コラム:イノベーション創発への挑戦

小さなデジタル化を応援

小さなデジタル化を応援

政府にデジタル庁ができようとしている今、世間でデジタルの意味が重要になってきている。これまで私は、「デジタル」とは電子化や情報技術(IT)化を越えて、経営環境の変化に対応できるよう組織や商売、営業基盤の在り方を変えるという意味で使ってきた。しかし、今になってそんな大層に「ビジネスモデルを変えるデジタル」を言うべきではないと感じている。

そう考えるきっかけとなったことがある。地域イノベーションを支援するリ・パブリックと熊本学園大学が共同で地域を担うリーダーを育成する熊本イノベーションスクール「次代舎」への参加だ。私は2018年からデジタルに関する講師として招待されている。この「次代舎」の受講生の派遣元はいわゆる大企業ではない。参加者の多くは地場産業の後継者か経営幹部の候補者である。研究開発部門があるような大企業の悩みと熊本の地場産業の悩みは種類が違うが、私はそれに気づかず次代舎に参加した初年度、「デジタル」の話をしてしまった。

デジタイゼーションとデジタライゼーションは直訳するとどちらもデジタル化だが、意味が異なる。前者を小さなデジタル化、後者を大きなデジタル化と呼ぶことにする。

小さなデジタル化とは例えば手書きの帳票や請求書からコンピューター処理への移行だ。大きなデジタル化とは冒頭に述べたITを駆使した事業変革だ。みんな、できるなら大きなデジタル化をしたい。だが、デジタルを経験したことのない多くの企業にとってそれは絵空事だ。熊本で経験したことは、第一歩として小さなデジタル化を進めることの重要性だった。大きなデジタル化の前に小さなデジタル化をする必要があるのだ。

2019年、ようやくそれに気づいた私は作業服の小売り最大手ワークマンでマイクロソフトの表計算ソフト「エクセル」を社員全員が使っている事例を講義で紹介した。その講義を受けてワークマンの受発注最適化を参考に、小さなデジタル化に挑戦してくれた人が報告に来てくれた。ヒライの森下大史さんだ。

ヒライは熊本と福岡を中心に140店舗を展開している弁当屋さん。熊本と福岡に自社工場を持っている。弁当の売り上げを可視化し調達を最適化する意義は大きく、小さなデジタル化に成功した好例だ。一般論として、組織がデジタルに対応するためには以下の壁を乗り越える必要がある。
1.組織文化の壁:儲かっている現業部門はリスクを嫌う.現場が抵抗する。経営層もデジタルを信じていない。
2.IT導入の壁:そもそも社内プロセスがデジタル化されていない。
3.実験止まりの壁:概念検証はできるが、実際の業務改善まで進まない。
4.人材の壁:デジタル人材が集まらない、中途入社組を生かせない。
5.社内展開の壁:規模拡大のための人材・予算が足りない。外部発注に頼って思考停止案件が頻発。

なんと壁の多いことか。企業にとっては組織文化の壁を迂回して実験止まりの壁までを早く安く突破することが小さなデジタル化の成功になる。ITへの投資とは目先の損に立ち向かってこれらの壁に挑戦することだ。その挑戦に必要なのは森下さんのような熱意のある人だ。応援したい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2020年11月18日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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