シェアモビリティサービスにおけるリソースの最大活用をめざした需給最適化技術
- #ライフスタイル
- #データ/AI活用
小出 英理(こいで えり)
三村 知洋(みむら ともひろ)
クロステック開発部
妹尾 克哉(せのお かつや)†
第1プロダクトデザイン部
† 現在,株式会社ドコモ・バイクシェア
あらまし
近年,マイクロモビリティのシェアサービスは,ラストワンマイルの移動をカバーするサービスとして注目され普及が進んでいる.利用者が増加している一方,ポート数・車両台数が増加することで,ポートごとの車両の配置数やバッテリの状態などを適正に保つ「再配置業務」の効率化が課題となっている.ドコモはこの課題を解決するために,需要予測結果を基に回収・配置とバッテリ交換という2つの作業を同時最適化した再配置ルートを作業者にレコメンドするシステムを開発した.
01.まえがき
自転車やキックボードなどのマイクロモビリティを,街中に設置されたポートで利用者が自由に借りたり返却したりできるシェアモビリティサービスは全国に拡大している.中でも,シェアサイクルサービスを本格導入している都市の数は,令和4年度末時点で305となっており,公共交通機関との連携も進む中,重要な移動手段としての立ち位置を確立している[1].
シェアモビリティサービスがこうしたラストワンマイルの移動をカバーするサービスとなり得るのは,利用者があるポートから別のポートへと街中を自由に移動できるためである.貸出ポートと返却ポートが異なっても良いという点がシェアモビリティサービスの特長である一方,こういった利用によって,ポートごとの利用可能車両台数(以下,車両台数)には偏りが生じてしまう.このため,一部のポートでは利用可能な車両が不足して車両が借りられないという状況が生じ,利用者にとってのサービス品質が低下する一方,車両が集中したポートでは,車両が道路などにはみ出すこともあり,歩行者や他車両などの通行の妨げにもなる.また,多くのシェアモビリティサービスでは電動アシスト用や駆動用にバッテリが車両に搭載されており,サービスの提供にあたっては低残量のバッテリの交換が必要となる.
このような車両台数の偏りを解消しバッテリの状態を適正に保つために,図1に示すようにポートをトラックで訪問して車両の回収・配置を行うとともに,バッテリ交換を行っている.この運用業務のことを「再配置業務」という.シェアモビリティサービスの規模が拡大するにつれ,この再配置業務の負担が増大していることが大きな課題となっている.
この課題を解決するためにドコモでは,シェアモビリティの利用実績やモバイル空間統計®*1を用いて,各ポートの貸出・返却の需要を予測し,その結果を基に,訪問するポートやその順番,回収・配置する車両台数を最適化した作業計画を作業者に対して提示するシステムを2020年に開発した[2].
しかし,このシステム(以下,旧システム)では,車両を回収するポートと回収した車両を配置するポートをペアで提示することしかできなかったことに加え,バッテリ交換を考慮できておらず,業務実態に則した再配置計画を提示することができなかった(図2上).
そこでドコモは,実業務の中でより使いやすいシステムをめざして,作業者へのヒアリングの下,回収・配置とバッテリ交換を同時最適化し,これらの作業を柔軟に組み合わせた再配置計画の提示が可能な「シェアリングオペレーション最適化システム」を開発した.
本稿では,本システムの概要と,実運用を通じた効果検証結果について解説する.
- モバイル空間統計®:モバイル空間統計®は株式会社NTTドコモの登録商標.
02.背景
前述のとおり,再配置業務はポートの車両台数の偏り解消と低残量のバッテリ交換を目的として行われるが,限られたトラック台数ですべてのポートを同時に訪問することはできないため,適切に訪問ポートや回収・配置・バッテリ交換台数を決める必要がある.そこで作業者は,各ポートの状態を確認しながら曜日や天気,時間帯などの状況を踏まえて経験に基づき,訪問ポートや回収・配置・バッテリ交換台数を決めて再配置業務を行ってきた.しかし,ポートや車両の数が年々増加しており,それに伴い再配置業務で考慮すべき対象の数も増えたことで,再配置業務は複雑化の一途を辿っている.
ドコモが2020年に開発したシステムが実現した再配置業務の最適化とは,トラックの最大積載量や移動距離などのさまざまな制約の中で,サービス提供エリア内の溢れ・不足ポートを最小化するように訪問ポートと作業台数を決定するもので,複雑な再配置業務の効率化に貢献した.
03.シェアリングオペレーション最適化システム
3.1 旧システムの課題
旧システムにおいて再配置業務の最適化のために使われている従来の再配置計画技術では,バッテリ交換を考慮した最適化ができず,「1つのポートで回収し,回収した車両を1つか2つのポートにすべて配置する」レコメンド*2を出すという仕組みをとっていた.しかし,実際の再配置業務においては複数のポートで回収を行った後,1つのポートにすべての車両を配置したり,途中でバッテリ交換のためだけにポートに立ち寄ったりすることがあるため,実際の再配置業務の中でレコメンドを活用し難いという声が現場の作業者たちから上がっていた.
そこでシェアリングオペレーション最適化システムを開発するにあたって,より作業実態に則した現場で活用しやすいレコメンドを出すことをめざし,新たな再配置計画技術を開発した.
3.2 本システムの概要
新たな再配置計画技術では,図2に示すとおり以下3点の特長を備えている.
- トラックの積載車両台数・バッテリ数を考慮できる
- 次の3つの作業を任意に組み合わせることができる
- 回収
- 配置
- バッテリ交換
-
一定時間先まで計画を立てることができる
この新たな再配置計画技術の開発により,溢れ・不足ポートの最小化に加えて,バッテリの低残量状態車両の最小化も目的とした最適化,つまり回収・配置とバッテリ交換の同時最適化を実現した.
再配置最適化というテーマは全世界で研究されており,Runqiu Huら[3]は多目的進化型アルゴリズムを用いて,Meng Xuら[4]は強化学習*3モデルを用いてこのテーマに取り組んだが,膨大なポートと車両が存在する実サービスにおいて,車両の回収・配置とバッテリ交換の同時最適化は達成できていなかった.そのため,本システムの実運用は,シェアモビリティ業界を安定的に発展させる上で重要な取組みである.
本システムでは,シェアモビリティの利用実績やモバイル空間統計を用いて,24時間先まで1時間ごとに,貸出・返却の回数を推定して各時刻・各ポートに配置されている台数を旧システムと同様に予測する.加えて本システムでは,その予測結果とポートごとに定められた溢れ・不足のしきい値である溢れ制約台数,不足制約台数を用いて溢れや不足の状態を判定し,新たな再配置計画技術により再配置計画を立てる.作業者は,タブレット端末などでシステム画面のルート検索ボタンを押下することで,そのときその場所を出発した場合の一定時間先までの最適な作業計画を確認することができる.作業計画には作業を行うポートの順序と各ポートでの回収・配置台数やバッテリ交換台数が示されており,これらを確認しながら作業者は再配置業務を行うことができる.
3.3 新たな再配置計画技術
本システムに実装されている新たな再配置計画技術について,処理の流れを以下に解説する.
(1)各ポート推奨作業台数の算出
ポートごとの現在の車両台数とトラック積載台数を基に,各ポートで回収・配置・バッテリ交換をする場合の推奨作業台数を,以下の式に則り求める.
- 推奨回収台数=min(溢れ台数,最大積載台数-現在の積載台数)
- 推奨配置台数=min(不足台数,現在の積載台数)
- 推奨バッテリ交換台数=min(バッテリ低残量台数,現在の積載台数)
なお,上記の算出式の中で,溢れ台数は各ポートの車両台数が溢れ制約台数を上回っている台数,不足台数は各ポートの車両台数が不足制約台数を下回っている台数,バッテリ低残量台数は各ポートに存在するバッテリ残量がしきい値を下回る車両の台数を指している.
(2)各種特徴量*4の作成
再配置業務を最適化する上で考慮すべき事象を定量的な数値に変換した各種特徴量を作成する.ここではいくつかの特徴量について解説する.
・将来の累積溢れ・不足台数
ポートごとに溢れ制約台数・不足制約台数の2つの設定値が定まっており,需要予測で得られた各ポートの車両台数の将来予測値がこれらの設定値を上回る・下回るときをそれぞれ「溢れ」「不足」と定義する.図3のような,将来の一定時間後まで溢れている台数の積分値と不足台数の積分値を特徴量として扱うことで,将来の溢れ・不足の傾向を考慮して再配置計画を立てることができる.
・移動効率
現在地から各ポートまでの距離の逆数を特徴量とし,移動時間も最適化の対象として扱う.
・利用創出貢献度
配置・バッテリ交換については,その作業を行った後すぐに回収されたり利用されることなくポートに残ったりするようなポートで行うよりも,何度も利用されるようなポートで行うほうが効率的である.このような考え方を再配置計画に反映するために,利用創出貢献度という特徴量を以下のように作成する.
まず事前に,各ポートの各時間帯に配置されていた車両が次にトラックで回収されるまでに利用された回数の統計値を求めておく.特徴量作成時には,(1)で求めた各ポートの推奨配置台数(推奨バッテリ交換台数)と利用回数統計値を掛け合わせ利用創出貢献度として扱う.
(3)各ポート・各作業の評価値の計算
ポートp,作業oの評価値Sp,oは,以下の式のように(2)で求めた各種特徴量fnp,oに対し,レコメンドパラメータ(重み)wnをかけ求められる.なお,nは特徴量の種類ごとに割り振られた番号を表す.
Sp,o = w1∙f1p,o + w2∙f2p,o… + wn∙fnp,o
その結果,現在地からの距離が近く,溢れや不足,バッテリ切れに効果的にアプローチできるポート・作業の評価値が大きくなる.
(4)訪問ポートの決定
(3)で求めた評価値が最大のポートを訪問ポートとする.
(5)各種情報のリセット
次の訪問ポートを決定するために,現在地を(4)で決定した訪問ポートの位置に変更し,積載台数およびポートの車両台数を(4)で訪問して作業した内容を基に加減算する.
(6)再配置計画を立てる
あらかじめ定めた時間(60分後など)まで(1)〜(5)を繰り返す.
3.4 シミュレータとレコメンドパラメータ最適化
前述のとおり,各種特徴量にレコメンドパラメータをかけて評価値としている.シェアモビリティサービス全体を適切な状態に保ち続けるためには,最適なレコメンドパラメータを設定しなければならない.しかし,再配置を行うと周辺のポートにも影響を与えて車両の移動に変化が生まれるため,それらを考慮した上でレコメンドパラメータwnの最適化の目的関数*5を設定する必要がある.
そこで,車両の移動確率などの統計量データを基に,利用者や再配置トラックによる車両移動を再現するためのシミュレータを開発し,これを用いて目的関数の値を求め,レコメンドパラメータwnのベイズ最適化*6を行った.目的関数は,溢れの発生しているポートの比率バッテリ切れ車両台数,利用創出貢献度などを事業者のサービス特性に合わせて選ぶ.
- レコメンド:ユーザに合わせて,商品やコンテンツを推薦すること.
- 強化学習:ある環境内におけるエージェントが,現在の状態に対し,取るべき行動を決定する問題を扱う機械学習の一種で,一連の行動を通じて報酬が最も多くなるような方策を学習する.
- 特徴量:データから抽出される,そのデータを特徴づける値のこと.
- 目的関数:最適化問題を解く上で,最大化もしくは最小化する対象の関数のこと.
- ベイズ最適化:未知の目的関数に対し確率モデルを用いることで,限られたデータから効率的に最適解を探索する最適化手法の1つ.
04.効果検証結果
シェアリングオペレーション最適化システムをドコモ・バイクシェア*7に導入し,本システムの効果検証を行った.具体的には,東京広域連携エリアで再配置業務に活用し,旧システムから本システムへの切替え前後1カ月ごとの各種KPI(Key Performance Indicator)*8を比較した.その結果を表1に示す.
- 溢れポート率は,30分ごとに全体のポートのうち溢れていたポートの比率を求めた値のことであり,システム導入前の1カ月間と導入後の1カ月間の溢れポート率の平均値を比較すると8.5%減少していた.溢れポート率は利用数の影響を受けるため,図4に示すとおり利用数に溢れポート率を対応させてシステム導入前後を比較したところ,利用数が同じ場合にも溢れポート率が減少していることが確認できた.
- また機会損失回避効果は,図5に示すとおり,各ポートの実際の台数から,配置・バッテリ交換を減算した台数が0を下回った台数を集計した値であり,システム導入前後を比較すると3.8%改善が見られた.
上記のように,「溢れ」および「不足・バッテリ低残量による機会損失」という2つのKPIについて,システム導入が改善に寄与したと考えられる.
- ドコモ・バイクシェア:株式会社ドコモ・バイクシェアが提供するシェアサイクルサービス.利用者は,街のさまざまな場所に設置された専用の駐輪場を自由に選んで自転車の貸出・返却をし,電動アシスト付き自転車で快適に移動できる.
- KPI:ユーザやシステム性能を測るための主な指標.
05.あとがき
本稿では,ドコモが開発したシェアリングオペレーション最適化システムの概要と,本システムの実運用を通じた効果検証結果について解説した.将来の累積溢れ・不足台数や利用創出に関する特徴量を作成するとともに,新たに開発したシミュレータを用いてレコメンドパラメータを最適化し,実業務の中でより活用しやすく柔軟な作業レコメンドが可能な再配置計画技術を開発した.また,これを用いた本システムの実運用を通じた効果検証の結果,溢れポート率と機会損失回避効果に改善が見られた.今回効果検証を行った東京は通勤・通学など日常利用が多い地域であったが,地域によっては観光客の利用が多いなど,抱えている課題が異なる場合があり,求められる再配置もそれに応じて変わることがある.そこで今後はさまざまな状況・モビリティに対応できるように技術の磨き込みを行う予定である.
文献
-
[1]国土交通省 都市局 街路交通施設課:“公共交通とシェアサイクル,”Mar. 2024.
https://www.mlit.go.jp/toshi/content/001736789.pdf
-
[2] 石黒,ほか:“ドコモ・バイクシェアにおけるAIを活用した自転車の再配置作業最適化の取組み,”本誌,Vol.28,No.4,pp.22-30,Jan. 2021.
https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol28_4/vol28_4_005jp.pdf
-
[3] R. Hu, Z. Zhang, X. Ma and Y. Jin:“Dynamic Rebalancing Optimization for Bike-Sharing System Using Priority-Based MOEA/D Algorithm,”IEEE Access, Vol.9, pp.27067-27084, Feb. 2021(DOI:10.1109/ACCESS.2021.3058013).
-
[4] M. Xu, Y. Di, Z. Zhu, H. Yang and X. Chen:“Designing van-based mobile battery swapping and rebalancing services for dockless ebike-sharing systems based on the dueling double deep Q-network,”Transportation Research Part C: Emerging Technologies, Vol.138, May 2022.https://doi.org/10.1016/j.trc.2022.103620