AIを用いたカボニューレコードにおけるエコ行動算出およびエコ行動促進技術
- #ライフスタイル
鈴木 明作(すずき めいさく)
吉川 裕木子(よしかわ ゆきこ)
クロステック開発部
冨樫 勇哉(とがし ゆうや)
サービスイノベーション部
関口 佑樹(せきぐち ゆうき)
経営企画部
あらまし
近年,世界的にカーボンニュートラルへの関心が高まっている.そこでドコモでは,エコ行動促進を目的に,半自動でエコ行動記録が可能なエコ行動算出システム,および行動経済学のナッジを用いてユーザに行動変容を促すエコ行動促進プッシュ通知システムを開発した.これらの導入により,累計CO2排出削減量約11万トン相当(2024年9月時点)のエコ効果の可視化を可能にし,ユーザの持続的なエコ行動促進向上に繋げた.
01.まえがき
近年,世界的に「カーボンニュートラル*1」への関心が高く,日本政府は2050年までにカーボンニュートラルをめざすことを宣言しており,ドコモも2030年までに実質ゼロにする「2030年カーボンニュートラル宣言」[1]を発表している.一方で,カーボンニュートラル実現のための個人レベルの「エコ行動」はまだ社会に浸透していない.また,ユーザにとっては,自身の日常の行動がどの程度,環境にとって良いものになっているかが分からないといった課題がある.
そこでドコモでは,ユーザの日常のエコ行動の記録を半自動で行う「エコ行動算出システム」と,行動経済学で用いられるナッジ*2を活用してユーザの行動に介入を行う「エコ行動促進プッシュ通知システム」を開発し,ドコモが提供するサービス「カボニューレコード*3」[2]に組み込んだ.
本稿では,カーボンニュートラル実現のためのカボニューレコードを支える技術について解説する.
- カーボンニュートラル:CO2の排出・吸収量をプラスマイナスゼロの状態にすること.
- ナッジ:人間の思考の癖を利用し,ユーザにとって望ましい選択をするように促す行動変容に関する手法の1つ.
- カボニューレコード:ドコモが提供する,エコ行動を可視化するサービス.
02.カボニューレコード
カボニューレコードは日常のエコな行動を可視化するサービスであり,ドコモ会員にかかわらず誰でも無料で利用することができる(図1).2023年1月にサービスを開始して以降,これまでのCO2排出削減可視化量は,約11万トン相当(2024年9月時点)に上る.カボニューレコードでは,日常のエコ行動を,「CO2削減量」とカボニューレコード独自の環境貢献度指標である「Reco」として可視化している.
エコ行動の記録方法には,自動記録,手動記録の2つがある.
- 自動記録では,エコ行動算出システムが,ドコモサービスである「dヘルスケア」[3]「ドコモでんき」[4]「グリーン5G」[5]などと連携して,それらのサービス利用状況に応じて,ユーザが記録作業を行わずにカボニューレコードアプリ上で記録が行われる.サービスごとのエコ行動の算出については,環境省が報告している排出原単位*4などを参考に独自の計算式により行い,計算式は第三者認証を取得している.
- 手動記録では,節電や節水など,環境省が定めるゼロカーボンアクション30[6]を根拠に設定したエコ行動について,ユーザが自身のスマートフォンを使ってカボニューレコードアプリに記録する.その際,本サービスでは,エコ行動促進プッシュ通知システムを用いてユーザの行動変容を行っている.
- 排出原単位:活動ごとに規定された単位当りのCO2排出量.
03.カボニューレコードを支える技術
3.1 エコ行動算出システム
(1)基地局位置情報を活用した移動手段推定
基地局から推定される位置情報(以下,基地局位置情報)に基づく移動手段の推定には,「docomo Sense」*5が用いられている.
docomo Senseでは,まずあらかじめ許諾を得たユーザの基地局位置情報からユーザが移動中か基地局エリア内滞在中かを判定し,移動中であれば移動を示す基地局位置情報を用いて移動経路を推定する(図2).
続いて,移動経路に対して,移動速度や路線データ,駅・空港・港などの施設データを用いて,ユーザが選択した移動手段を推定する.対象となる手段は「徒歩」「車」「電車」「新幹線」「飛行機」「フェリー」「長距離バス」であり(自転車は対象外),また,1つの移動経路において複数の移動手段を利用する場合も推定できる仕組みとなっている.
例えば,移動速度が遅い場合は徒歩と推定する.移動速度が速い場合には,道路上もしくは線路上を通過しているのかを考慮することで,車・電車・新幹線などを推定する.移動経路が空港から空港であり,長距離を直線的にかつ一定以上の速度で移動していれば飛行機として推定し,海上を移動している場合はフェリーとして推定するというような処理となる.
(2)エコな移動を基にしたスコア自動算出
docomo Senseで推定した移動手段結果に基づいて,スコア自動算出機能はユーザのエコな移動を自動的に算出する.ユーザが公共交通機関で移動していた場合,一般的なガソリン車と比較してCO2排出量が少なくなるため,カボニューレコードのポイントに相当するRecoを付与する.
本機能により,ユーザが移動履歴を入力する手間を省き,エコな行動を記録する仕組みを実現している.仮に移動手段結果に誤りがある場合は,ユーザがカボニューレコードアプリを操作することで,正しい移動手段に訂正することが可能となっている.Recoは訂正内容に合わせて再度自動算出される.
3.2 エコ行動促進プッシュ通知システム
(1)行動変容とナッジ
行動変容とは,行動経済学における人間の行動理論に基づいて,ユーザにとって望ましい選択をするようにそっと後押しする手法やアプローチを指す.このような働きかけは,健康促進,環境保護,都市渋滞などのさまざまな社会問題の解決に活用されている[7][8].
行動変容を促す手法の中でも,人間の思考の癖を利用するナッジが注目されており,プッシュ通知に表示させるメッセージにナッジを活用することで開封率が向上するという効果が挙げられている[9][10].
ナッジには複数のフレームワーク*6が存在する.例えば,損失回避バイアスと呼ばれる,人間の,得をすることより損をすることのほうを大きく評価する,という心理傾向を活用した,損を強調する表現の「損失回避フレーム」や,同調性バイアスと呼ばれる,他人と同じように振る舞うことを好む心理傾向を活用した,一般的な行動であることを強調する表現の「同調フレーム」などが挙げられる.またユーザによって,効果があるメッセージを設計するためのフレームワークが異なることに着目し,ユーザごとに最も効果のあるメッセージ(フレームワーク)を推定してプッシュ通知を行うことで開封率を向上させる活用方法がある[11].
(2)カボニューレコードでのナッジ適用
カボニューレコードでは,従来ユーザのエコ行動の記録促進を目的としたプッシュ通知を定期的に実施している.前述の人間の癖となるフレームワークごとのナッジメッセージをユーザの心理傾向に合わせてプッシュ配信する「パーソナライズ」によりエコ行動手動記録率の向上を図る.具体的には,「ナッジ評価」として「電気のつけっぱなしはもったいない」「地球を守るために,私たちの行動が重要です」といった表現をユーザごとに出し分けることでプッシュ通知を実施する.なお,パーソナライズでは,ユーザの属性データ*7と過去のプッシュ通知の開封履歴を機械学習*8させることで,最も効果のあるメッセージを推定する.
(a)課題
しかしながら上記の従来システムでは,パーソナライズによる効果の継続的な向上に向けて,①パーソナライズ不足,②同一内容メッセージの繰返しによるユーザ離れ,の2つの課題がある.
①は,ユーザの心理傾向に最も合致したメッセージが配信できていない課題である.②は,同じメッセージ内容が繰り返されることでユーザが興味を惹かれずにプッシュ通知を無視するようになってしまう課題である.
(b)対策
①に対しては,ナッジ種別を従来システムの「プレーン(基本のメッセージ)」「向社会性」「利得*9」「損失回避」の4つのメッセージから,「プレーン」「向社会性」「利得」「損失回避」「同調効果」「時間選好」の6つのメッセージに増加させた上でユーザごとのナッジ評価を行うことで,パーソナライズを向上させた.
②に対しては,新規メッセージを大規模言語モデル*10を用いて生成することで,多様性あるメッセージの通知を可能にした.
これらの対策がなされたエコ行動促進プッシュ通知システムを開発した(図3).
(c)A/Bテスト*11
2024年4~6月の3カ月間に,開発したエコ行動促進プッシュ通知システムの効果を測るA/Bテストを実施した.
カボニューレコードの利用ユーザを対象に効果検証を実施した.ユーザは対照群と介入群の2つにランダムに分けられ(ランダム比較化試験),対照群には,従来システムとして4つのメッセージをナッジ評価機能でメッセージ推定した上でプッシュ配信し,介入群には6つのメッセージをナッジ評価機能でメッセージ種別を推定した上で大規模言語モデルを用いてメッセージ生成し,そのメッセージを用いてプッシュ配信した(表1).
その結果,エコ行動の手動記録率において,対照群よりも介入群のほうが統計的に有意に向上した(表2).これにより,提案システムを利用することで,ユーザの行動変容を促進して,エコ行動の向上が期待できると考えられる.
- docomo Sense:ドコモが開発した,ユーザ理解に基づくターゲティング最適化サービス.
- フレームワーク:ユーザごとに異なる心理特性の枠組みのこと.
- 属性データ:年代,性別といったユーザのプロフィールをとらえたデータのこと.
- 機械学習:サンプルデータを統計処理することにより,有用な判断基準をコンピュータに学習させる技術.
- 利得:自身に利益があると感じる心理傾向のこと.
- 大規模言語モデル:大量の文章データセットを使ってトレーニングされた自然言語処理のモデルのこと.
- A/Bテスト:2つのアルゴリズムについて,どちらのほうが効果を発揮するか比較するためのテストのこと.
04.あとがき
本稿では,カーボンニュートラル実現に向け開発した,半自動エコ行動算出システムおよび,プッシュ配信によるナッジを活用したエコ行動促進プッシュ通知システムについて解説した.半自動計算システムによるエコ行動記録の自動化でエコ行動促進を行い,プッシュ配信による行動変容技術を使った介入では,有意に手動記録率が向上していることを示した.今後は,カーボンニュートラル社会の実現をめざして,さらなるエコ行動促進となる技術の開発を行っていきたい.
文献
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[1] NTTドコモ:“2030年カーボンニュートラル宣言.”https://www.docomo.ne.jp/corporate/csr/ecology/environ_management/carbon_neutral/
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[2] NTTドコモ:“カボニューレコード|CO2削減量を見える化。エコな取り組みを記録.”https://caboneurecord.web.docomo.ne.jp/top.html
-
[3] NTTドコモ:“dヘルスケア.”https://www.docomo.ne.jp/service/healthcare/
-
[4] ドコモでんきホームページ.https://denki.docomo.ne.jp/
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[5] NTTドコモ:“グリーン5G.”https://www.docomo.ne.jp/corporate/csr/ecology/environ_management/green5g/
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[6] 環境省:“ゼロカーボンアクション30.”https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/zc-action30/
-
[7] S. M. W. Reddy, J. Montambault, Y. J. Masuda, E. Keenan, W. Bulter, J. R. B. Fisher, S. T. Asah and A. Gneezy:“Advancing Conservation by Understanding and Influencing Human Behavior,”Conservation Letters, Vol.10, Issue.2, pp.248–256, Mar. 2017.
-
[8] W. Xu, Y. Kuriki, T. Sato, M. Taya and C. Ono:“Does Traffic Information Provided by Smartphones Increase Detour Behavior? An Examination of Emotional Persuasive Strategy by Longitudinal Online Surveys and Location Information,”Proc. of Persuasive Technology. Designing for Future Change, 15th International Conference on Persuasive Technology, pp.45–57, Apr. 2020.
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[9] H. B. Kim, T. Iwamatsu, K. Nishio, H. Komatsu, T. Mukai, Y. Odate and M. Sasaki:“Field experiment of smartphone-based energy efficiency services for households: Impact of advice through push notifications,”Energy and Buildings, Vol.223, Sep. 2020.
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[10] C. G. Valle, B. T. Nezami and D. F. Tate:“Designing in-app messages to nudge behavior change: Lessons learned from a weight management app for young adults,”Organizational Behavior and Human Decision Processes, Vol.161, pp.95-101, Nov. 2020.
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[11] 勝間田 優樹,吉川 裕木子,鈴木 喬,山田 曉:“混雑緩和やユーザ体験価値向上に向けた行動変容施策の設計および社会実装について,”IoT行動変容学研究グループ第3回研究会(BTI3),Mar. 2023.