コラム:イノベーション創発への挑戦

AIを生かすために必要なモノ

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文部科学省所管の国立研究開発法人、科学技術振興機構(JST)に、さまざまな機関に属する研究者を組織化して研究開発を行う事業がある。

この事業では、国からお題が与えられると、研究領域を定め、その実行責任者である研究総括を決める。そして国費を投じて数十人規模の研究者を集め、期限付き「バーチャル・ネットワーク型研究所」を作る。研究総括はその研究所の所長職に相当する。

今回、新たにお題が与えられ研究領域が設定された。簡単に言うと「人工知能によるイノベーション創出」。その研究総括に先月より就任することとなった。今、全国の研究者から「イケてる」人工知能の研究テーマを公募している。

人工知能の英語表記は「AI」と略される。この言葉には1990年前後に関連研究をしていた研究者にとって、なんともほろ苦い響きがある。人間の行う知的処理をコンピューターへ実装しようと多くの研究者が挑戦したが、その成果の多くは世の役には立たなかった。その過ちは繰り返したくない。

  • 現代のAIとは?

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    あれから四半世紀前後がたち、AIという言葉が世間で騒がしいほど口にされている。AIというと、囲碁やクイズ番組でコンピューターが人間に勝つなど、人のように振る舞うコンピューターの話が一般には分かりやすい。だが、今、AIで成功しているのは機械学習という純粋なデータ処理である。大量のデータからコンピューターが統計処理を行って入力と出力の因果関係を自動学習できるようになった。

    コンピューターに音声を何回も聞かせ、発音された言葉を教えれば音声認識ができる。画像を何回も見させ、被写体が何であるかを教えれば画像を認識できる。コンピューターは人の能力を何桁も上回る速度で顔の画像データを表層的に見る。そして画像を認識して個人名や年齢、性別などを言い当てる。人間の探偵のような深い洞察はないが、それが役にたつ。

    画像認識で人の属性が分かればマーケティングやセキュリティーに使える。自動運転や調理の自動化にも応用できる。このようなAIの応用が着実に進んでいる。

    画像以外のデータに対しても、AIは農業や医療、建設、運輸、流通、製造などさまざまな産業の効率化技術として利用されようとしている。特に米国では、さまざまなセンサーのデータから結果を予測することで産業の効率化・最適化に貢献する技術という意味で使われることが多い。

    米ゼネラル・エレクトリック(GE)の2012年の財務報告書には「1%の力」という文言がある。もし各種産業機器に備え付けたセンサーデータの利活用により産業の効率を1%でも向上できれば、その効果は大きい。全世界の航空産業で燃料消費を1%効率化できれば、15年間で3兆円の節約になる。食品流通やサービス業など最適化の余地が大きい産業における効率化は、それ自体が新規事業となりえる。

    考えてほしいのはここだ。AIは産業のあらゆる局面で効率化を堅実に進める道具であり、さらにそれは社会問題を解決する新規事業創造に重要な技術の一つであると理解してほしい。

    現代のAIがデータの利活用に依拠しているのは明白だ。そのために企業の活動が横断的にデジタル化していなければならない。言い換えれば企業がデータを資産として相互に利活用できるシステム、組織、文化を整備していなければ、AIを活用できないのだ。

    AIは魔法の技術ではない。研究を強化するだけでは先端技術が先走るだけで実が伴わない。

    25年前には「ビッグデータ」なんて言葉はなかった。今はある。AIが実を伴うには、その根っこにデジタル化が必要である。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2016年7月28日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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