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2025年7月 空間データプロジェクト特集

空間データ基盤を活用した3D電波可視化技術

  • #データ/AI活用
  • #無線通信
  • #ネットワーク
English

豊田 悠真(とよだ ゆうま)
前沖 翔(まえおき しょう)
横野 脩也(よこの なおや)
山田 渉(やまだ わたる)

サービスイノベーション部

あらまし

電波品質調査は無線アクセスネットワークの品質向上のために行われるが,調査で収集した電波情報と周辺環境の関係を直感的に理解することが難しいという課題があった.この課題に対処するため,高精度で写実的な3D空間を生成(Gaussian Splatting)し,その空間に電波の情報を重畳表示する技術を研究・開発した.この技術によって,空間内に伝搬する電波の状況を直感的に理解できるようになり,より効果的なエリアプランニングができるようになることが期待される.

01.まえがき

ドコモのエリアプランナーは,お客さまの申告や内部調査の結果に基づき,電波品質が良くないエリアや重要施設における電波状況を詳細に把握するため,そのエリアの電波品質調査を行っている.電波品質調査では実際に調査エリアに赴き,そのエリアの電波品質情報を収集する.エリアプランナーはその調査結果を参考にしながら電波品質改善の方針を検討している.この調査で得られた位置情報とその電波品質情報を対応づけたデータを本稿では電波マップと呼ぶこととする.
代表的な電波マップの作成方法(以下,従来手法)は大きく以下の3ステップである.まず,調査エリアの地図と電波測定用の端末を用意し,調査エリアに行く.次に,エリア内の電波品質が気になる地点で持参した電波測定用の端末を用いて電波品質情報を取得する.最後に,取得したデータを地図上に書き込む.このように,従来手法による電波マップ作成は,測定した電波品質情報の記録をその場で手作業によって行っているため,大きな負担となっている.特に,屋内においてはGNSS(Global Navigation Satellite System)*1信号を安定して利用できず,手作業で取得した位置情報と電波品質情報の紐づけが必須となるため,これが現地での電波品質調査に手間がかかる要因の1つとなっている.
それに対して,スマートフォンのカメラやLiDAR(Light Detection And Ranging)*2を活用した位置情報取得による効率的な電波マップ生成の手法も提案されている[1]~[3].しかし,これらの手法は,生成される電波マップが2D地図に限られているため,電波の空間的な分布を直観的に把握するには限界があるほか,高価な機器が必要で手軽に電波品質調査に利用できないという問題がある.
そこでドコモは,安価に現実空間の精密な3Dスキャンを実現する空間データ基盤[4]を用いて,電波品質情報を3D空間上に可視化した電波マップを作成する技術[5](以下,3D電波可視化技術)を提案する.本技術によって生成される電波マップの具体例を図1に示す.本図は写実的な3D空間上に電波品質情報が重畳表示されているものであり,この例では電波品質が良い環境を赤く,電波品質が悪い環境を黒く表現している.本技術は,調査環境のレイアウトや構造と,そこに分布する電波の状況を同時に確認できるため,電波品質の直感的な理解の促進と対策検討に貢献できるものである.今後,6Gにおいてはさらに屋内基地局が増えていくため,このような技術は重要であると考えられる.
本稿では,3D電波可視化技術の詳細と,生成した電波マップに対するドコモのエリアプランナーによる評価結果について解説する.

  1. GNSS:GPSや準天頂衛星などの衛星測位システムの総称.
  2. LiDAR:レーザー光を用いて物体までの距離を検知することが可能なリモートセンシング技術.

02.空間データ基盤を用いた電波品質の3D電波可視化技術

2.1 概要

3D電波可視化技術では,全方位カメラとスマートフォンを組み合わせたデバイスを使用する.全方位カメラで撮影した映像データとスマートフォンで測定した電波品質情報を組み合わせることで,写実的な3D空間に電波品質情報を重畳表示する.

2.2 3D電波可視化技術の仕組み

本技術は4つの主要なステップで構成される(図2).
①映像撮影と電波品質情報の測定
まず初めに,全方位カメラによる映像の撮影と,スマートフォンによる電波品質情報の収集を同時に行う.
②映像データの処理
続いて,空間データ基盤を用いる.全方位カメラで撮影した映像データを本基盤へ入力することで,撮影時の3Dの写実的な空間データとカメラの位置データを生成する.
③電波品質情報の処理
電波品質情報は一般的な通信品質を評価するために重要な指標であるが,単体ではどの地点で取得された情報であるかという位置情報と結びついていないので活用が難しい.これを解消するために,このステップでは,測定した電波品質情報と②で映像データから得られたカメラの位置データを結びつけた突合データを作成する.ここで対象とする電波品質情報の種類としては,バンド*3,RSRP(Reference Signal Received Power)*4,RSRQ(Reference Signal Received Quality)*5,PCI(Physical Cell ID)*6などがある.なお,この際の位置情報と電波品質情報の突合は,測定経過時間をキーとして実施する.
④3Dの電波マップの作成
このステップでは,②で生成した写実的な3D空間データ上に③で処理した突合データを組み合わせ,電波品質情報を3D空間に重畳表示することで,3Dの電波マップを生成する.図2④のように,空間データ上に分布する電波品質情報を色分けして空間表示することで,電波状況を一目で把握することが可能となる.

  1. バンド:端末が通信を行う際に利用する周波数帯を表す.
  2. RSRP:端末で測定される参照信号の受信電力.端末の受信感度を表す指標の1つ.
  3. RSRQ:セル固有の参照信号の電力と,受信帯域幅内の総電力の比を表す.
  4. PCI:物理的なセル識別子.

03.評価実験

3D電波可視化技術について,以下の2つの観点で実験により評価を行った.
・電波品質調査の効率性
・電波品質改善のための分析および対策検討における有用性

1点目の観点について,従来手法と本技術とで,同一測定時間における電波品質情報の測定点数を比較した.また,2点目の観点について評価を行うため,ドコモのエリアプランナーに対してアンケートとインタビューを行い,2Dの地図上に測定した電波品質情報を可視化した2Dの電波マップ(以下,2D電波マップ)と本技術の比較を実施した.

3.1 実験設定

今回実施する2つの実験では,ドコモが運営するdocomo R&D OPEN LAB ODAIBA内の一部区画を調査エリアとして,電波マップ作成のために映像の撮影と電波品質情報の取得を行った.本技術での電波マップ作成には,映像撮影用の全方位カメラとしてRICOH THETA Xを,電波品質情報測定用のスマートフォンとしてGoogle Pixel 8 Proを採用した.なお,電波品質情報はAndroid SDK(Software Development Kit)*7を用いて取得した.

3.2 電波品質調査の効率化

本技術による電波マップ作成の効率性について,電波マップ作成時の電波品質情報の測定点数で評価した.具体的には,従来手法と本技術とで測定時間を同一条件とし,その時間内で,測定した位置とその位置における電波品質情報を対応づけて記録できた数を比較した.
実験の結果,7分の測定時間において,従来手法による測定点数は23であった(図3(a))のに対し,本技術では188であった(図3(b)).これらの結果より,本技術は従来手法と比較して同じ時間で約8.2倍の測定点数を取得できることが分かる.よって,本技術は短時間で多くの測定点数を取得することが可能となるため,高密度な電波マップを効率的に作成でき,手作業での電波品質調査における大きな負担の解消に繋がると考えられる.

3.3 電波品質改善のための分析および対策検討における有用性

(1)実験の概要
電波品質改善のための分析および対策検討において,本技術によって作成した3Dの電波マップがどの観点で有用であるかを評価するために,ドコモのエリアプランナー3名に対してアンケートとインタビューを実施した.まず,従来の2D電波マップ(図4(a))と本技術の3D電波マップ(図4(b))を順にエリアプランナーに提示し,アンケートに回答するよう依頼した.その後,アンケートの内容についてヒアリングを行った.
アンケートは,以下の4つのカテゴリを含む6つの質問で構成される.
・調査エリアの外観の認識(Q1):対象エリアの外観および構造を理解できるかどうか
・電波状況の把握(Q2~4):電波品質情報のうち,RSRP(Q2),バンド(Q3),およびPCI(Q4)の分布を解釈できるかどうか
・電波品質の改善策提案の容易性(Q5):電波品質を改善するための対策案を計画するために十分な情報が与えられているかどうか
・全体評価(Q6):どちらの手法が電波品質改善において有用か

各質問に対して,5段階のリッカート尺度*8で評価を行った.評価結果が1に近づくほど従来の2D電波マップが優れていることを示し,5に近づくほど本技術が優れていることを示す(図5).
アンケート回答後のヒアリングは,3名のエリアプランナーとグループヒアリング形式で実施した.具体的には,アンケートへの回答理由について追加でヒアリングを行い,本技術が実際の電波品質改善に向けた分析や対策検討においてどの観点で有用であるかを議論した.
(2)実験結果
実験の結果を総括すると,本技術は調査エリアに対して,分布する電波状況の直感的な把握が可能であるため,調査エリアの外観把握と電波品質改善に向けた対策検討に有効であることが示された.一方,2D電波マップは調査エリア全体に対する電波状況の分布が一目で確認可能であることから,大域的な電波状況の把握において優れることが分かった.アンケートの集計結果を図5に示す.また,以降にQ1~6の各評価カテゴリにおけるアンケートおよびそれに対するヒアリング結果の詳細を述べる.
(a)調査エリアの外観の認識:Q1に関して,すべてのエリアプランナーが,本技術のほうがより優れていると評価した.評価の中で,「本技術で作成した電波マップは,調査エリアの構造,そして机や椅子などのオブジェクトの配置を直感的に把握できるため,電波品質改善のための検討において有益である」との指摘があった.
(b)電波状況の把握:Q2~4の回答結果が示すとおり,意見が分かれる結果となった.Q2,3において本技術を高く評価したエリアプランナーCは,調査エリアの構造を可視化した3D空間上で電波の強度と分布を可視化できる点を指摘した.一方,Q2~4において,2D電波マップを高く評価したエリアプランナーAは,「本技術は局所的な電波状況を理解する上では好ましいものの,2D電波マップは調査エリアに対する電波状況の大域的な分布を瞬時に理解する点で優れる」と主張した.これらの結果は,従来の2D電波マップは電波状況の全体的な可視性の点で優位であることに対し,本技術は空間上の電波伝搬を考慮したより詳細な電波状況の把握において有効であることを示唆している.
(c)電波品質の改善策提案の容易性:Q5の回答結果より本技術の優位性が示された.窓の配置やオブジェクトの高さを含む写実的な3Dデータが,電波品質改善のためのアプローチを検討する上で価値があると評価した.具体的には,電波伝搬において,エリアの構造やオブジェクトの配置によって変化する減衰や反射や干渉などの影響を分析することが可能になると考えられる.
(d)全体評価:Q6では,本技術が従来の2D電波マップと比較して優位である傾向を示した.エリアプランナーは,空間データとして再現された測定エリア上に電波状況が可視化される点が,電波品質改善のための具体的なアプローチの検討を促す情報となると指摘した.この結果は,従来の2D電波マップと比較して,3D電波マップによる調査エリアの電波状況の直感的な理解が,電波品質を改善するための対策検討に有用であることを示唆している.

本実験の結果から,3D電波可視化技術によって作成した3D電波マップと従来の2D電波マップには,エリアプランナーによる電波品質改善策の検討において効果的な活用シナリオにそれぞれ違いあることが分かった.よって,今回紹介した技術と従来の2D電波マップそれぞれの長所を活かし併用することで,調査エリアの電波品質改善に向けた対策をより促進することができると考える.

  1. SDK:アプリケーションを作成するときに必要となる,ドキュメント,ツール,ライブラリ,サンプルプログラムなどからなる開発キット.
  2. リッカート尺度:一般的なアンケートで良く用いられる,質問に対して多段階の評価尺度を事前に設定し,回答者が最も合意する段階を選択するアンケート形式のこと.

04.あとがき

本稿では,空間データ基盤を用いた電波品質の3D電波可視化技術について解説した.本技術は,映像データと電波品質情報を同時に収集することにより,測定された電波状況を写実的な3Dデータで視覚的に表現する電波マップを生成する.この方法により,電波品質改善に役立つ電波マップを効率的に作成できる.また,評価実験を通して,本技術が電波マップを従来手法より効率的に生成できることを実証した.さらに,ドコモのエリアプランナーによる評価を通じて,本技術によって作成した電波マップが提供する直感的な視覚情報が,電波品質改善のための分析および対策立案において有用であることが示された.今後はさらなるネットワーク効率化に向け,電波シミュレーションのためのメッシュ化技術などの開発と利便性向上を行い,お客さまのユーザ体感品質向上に貢献していく.加えて,空間データ基盤の応用として,さらに異なる活用先を研究・開発を通じて模索していく.

文献

  • [1] D.-I. Nastac, E.-S. Lehan, F. A. Iftimie, O. Arsene and B. Cramariuc:“Automatic Data Acquisition with Robots for Indoor Fingerprinting,” Proc. of 2018 International Conference on Communications, pp.321–326, Jun. 2018.
    https://ieeexplore.ieee.org/document/8484796別ウインドウが開きます
  • [2] T. Liu, X. Zhang, Q. Li and Z. Fang:“A Visual-Based Approach for Indoor Radio Map Construction Using Smartphones,” Sensors, Vol.17, Issue.8, Aug. 2017.
    https://www.mdpi.com/1424-8220/17/8/1790別ウインドウが開きます
  • [3] Y.-C. Lee and W. Yu:“3D Portable Mapping System to Build Radio Fingerprints and Spatial Map,” Proc. of 2020 International Conference on Information and Communication Technology Convergence, pp.1641–1643, Oct. 2020.
    https://ieeexplore.ieee.org/document/9289465別ウインドウが開きます
  • [4] 山田,ほか:“空間データ基盤の概要,”本誌,Vol.33,No.2,Jul. 2025.
  • [5] Y. Toyoda, S. Maeoki, N. Yokono and W. Yamada:“3D Photorealistic Radio Map Generation Using Gaussian Splatting toward On-site Surveys,”Indoor Positioning and Indoor Navigation – Work-in-Progress Papers 2024, CEUR Workshop Proceedings, Vol.3919, Feb. 2025.
    https://ceur-ws.org/Vol-3919/short10.pdf別ウインドウが開きます
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