コラム:イノベーション創発への挑戦

目を見張る香港・深圳

目を見張る香港・深圳

「深圳に行くべきだ。5年前と今は全く違いますよ」と言われてきた。7年前に中国の広東省深圳市を訪れた印象は「工員の若者しかいない製造業の街」だった。その認識が2019年3月に訪れた香港・深圳で打ち砕かれた。米国西海岸シリコンバレー大好き人間だった私は「深圳を知らずしてイノベーションを語れない」と言うしかない。

訪問のきっかけは深圳と隣り合う香港特別行政区の招待だ。迎えたキャリー・ラム行政長官は「香港は金融、観光、貿易の街として繁栄してきた。これからはイノベーションと技術をハブとしてこの街を発展させていく。それには4つの柱がある。人工知能(AI)・ロボティクス、ヘルスケア、フィンテック、スマートシティだ」と述べた。

香港特別行政区は一国二制度で中国から独立したアイデンティティーを保とうとしている。深圳とは違うという意識がある中で、香港の大学を使って深圳と連携してイノベーション拠点を構築しようとしている。その背景となる中国の構想が「グレーター・ベイ・エリア(GBA)」だ。

それは広東省南部・香港・マカオをGBA圏域として一体的な発展を図る構想だ。GBAの人口は7000万人。域内総生産(GDP)は1.5兆ドルで、韓国のGDPに相当する。

GBAと呼ぶのは世界の湾岸地域としてニューヨーク、サンフランシスコ、東京を意識するからだ。東京湾岸地域はGDP1.8兆ドルで首位だが、いずれGBAに追い越されるだろう。

世界の工場の機能とIT(情報技術)、AIが融合し、60兆円企業の騰訊控股(テンセント)、ドローンシェアトップのDJI、電気自動車トップのBYDがある。無人コンビニや無人バスが稼働する状況は、日本とは対照的だ。

日本の2019年度予算案でAI予算が2018年度の1.5倍で総額が約1200億円に上るとの報道があった。一方で人口700万の香港のイノベーション技術予算「創新及科技基金」は1400億円だ。中国全体のAI予算は日本の5倍以上と聞く。香港科技大学のある教授にこう言われた。「政府、産業界からお金はどこからでもいくらでも手に入る状況だ。お金に追われている」。GBAと比べて人材も予算も一桁少ない「一桁問題」に直面する日本の大学とは大違いだ。同じことを言ってみたい。

しかしだ。英語で「ブルー・スカイ・リサーチ(青空研究)」という言葉がある。それは当面の事業化を考えない研究を意味する。ラム長官と意見が合ったのは、イノベーションの文脈では投資先が青空研究にならない工夫をするということだった。我々はどうすべきか。AIを独立した青空研究として捉えるのではなく、まだ勝てる産業に組み込んでいく実践が必須だ。AIが大事じゃない、AIで何をするかが大事だ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2019年5月10日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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