コラム:イノベーション創発への挑戦

ソフトウエア化する産業

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シリコンバレーにユダシティというオンライン教育の会社がある。そこではソフトウエア技術者を育成するため有料のコースを一般に提供する一方で、顧客企業の社員向け訓練も行っている。顧客企業はこれまでグーグルやフェイスブックという新興企業が多かったが、最近はAT&Tやゼネラル・エレクトリック(GE)という伝統企業からの引き合いが増えてきているという。

その背景は何か。ユダシティの説明によると2点だった。まず全ての産業でソフトウエアの重要性が増しており、技術者への需要が供給に追いついていない。2つ目は伝統企業で旧来の技術者のスキルが陳腐化し、現在のクラウド、モバイルといったトレンドに対応するための対策が急務となっているからだ。

ユダシティは協賛企業と組んでコース修了生をその企業へインターンシップとして送っている。どのような教育コースがあるかは同社のホームページを見ると良い。例えばビッグデータの解析者やスマートフォン(スマホ)のアプリケーション開発者、ウェブサーバーのフルスタック開発者などのコースがある。どれも10年前にはなかった職種だ。

特にフルスタック開発者は一人でサーバー構築をこなす技術者で、フルスタックというのは「全層」を意味する。クラウド技術の進展によりサーバー周りのハードウエアとネットワーク技術者が不要になり、必要なスキルがハードウエアではなく上位のソフトウエアにシフトした。

これまで複数の技術者がチームとなって構築していたサーバー群を一人のソフトウエア技術者がプログラムで実現している。

大学を含む高等教育の枠組み、言い換えれば教育産業がIT(情報技術)によりソフトウエア化し、変革に直面している。オンライン学習は表層で、その本質は再教育と人材マッチングという労働の流動性を担保する新事業だ。

  • ソフトウェア化はものづくりの世界へ

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    ものづくりの世界もITによるソフトウエア化が進んでいる。

    英国の大学教授が始めたRepRapという3Dプリンターを開発するコミュニティー活動がその好例だ。ソフトウエアで実現されるものづくりでは部品データと製造ノウハウが広範囲に共有されていく。RepRapでは3Dプリンターを用いて新種の3Dプリンターを作り、その結果として多くのメーカーが誕生している。

    その中で代表的な会社が卓上3Dプリンターを販売するメイカーボットである。同社は50万点を超える部品データの共有サイトを運営するという新事業も生み出した。部品はデータとして存在するため在庫リスクがない。これにより3Dプリンター大手のストラタシスに2013年に買収されている。

    まだものづくりのソフトウエア化は試作と教育のレベルだ。しかしソフトウエア化が本質的にデータとノウハウの共有による効率化、新しい事業構造への転換という機能を持つため、今後は企画・設計開発・製造・検証・販売という大手メーカーの中でしか持ち得なかった「知」がITによってオープンなシステムとして集約されていくだろう。

    先日、40歳定年制を提言している柳川範之・東京大学教授の講演を聴く機会があった。「20年後に会社が今と同じように存在していると思いますか。今のスキルが通用すると自信を持って言えますか」「20年前と比べて仕事の環境は大きく変わっている。スマホもタブレットもなかった。ITの進展は著しく、20年後も今とは違うだろう」といった内容だった。産業のソフトウエア化は必ず進展するし、それに伴って我々も自己変革が必要だ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2015年4月23日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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