コラム:イノベーション創発への挑戦

日本病克服への処方箋

日本病克服への処方箋

2020年1月、日本経済研究センターの小林辰男主任研究員の司会により岩田一政理事長、森川博之東京大学教授、私の3人で「デジタル資本主義、どうなる日本経済と世界」というパネルディスカッションを開いた。日本病と揶揄(やゆ)されるバブル崩壊以降の失われた30年をどう克服するかという大きな議論だった。

国内総生産(GDP)は今後40年でインドとドイツに抜かれ世界5位となる。日本経済縮小の主因はソフトウエア、知財、データなど無形資産投資が量質ともに不十分で、個人データ管理を中心とした制度設計ができていないとの共通認識の上で、パネリストが日本病克服のためにすべきことをいくつか指摘した。

日本の産業が生き残るにはデジタルが生む新しい価値観を求め、多様な観点から異業種連携を進めることが求められる。企業内変革という観点では市場ニーズと技術をマッチングするカタリスト(触媒)となる個人に多くのリソース(資金や権限)を配分する。政策的には新事業に挑むテクノロジー企業を育成する。

これらをどう実行するかが課題だろう。日本の有識者や産業人と話すと、ほとんどの人が失われた30年の課題が何か、20年後の超高齢化社会が来る前に対策に着手しなければならないことを理解している。なのに誰も動いていない。病名を告げられ処方箋はあるのに誰も薬を飲まないのが日本病の本質ではないか。弱者淘汰を待つか経営層の流動性を上げるかいうのがパネルディスカッションの舞台裏での本音の議論だった。

「時間はかかるが,できることは教育だ」との気持ちで、翌週、兼務している科学技術振興機構の仕事で北京に飛んだ。社会問題解決のための人工知能と大学周辺のイノベーション生態系をテーマに北京にある複数の大学と情報交流した。

この分野で参考にすべき地域は中国だ。私が「中国の強みは実践力だ」と述べると、北京郵電大学の学部長が授業内容を教えてくれた。中国の情報通信技術で最先端を行く国家重点大学である。

カリキュラム体系の序文を紹介する。「各専門分野は人材養成の目標に基づき、学生の革新精神と実践能力の養成を重点として革新創業教育を強化し、カリキュラム体系を再構築してその内容を明確にしなければならない。理論教育と実践教育を並行し、階層が明確かつ有機的に融合した『教養教育・専門教育・革新創業教育』の三位一体の課程体系を構築する」。この文章にはしびれる。

求める人材育成には革新精神と実践能力が重要だと明言し、教養・専門・革新創業という三位一体の教育体系は狙いがはっきりしている。一般教養や専門技術の体系的知識を教えた上で革新創業教育を教える。

これは起業家養成の科目であり、マーケティングや会計、プロジェクトマネジメントを学部で学ぶことになる。事業と技術を同時に知るカタリストの卵の育成が中国で進んでおり、日本でも進めたい。彼らがカタリストになれるように、我々は処方箋の薬を早く飲んでおきたいものだ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2020年2月12日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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