ドコモR&D 共創ストーリー
AI×専門知見で守る日本のインフラ。
橋梁診断業務を革新する「橋梁アセスタ」の挑戦
日本各地で高度経済成長期に集中的に整備された道路や橋梁が一斉に老朽化のピークを迎える「2040年問題」。維持管理の現場では技術者の高齢化や人手不足、ベテランの頭のなかにしかない「経験と勘(暗黙知)」の断絶という過酷な危機が差し迫っています。
この社会的局面に立ち向かうべく、NTTドコモとNTTドコモソリューションズ(以下、ドコモソリューションズ)は長崎大学の山口浩平准教授、溝田設計事務所とチームを結成し、橋梁診断特化型AIエージェント「橋梁アセスタ」を共同開発しました。
点検データから国交省の要領に準拠した診断調書案を自動生成し、業務時間を最大80%削減する驚異的な省力化をもたらします。その誕生の裏にある常識を覆す決断と泥臭い試行錯誤、人とAIがともにインフラを守る取組みを、当事者たちの熱い対話から紐解きます。
はじめに
熟練者の「所見」までサポートする、橋梁診断に特化したAIエージェント
Q:「橋梁アセスタ」とは、具体的にどのようなソリューションなのでしょうか?
(ドコモソリューションズ野山・ドコモ河内/眞田):一言で言えば、「橋梁診断業務に特化したAIエージェント」です。橋梁の点検結果(点検票)をもとに、国土交通省が定める制度や要領に完全に準拠した診断結果の草案を自動生成します。
最大の特徴は、単に過去のデータを検索して当てはめるような自動化ではなく、熟練技術者の知見を体系化した「診断ロジック」を搭載している点にあります。生成AIとRAG(Retrieval-Augmented Generation)を活用することで、自治体や事業者ごとにバラバラで多彩なフォーマットの点検票を正確に読み取ることができます。
もし診断に不足する情報がある場合は、AIが自ら「チェックリスト形式」で人間の技術者に補足を促し、記述が最も難しいとされる「所見文」まで含んだ高精度な診断調書案を作り出します。経験豊富な技術者に依存していた領域をAIがサポートすることで、診断品質の均質化と業務効率化を同時に達成できるソリューションです。
通信という「社会インフラ」を支えるドコモだからこそ、道路や橋梁へ染み出していく
Q:通信キャリアであるドコモが、なぜ「橋梁」というインフラメンテナンスの領域に取り組んでいるのですか?
(ドコモ 河内):ドコモにとって、日本全国に張り巡らされた通信ネットワークは「社会インフラ」そのものです。私たちはこれまで通信を通じてあんしん・安全を支えてきましたが、R&D(研究開発)の文脈においては、そのインフラの維持管理ノウハウや提供価値を、通信の枠を超えて道路や橋梁といったほかの公共インフラ領域へも「しみ出させていこう」という強い想いがありました。
実は、ドコモとドコモソリューションズはもともと「道路運営のDX」をともに推進してきた経験がありました。そうしたなか、2024年の前半から長崎大学の山口先生や溝田設計事務所のみなさまが、インフラ現場の深刻な人手不足や老朽化に対して非常に強い課題意識を持って動き出されており、そこへ私たちが合流する形で出会いました。ちょうど生成AIが劇的な進化を遂げていた時期でもあり、先生方が現場で直面されていた「切実な課題感」と、私たちが培ってきた「道路DXのノウハウ」がガッチリと掛け合わさったのです。「技術者を最も悩ませている膨大な診断調書の作成を、わたしたちの技術で解決できるのではないか」と解が導き出された瞬間こそが、この共創の本当のスタートでした。
共創の始まり
「前例踏襲のプライドを捨ててでも、人の命を守るために手を伸ばす」
Q:今回の共創パートナーである長崎大学、そして溝田設計事務所のみなさまは、現場でどのような危機感を持たれていたのでしょうか?
(長崎大学 山口先生):私は土木の世界に身を置いていますが、この業界は「護送船団方式」や「前例踏襲型」と言われるように、独自の慣習に縛られた、外部の技術が入り込みにくい世界です。しかし、いま直面しているインフラの老朽化と人手不足が加速するスピードは、もはや土木だけの力では絶対に手に負えません。自治体(管理者)は「人・もの・金」が圧倒的に不足しています。長崎大学でも社会人向けの学び直しプログラムでも技術者の育成に努めてきましたが、それでももう追いつかない。「技術者がいれば命が守れたかもしれない」という危機が、すぐ目の前にあるのです。
だからこそ私は、先端テクノロジーに全面的に頼ろうと判断しました。インフラを守り抜くためには、通信とAIのトップランナーであるドコモさんの力が不可欠だったのです。
Q:単なるIT化ではなく、ドコモという「技術パートナー」と組むことで、現場としては何を期待されたのでしょうか?
(溝田設計事務所 松尾氏):私たち現場の人間が最も困っていたのは、橋梁の「診断結果のばらつき」でした。現場の橋を見るとき、技術者によって判断や表現のばらつきが非常に大きく、それが問題になっていたのです。
橋梁の診断結果は、その先にある自治体の「補修計画」を立てるための起点になり、国に提出して予算を頂くための重要な根拠になります。もし現場の診断結果が適切でなく、「本当は悪くないのに悪い」と判断されてしまうと、その後の補修設計の段階で「なぜこの橋を補修するのか?」という混乱が起きてしまう。土木業界という閉じた世界だけで悩むのではなく、ドコモさんと組むことで、自分たちにはない「違う目線」や「違った考え方・発想」がパッと実現していくスピード感に、強い価値を見出していました。
(長崎大学 山口先生):私はとにかく「スピード感」を期待していました。もし、我々土木の人間が一から生成AIを勉強し、学生たちと研究して形にしようとすれば、おそらく数年~10年ほどの時間がかかってしまいます。その間にテクノロジーはさらに別の次元へ行ってしまう。今、最先端を走っているプロフェッショナルに頼ることで、インフラ危機のスピードに打ち勝つ。結果的にプロジェクトが始まってから1年ちょっとでリリースまで辿り着き、これほど早く形になるとは思っていませんでした。
取組みの過程
CADの図面すら読めない状態から始まった、泥臭い「知の格闘」
Q:橋梁診断は「熟練の経験や勘」がモノをいう世界です。開発過程で最も苦労した点はどこでしたか?
(ドコモ 河内):私自身は情報系出身でリサーチエンジニアとして業務に携わってきましたが、土木の知識はまったくのゼロでした。プロジェクトが始まった当初は、橋梁の図面を見ても「これが横断図なのか、断面図なのか」さえ分からず、CADのデータの見方もまったく分からないという状態からのスタートでした。
そこから、溝田設計事務所のみなさまや山口先生に、膝を突き合わせて一からすべて教えていただきました。図面と図面の関係性、数値計算の方法、「どこまでが手作業なのか」を一つずつ泥臭く紐解いていくプロセスが、一番時間がかかり、かつ最もエキサイティングな部分でした。
AIへの「丸ごと学習」を捨て、根幹となる「溝田ロジック」を研ぎ澄ます
Q:熟練技術者の「暗黙知」を、どのようにしてAIのロジックに落とし込んでいったのですか?
(溝田設計事務所 溝田氏):暗黙知を言語化するにあたって、最初は表形式で表現しようとしましたが、結果として表だけでは表現しきれず、フローチャートをいくつも使って試行錯誤を繰り返して何とかつくりあげました。
(長崎大学 山口先生):土木は「経験工学」とよく言われます。人それぞれ思いがあり、より専門的な人ほどそのこだわりが強い。開発の途中で、ほかの自治体や外部の技術者から「うちは違うやり方をする」と新たな意見が出てくることもありました。しかし、あれもこれもと周囲の意見に流されてすべてを取り込もうとすると、AIの判断軸がぶれてしまい、最終的に使えないものになってしまいます。だからこそ、根幹の軸として、実務に裏打ちされた「溝田設計事務所の診断ロジック(溝田ロジック)」を徹底的に大事にしようと全員で決めました。
(ドコモ 河内):技術的なブレイクスルーとして、私たちは熟練者の「大量の知見データをただAIに丸ごと学習させる」というアプローチをあえて捨てました。データをそのまま学習させるだけでは、市中の情報と混ざり合い、生成AIが自由に推論しすぎて嘘をつく(ハルシネーション)原因になるからです。
そのため、技術者が蓄積してきた診断方法を「診断ロジックとして体系的に整理したもの」として厳格に実装しました。曖昧な表現を明確化し、初期段階では汎用的な生成AIなどもクイックに活用しながら、「信頼できるソースだけを入れ、テストし、ダメなら削る」という「情報の引き算」をきめ細かく行いました。この設計により、AIが自由に推論するのではなく、専門家の思考プロセス通りに考え、説明可能性を持った確実な診断案を出せる仕組みを実現できたのです。
人間に丸投げさせない、人とAIがともに組み上げる“協調型”の設計思想
Q:現場で「本当に使えるツール」として受け入れられた、設計上の最大のこだわりはどこですか?
(ドコモ 眞田):生成AIを実務で使う際、最も苦労するのは「思った通りに完璧な回答が得られない」という点です。
そこで私たちは、AIにすべてを丸投げして出力を待つシステムではなく、AIが自ら「この情報だけでは損傷の原因を特定するための情報が足りない」と判断した場合に、人間のユーザーに対して「チェックリスト形式」で不足情報を提示する仕組みを実装しました。AIの足りない部分を人間が補い、確認しながら、人間とAIが「一緒に診断調書案を組み上げていく」。この人間を置き去りにしない協調型の設計思想を貫いたからこそ、現場の技術者のみなさまに信頼されるツールになりました。
このシステムを支えたのが、完全な「アジャイル開発」の徹底です。私たちが作ったプロトタイプをすぐに山口先生や溝田設計事務所さんにお見せして現場のフィードバックをいただき、2~3週間でシステムを組み替えてまた現場に持ち込む、というサイクルを徹底的に繰り返しました。
さらに、事業化・商用化の担い手であるドコモソリューションズが初期段階からこのアジャイルの輪に加わっていたことも大きな強みです。ドコモがAIの中核技術を開発し、ドコモソリューションズが実証の企画運営や商用提供に向けた商品化を並行して支える「ワンチームの体制」を組んでいたからこそ、研究成果をそのままスムーズに現場のソリューションへと昇華させることができました。
実績と成果
100橋のトライアルで実証された、業務効率化とレビュー負担の劇的軽減
Q:実際に「橋梁アセスタ」を実務の現場に試行導入してみて、どのような成果や価値が生まれましたか?
(溝田設計事務所 松尾氏):私たちの事務所において、実際の点検診断実務のなかで「約100橋」の橋梁を対象に、橋梁アセスタのトライアル運用を行いました。実務の中で点検調書を読み込ませて診断調書(国交省様式)を出力させたのですが、技術者全員が「時間的短縮の効果が凄まじい」と驚嘆しています。
単に初稿作成が早くなるだけでなく、出力される文章表現がある程度「統一」されていることが非常に大きな価値をもたらしています。これまでは技術者ごとに作文の癖があり、ベテランによる修正作業(レビュー)に膨大な時間がかかっていましたが、その修正作業が劇的に楽になりました。現場目線で見ても、業務全体の負荷が大幅に改善され、「最大80%の作業時間削減」という数字のインパクトをそのまま実感しています。
若手の道標となり、プロのベテランをも唸らせる「AIからの多角的視点」
Q:効率化の先にある「技術継承」や「若手・ベテラン双方の学び」という観点では、どのような変化がありましたか?
(溝田設計事務所 松尾氏):若手技術者にとっては、文章の書き方や診断の観点がまだ分からない状態から実務に入るため、橋梁アセスタが出力する文章を見ることで、「こういうふうに書けばよいのか」と学べる最高の教育効果が生まれています。
さらに大きな価値は、このツールによって書類作成に追われていたベテランの管理技術者の時間が大きく空いたことです。空いた時間を、若手の直接的な指導や現場での育成、あるいはほかの高度な業務に充てることができるようになり、間接的ですが、業界にとって最も重要な技術継承の機会を大きく増やすことができています。
(長崎大学 山口先生):非常に興味深いのは、このシステムが若手のためだけではなく、経験豊富なプロのベテラン技術者にとっても大きな「学びと再発見」をもたらしている点です。プロの技術者ほど、時間に追われると自分の過去の経験に基づいた思い込みで、原因を決め打ちしてしまう傾向があります。
しかし、橋梁アセスタは、たとえば一つの損傷(ひび割れなど)に対しても、「原因としてAとBの可能性がある」「このような進行性が考えられる」と、人間が忙しさのなかで見落としがちな多角的な観点をフラットに提示してくれます。実際にプロの技術者からも、「自分が気づかなかった観点をAIが出してくれるから、非常にハッとさせられるし、いいよね」と高く評価されています。若手だけの学びではなく、プロの頭のなかをもう一度研ぎ澄ますための判断支援ツールとしての可能性を強く感じています。
未来への展望
インフラDXの横展開と、公共インフラを守り抜くロードマップ
Q:今後の目標や、このプロジェクトを今後どのように発展させていきたいとお考えでしょうか?
(ドコモ 眞田):今後の方向性として、大きく二つの広がりを見据えて検討を進めています。ひとつは橋梁領域のなかでのさらなる進化です。今回の診断業務のDXに留まらず、その周辺の工程である「設計業務」なども含めて、橋梁維持管理のワークフロー全体をさらに高度化していく方向性です。
もうひとつは、インフラDXという領域全体への横展開です。インフラの危機は橋梁だけに留まりません。ドコモが全国に持っている通信設備や鉄塔の維持管理はもちろん、トンネルや道路といった様々な社会インフラに対しても、今回産学官ワンチームで培った「暗黙知をロジック化してAIと協調する」という知見をそのまま横展開していきたいと考えています。
「点検・診断・措置・記録」のループを回し、インフラの全体最適へ
Q:土木業界、そして現場の未来を見据えたとき、次なる挑戦のテーマは何でしょうか?
(長崎大学 山口先生):土木業界には「メンテナンスサイクル」という極めて重要な言葉があります。インフラを長持ちさせるためには、「点検」をして「診断」をしたら、悪い部分を適切に「措置(修繕・補修)」し、それを正しくデータとして「記録」して次の5年後の点検へと繋いでいく、この4つのサイクルを確実に回し続けなければいけません。
今後は、診断した結果をもとに「どのような最適な補修メニュー(措置)があるか」までをAIが提示し、それがデジタルデータとして完璧に「記録」され、一つの大きな美しいループとなってサイクルが回り続ける包括的なシステムへと踏み込んでいきたいと考えています。
(溝田設計事務所 松尾氏):自治体は5年に1回、橋梁の「長寿命化修繕計画」を策定して公表することが義務付けられています。今回の橋梁アセスタで得られた高い精度の診断結果を、そのまま自治体の修繕計画や長寿命化の策定計画にダイレクトに結びつけ、自治体のインフラ全体最適の予算管理を支援する。単なる“書類作成の効率化”に留まらず、インフラの維持管理全体を救う仕組みづくりへ踏み込んでいくことが、私たちの次なる共創のテーマです。
(ドコモソリューションズ野山):私たちはR&Dとしての技術的検証を終え、今まさにこの価値を全国の現場へ届ける「社会実装」という大きなフェーズに挑んでいます。しかし、日本各地にある膨大な数のインフラの課題を解決していくためには、ドコモグループだけの力では足りません。これまで日本のインフラを守り続けてこられた全国の専門家のみなさまの知見が不可欠ですので、様々な方との連携を広げながら取り組んでいきたいと考えます。
まとめ
「橋梁アセスタ」の開発は、インフラ維持管理の現場で長年蓄積されてきた熟練技術者の「経験」と「勘」という大切な知の資産を、最先端のAIと協調できる形へ変換しようとする偉大な挑戦です。その本質は、単なる業務の自動化や時短のツールに留まりません。限られた人材と厳しい予算という制約のなかでも、日本のインフラの品質を守り、次の世代へ確かに技術を継承し、持続可能な社会を支えていくための「新しいインフラ防衛の仕組みづくり」にあります。
土木業界という閉じた世界のなかだけでは決して解けなかった深刻な社会課題に対し、異なる専門性を持つプレイヤーが「頼れるところには頼る」という強い覚悟で交わり、ワンチームでアジャイルに磨き上げたからこそ、現実に現場で使えるソリューションへと形にすることができました。橋梁アセスタが切り拓いたこの開発プロセスそのものが、これからの日本におけるインフラ維持管理、そして産学官共創のあるべき未来の姿を示しているのかもしれません。
深刻化するインフラの老朽化と技術者不足。
この大きな課題に対し、私たちはテクノロジーと現場の知見を融合させ、「橋梁アセスタ」を生み出しました。
― AIに頼り切るのではなく、人とAIが協働して大切なインフラを守り抜く ― それが、私たちのめざす未来です。
業界の壁を越え、次世代へつながるインフラDXを、私たちとともに実現しませんか。
【関連リンク】
- リリース:橋梁診断支援AI「橋梁アセスタ」を開発し、販売を開始 -AIエージェントで橋梁診断業務を最大80%省力化-(2026年4月23日)
- 橋梁アセスタ紹介資料(PDF形式:244KB)
- 「橋梁アセスタ」、「橋梁アセスタ」アイコンは、NTTドコモソリューションズ株式会社が商標出願中です。

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