コラム:イノベーション創発への挑戦

AIを使い倒せ

AIを使い倒せ

新しい技術インフラの性能がある臨界点を超えるとき、それまで当たり前でなかったことが当たり前になる。21世紀になったころ、それはモバイル通信だった。携帯電話で天気予報、乗り換え案内、株価を知り、人々がメールのやり取りでいつもつながっている時代となった。多くの人がインターネットの接続の恩恵を受けるようになった。

今、新たな「当たり前」が登場しつつある。

2023年、流行語となった生成AIが、今年は、様々なシステムと統合されることになるだろう。生成AIが示した技術的飛躍が2つある。それらは①流ちょうな対話形式の人・機械インターフェースを実現したこと②画像、文章など異種情報を統合して扱えるマルチモーダル情報処理を実現したこと――である。これから我々は生成AIが引き起こす産業社会への破壊的なインパクトを想像しなければならない時期に来ている。

人の指示で、文章、画像、楽曲、図表を作成するだけでなく、複雑なシステムの状況を機械が簡易に説明する。次に対処すべき選択肢を提示する。人が簡易な言葉で複雑なシステム動作を指示するといったことが可能になっていくだろう。

機械が個々のユーザーのこれまでの経験を理解して、音声、情景を統合的に理解することから、人と機械の境界、つまりインターフェースが変わることになる。インターフェースはより直感的で人間に近くなっていく。

これはユーザーからみると、人にとって機械の位置付けが道具から協働者に変わることになる。人と協働する機械(コンピューター)という新たな当たり前が実現される。米マイクロソフトが展開するCopilot(副操縦士)と言う名のオフィス自動化製品は、この流れを象徴している。

これを実現する技術を協働AIと呼ぶことにする。AIが進化しても、当面、機械が人のように生身の体に宿る意識を持つことはないだろう。しかし、これまで人が生み出した膨大なデータとサービスを結合した協働AIは人の能力を拡張する。例えば、医療分野では診断や治療計画の高度な支援を提供し、教育ではパーソナライズされた学習体験を創出する。

巨大なシステムを少ない訓練で運用できるようになる。ビジネスにおいては、意思決定の助けとなり、創造性を促進する。人にしかできないと思われたプログラミング、技術開発、知財管理、経理、法務などの知識作業の多くが、機械と人の共同作業に置き換わっていく。協働AIの社会システムへの応用時代の幕開けである。

日本の少子高齢化対策は待ったなしだ。社会保障費が増大し、働き手を失った社会は急速に活力を失っていく。静かなる危機が進行している。産業社会の生産性を上げていくしかない。遠隔医療、物流改革など様々な打ち手の一つとして、協働AIの社会システムへの応用を加速させるべきだ。

日本はAIの基盤技術開発において、中国、米国に大きく劣後している。この基盤技術開発で国際的競争力を持つことを否定しないが、日本にとって重要なことはAIを使いこなして、社会に応用することではないか。日本には鉄腕アトム、ドラえもんに代表されるロボットに非常に寛容な文化がある。自動化に対して柔軟な労働環境もある。日本には協働AIを信頼し、協働AIがもたらす利点を理解する社会を世界に先駆けてつくれる機会がある。

課題はAIを利活用するイノベーター集団をどうやって育成するかだ。

新たな技術に懐疑的な立場だと「精度がまだ低くてまだ使えない。定型業務は置き換わるが業務全体は置き換わらない。遠い将来は使えるが今ではない」という意見がでる。仕事を変えようとしない人に、未来をつくることは期待しない方がいい。

我々がすべきことは①AIを使える人に社会貢献できる機会をあたえること②情熱がある人にAIを使えるよう教育の機会を与えることの2つだろう。

インターネットを介して様々な情報処理を提供するクラウドサービスは、種々のAIを既製品として提供している。AI技術の利用・習得の障壁は劇的に下がっている。AI技術の民主化が進む一方で、利活用の場を提供することが難しい。

経営者、為政者の義務は、「AIを使い倒し、AIを社会システム応用に投資する」ことであろう。AIの技術開発よりも、AIを利活用できる社会設計に重点を置くべきだ。協働AIによる社会システムの再設計をしていきたい。

キーワード:生成AI
生成AIと関連して以下の領域への波及が期待される。協働AI、パートナーとしてのAI、マルチモーダル処理、少子高齢化、静かなる危機、社会システムデザイン

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2024年1月4日の日経産業新聞「2024年に賭ける」を翻案したものです。

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