コラム:イノベーション創発への挑戦

メタバースの可能性

メタバースの可能性

近ごろのバズワードにメタバースがある。ここ10年間「AI(人工知能)」がバズワードであったが、表では過度な期待や宣伝があり、その裏で産業の自動化、モノからコトへの消費の変化をもたらした。はやり言葉はいずれ廃れるが、それから新たな時代に本質的に残るもの、残らないものをしゅん別したい。

メタバースとはSF作家ニール・スティーヴンスンが1992年に生み出した言葉である。

仮想世界で機械と戦うSF映画マトリックスに影響を与え、3次元仮想空間でのソーシャルメディアであるセカンドライフを生み出したと言っていい。残念ながら、セカンドライフの利用者数は減少したが、その後20年間で①無線を含むインターネットの通信速度②AIによるコンテンツ自動生成③VRゴーグルの飛躍的進化があり、映画マトリックスの世界は今、現実になろうとしている。

メタバースを考える時、現実を反映した鏡像空間なのか、創作された仮想空間なのかを分別したい。前者は実在する都市や施設をデジタルで再現することからミラーワールドやデジタルツインと言われる。

シンガポール政府はバーチャルシンガポールという国を丸ごと3次元データ化するプロジェクトを始めている。渋滞予測、災害対応、施設開発など様々な都市計画を市民に可視化して見せることができる。

日本でも国土交通省が主導する全国の3次元都市モデルの整備プロジェクトも知られるようになった。

ミラーワールドの産業応用は広い。シミュレーションという安全な方法で教育、医療・介護、建設、流通、環境・エネルギーの産業分野などの最適化実験をすることができる。今やロボットや自動運転車は仮想世界での実験で性能向上をしている。

一方で、実在しない創作された仮想世界も多くの可能性を秘めている。代表的なものはオンラインゲームだが、この世界はそれだけではない。

私はメタが提供するホライゾン・ワークルームを利用して遠隔会議をしている。見知らぬ南国の海岸や北国の湖畔を眺望しながら、参加者はアバターと呼ばれるCGとして参加する。仮想会議室でホワイトボードを前に議論し、キーボードを操作し、動画を一緒に視聴し、身ぶりで相手に話しかけることができる。数年前の仮想現実と今の仮想現実はレベルが違う。その恩恵にあずかるのが娯楽の世界だろう。

2022年6月東証グロース市場に上場したANYCOLOR社が提供する「にじさんじ」プロジェクトをご存知だろうか。 動画共有サービス YouTubeにアバターとして参加して配信活動を行なっている人をバーチャルユーチューバーと呼ぶ。にじさんじプロジェクトは、彼らにアバターとして登場する技術ツールを提供した上でプロモーションを行なっている。このプロジェクトに限らず、バーチャルタレント、言い換えればデジタル芸人を支援し、育成する芸能事務所を運営する会社が増えてきた。演芸場は仮想空間となる。メタバースは個人、場所、時間に付随する物理的制約を解き放って、多くの人に演者となる機会を与えてくれる。メタバースを広く捉えれば、未来予測が楽しくなる。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2022年8月3日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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