コラム:イノベーション創発への挑戦

試作しないモノづくり

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「今の日本企業は、モノやサービスのつくり方を間違えているのではないか?」 「細部にこだわり、血を通わせた『心のこもった』製品やサービスを提供することは、日本企業の一番の得意技ではなかったのか?」

ちょうど1年ほど前、サンフランシスコに滞在されていた同志社大学大学院ビジネス研究科の北寿郎教授とパロアルトのレストランでビールを飲みながら議論した。

シリコンバレー在住の起業家、アルベルト・サボイア氏は「プレトタイピング」というモノ・サービスの設計手法を提唱している。

「プロトタイピング」ではない。プロトタイピングは機能試作のことで製品を作る前に実際に作ってみてお客様のフィードバックを得る。一方でプレトタイピングとは、作ることをなるべく避けつつ、顧客本位で設計することだ。

アルベルトによれば、2009年11月に英語のPretend(フリをする)とTyping(型を作る)を合成して、この言葉を生み出したとのこと。今では検索サービスで「Pretotyping」と入力しても綴りは訂正されない。

この設計手法では、開発したい「それ」がイケテイルかイケテイナイか、さも「それ」ができたように振る舞って、お客様が「それ」を受け入れるかどうかを見極める。以下、モノやサービスを、「それ」と略させていただく。

プレトタイピングの成功例を示そう。米携帯端末メーカー、パームの共同創業者ジェフ・ホーキンス氏が「心を込めて」1996年に「パームパイロット」を設計した逸話が面白い。

  • ジェフ・ホーキンス氏が行ったプレトタイピングとは?・・・

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    彼は1980年代後半に前作の携帯端末を作って失敗している。技術的に斬新な製品だったが、商業的には成功しなかった。大きすぎたし、デザインも洗練されていなかった。

    そして数年後、彼は新しい携帯端末をプレトタイプした。ポケットに入るサイズの木片に紙を張り付けて、その紙にスケジューラー、メモ帳を描いた。さもできたかのように。

    毎日「それ」をシャツのポケットに入れて予定を書き込むフリをして、ボタン配置と表示を確かめた。そして「それ」が革新的な製品になると彼自身が納得した後、端末を試作した。「それ」はシャツのポケットに入るカッコイイ多機能電子手帳としてヒットした。今のスマートフォンの元祖になっていると私は信じている。

    アルベルトの話に共感した私は、もう彼認定のプレトタイプ伝道者である。その私は、相談される開発提案に対して3つの質問を用意している。

    1. 「それ」を顧客が本当に必要とするのか?
    2. 「それ」を作ることができるのか?
    3. 結局「それ」でもうけることができるのか?

    我々が陥りやすいワナは、この質問を(3)から(1)の順に考えることだと私は思う。特に私を含む技術屋は、(3)という制約を与えられた上で、(2)をまず考えて作ってしまう。最も重要な(1)への答えは後回しになりがちである。

    何百人かにアンケートや聞き取り調査しただけで、革新的な「それ」が出てくるだろうか?顧客を見ずに競合他社だけを見て「差別化機能」ってやつを「盛る」ことになってしまっていないだろうか? 心を込めた「それ」づくりは(1)を徹底的に考え抜くことだと私は信じている。

    プレトタイピングという手法の背景には、開発者の真摯な姿勢がある。新しい製品・サービスを作るとき「それ」をお客様が欲しいと思うか? という質問について徹底的に考え抜く。開発の責任を持たされた人が、「それ」ができたらどうなるのだろうという想像を突き詰める。まさに模作と模索。それが北教授の望む「心のこもった開発」への答えになっていると私は思う。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2013年5月31日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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