コラム:イノベーション創発への挑戦

対話の約束事を知ろう

対話の約束事を知ろう

蒸し暑い夏が続く日本で新型コロナウイルスの陽性判明者数が増加している。そんな感染症への不安を抱えながら制約を受けた生活が続き、経済活動は停滞。飲食、旅客輸送、娯楽、観光の各業界の閉塞感は半端じゃない。大学生を例にとると、対面授業や課外活動が制限されたうえで高額な学費を払わされるとあっては憤まんやるかたないのではないか。

さらに残念なのは国内に社会的分断が起きてしまっていることだ。感染拡大を防ぐため帰省や飲食店利用の自粛、マスクの着用を要請し、それらを通して社会的正義を訴える人々がいる一方、コロナはただの風邪だと断じて「新しい生活様式」を否定する人々がいる。我々一般市民は断片的ニュースに反応して、本来対立しないはずの価値観である「命の大切さ」と「経済活性化」の間でさながら「自粛派対自由派」に分かれて議論している。

ここで大事なのは、対話を円滑に行うための約束事(対話ルール)だ。2020年6月下旬、私は一般社団法人社会システムデザインセンターの理事として、オンラインシンポジウム「パンデミック後の情報社会」を主宰した。講演者の一人として招待したプリファードネットワークスの丸山宏フェローに「パンデミックとデータサイエンス」という題で講演していただいた。

彼は瀬名秀明氏の著書「インフルエンザ21世紀」で紹介されている(1)真理へと至る対話(何が起きたか)(2)合意へと至る対話(何をすべきか)(3)終わりのない対話(どういう社会にしたいか)を持ち出した。そして、疫病まん延中には3段階の対話モデルが必要で、その各段階で適正な対話ルールを選択する重要性を指摘した。なお、この対話モデルの原典は2005年に書かれた「防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション」(矢守 克也, 網代 剛, 吉川 肇子)にある。

さて、足元のコロナ禍に鑑み真理へと至る対話ルールとは何か?丸山氏はデータサイエンスだと指摘する。それは統計と数学を駆使してデータから有益な情報を得る科学だ。科学なのでそこには専門家相互に検証する手続きによって真理を求めるという手順が存在する。真理を求めた結果の上に、初めて合意へと至る対話が成立する。

国民主権に基づく民主主義が対話ルールの基本になるだろう。課題はそれをどう住民レベルの具体的な対話ルールに具体化できるか、そして何を合意の指標とするかだろう。例えば北欧のように総損失寿命とするのか、誰も取り残さないために重症者収容余力とするのかを決める必要がある。

終わりのない対話のためのルールは、「相手への思いやりの気持ちを持つ」こととシンポジウムでは結論付けた。終わりのない対話を始めるにあたってまず真理を求めることを前提とし、思いやりを持つ関係性のなかで合意へと至る。より正確で偏りのないデータの上に科学があり、科学の上に対話が成立することも肝に銘じたい。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2020年9月2日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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