コラム:イノベーション創発への挑戦

半歩早く世に送り出せ

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私たちは「イノベーション」という言葉を大学教育、産業振興や企業の研究開発の場で「インベンション(発明)」と混同して使っていないだろうか。

私はイノベーションに関する講演を依頼されることがある。その際、冒頭でイノベーションの定義、言い換えれば本質とは何かを聴衆に問うことにしている。

答えの多くは漠然と「何か新しいもの」。破壊的代替方法の出現、新文化創造、技術革新という言葉も返ってくる。確かにそれらはイノベーションの持つ性質を表しているが本質ではない。私が「イノベーションの本質は『組み合わせ』」と答えると意外な表情を見せる聴衆が多い。

20世紀初頭、オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは「イノベーションとは新結合である」と定義した。私は若き研究者の頃、水野博之松下電器産業副社長(当時)からその定義を教えられ、今もそう信じている。

サービス・モノ・生産方法・組織等において、今までにない飛躍的な価値を生む既存のものの新たな組み合わせ(新結合)がイノベーションである。新結合は技術に限ったことではない。一方で新技術の考案、すなわちインベンションは発明と訳される。新結合と発明とは異なる。

例を示そう。ワットが開発した蒸気機関は発明である。これがレールの上を走る機関として用いられた時、蒸気機関車による輸送システムという新結合となった。

1971年にインテル社によるマイクロプロセッサーの発明がIT(情報技術)分野のビッグバンとなった。以降、半導体に関する発明がコンピューターなど多くの新結合を生み出した。ITの黎明(れいめい)期、発展期では組み合わせが意識されることなく、新発明が即座に新結合の誕生を促した。これを「発明起点」の新結合と呼ぼう。

  • ITが成熟した現代における新結合とは?・・・

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    一方でITが成熟した今ではどうだろうか? より成熟した既存のものを組み合わせる新結合が多くなっていないだろうか。ドコモが1999年に商品化した携帯インターネットサービス「iモード」は、1998年に開発された常時接続移動パケット網と既存のマイクロブラウザーの組み合わせである。

    「LINE(ライン)」に代表されるチャット型ソーシャルメディアはワイヤレスブロードバンド、クラウド、スマートフォン(スマホ)の組み合わせの上で成り立っている。このように発明を必ずしも伴わない、組み合わせを陽に意識した「設計起点」の新結合も成功している。

    これからのIT分野は技術単品の追求ではなく「デザイン」の時代に入ったと言える。そこでは環境、農業、流通、医療などの他分野と向き合ってどう新結合を設計するかが問われている。米アマゾン・ドット・コムのネット通信販売サービスは、ITが密接に流通システムと新結合している良い例である。

    このようにイノベーションを組み合わせと考えると、より系統的にそれを創造することができる。環境変化への洞察力、組み合わせを編み出す構想力、各要素の成熟さを見極める技術力が重要となる。

    何と何を組み合わせれば飛躍的価値を生むかを考え続ける。いつその組み合わせが成り立つかを考える。新結合を誰よりも少しだけ早く、半歩だけ早く新結合を世の中に出せる人がイノベーターだ。既存のものの組み合わせである以上、タイミングが重要。一歩遅れると敗者、一歩以上早いと愚者になる。

    二歩早かったIT研究者のぼやきの典型例は、「実はあのサービスのコンセプトは俺のほうが早かったんだよな。10年前には試作してデモ展示もしていたよ」。作りたいサービスの構成要素があと少しでそろうのを見極めたイノベーターならこう言うのではないか。「いつやるか? ちょっと後でしょ!」

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2013年9月5日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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