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2026年4月 ドコモの事業に貢献するAI・サービス特集

スマートフォンログから認知機能を見守る「脳の健康チェックAI」

  • #ライフスタイル
  • #データ/AI活用
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畑元 雅璃(はたもと みやり)
河田 隆弘(かわだ たかひろ)
檜山  聡(ひやま さとし)
クロステック開発部

あらまし

認知症は日本における重要な保健医療課題の1つである.認知症の予防には,認知機能の変化をチェックし,早期の段階から脳トレなどの対策行動を取ることが重要である.そこで,スマートフォンログのビッグデータを基に,同年代の他者と比較した脳の健康度を統計的に算出する技術を開発した.本技術により認知機能テストなどを継続的に受けることなく,ユーザが自身の脳機能の変化を自覚することで,早期に自発的な予防行動を促すことができる.

01. まえがき

ドコモグループは,ヘルスケア・メディカル領域での事業に注力しており,「dヘルスケア®[1]」や「けんこうマイレージ[2]」といった健康管理・増進サービスの提供をはじめ,健康寿命の延伸,疾患予防,医療介護費の抑制などの社会課題の解決に取り組んでいる.さらにドコモでは,「いつの間にか健康になれる社会」の実現に向け,膨大な顧客基盤を活用し,ユーザの同意の下,収集したスマートフォンのデータを分析することで,ユーザの負担を伴わずに健康状態を推定するAIを開発している.これまでにフレイル推定AI[3],血圧上昇習慣推定AI[4],免疫力推定AI[5]などの多様な健康状態を推定するAIを開発し,ドコモグループのヘルスケアサービスへの機能提供やビジネスパートナーとの事業共創を通じて,これらAIの社会実装を推進してきた.現在もさまざまな健康状態の推定AI開発に取り組んでおり,それらの中から本稿では認知機能に関するAIについて記述する.
認知症は記憶・思考・判断力・見当識などの認知機能が低下し,日常生活や社会生活に支障を来した状態の総称である.日本においては,高齢化の進行に伴い認知症患者は一貫して増加しており,2060年には約645万人に達すると予測されている[6].認知症は医療・介護費の増大を通じて社会経済に大きな影響を及ぼすことなどから,日本における最も重要な保健医療課題の1つに位置付けられている.
認知症における脳内病理変化は,臨床症状が出るかなり前から進行することが知られており,発症後に失われた機能を十分に回復させることは困難である[7].そのため,認知症を発症する前の段階から,生活習慣や危険因子に働きかける早期対策が重要である.一方で,初期の認知能力低下は加齢によるものと受け止められやすく,本人や家族による自覚や受診が遅れがちである.実際,世界的には認知症の約75%が未診断と推計されている[8].このような背景から,日常生活の中で認知機能の変化をとらえ,対象の人間にその自覚を促す仕組みづくりが求められている.関連する取組みとして,日常会話に基づき認知機能低下の可能性を推定する会話型AIや,携帯端末で実施可能なゲーム感覚の認知機能検査などが提案されているが,いずれもユーザによる能動的かつ継続的なアクションが前提となっており,長期にわたるデータの記録や健康無関心層・高齢者層への普及には一定のハードルがある.
そこで,ドコモでは世代を問わず広く普及しているスマートフォンに着目し,他の推定AIと同様に日常的なスマートフォン利用により自動的に得られる各種ログを分析することで,脳の健康に関する指数を出力する「脳の健康チェックAI」を開発した.本技術では,ユーザ同意に基づき,日常利用のスマートフォンから得られるデータのみを⽤いることで,特別な操作や検査を必要とせず,継続的に脳の健康状況を数値化することができる.さらに指数に基づく改善行動の提案を行い,認知機能のセルフケアに向けた行動変容をユーザに促すことが可能である.
本稿では,脳の健康チェックAIの概要や商用サービスへの機能実装について解説する.

02. 脳の健康チェックAI

2.1 モデル構築

脳の健康チェックAIのモデル概要を図1に示す.本技術は,脳の健康指数推定モデルと年齢推定モデルの2つからなり,これらのモデルは,ドコモの提供するサービスアプリを通じ,ユーザの同意を得て収集された約800万人分に及ぶスマートフォンログのビッグデータを根拠に構築される.
モデル構築には20歳から80歳の男女のデータが用いられ,これらのデータから1週間分の画面オンオフ・アプリ起動・位置情報などのスマートフォンログを抽出した.これらのログを基に1日当りの画面オン回数,1週間で利用したアプリ数,1日当りの移動距離などの特徴量*1を複数作成した.作成した各特徴は,独自に定義した4つの脳の健康観点(脳の元気度,興味関心度,コミュニケーション度,身体活動度)のいずれかに対応づけられる.
まず,作成した特徴量の年齢による変化傾向を分析し,その結果,各特徴量は年齢に応じて一貫して増加または低下する傾向を確認した.そこで本技術では,特徴量が若年の傾向に近いほど,より脳が若く健康な状態にあるという定義の下,特徴量が若年の傾向にあれば対応する4つの観点で高い指数を付与する脳の健康指数推定モデルを構築した.具体的には,20歳から80歳の1歳区切りの年齢ごとに,各特徴量値の出現回数を集計し同年齢の人数で割ることにより,その特徴量値が得られる確率を計算する.この確率を老年傾向から若年傾向に向かって足し上げることで年齢ごとに特徴量値の経験累積確率分布*2を得る.
推論*3時には,この分布にユーザの年齢と特徴量値を入力することで,対応する累積確率が得られる.この確率値はユーザの特徴量値が同年齢の中で若年傾向の上位何%に位置するかを示し,0ならば最も老年傾向に近く,1ならば最も若年傾向に近いことを意味する指数である.すべての特徴量についてこの指数を算出し,対応する脳の健康観点ごとに平均値を求めることで,最終的に4つの脳の健康観点の指数を出力することができる.
さらに,すべての特徴量を説明変数*4,ユーザの年齢を目的変数*5とし,これらの関係を機械学習*6させることで,脳年齢を推定するモデルを構築した.これにより,ユーザは自身の実年齢とスマートフォンの利用傾向や行動特徴から推定される脳年齢を比較し,そのかい離度合いを把握することができる.

2.2 脳の健康チェックAIの活用

本技術では,年齢と日常的なスマートフォン利用によって得られるログのみを入力とすることで,自動的かつ継続的にユーザの脳の健康に関する指数を記録することが可能であり,さらに,同年齢の他者と比較した自身の指数や自身の能力の継時的な変化をユーザに把握させることができる(図2).
しかしながら脳の健康の改善においては,自身の健康度を把握するだけでなく,脳トレなど改善に向けた行動が求められる.そこで本技術では,4つの脳の健康観点のうち,最も指数が低かった観点について改善行動を促すメッセージを提供する(表1).これにより,脳の健康の改善に向けたセルフケアが期待できる.なお,本技術および改善行動メッセージについては,加齢医学の専門である東北大学 加齢医学研究所 川島隆太教授の監修を受けて作成している.

  1. 特徴量:データから抽出される,そのデータを特徴付ける量(数値)のこと.
  2. 経験累積確率分布:標本データに基づき,確率変数がある値以下となる相対頻度(推定された確率)を与える関数.
  3. 推論:モデルが新しいデータに基づいて予測や分類を行うプロセス.
  4. 説明変数:機械学習(*6参照)モデルにおいて目的変数(*5参照)を予測するために使うデータ.
  5. 目的変数:機械学習(*6参照)モデルが予測しようとする対象のデータ.
  6. 機械学習:事例を基にした統計処理により,計算機に入力(説明変数)と出力(目的変数)の関係を学習させる枠組み.

03. 商用サービスへの機能提供

本技術は2024年12月より,ドコモが提供する健康管理サービスであるdヘルスケアの有料会員限定機能「ヘルスチェックAI」に実装されており(図3),ユーザは「認知機能×歩くコース」というメニューを選択することで利用できる[9].
なお本技術は,ドコモが開発・運用する「HealthTech基盤*7」を通じてサービス提供されている[10].このHealthTech基盤は,脳の健康チェックAIをはじめ,免疫力推定AIや血圧上昇習慣推定AIなど,スマートフォンログを基に健康状態を推定するAIエンジンを集約したAPI(Application Programming Interface)*8基盤である(図4).サービス事業者のクライアントアプリからスマートフォンログを収集,サービスサーバへアップロードし,HealthTech基盤に搭載されている各種推定APIにリクエストすることで推定結果が返却される.これにより,パートナー事業者のニーズに応じた推定機能が提供可能であり,パートナー事業者が提供主体であるサービスにも本基盤の推定AIを組み込むことができる(図5).
脳の健康チェックAIについては,コンシューマ向けの認知機能セルフケアにとどまらず,認知トレーニングへの送客,保険や金融分野における認知機能の見守り・予防などで活用の可能性がある.今後はヘルスケアサービスだけでなく,多種多様な業界における事業パートナーとの共創の中でも活用を進めていく.

  1. HealthTech基盤:健康状態や各疾患リスクを推定するAIエンジンを集約したシステム.
  2. API:異なるソフトウェアやアプリケーション間で機能やデータをやり取りするためのインタフェース.

04. あとがき

本稿では,ドコモのスマートフォンログのビッグデータを活用した脳の健康チェックAIの構築や活用,HealthTech基盤を活用した商用サービスへの機能実装について解説した.今後は,医学的根拠に基づく検証を行い,モデルのさらなる改善を行っていく.また,HealthTech基盤を通じて共創パートナーへの提供事例を拡大し,認知機能のセルフケアを促進することで,社会課題の解決に寄与することをめざす.

文献

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