コラム:イノベーション創発への挑戦

技術開発は社会を映す

技術開発は社会を映す

先日、ウクライナ危機と機械翻訳という2つのキーワードでマスメディアの取材を受けた。私の母親が「何を言っているのか難しくて分からなかった」と言うので、解説してみたい。

機械翻訳というのはコンピューターで異なる言語の文章を自動的に翻訳する技術である。私の事業パートナーでもあった翻訳機メーカーがパリにある。シストラン社という会社で1968年に米国で創立された。その時代は冷戦中で、ロシア語を英語に短時間で翻訳する軍需があった。

米軍にとってソ連軍の動向把握に機械翻訳は重要な役割を果たした。この米国生まれの同社は1986年にパリの事業家に買収され、本社をフランスに移転した。

その年は、第2次世界大戦の惨禍を経て、独仏が中心となって欧州共同体(EC)が設立され、それにスペイン・ボルトガルが新たに加盟した年となる。これがパリへ移転した背景だ。 EUという巨大な市場が登場し、公文書、マニュアル・市場調査報告などの産業文書、インターネットコンテンツでヨーロッパ諸言語間の機械翻訳の需要が増えた。EUは複数の国家の壁をなくし、共同体として発展するという理念からギリシャ語、デンマーク語など小国でもその言語を希少として取り残すことができない状況となった。

さてシストラン社、今はパリに本拠を構えるが、途中2014年にソウルの会社に買収され21年までの間、韓国に本社を移している。経済成長の著しいアジアにおいて、中国語を代表とするアジア言語とヨーロッパ言語間の翻訳需要が増えたためだ。同時期の2016年に登場した深層学習による機械翻訳の新技術が難しいと言われてきたアジアとヨーロッパの言語間の翻訳を実用レベルに引き上げた。世界経済をけん引する大国の言語は相互に自動翻訳できるようになった。

機械翻訳は今後どのように発達するのか。ウクライナ危機を契機として、EUにおいて機械翻訳が果たした役割が、世界レベルに拡張されると感じている。

これまでの経済合理性に沿った方向とは違い、話者の少ない希少言語、あるいは共通話者の少ない言語間であっても機械翻訳する方向で技術が発展していくのではないか。

ウクライナ語を話せる日本人、日本語を話せるウクライナ人は少ない。2021年にウクライナに移住し、2022年3月にスロバキアに避難した日本人の友人がいる。彼は言う、「ウクライナもスロバキアも日本人は200人しかいない。そのような外国人に必要なものは翻訳電話だ」と。

実はすでにウクライナ語と日本語の機械翻訳は日常会話程度なら可能となっている。残るは最新技術を日常で使える道具にする実装だ。どんな話者でも取り残さない機械翻訳ができる世界を実現したいという熱意を集めたい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2022年5月6日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

他のコラムを読む

このページのトップへ