しています.実際,エジソンの多くの発明は他人の物まねに頼っていました.白熱電球も先人たちの物の改良的な発明です.ただしエジソンは電気産業の発展に早くから目をつけ,その事業が最も有利に運用できるように設計しました.また,電球だけではなく,電気供給に必要な発電所,配電所,電力計を作りあげました.中央発電所方式の構想やスイッチ,ソケットはガス灯事業のアナロジーを用いています.このように,エジソンの名声は未来を見据えた壮大な事業構想とそれに適合した技術改良に基づくものといえます.そして,特許を戦略的に取得・運用することで後世に残る大きな成果を成し遂げました[1].

ドコモでは毎年1,000件前後の特許出願を行っています.所有する特許のポートフォリオは14,000件以上に上り,その分野は無線通信,デバイス,AI,金融など多方面にわたります.これらの特許のうち一部は技術ライセンス供与のために,残りは自社の事業を優位的・安定的に運用するために用いられています.これまでのR&Dと知的財産部の二人三脚での活動が実を結び,クラリベイトTop 100グローバル・イノベーターやAsia IP Eliteなど数々の賞を受賞してきました[2][3].しかし,新ドコモグループ中期戦略の実行に伴い,スマートライフや法人事業が強化されていく中で,過去の延長線上のみに知的財産関連活動の視野を据えているだけでは,継続優位性のある事業運営が脅かされてしまいます.特許ポートフォリオを事業ポートフォリオに合わせて機動的に修正し,特許活用の多様性も増やしていくことが求められます.そのためには,自社のもつ技術がどのように人々の生活を変えていくか,足りない技術パーツは何か,どのように自社優位性を得るか,といった事業構想,技術開発,知的財産権取得,の三位一体の活動が不可欠です.どれか1つ欠けてしまっても競争力を確保できません.

これを実現する1つの取組みとして,知的財産部ではIPランドスケープ*1による競争環境分析をしています.特許制度では,技術を独占的に実施する権利を得ることと引換えに技術内容を詳細に公開しないといけません.これらの特許情報を統計的に分析することで,自社と他社の技術的強みや弱みは何か,他社はどの技術領域に進出をしていくか,自社は今後どの領域に経営リソースを費やすべきか,などの事業判断上の重要な情報を見いだします.このような活動を通して,知的財産部はR&Dと事業部門の連携をこれまで以上に密にして,ドコモグループの中期経営目標達成に貢献していきます.

最後に商標・ブランドに関連する話を少しだけ.電球を含むエジソンの製品には「Thomas A Edison」のロゴを示す銘板が記されていました.また,電気事業で創り上げた20以上の会社群にも自分の名前を冠していました.人々はEdisonブランドを見て技術力と信頼性の高さを想起していたそうです.これはエジソンの自己顕示欲によるものといわれていますが,ブランドの活用にも抜かりがなかったといえるでしょう.

  1. IPランドスケープ:Intellectual Property Right(知的財産権)とランドスケープ(風景・景色)組み合わせた造語で,経営・事業に知財情報を取り込んだ分析を実施し,現状認識や将来予想などにより企業の経営判断に資する情報として分析すること.
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