いつでも、どこでもつながる。空から通信を変える「HAPS」とは

スマートフォンで通信ができず困った――。
そんな経験を持っている方も多いのではないでしょうか。イベントの様子をその場でSNSに投稿したいのにつながらなかったり、離島や山間部に行ったら圏外だったり。あらゆるシーンに通信が欠かせない今、つながらない瞬間があることは大きな課題です。そこで「いつでも、どこでもつながる」ための挑戦が、空を舞台に進められていることはご存知でしょうか。その名も「HAPS(ハップス、高高度プラットフォーム)」。この連載ではHAPSと、HAPSにより叶えられる未来を紹介。第1回では通信の歴史や仕組みから、HAPSへ迫ります。
「つながらない」はなぜ起こる? 知っておきたい通信のこと
「つながらない」はなぜ起こるのか。それを知るために、まず今の通信がどのように成り立っているのか解説します。
5Gって、なんのこと?
現在主流となっている5G通信。言葉としては聞いたことがあっても、意味までは知らない方も多いのではないでしょうか。5Gとは、移動通信システムの「第5世代(5th Generation)」の規格を示しています。“移動通信”とは、ユーザーが動いても通信を継続できるということです。移動通信システムの原点である1Gによって、移動しながら通話できる「携帯電話」が実現。通話は特定の場所でしかできないという、それまでの固定観念を破りました。1980年代のことです。

1Gでは音声通話のみでしたが、1990年代に2Gが登場するとメールの送受信やインターネット接続が可能になります。2000年代に入ると通信速度が大幅に向上しただけでなく、国際的な通信規格が定められ、携帯電話1つで外国でも通信ができる3Gへ。この頃最初期のスマートフォンも誕生しました。2010年代に4Gが登場して通信はさらに高速化し、動画や音楽のストリーミングサービス・スマートフォン向けゲームなど、通信を使って大容量のコンテンツを手軽に楽しめるようになりました。

そして2020年、「高速・大容量」「低遅延」「多数端末接続」といった進化を遂げた5Gが実用化。スマートフォンだけでなくIoT端末や自動運転、医療など多様な産業にも活用されるようになりました。移動通信システムは通信分野にとどまらず、多様な分野で社会変革を促進するシステムにまで成長したのです。

スマートフォンの通信が実は有線!? つながる仕組みと弱点とは
ところで、あなたが知人とスマートフォンでメッセージのやりとりをしているとき、どのような経路でデータが送受信されるかご存知でしょうか。もしかしたら、お互いのスマートフォンが直接電波でつながっているように感じているかもしれません。しかし、実際にスマートフォンからの電波を受け取っているのは近くの「通信基地局」という無線設備です。そこから光ファイバーなどの有線ケーブルを経由して、相手のスマートフォンやインターネットにつながっています。 このような基地局を各地に建て、ユーザーが移動してもスマートフォンと接続する基地局を切り替えてつながり続けるようにしているのが移動通信システムの仕組みです。

この仕組みは画期的であると同時に、移動通信システムの弱点でもあります。通信基地局という建造物に有線ケーブルを引かなければならないため、地理的な制約を強く受けてしまうのです。たとえば、海上や上空など物理的に基地局を設置できない場所ではそもそも有線ケーブルを接続することが困難ですし、人が住んでいる場所でも、山間部や離島などのへき地ではコストなどの観点から有線ケーブルの敷設が難しい場合もあります。また、地震や台風といった大規模な災害時には設備が破壊されたり、ケーブルが寸断されたりするリスクがあります。実際に令和6年能登半島地震では多くの基地局でサービスが一時中断し、なかには土砂崩れなどの影響で設備の復旧作業にも向かえない場面もあり、災害時のリスクが改めて浮き彫りになりました。

他にも、コンサートやイベントなど多くの人々が一か所に集中すると、一時的に基地局の処理能力を超えてしまって通信がひっ迫する場合もあり、都市部においても課題があるのが現状です。
スマートフォン以外にも、IoT端末や自動運転技術への応用など期待が高まる5G通信ですが、つながらなければその恩恵は受けられません。お客さまの利便性はもちろん、通信でこれからの社会を支えていくためにも、「つながらない」の解消は避けては通れない道となっているのです。
「いつでも、どこでもつながる」あなたとドコモの未来
さまざまな社会課題を解決できるライフラインへ
「いつでも、どこでもつながる」世界が実現したら、どんなことができるようになるでしょうか。
もし、海上でいつものスマートフォンで通信ができたら。海難事故の救助が迅速化するだけでなく、船舶従事者の余暇の幅が広がる。
もし、離島や山間部で通信ができたら。住民の孤立化を防ぐことができる。
もし、災害時でも通信が止まらなければ。被害をすばやく把握して、支援の加速や二次被害防止につながる。
「いつでも、どこでもつながる」。通信というライフラインを担う、ドコモが実現しなければならない未来です。そして、それは着実に現実のものとなりつつあります。
鍵は「HAPS」。なぜ注目されているのか
陸が無理なら上空から
いつでも、どこでもつながる未来に向けて注目されているのがNTN(非地上系ネットワーク)です。陸地に基地局を建ててネットワークを構築するTN(地上系ネットワーク)に対して、上空の人工衛星や無人飛行機によって広範囲に構築するネットワークのことで、地理的な制約を受けないメリットがあります。NTNを構成する要素としては高度約36,000kmのGEO(静止軌道衛星)、高度約300~2,000kmのLEO(低軌道衛星)、そして高度約20kmのHAPS(高高度プラットフォーム)の3つがあります。現在ドコモではGEOとLEOによるサービスを提供しています。

GEOでは1996年から衛星電話サービス「ワイドスター」(2025年現在は「ワイドスターⅢ」)を提供しています。非常に高い高度を地球の自転と同じ周期で周回するため、1機で日本全国をカバーでき、災害や気象にも影響されにくい特徴があります。東日本大震災や能登半島地震で被災地との連絡手段が限られるなかでも活躍しました。一方で高度の分データを送受信する往復距離も非常に長く、速度が必要な通信のニーズには対応が難しい場面がありました。
そこで脚光を浴びたのが、近年商用化されたLEOです。GEOよりもデータの往復距離が短いため通信速度が向上し、遅延も軽減されます。一方で、LEOはGEOよりも高度が低い分周回する周期が自転より早く、1機あたりでカバーできる範囲は狭くなるため、継続した通信を提供するためには大量の人工衛星を打ち上げる必要がありました。それを解決したのがSpaceX社のStarlinkです。ドコモグループは2023年からStarlinkによるサービスを開始し、能登半島地震の際には光回線の復旧までの通信確保手段として多く活用されました。

宇宙より近い。けれど未開。HAPSで成層圏を切り拓け
そして現在。LEOよりもさらに低い位置に通信基地局があれば、スマートフォンを使って、より高速で大容量の通信が可能になる。その実現に挑んでいるのがHAPSです。人工衛星ではなく、通信装置を搭載した無人飛行機が高度約20kmの成層圏中を巡航します。
ドコモは機体を開発するAALTO社と資本業務提携を結び、2026年のHAPS商用化をめざして研究や実証実験を進めています※。既存のGEOとLEOにHAPSも加えたドコモのフルラインナップNTNが実現すれば、TNと組み合わせてあらゆる場所で目的に応じた通信を行うことが可能になります。今までスマートフォンでは圏外と表示されていたようなエリアでも高速・大容量の通信を行うことができ、通信の力で多くの社会課題を解決できる未来が待っているでしょう。
ではなぜ、宇宙よりも近いはずの空で、通信プラットフォームの構築がまだ実現していないのでしょうか。続く第2回の記事では、HAPSの商用化で実現する未来と、商用化までの道のりを詳しく紹介。どのような壁が待ち受けていて、どのように突破しようとしているのか。その現在地をお見せします。
※ AALTO社との資本業務提携についてはこちらをご確認ください。
第2回はこちらから