コラム:イノベーション創発への挑戦
情熱のハスラー成功生む
![情熱のハスラー成功生む イメージ](images/pict_09_01.jpg)
「これはリスク評価の精度の問題ではなく、我々の意志の問題だ。進めるのか、止めるのか。それを決めるのは意志(情熱)だ。」と、先日ある社内プロジェクトの会議で私は言った。
「ハスラー」という言葉から何を想起するだろうか? ペテン師、口先だけのゴリ押し屋などの悪い語感があるが、ここではいい意味で使う。
シリコンバレーの起業支援・ベンチャー投資企業500スタートアップスの共同創立者、デーブ・マクルーアは2011年ごろからこう言っている。「IT(情報技術)サービス分野の起業にはハスラー、ハッカー、デザイナー(ヒップスターとも言う)の人材が三位一体で必要だ」
ハスラーは起業した会社のリーダー。ビジネスを設計する一方で、人間関係を維持するのが巧みで、営業もこなす。ハッカーはIT技術に精通し、一晩でシステムを構築することもある。デザイナーは意匠設計だけでなく、顧客中心の機能設計もする。
デーブのこの必須人材に関する言い方は、まだシリコンバレーでも一般的に知られていない。だが、ITサービス分野での起業だけでなく、より一般的にプロジェクトに欠かせない人材の本質を突いている。
シリコンバレーでも東京でも、起業するうえでハスラーの役割は重要であり、その素質を持つ起業家はほぼ社長に就任する。彼らに共通するのは、雄弁ではなくても「成し遂げたい世界観(ビジョン)を熱く語る」ことだ。「あれ? 去年と違うこと言っている」と思うこともあるが、それはご愛嬌(あいきょう)。変わっていないのはビジョン実現に向けた情熱だ。
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ビジョン実現に向けた情熱が必要な訳は?・・・
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冒頭の発言をした背景を語りたい。それは1993年ごろ。当時勤めていた松下電器産業(現パナソニック)では、博士の学位をとると技術系副社長の水野博之氏(当時)と会食できるという特典があった。
会食中、半導体の製造ルールの話になった。当時から半導体の製造技術は線幅のミクロンで表現され、それが小さいほど微細加工技術の高さを意味する。製造上のリスクは高いが、商品価値も高いとされている。
副社長「(すこし前を振り返って)俺は0.8ミクロンでチップを設計しろと言った。それでなければ世界で勝てない。だが部下は1ミクロンでないとチップはできないと言った」
私「それで1ミクロンでチップを作ったのですか」
副社長「ああ、それで設計させたよ。チップはできた。でも売れなかった。できるかできないかでなく、売れるか売れないかの問題だったのだ。今でもあれを許したのを後悔している」
私「もし、私のチームが高いバーを超えないと目的が達成できないと分かった時、どうすべきですか。私は職場の当面の安泰を狙って1ミクロンで行くべきですか、それとも0.8ミクロンに賭けるべきですか?」
副社長「10%の成功率でも0.8ミクロンの設計に賭けなきゃ、そもそも勝ち目がない。超えられるメンバーだけで挑戦するしかない」
20年以上も前の話で製造ルールの値は記憶違いしているかもしれないが「リスクに賭けなければ、結果としてより大きな損失を生む」という無為のリスクの逸話として覚え、自身の行動規範にしている。
作るべき商品のビジョンを理解し、その実現への情熱を持つハスラーがいれば、担当者たちは0.8ミクロンに賭けたかもしれない。我々は気づかないところで妥協の1ミクロンを選択していないだろうか? IT分野では狙うサービスが大きれければ大きいほど、どんなに調査しても議論しても成功の不確実さは減らない。その不確実さ=リスクに向き合う勇気があるリーダー、すなわちハスラーが必要だ。その源泉は情熱。情熱のハスラーがイノベーションを創造していく。求むハスラー!
ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2014年4月17日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。