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2025年1月 特集:暮らしを支える推定サービスの進化

車両広告のためのモバイルネットワークの仕組みを使った鉄道利用者数推計技術

  • #ライフスタイル
  • #セキュリティ
English

山田 涼(やまだ りょう) 
三村 知洋(みむら ともひろ)

クロステック開発部

米田 尚人(よねだ なおと)

マーケティングイノベーション部

あらまし

広告ビジネスにおいては,人々が広告物を視認した数(インプレッション)が計測され広告効果が可視化されているが,鉄道車両内の広告物では,インプレッションの算出として,乗客数を計測するためのカメラの設置や改札データなどの収集が必要であり,プライバシー観点のリスクおよびデータ収集に伴うコストが課題となる.
そこでドコモでは,基地局情報をベースとした鉄道利用者数推計技術を開発した.本推計技術を活用することで,鉄道会社を横断したインプレッションを把握することを可能とした.

01.まえがき

鉄道による移動者数の正確な推定は,アーバン・コンピューティング*1の分野において重要な役割をもつ[1].その目的は多岐にわたり,都市計画の支援,交通のリアルタイムモニタリング,スマートシティ*2の発展,ユーザの混雑回避などへの貢献が挙げられる.その中でも本稿では鉄道による移動者数の推定による,鉄道広告のインプレッション*3への貢献を目的とした,鉄道移動者数推定について紹介する.

近年,列車内のデジタルサイネージ*4が普及してきたが[2],それらにどのくらいの広告効果があるのかは広告関係者にとって重要な情報である.

広告効果を計測する指標の1つとしてインプレッションが挙げられる.インプレッションとは,広告を何人が見たかを数値化したものである.Web広告では,インプレッションの計測は容易であるが,看板やデジタルサイネージなどの広告物の場合,インプレッションの正確な数値を取得することは困難である.また,鉄道の利用者数は,鉄道路線周辺で開催される音楽イベントやスポーツ大会,周辺の教育機関の夏休みといったさまざまな要因によって変化が生じるため,鉄道広告の正確なインプレッションを把握することが困難である.この課題を解決する手段として,カメラの設置やカウント調査などを継続的に行う方法があるが,これらの調査には多額の費用がかかることや,網羅性が必要であることから現実的ではない.

そこでドコモは,モバイルネットワークに着目し,モバイルネットワークの運用データから鉄道の駅間の移動者数を推計する技術を開発した.これにより,鉄道による移動者から鉄道車両内の広告物のインプレッションを推計する際の手助けとする.

本技術の特長は下記の3点である.

  • カメラを用いることが無いためプライバシーに配慮できる点
  • モバイルネットワークの仕組みを用いた日本全国の駅間移動者を推計できる点
  • 鉄道車両そのものに依存しないため,鉄道会社間での車両の乗入れにも対応できる点

本稿では,駅区間の移動者数を推定する駅間移動者数推計技術について解説する.

  1. アーバン・コンピューティング:ビッグデータを分析することで都市に関する課題解決を行うこと.
  2. スマートシティ:ビッグデータを活用して都市機能の向上を図る都市.
  3. インプレッション:レコメンドされたコンテンツがユーザに表示された回数を示す指標値.
  4. デジタルサイネージ:デジタル技術を用いた広告媒体のこと.ディスプレイやプロジェクタを用い,時間や場所などに応じて表示する広告内容を変化させることが可能であり,従来のポスターなどとは異なる広告メディアとして注目されている.

02.駅間移動者数推計技術

2.1 課題

駅間移動者数推計技術とは,モバイルネットワークの仕組みを用いて1時間単位で所定の駅区間における駅間移動者数を推計するものである.なお,駅間移動者数とは所定の駅区間においていずれかの鉄道車両に乗車していたと思われる人数を指す.モバイルネットワークの運用データから駅間移動者数の推計は,以下の手順により行われる.

  • 鉄道路線ごとの利用者が接続したモバイルネットワーク基地局をリスト化する.
  • リスト化された基地局情報に基づいて,それぞれの基地局エリアに存在するドコモ端末の台数を駅区間の単位で集計する.
  • 人口当りのドコモのモバイル契約の普及率に基づいて,駅間移動者数の実人口に拡大する.

しかし,そもそもモバイルネットワークは駅間移動者数を推計することを目的として設計されていないため,実際には上記のような単純な手順で運用データから駅間移動者数を推計することはできない.具体的には,モバイルネットワークを用いて駅間移動者数を推計するにあたり下記の3つの課題がある.

(1)基地局の接続情報からどの駅区間を移動したのかの判定が困難な点

モバイルネットワークの基地局の接続情報は,GPSなどの端末位置情報と異なり,基地局に接続された端末の情報であり,端末の実際の位置情報は含まれていない.このため,基地局の接続情報から得られる端末の位置情報と実際の端末の位置が異なり,正確な端末の位置が把握しづらい点がある.特に基地局が密集している地点では,端末がさまざまな基地局に接続するため,端末の位置の把握が難しくその結果,ユーザがどの駅区間を移動したのかの判定が難しくなる.この課題を解決するためには,日本全国で鉄道の利用とそれに応じる基地局の接続情報を紐付ける機能が必要である.

(2)鉄道を利用したのかを基地局情報のみから推定することが困難な点

駅区間の基地局の接続情報を取得したとしても,その端末の持ち主が鉄道を用いて移動していたとは限らない.また,基地局の接続はさまざまな条件によって変化する.例えば,朝の混雑時に多くの端末が1つの基地局に集中することを防ぐ機能などがあり,鉄道路線上の基地局を端末が順番に接続していくとは限らない.この結果,例えば山手線*5の乗車駅・降車駅が分かったとしても,内回りを利用したのか外回りを利用したのか分からないといった課題も発生する.このような場合にも駅間移動者数をできるだけ高精度に推計するため,どの駅区間を通ったかを推定する必要がある.

(3)ドコモの基地局に接続されたドコモ端末の台数と実際の駅間移動者数とは異なる点

モバイルネットワークを用いて駅区間の端末の台数(在圏数)が推定できたとしても,この台数はドコモ端末に限られるため,実際の駅間移動者数とは異なる.そこで,在圏数を普及率で単純に「割り戻す」ことにより駅間移動者数を推計する.具体的には,ドコモ端末の回線シェア率が日本の人口に対して36%のとき,基地局エリアの在圏数を0.36で割り戻す(約3倍する)ことにより,その基地局エリアに存在する人口を推計できる.しかし,実際には地域や年代・性別ごとにドコモ端末の普及率は異なるため,このような単純な割戻し処理では,地域や年代・性別によって大きく偏りが出てしまい,駅間移動者数としては不適切なものとなる.これらの要因を考慮した上で,端末の在圏数から人口へと適切に拡大推計する必要がある.

2.2 集計処理

(1)駅・基地局リスト作成機能

基地局の接続情報からどの駅区間を移動したのかの判定が困難である課題に対して,駅・基地局リストを作成して対応する.駅・基地局リスト作成機能とは,基地局の接続情報と鉄道の利用を紐付ける機能である.鉄道の利用者は通勤・通学に利用することが多い.このため同じユーザが同じ区間で同じ鉄道を何度も利用することが想定される.本技術では,上記の特性を利用して全国に所在する基地局のうち鉄道利用者が複数回接続している基地局を,ユーザの鉄道利用情報を基に紐付ける.具体的には,鉄道で通勤していると想定される移動データを抽出し,この移動から利用路線・駅および接続基地局と接続端末数を集計し,任意の上位数%に絞り込み鉄道駅と接続基地局を紐付けることで,基地局の接続情報からドコモ端末がどの駅区間を移動したかを判定する(図1).このとき,分析に用いる基地局の接続情報は,パーソナルデータダッシュボード*6[3]において,「位置情報の利用」に同意したユーザのデータに限定する.

(2)基地局接続情報の駅間移動変換機能

鉄道を利用したのかを基地局情報のみから推定することが困難な点に対して,基地局接続情報の駅間移動変換機能を用いて対応する.作成した駅・基地局リストを参照し,鉄道路線上の基地局の順番どおりに接続したユーザを鉄道路線ごとに抽出すれば,鉄道を利用したのかを基地局情報のみから推定できる.しかし,前述したとおり鉄道路線上の基地局を端末が順番に接続するとは限らない.そこで基地局接続情報の駅間移動変換機能は,時系列の基地局接続情報を基にどの駅区間を通ったかを補間し,時間単位に駅区間ごとの移動者数を集計する.補間の際,2つの鉄道駅の間にある駅を路線・駅データから参照する.路線・駅データとは,駅の位置情報,駅がどの鉄道路線上にあり,駅間の接続関係を示す.

なお,路線名などは鉄道会社ごとに愛称などが設定されている場合があり,表記揺れが発生する.例えば,西日本旅客鉄道株式会社では関西本線のうち,電化区間である京都府木津川市の加茂駅から大阪府大阪市浪速区のJR難波駅までの区間に「大和路線」という愛称を設定している.このため,愛称と路線名が異なる場合の表記揺れを防ぐ処理を実施した.

時系列のアクセス駅情報を基にどの駅区間を移動したかの情報に整形加工する際,離れた2駅の情報が与えられたときに2駅の間にある鉄道駅を,路線・駅データを用いて補間する(図2).ただし,循環路線については2駅の情報を与え機械的に補間すると内回りか外回りのどちらかの判別がつかないため考慮が必要である.例えば,山手線の場合だと有楽町駅→神田駅のアクセスがあったとき「有楽町駅→東京駅→神田駅」と移動したのか「有楽町駅→新橋駅→...〜...→秋葉原駅→神田駅」と移動したのかの判定ができない.そこで実態の移動がどうであったかにかかわらず2駅間の駅数が最も少なくなるような補間を行う(図3).この考え方を適用することで,2駅間の鉄道駅を補間し推計が可能となる.このように,駅・基地局リストから鉄道を利用していたと思われる端末の抽出,その後,駅の移動の補間をすることで基地局情報のみから鉄道の利用者数を算出する.

(3)拡大推計処理

ドコモの基地局に接続された携帯電話の台数と実際の駅間移動者数とは異なる点に対しては,モバイル空間統計®*7※で培った拡大推計処理を用いる[4].具体的に拡大推計では,性別・年齢,居住地などの属性によって変わる普及率を正しく人口推計値に反映させるために,属性ごとに拡大推計処理を行う.これにより,駅間移動者数に割り戻すことが可能になる.また,このときに個人識別性を除去する「非識別化処理」と少人数を除去する「秘匿処理」を適切に実施することで,ユーザのプライバシーを担保する.

  1. 山手線:東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する東京都区部内で環状運転を行う鉄道路線の運転系統の名称.
  2. パーソナルデータダッシュボード:情報を集約する画面.
  3. モバイル空間統計®:モバイル空間統計®は株式会社NTTドコモの登録商標.
  • 本技術で用いた携帯電話基地局の接続情報は,パーソナルデータダッシュボード[3]において,「位置情報の利用」に同意したユーザのものに限定される.分析によって推計されるすべての結果は,集団の人数のみを表す人口統計情報であり,ユーザ個人を特定することはできない.推計の過程で,個人識別性を除去する「非識別化処理」,ドコモの携帯電話普及率を加味して人口を拡大推計する「集計処理」,さらに少人数を除去する「秘匿処理」が適切に実施され,ユーザのプライバシーは保たれている.

03.集計結果

東京メトロ*8南北線の溜池山王駅から永田町駅までの駅間移動者数推計技術を用いた駅間移動者の推計結果を図4に示す.図4の横軸が時間,縦軸が人数をそれぞれ示し,折れ線は平日の駅間移動者数の平均を溜池山王駅から永田町駅,永田町駅から溜池山王駅(それぞれ上り,下りと記載)でそれぞれ示している.図が示すとおり朝夕の通勤・通学ラッシュ時の駅間移動者数の傾向がしっかりと出ている.特に,朝と夕ラッシュで混雑する方向が違うことがデータからも分かる.また,本データは性別・年代別に算出することも可能である.これは,鉄道内広告のインプレッションを推定する際に重要な観点である.具体的には,広告をどの性別・年代の人が何人見たのかを正確に出すことで広告効果の測定を行う.

集計結果より,カメラを用いずプライバシーに配慮して鉄道の駅間の移動者数を推計することができることが分かった.また,東京メトロ南北線ではさまざまな鉄道会社の車両が乗り入れている.これに対して本技術であれば鉄道会社にかかわらず駅間の移動者数を推計できていることが分かった.また,モバイルネットワークの仕組みを用いることで,鉄道路線を限定することなく日本全国の駅間移動者を推計できることが分かった.

  1. 東京メトロ:東京地下鉄株式会社の愛称.

04.あとがき

本稿では,駅区間の移動者数を推計する駅間移動者数推計技術について解説した.基地局の接続情報と鉄道駅とを紐付けることで膨大な基地局アクセスログから駅間移動者数の推計を可能にした.今後は鉄道に限らないより広いモビリティへの展開に向けた技術開発に取り組む予定である.また,現在は駅区間での推計を課題として技術開発を進めているが,複数路線が並行している場合などは編成単位で利用者数が異なる.さらに,急行列車や普通列車などの列車種別によって移動者の傾向が異なることが想定される.この課題に対してユーザの特性,鉄道の利用区間を考慮していくことで車両単位など,より細かい粒度での推計が行える技術の検討も同様に進めていく予定である.

文献

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